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いち

 むかしむかし。

 今から五百年以上前のことでしょうか。

 歳の頃は五つくらいの男の子が、ある町に掲げられている木の看板をじっと見ていました。


「ぼうず、どうしたんだい? そんなに熱心にながめて」

「ねぇおじさん、ここにはなんてかいてあるの?」


 少し薄汚れたシャツに膝小僧が隠れるくらいのズボンを履いた平凡な顔の男の子はそう言って、立て看板に刻まれた文字を指し示します。

 この辺りでは農村から出稼ぎに物を売りに来る子供は少なくありません。そして学のないそのような子供は大抵文字が読めないので、こうして立て看板に興味を持ってその横で商いをする男に尋ねて来ることは珍しいことではありませんでした。


「あぁこれかい? これには『勇者募集』って書いてあるのさ」

「ゆうしゃ?」

「あぁ。勇者っていうのはな、魔王を倒すえらーいえらーい人のことを言うのさ」

「まおうってなに? ぼしゅうってなに?」

「あ―……」


 男の子のなになに攻撃はやみません。興味津々の子供の相手をするほどの時間はなかった男は面倒になったようで、立て看板から少し離れたところにある塀に囲まれた建物の前に立つ男を指さします。


「詳しく聞きたきゃあそこの男に訊きな。それの専門家……ぼうずの知りたいことをなんでも教えてくれるはずだからよ」

「わかった! ありがと、おじさん!」


 それを聞いた男の子は、にぱっと嬉しそうに笑うと、男に指示された大きな塀の前で鎧を着て立っている衛兵の前まで小さな体で一生懸命走っていきました。


 塀の傍まで向かうと、塀の中からはなにやら金属がぶつかるような甲高い音や人の歓声が聞こえてきましたが、男の子はそんなことは気にならないようでした。

 待ちきれない、というように背伸びをしながら兵の金属の鎧をぺんぺんと叩きます。


「ねぇねぇ、おじさん」


 低い位置から何か小さな振動を感じた衛兵は、何よりもその言葉にむっとしたようで、邪魔だと追い払うのも忘れて怒鳴りました。


「おじっ……俺はおじさんじゃねぇ! お兄さんと呼べ! ぼうず!」

「おにいさん、まおうってなに? 『ゆうしゃぼしゅう』ってなに? あそこのおじさんがおにいさんならなんでもしってるからぜんぶおしえてくれるって! ねぇねぇ、おしえて!」


 単純な衛兵は、男の子が素直に自分をお兄さんと呼んだことに気をよくしたようです。なんでも知っていると言われたことに鼻をうごめかすと、怒鳴ったことも忘れて、痩せた貧相な男の子の素朴な疑問に胸を張りました。


「よし、教えてやろう! よーく聞けよ? まず魔王だったな。魔王って言うのは魔物の王様だ。魔物は分かるよな?」

「うーん? むらにでるこわいいきものだっておかあさんがいってたやつ?」

「そうだ。ぼうずだって何か人間じゃない生き物に襲われて村が荒らされたり、命を落とすやつがいることは知っているだろう? それが魔物だ。魔物はな、強いやつほど人間の言葉を話して、悪いことをする。人間をたくさん殺すくらい強いやつが偉くて、その一番強くて偉いやつが王様だ。そいつを魔王と言うんだ。」

「ふぅん、いちばんつよいんだ?」

「あぁ、そうだ。詳しくはしらねぇが、魔物っつうのは強いってぇことが生きる価値みたいなもんらしいんだよなぁ。だから人間を襲うし、時には魔物同士でも戦うことがあるんだと。くだらねぇけど、その辺人間と似てるんだろうな。んでもって、その頂点の『魔王』がいる限り戦や争いも絶えねぇから、俺たち人間に平穏はないって言われてるんだ」


 男の子はそれを聞いてぷくっと頬を膨らませます。


「まおうってわるいやつなんだね! まおうがいなくなったらみんながしあわせにくらせるの?」

「そうだ。魔王がいなくなればこの世は平和になる……あーつまり、みんなが楽しく暮らせるんだぜ。魔王っつーもんはこの世から消さなきゃいけないってわけだ」

「そうなんだぁ。じゃあ、まおうをたおさなきゃいけないんだね! でもそんなにつよい『まおう』がたおせるの?」

「おうともよ! 魔王を倒せるのが、勇者だ!」

「すごいすごい! ゆうしゃさまってどんなひと?」


 男の子というのはどの時代も「強いもの」に憧れるものだからでしょうか。男の子はきらきらと目を輝かせて身を乗り出すと勇んで衛兵に尋ねました。

 そして衛兵も元々話し好きだったのでしょう、もはや警備の仕事そっちのけで男の子に饒舌に語りだします。


「大昔は国王陛下が異世界っていうこの世界じゃない所から召喚してたらしいんだ。異世界から来たやつは大抵大層な力を持っててよ、そいつが一月とか二月とかちょいと修行するだけですっげぇ強くなってよ、そんで頃合いになったら、お美しい聖女様や国一番の騎士様や美貌の女魔術師様なんかと魔王退治に行って、帰ってきたところで王女様に『なんて素敵なお方……!』、国王陛下には『国の勇者をたたえる』とかなんとか仰られてから王女様とご結婚、あとはのうのうとぜいたくな生活をして余生を過ごす――なんてことが多かったらしいんだ。……だがよ、よくよく考えてみな、ぼうず。確かに魔王を倒してくれるありがたい存在だっつっても魔王ってぇのは倒してもしばらくしたらまた発生すんのよ。国王陛下が亡くなっても王子殿下とか王弟殿下が即位されるのと同じなのかもしれねぇが、一回倒してもずっと平和が続くわけじゃねぇの。それに対して勇者を異世界から召喚するのにはとんでもない手間と金がかかるし、異世界人っつーのは面の皮が厚い上に国王陛下がどれだけ偉いかとか分かんねぇから、一回魔王倒した勇者はその後死ぬまで何も仕事しなくても贅沢し放題、美人はべらし放題。それでも国の救世主だから勇者を無下にはできねぇし、とんでもなく強ぇから勇者に危害を加えようなんて考えたらこっちが危ないからそれもできない。勇者の要望を聞かなきゃ『俺がしてやったことを忘れるのか!』とか言いだしやがるから、国のメンツ守るためにも国を守るためにも国王陛下も勇者の言う通りに金を使う。そんでもって勇者の贅沢に従ったら国の金がどんどん使われて国民が苦しい生活をする――こういう歴史を繰り返して、国王陛下は気づかれたんだな、異世界出身の勇者って存在自体を害悪になるって。んで、それくらいならこの世界の人間の中の選りすぐりの強いやつを選んでその精鋭集団をまとめてどんどん魔王に突っ込ませた方が効率がいいんじゃないかって考えるようになられた。それで、異世界から勇者を召喚するのをやめて勇者を募集している、まぁつまり集めているわけだ。分かったか?」

「うーん、よくわからなかった」


 男の子が顔を顰めて首を傾げたのを見て、衛兵は調子に乗って話し過ぎたことを反省したように額を一度叩いて、なんとか簡単にまとめようと呻きました。しかし今説明したことを分かりやすく言い直すことはできなかったようです。

 情熱を伝えられないことを惜しむかのように大きくため息をついてから、さきほどよりも沈んだ声音で言いました。


「あ――簡単に言うとだな、ぼうずが見たあの看板には『魔王を倒せるくらい強い存在を求めている。魔王に打ち勝った勇者にはこの世のどんな名声も霞むほどの栄誉と大量の報奨金と貴族位を与える。希望者は誰でも来い』って書いてあってよ、この塀の中には、この世界で魔王を倒せるくらい強いと思ってるやつがこぞって集まって来ているわけだ。そいつらを競わせて、そこで勝ち残ったやつを勇者って呼んで魔王と戦わせるってことにしたっつうことだな。この塀の中では、集まってきたやつが戦って『勇者』になろうとしてるってこった。『勇者様』が選ばれたらきっとすぐに魔王なんざ退治されて国は平和になって万事解決ってわけさ」

「ふぅん……、まおうをたおせるひとがゆうしゃ、かぁ……」

「そうだぞ。ほら、見てみろ、ぼうず。こんなにたくさんの人間が集まってるんだ。勇者が選抜されるのも時間の問題だろうぜ?」


 分かったような分からないような煮え切らない返事をした男の子が、顔を上げ、衛兵の指す方向を見ると、たくさんの人が列をなして塀の中に入っていくのが見えました。そして、そこには確かに屈強な体つきの者もいましたが、ローブ一枚の者も、貧弱な者も、見るからに貧乏そうな者も、男の子より少し年上だろう子供すらいたのです。

 その多種多様な大勢の人たちを見た男の子は、いいことを思いついた、というようにきらきらと輝かせた顔を上げました。


「ね。だれでもいいなら、ぼくでもゆうしゃになれる?」


 男の子の発言を聞いた衛兵は、一瞬ぽかんと口を開けて制止すると、次の瞬間、天を仰ぐようにのけぞって笑い声を響かせました。そして腹が痛くなるほど笑った後に目じりの涙を拭うと、その手を男の子の頭の上に置きました。


「ぼうずにはまだ早ぇえなぁ!」

「でも、まおうをたおせるくらいつよいっておもってるひとはだれでもいいんでしょう?」

「いい、いいんだけどよ! 俺、こういう少年っぽい夢と希望は好きだぜ。まぁもうちょっと大きくなってからまた来な。さ、お兄さんは仕事だ、ぼうずはかあちゃんとこに帰れよー」

「ちょっとまっておにいさ」

「てめぇなにさぼってやがる!! 働きやがれっ!」

「はっ! 失礼いたしました!」


 がははとがさつに笑った衛兵に異議を唱えようとした男の子の声を遮るように、衛兵の上司なのでしょう、より厳めしい顔の男が衛兵を叱りつけます。すると、衛兵はさっきまでの調子の良さはどこへやら、敬礼をし男の子の背中を押すと、その後は一切、男の子には目もくれませんでした。

 背を押されてたたらを踏んだ男の子は、もう衛兵が話を聞いてくれないだろうことを見て取ったのでしょう、諦めたように元来た道を戻りながら小さく呟きました。


「ちぇー。なんでだめなんだろう? きっとぼくなら、まおうをやっつけるほうほうをおもいつけるのに」




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