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マーメイドウィッチ  作者: いろはうた
16/88

見たくて見たくない

~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~







「フレヤ!!」



必死の形相のステファンがこちらに向かって駆け寄ってくる。


いつものようなよそよそしい呼び方じゃなかった。


強く腕をつかまれて、勢いよくその腕の中に引き寄せられる。


初めて包み込まれた腕の中は狭くて硬くて温かかった。



「すまなかった。


 私が、私が悪かった」



耳元で聞こえる声は震えていた。


強く強くかき抱かれる。


もう決して離さないとでもいうように。



「私がどうかしていた。


 やはり、私には君しかいない。


 図々しいのはわかっている。


 だが、どうか、どうかもう一度私に機会を与えてはくれまいか」



何が起こったのかわからなかった。


息ができない。


涙が目の端からこぼれる。


待っていた。


ずっとその言葉を待っていた。


無表情の仮面なんて一瞬で剥がれ落ちる。


なんでもいい。


どんな形であれ、彼に戻ってきてほしかった。


まだ好きだ。


どうしようもないくらいにこの人が好きだ。


震える手で、彼の顔の輪郭をなぞる。


激情が宿るこのアイスブルーの瞳も。


滑らかなあごの線も。


穏やかな匂いも。


優しい声も。


包み込んでくれる何もかもが、こんなにも愛おしくて、苦しい。



「あなたが、好きよ」



声が情けないほど震えた。


ぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちて、前が見えなくなる。


このたった一人の愛しい人しか見えなくなる。



「あなたが、好きなの!!」



様々な感情が一度に押し寄せてくる。


好きだ。


好きなんだ。


どんな言葉で偽ろうとも、ごまかせなかったこの感情。


フレヤは嗚咽を止められなかった。


涙が止まらなかった。


こんなに。


こんなに幸せだというのに涙が止まらない。


心のどこかで気づいてしまった。


これが夢であることに。


絶対に夢だと思いたくなくて。


でも絶対にこの夢からさめたくなくて。


フレヤはステファンの胸に縋りついた。


ステファンはフレヤの望むだけ強く抱きしめ返してくれた。


だけど。


どれだけ願っても、彼は、愛しているとは言ってくれなかった。

























~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~
















「フレヤ!!」



強くゆすられて、フレヤははっと目を覚ました。


その瞬間目じりから、涙が零れ落ちた。


後から次々とあふれてきて止まらない。


視界いっぱいにチノの顔が見える。


必死の形相だった。


それを見て、目覚めてしまったのだと悟る。



「とてもね、幸せな夢を見ていたのよ」



フレヤはかすれた声でそうつぶやいた。


涙まみれの顔で言っている時点で、


どんな夢を見ていたのか悟ったのだろう。


チノはただ一言、そうか、とだけ返した。


腕に触れていたチノの手が離れていく。


ちょうど朝日が窓から差し込む時間帯だった。



「早起き、してしまったみたいね」



フレヤは、もう一度眠る気にはなれなくて、身を起こした。

























身支度を整えた後、フレヤは父王の部屋に向かった。


護衛の近衛兵がフレヤの姿を認識して敬礼をする。


三日目にしてやっと父王への見舞いの許可が医者からおりたのだ。


チノは部屋の外に残して、フレヤは扉に手をかけた。


重すぎる木の扉の向こうは薄暗かった。


豪奢なベッドには父、イルグが眠っていた。


その傍まで歩く途中、ふと父のベッドの脇に金属製の輝くものが


光っていることに気付いた。


よく見るとそれは、


亡き母の純金製の貝殻を模したペンダントだった。


フレヤは息をのんだ。


その輝きはフレヤが幼かったころからなにも変わっていない。


どれだけ大切に手入れをされているのか一目でわかった。


いまだなお、亡き母を深く愛しているのだと悟った。


後継ぎがいないため、フレヤの母が亡くなった後、


家臣たちは父に再婚を何度も勧めたが、


頑として受け入れなかったのはこのためだったのだ。


狩りに明け暮れるようになったのも、


最愛の妻を失った悲しみをごまかすためで。


青い髪に深紅の目という亡き母そっくりの人間離れした容姿の


フレヤをかわいがってくれたのもそのためだろう。


最愛の妻の忘れ形見だからだ。


フレヤは父の枕元にある椅子に腰かけて、彼の顔を見つめた。


この三日で十も年を重ねたように見える。



「私は、あなたに似てしまったのですね、お父様」



最愛の人を忘れられなくて。


何もかもから逃げてしまいたくて。


不器用だから、上手にごまかせなくて。


他の人なんて到底考えられなくて。


ふと、枕元の棚に豪奢な花束が飾ってあることに気付いた。


メッセージカードにはヘレナ、ステファンより、と書いている。


見舞いの花束が贈られてきたのだ。


その名前は、今のフレヤが一番目に入れたくないもので


フレヤは思わず立ち上がった。



「また、伺います、お父様」



くるりと向きを変えると一目散にドアを目指す。


涙が目の端ににじんだ。



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