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マーメイドウィッチ  作者: いろはうた
36/88

乱入

そのただならぬ気配に、フレヤは少なからず動揺したが


それをおくびにも出さずにチノを見つめ返した。



「どういうことって……あなたは、一族のもとへ帰るのですもの。


 私は」


「だから、どういうことだと聞いている」



今は何時ごろだろう。


西日が差しこんできて、フレヤの目を射貫く。


オレンジ色の光を背負ってるチノの表情が見えない。



「だって、あなたはもう自由よ」



目を細めながらわずかに焦れたような声でフレヤは言った。


どうしてチノがこんなにつっかってくるのかがわからない。


理解ができない。


だって自由になれたのだもの。


一族の、家族のもとへ帰りたいに決まっている。



「あなたは族長なのでしょう?


 みんなあなたに会いたいに決まっているわ」


「族長ならやめる」


「……はい?」



言われたことが即座には頭に入らなくて、


そして信じられなくてフレヤは聞き返した。


パチっと焚火がはぜた。


チノの態度は変わらなかった。



「な、なに言って……、そんな、族長って簡単にやめていいものじゃ……」


「おまえ、おれを捨てる気か」


「は、はい!?」



チノがおかしい。


彼の目はすわっていた。


捨てるって、なんて過激な言葉を、そんなさらりと言えるのだ。



「チノは、一族の所に帰りたいんでしょう?」



チノが何かを言おうと口を開いた。


フレヤは、それを見つめて、ぎゅっと手首を握りしめる。


冷たい金属の感触。


ぐらりとチノの体が傾いた。


とさり、と軽い音を立ててチノの体が砂の上に横たわった。


フレヤは瞬きを数度繰り返した。



「チノ……?」



頼りない声が口から洩れた。


チノが低くうめいてからはっと我に返った。



「チノ!!」



転がるようにして彼のもとに駆け寄ると、


その額からは海水以外のしずくが、流れ降りていた。


おびただしい量の汗。


顔は赤く、呼吸が荒い。


恐る恐る額に触れると、火で熱した鉄のように熱かった。


血の気が顔から引くのが分かった。


見れば、チノの肩にある矢傷が紫色に変色していた。


毒、が含まれていたのかもしれない。


ずっと無理をさせてしまっていたのだ。


後悔が胸を焼く。


混乱する頭の中で、とりあえず、チノの体を引きずって


焚火の近くに横たえた。


男性の体はひどく重くて、それだけでフレヤは疲れてしまった。


チノの端正な顔がゆがんでいた。


その苦しそうな表情に胸が引きつるように痛む。


上半身はすでに裸なので脱がせる必要はない。


下半身のことは考えないようにした。


ブーツだけなんとか脱がせる。


どうしよう。


何をすればいいのかが本当にわからない。


自分が熱を出した時には、何をしてもらっていただろうか。


汗をぬぐってもらって、水を飲ませてもらった。


さらに、よく冷えた果実も食べさせてもらっていたっけ。


温かいオートミールを食べててもいた。


それらすべてが、ひどく恵まれたことなのだと、痛いほどに知る。


フレヤは手に持っていたチノのシャツを手にもつと、


チノの汗をぬぐった。


脱ぎ終わると、チノの表情が少しだけ和らいだような気がした。


次は、水だ。


汗をかいたから水分が必要なはず。


フレヤは、外を見た。


美しい夕焼けが空に広がっていた。


海の水は、塩辛い。


飲むには適していない。


そうなると、川か、湖を探さなけらばならない。


フレヤは女王としての教育を受けている。


自国の地理学もしっかり幼少時より叩き込まれた。


ここは、浜辺の地形からして、西南にある海辺の村クランが近いはずだ。


クランから少し離れたところに小さな川がある。


そこに行けば水を汲めるかもしれない。


フレヤは少し迷ったが、水を汲みに行くことにした。


暗くなる前に行けば何とかなるはずだし、


チノを一晩中水もなく苦しめるわけにはいかない。


チノのシャツを萌えない程度の距離に焚火から離して地面に置く。


フレヤは、ろくに服を乾かさないまま、チノを置いてそこを去った。
















フレヤは、藪の中をかき分けながら進んでいた。


すでに掌はかき分けた草で無数の傷がつき、あちこちから血がにじんでいた。


乗馬ズボンは木の枝でひっかけてあちこちが破れてしまった。


生乾きのままの髪の毛と衣服が、体をどんどん冷やしていくのが分かった。


だが、足を止めるわけにはいかない。


これよりももっとチノは苦しんでいるのだ。


奥歯をかみしめて、さらに進む。


川がある、ということしかわかっていなくて、


それが今いる位置からどのくらいの距離にあるのかまではわからない。


足元にある枯葉を踏みしめ足を踏み出した時、


何かに躓いて、転びそうになった。


小さく悲鳴を上げて、なんとかその場に踏みとどまる。


足元を見ると、掌よりも大きな丸いものが地面に転がっていた。


おそるおそる拾い上げてみると、それは半分に割れたヤシの実のようだった。


中身が空洞で、ここに水を汲んでお椀のように使えるかもしれない。


水で少し洗えばきっと使えるだろう。


フレヤはヤシの実を握りしめると、さらに足を進めた。


歩き出してどれくらい時間がたっただろう。


フレヤの耳はかすかに聞こえる水音をとらえた。


はっとして立ち止まる。


目を閉じて耳を澄ませてもう一度注意深く聞いてみる。


右斜め前の方角から聞こえる。


フレヤは目を開けた。


あたりは燃えるようなオレンジ色に染まっている。


夕日が沈みだしているのだ。


暗くなるまでに急がないと。


川が見えてくるまではそんなに時間はかからなかった。


フレヤは、涼やかな小さなせせらぎに唇をほころばせた。


近くにまで歩を進め、せせらぎの近くで膝をつく。


湿った土のにおいが鼻をかすめた。


そっと手を入れてみると、水はひんやりと心地よく指を濡らした。


これほど澄んでいる水なら大丈夫だろう。


フレヤはヤシの実をそっと水の中に入れて、くみ取った。


たぷんとした液体が夕日を反射して光る。


ふっと手元が陰った。


怪訝に思って上を見上げると、見知らぬ男が


いつの間にか隣に立っていた。


背の高い肌の浅黒い男だった。


フレヤは声も出せずに男を見つめた。


ゆっくりとオレンジ色は薄くなり、


あたりは薄暗くなっていく。


男はしばらくじっとフレヤを見つめていた。



「あんた、王女か」



とげのある言い方だった。


独特の模様の刺繍が鮮やかな民族衣装のような衣に彼は身を包んでいた。


涼やかな緑の瞳がついっと細められる。


その仕草にひどく既視感を覚えて、フレヤは眉をひそめた。



「あなた……アルハフ族の人?」


「聞いているのはこっちだよ王女サマ」



明らかに馬鹿にしている呼称に、思わずむっとしてしまうが


それをぐっと抑える。


ざっと全身を見渡しても、やはりチノに似ている。


服装、身のこなし、雰囲気、目の色、すべてが似通っている。



「そうだとしたらなにか問題でも?」


「こんなにチョルノの匂いをぷんぷんさせているのに


 問題ないわけないよなぁ」



チョルノ。


おそらくチノのことを言っている。


そう考えている間に、一瞬で距離を詰められ、ぐっと顔を近づけられる。


まったく行動が読めなかった。


音のないしなやかな動き。


フレヤはまばたきもせずに男の目を見つめ返した。



「おれ、もっと反抗的な女のほうが好みなんだけど?」



まったく気配を感じさせないごく自然な動作でこちらに手を伸ばすと


彼はフレヤの顎をくいっと持ち上げた。


自然と真正面から視線がかち合う。


フレヤは睨み返しながら、逃げるスキがないかを必死にうかがったその時、


突然男が勢いよくフレヤから手を放した。


瞬きをする間に男は素早く後方に跳んだ。


数拍のちに黒い影が二人の間に割って入るように地面に降り立った。


フレヤは目を見開いた。


その人影が着地した衝撃で風が起こり、


ふわりと前髪がなびく。


漆黒の衣に身を包んだチノだった。


強く地を蹴ると、彼は男に向かってとびかかった。


チノが、びゅっと右手を一閃させる。


風がうなる。


その手には鈍い銀光を放つ短剣。



「っと、危ないな」



軽いステップで、素早い一振り二振りを後退して男はよける。


チノの攻撃はそれでは終わらなかった。


男の頭に向かってナイフを横に振ると、


男は素早くかがんでそれをかわした。


しかし、チノの足払いには気づかなかった。



「うわっ」



男の体勢が崩れた。


その隙を見逃さず、チノは一気に男に襲い掛かると、


馬乗りになってその首にぴたりと短剣の切っ先を突き付けた。


一瞬の出来事だった。


フレヤはただ、ぺたんとその場に力なく座り込んだ。



「チノ、やめて」



チノの息は荒く、短剣の切っ先はぶるぶる震えていた。


もともと戦える状態ではないのに、


フレヤが傍にいないのに気付いて急いで追ってきたのだろう。



「チョルノ、いい加減気づけよ。


 おれだよ」


「……カルト?」



かすれた声でチノがつぶやいた。


ゆっくりと短剣の切っ先が、男、カルトののどから離れていく。


やはり、この男はチノの仲間なのだ。


信じられない、という風にチノが瞬きを繰り返すのが見えた。


しかし、チノが立てるのはそこまでだった。


揺らぐことのなかった長身が傾き、膝を地につけて肩で息をする。



「ヘマしたな、チョルノ」


「……うる……さい」



カルトはざっと見ただけでチノが普通の状態でないと気づいたらしく、


起き上がると、チノの体を軽々と持ち上げ背負った。


つづいてフレヤに向き直ると、彼は顎でフレヤを促した。


ついてこい、と。

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