反発
なんだか屋敷が慌ただしい。
少し離れたところからもその様子がよくわかる。
フレヤはシウが入っていった建物を見つめた。
さっきまでたっていた門番の兵も建物内にはいってしまった。
今が好機だ。
「いくわ」
「……ああ」
フレヤは静かに立ち上がると、
隠れていた建物の陰から離れた。
徐々に近ずく建物に動機が止まらない。
もっと冷静にならねば。
冷静に。
もっと冷静に。
必死にそう自分の心に言い聞かせると、さらに足を進めた。
門の前に来たところで、ドアが開き中から人影が二つ現れた。
シウだ。
彼の後ろにはお付きの者らしきつり目の少女がいる。
「久しいな、人魚姫」
「……私はそんな名前じゃないわ」
フレヤは相手の存在感に気おされぬよう踏ん張った。
すっと顎をひいて前を見つめる。
「今日も番犬付きか」
「チノのことをそんな風に言わないで」
「アンタ、シウ様に口ごたえするとか何様なのさ!!」
噛みつくようにシウの背後にする少女が言った。
敵意をあらわにこちらを睨んでくる。
「よい、リン」
「ですが、シウ様!!」
「我がよいと言っている」
しぶしぶながらに、少女、リンは一歩後ろに下がった。
しかし、こちらを忌々しそうに睨みつけてくるのだけはやめなかった。
一方のフレヤは、リンの瞳を見ていた。
金色の瞳。
獣の瞳だ。
「そうだ。
リンは化け猫の末裔だ。
ミン国の隣のジパングという国出身の者だ。
血気盛んなのは大目に見てやってくれ」
シウがフレヤの考えていることを読み取ったように
そう答えた。
少なからずそれに動揺してしまうが、
それを見せないように驚きを押し殺す。
それよりも聞きたいことは別にある。
「シウ様」
「シウでいい」
「シウはなぜ我が国にいるのかしら」
やはり、彼が妹ヘレナの結婚式に参列したのは、
ほかにも目的があるからなのだ。
「我のことはどうでもよかろう?」
「どうでもよくないわ。
この国を統べる王女として見過ごせない」
「汝」
ふっとシウが表情を変えた。
愁いを帯びたような表情。
いや、ちがう。
あれは。
あの赤い瞳に宿っているのは哀れみだ。
「汝はいつか、汝の身を滅ぼすだろうよ。
おのが手で、おのが身を」
それだけ言うと、シウは歩き出した。
その後ろをリンが続く。
「なっ、待って――――――」
「汝、この館にいる者に用があったのではないのか?」
我と同じでな。
形の良い薄い唇が音もなくそう動いたのを最後に
シウは振り返ることなくフレヤの横を歩き去った。
「フレヤ王女殿下でいらっしゃいますか」
シウの背中を見送っていると、横から突然声をかけられた。
屋敷の中から中年の男が顔をのぞかせていいる。
この感じ、おそらくここの町人だろう。
「お待ちしておりました。
メノウ様が奥でお待ちでございます」
しばらくの間歩いていると、突然、扉の前で案内の者が足を止めた。
大きな扉だ。
中にメノウがいるのだろう。
「護衛の方は、ここでお待ちくださいませ」
「チノ」
メノウの配下に即座に反論しようとした彼の体を制する。
振り返ったチノの瞳は緑の瞳にろうそくの光が
キラキラと輝いて、金の粉を振りかけたみたいだった。
こんなときだというのに一瞬見とれる。
美しかった。
「おまえはまた、おれに何もするなというのか」
「違うわ」
「一瞬、一瞬でも心を預けてくれたと思ったのは
おれの気の迷いだというのか」
ひそめた声音に激情がにじむ。
彼が言っている、心を傾けた、が、はじめてチノの意見を求めたことだということに気付く。
彼は、ずっとフレヤが頼ってくるのを待っていたのだ。
「チノ、聞いて」
「今回ばかりは聞けない。
おまえの命がかかわっている」
「私の心配をしてくれているのね」
少し自意識過剰だろうかと思いながらそう口にすると、
チノは少し息をのんだ。
ようやく自分が口にした言葉の意味に気付いたらしい。
その一瞬の沈黙を逃さずフレヤはさらにいいつのった。
「あなたが私の心配をしてくれているように、
私もあなたが心配。
私のせいで傷を負ってしまうのではないかと」
「おれのことなどいい」
「よくない」
フレヤは一歩も引かなかった。
中にはメノウがいる。
何が起こってもおかしくない。
仮にフレヤがここで殺されるとしたら、
チノはフレヤをかばってしまうだろう。
足手まといにはなりたくなかった。
「わかって」
「わからないな」
これで引いてくれると思ったのに、チノはなおもくいさがった。
ここまで、チノが自分の意見を変えないのは初めてのことだった。
いつもだったら、フレヤの意見を最優先に行動してくれるのに。
どうしたらいいのかわからず、少し当惑する。
「チノ、お願い」
「おまえが意見を曲げないというのなら、
おれはおれで勝手にするまでだ」
押し殺した声ではき捨てるようにいうと
チノは思いっきりメノウの部屋へと続くドアを開いた。
止める間もなかった。
一瞬の出来事だった。




