王の花畑
王の居場所アルバノートの娘で後の二代目大公の物語です。時期的には王の子の居場所より数年後です。
「……むぅ~」
「どうしたんです?」
私が膨れているとどこからともなくやって来た男がそう尋ねてきた。
私は答える気分じゃなかったので、くいっと顎で不機嫌な原因を示した。
それを見て、男も「…ああ、なるほど」と納得しているようだが、まるで私の全てを知っているかのような態度は気に食わない。
「ちょっと、今のはどういう意味?」
私が苛立ちを隠さずに問うと、男はしまったという顔をしたが、もう遅い。
「あんまり私を怒らせると将来困ることになるわよ?」
「……現在進行形で困っているのにですか?」
私の名前はベガ・フォースミラン・イスルギ。
公国の第一王女にして、次期大公位を継承する者。
それなのに、私に向けられる周囲の態度は結構雑だ。
原因はわかっている。お母様だ。お母様の良く言えば豪放磊落、悪く言えば大雑把な性格が私にはありありと遺伝されている。
国の重鎮たちは幼い頃からお母様を知っている者ばかり。お母様が子供の頃に起こした騒動を私が世襲するように引き起こすのでは、と戦々恐々しているのだ。
そして、そんな私のお目付け役に選ばれたのが今も私に構ってきたこの男――ヴェルランドだ。一応は私の義兄に当たる。
口喧しいのが玉に瑕だが、こいつのことは気に入っている。
――だって、こいつ………パパにそっくりなんだもん!
亡国の王族の血を引くパパ。ヴェルランドは亡国の最後の王族の血を引いているから遠い親戚にあたるかららしいけど…。
私はパパが大好き。パパは大公であるお母様を支えていて大公夫君と呼ばれることが多い。だけど、私は知っている。パパがお母様の暴走を止める度に大公賢君と呼ばれていることを。
そう!パパは頭がいいの!
昔に大変な目に合って足が不自由になってはいるけど、そんなことは関係ない。パパは私の理想。パパ以上の男の人なんているわけがないもの!
話がずれちゃったわね。と言っても大筋は逸れていないから安心して?
私が不機嫌な理由は半分はそのパパにあるんだから!
「ぱぁ~ぱ!あげゆ!」
「…ありがとう。大切にするよ」
「とちゃ、これもこりぇも!」
パパは今、小さな子供たちの世話をしている。女の子と男の子をそれぞれ膝の上に乗せ、もう一人の女の子を腕に抱えている。
何を隠そう、その子供とは私の弟や妹たちだ。
今日はお母様が政務で外国に行っているからその間パパが弟たちの面倒を見ている。
四歳になる妹はパパに抱かれてすやすやと寝息を立て、まだ二歳の双子の弟と妹は膝の上で絵を描いてはそれをパパに見せている。
私はお母様に宿題を出されてるのに、ズルい!!
「……ねえ、ヴェルランド」
「はい?何でしょうか?」
ヴェルランドはある時から私に敬語を使うようになってきた。
家族として接していた時間が長かったから違和感を覚えたものだが、それにも最近慣れてきたものだ。
「そろそろ、妹たちにも仕事を手伝わせるべきじゃないかしら?」
「い、妹君たちにですか…?」
私の突然の提案に、ヴェルランドは大層驚き、しかし何やら思案し始めた。
「…しかし、妹君はまだ四歳。流石に時期尚早ではないかと……」
「甘いわ!甘過ぎよヴェルランド!」
予想通りの答えに私は座っていた椅子が倒れるほど勢いよく立ち上がった。
「子供のうちからしっかりとした教育をしておくこと!それが国の安定に繋がるのよ!我が国は生まれて間もない新興国家、そんな我が国だからこそ未来を担う存在の用意は早急に求められるわ!」
私は用意しておいた建前を述べていく。
これは半分以上は建前だが、一割くらいは真実だ。
元々お母様の母国からついて来ていた重鎮たちはもう皆五十を超える歳。私が本格的に政務を引き継ぐ時には引退する者も出始めるだろう。
かと言って、亡国の重鎮たちを今の段階で重役に加えることもできない。
ほとんどの者が自分たちの愚王が何をしたか理解しているけど、それでも一部は無意識であれ意識的であれ反感を持っている者はいる。そんな人たちにまだ不安定な国の行く末を預けるわけにはいかないの。
だったら、未来を担う子供たちを育てる方が早いわ。
と、ここまでが建前。
本音は、妹たちが忙しくなれば私とパパの時間が増えるから!!
「――というわけなのですが。義母上いかが思われますか?」
ヴェルランドは義妹からの提案を受け、義母であり現大公に進言していた。
ヴェルランドも義妹が何を考えているのかなど、生まれた時から面倒を見てきた彼には彼女の考え付くことなど手に取るようにわかっていた。そもそも、この似た者親娘は思考が似ている。
彼女らの根幹を形成するもの。それはすなわち――義父アルバノートに構ってほしい、だ。
その事を理解しつつも彼女に助力するような行動をするのはあながち間違ってはいなかったからだ。
「――つまり、学校を……幼児期からの教育機関を設立しろと言うのだな?」
アルバノートをめぐり対立している者の考えであっても、一考する価値があると考えた大公は真剣に考え、結論を出した。
「パパ~はい、あ~ん」
後日、王女が父親に甘える光景が宮殿で見かけられたことが何よりも雄弁に物語っていただろう。
二代目大公ベガ・フォースミラン・イスルギは幼い頃から聡明で未来に目を向けていた賢君という名声が高い。彼女は幼い弟妹を中心に教育の大切さを説き、その教師として出産直後の女性の雇用を提案した。
これにより、孤独な幼少時代を送りがちな身分の高い子供たちも国の未来を担う人材へ成長していき、出産が大きなハンデになってしまう女性の雇用を確立することで女性の社会進出を後押しした。
これを受け、公国は三代目には確かな地盤を築き彼女の孫の代には早くも独立を果たす。
また、彼女は強い女性としても知られる。
彼女は父親との仲はとても良好とされていたが、父親の葬儀の際一切涙することなく笑顔で最愛の父を見送ったとされ、公国発展の祖にして強く気高い大公としても名を馳せた。
はい、わかりにくいかもしれませんが、花畑は彼女の頭です。