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マーメイドウィッチ  作者: いろはうた
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うつろいゆく

*風が気持ちいい。


耳元でうなり、髪をとかして、後ろに流れていく。


景色もどんどん後ろに流れていく。


フレヤは現在、村娘の格好をして、森の中を馬に乗って疾走していた。


その後ろには、同じく馬に乗ったチノが追っている。


数時間前に二人は城を出た。


フレヤ付きの侍女や、従者たちは何も言わない。


見て見ぬふりをして送り出してくれる。


普通の王女であれば、従者を一人ぐらいしか連れず出歩くのはありえないことだ。


しかし、この「外出」は特別なもので、フレヤが十四になった時から


続けられているものだから、彼らは何も言わない。



「……ついたわ」



森が開けてきて、目の前に広がったのは、荒廃した村だった。


馬の速度を緩めると、チノが隣に並んだ。


その緑の瞳は細められていた。


そまつなレンガ造りの家が立ち並ぶ小さな村。


その煙突からは細く煙が上がっていた。


畑に植えてある作物は、数年前の大津波の影響で、


土の中の塩分が抜けきっていないため、枯れかけている。


どこか砂漠を思わせる光景。


一目で貧困にあえいでいる村だとわかる。


道端を歩いていた、みすぼらしい身なりの少女が、たたずむこちらに気付いた。


その顔に一気に喜色が広がる。



「おねえさんだ!!」



そして、笑顔のまま、こちらに駆け寄ってきた。


その声を聞きつけた村人が家の中から次々と姿を現した。



「まぁまぁ、お嬢さんじゃないか!!」


「お嬢さんだぞー!!


 お嬢さんが来たぞー!!」



子供たちが次々と駆け寄ってきた。


フレヤは馬から降り、城から持ってきた籠を取り出し、


中から白パンや焼き菓子を取り出してみんなに配って回った。


フレヤはこの慈善活動のようなものを、ずっと続けてきた。


最初は、なんと、城の執事に連れられてお忍びで城の外に出た。


そこで初めて、フレヤは、己の生活が、


たくさんの民に支えられて初めて成り立っていることを知った。


そして、民の中には貧困にあえいでいて、


食べ物すら手に入らない生活や、学校に行ったこともない者がいることも知った。


ただの自己満足であることも十分わかっているし、


自分自身ができることは非常に限られていることも知っている。


それでも、小さなことでもいいから、民の支えになりたかった。


食べ物を村人たちに、全て手渡した後、


フレヤは、子供たちに集まるように言った。


子供たちに文字を教えるためだ。


ここの子供たちは、みんな貧しくて、学校に行く余裕がない。


このままでは悪循環の繰り返しだ。


貧しい親の元に生まれ、教養がないため、ろくな仕事にもつけず、


また生まれた子供も貧しく、教養がないまま育つ。


そうさせないためには、簡単な読み書き、計算ができればいいだけの話だ。


だからフレヤは、たまに食べ物と共に色んな貧しい村を訪れて、


子供たちに読み書きと計算の仕方を教えて回っている。


そんなフレヤの様子をチノは後ろで静かに見守っていた。


自分の名前が書けるようになった子供たちが大喜びでチノに見せに行ったとき


優しくその頭をなでていた。


その瞳には穏やかな光が宿っている。


















また来てねー!!という名残惜しげな声に押されるようにして、


フレヤとチノは村を出た。



「……王族の、それも第一王女が、護衛を一人しかつけずに出回りたいと


 いう理由が、これか」


「ただの息抜きよ」



宮廷は、ひどく疲れる。


遊びばかりに呆けている父王がいるのをいいことに、


その配下たる大臣たちは、私腹を肥やすことに大忙しだ。


国は何も良くなっていない。


息が詰まりそうな場所だ。


こうやって外に出ると、貧しいながらも、懸命に生きようとする人たちがいる。


その人たちと触れ合うことで、フレヤも活力をもらえるのだ。



「不思議な王女だな。


 王宮で贅沢に暮らし、人々にかしずいてもらって生きることもできるだろう」


「私自身がそういう生活が大嫌いなのよ」



行きとは違い、のんびりと馬を歩かせる。


まだ昼過ぎだ。


ゆっくりでも夕方には王宮につくだろう。



「……今の私の生活があるのは、この国の民のおかげであることは


 わかっているつもりよ


 私は、王族であるからといって無知ではいたくない。


 知りたいし、わかりたいと思う」


「そうか」



はらり、と濃い青色の髪が頭巾から零れ落ちた。


民は、みんな、会いに行ったらよくしてくれる。


それは、フレヤがこの国の第一王女だというのを知らないからだ。


おおかた、どこかの貴族の娘だと思われているのだろう。


この髪は、王族である者の証。


亡き母と同じ髪の色だ。


もし、民が、フレヤが今の愚王の娘だと、


今の苦しい生活を何も変えようとしない王の娘であると知ったらどうなってしまうのだろう。
















男は笑った。



「今の言葉、まことか?」


「ははっ。


 左様にございまするっ」



配下の男は伏して、地に額をこすりつけて叫ぶように言った。


男の持つ扇が音を立てて閉じた。


そして、満足そうにくつくつと笑った。



「そうか。


 あの人魚姫が、人間の王子との恋をあきらめたか」



さらりと男の美しい黒髪が揺れる。


夜の闇よりも深くて美しい。


その絹糸のようなつややかさは見る者の目を奪った。



「賢き選択だ。


 所詮、異形は異形。


 人間などとは結ばれぬ定めよ」



男がさがれ、と手を振ると、配下の男は慌てて立ち上がると、


急いで部屋を後にした。


男は手の中で扇を弄びながら考える。



「物語通りだな。


 筋書き通り過ぎて、つまらない」



やがて、男の口角が上がった。


笑ったのだ。


その目が細められる。


その色は、人外の色、血のような紅だった。



「やはり、異形は、異形といるのが一番良い。


 そうであろう?


 ……人魚の末裔、フレヤ姫よ」

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