奇妙な話
夕刊を取るついでに郵便ポストを確認すると、ダイレクトメール
に混じって一枚の葉書が目についた。黄ばんだ、やけに古い感じの
する一枚だった。
裏を見ると、一言【在】とある。印刷された文字ではなく、手書
きの、それも筆によって墨で書かれたモノのようだった。
ん? 何だこれ? 宛名は間違いなくうちの住所。そして俺の名
前。差出人は? 何も記されてない。
これはどういうことだ? 俺にはサッパリ覚えが無いんだが。
多分誰かの悪戯だろう。その時はそんな風に考え、その葉書は俺の
机の引き出しの奥に仕舞い込まれることになった。
いつしかそんな事も忘れてしまっていた頃、会社の帰り、中学時
代の同級生に偶然声を掛けられた。始めは誰だか分らなかったが、
記憶の糸を手繰り、ようやく思い出した。
そいつは中学を卒業すると同時に母親の田舎に引っ越していった、
野球部の山田だった。当時は随分肥えていた筈だが、今は見るから
にガリガリ。すぐには思い出せないはずだ。
「よう! 久しぶりだな。元気だったか? 」
「おお! しばらく。確か十五年ぶりくらいになるか」
で、近所の飲み屋で一杯やることになった。山田は会社の出張で
こちらに来ていたのだという。お互いの近況や、共通の知人の話題
に花が咲いた。酒も回って来て、大いに飲んだ。山田は胃の調子が
ちょっと、という事で、途中からは話し専門だったのだが。
さて、時間も遅いのでお開きにしようや、また今度同級会で
も、と言った時、山田が唐突にこんな事を言ったのだ。
「同級…と言えば、最近おかしな葉書が届かなかったか? やけに
古びた葉書でな…」
この時、俺は例の葉書の事を思い出した。ああ、そう言えば…
「あれな、Kからの葉書なんだぜ。覚えてるだろ? Kの事? ほ
ら、中学三年の三学期に事故で…」
「ああ、もちろん覚えてる。塾からの帰りに交通事故にあって意識
不明、そのまま入院して…」
「ああ」
山田は煙草を一本取り出すと百円ライターで火をつけ、煙を吐き
出しながら頷いた。時折の咳が耳についた。
「でも、何でそれがKからの葉書なんだよ。第一、Kは…」
そこまで口にした時、俺は胸がざわつく感覚を味わっていた。
Kは俺達が高校に入学した年に亡くなっている筈だ。俺の意識の
中で、その当時の事がまざまざと浮かんできた。
そもそもKと俺は家が近かったこともあり、仲の良い方だった。
休みの時などもよく一緒に遊んだものだった。しかし中学に上がっ
た頃から、Kは少しずつおかしくなっていったのだ。
いわゆるオカルトものに懲りだし、時折、訳の分らない事を言っ
たりして友人達を怖がらせたものだ。
「あのな。今だから言うが…Kの奴、塾からの帰りに事故にあって、
という事になってるが…実はあれ…自殺なんだ」
山田が陰のある顔を更に険しくして、ぽつりと言った。
「え? 何だって? Kが自殺?」
「ああ。俺の母親が看護師をしてたのは知ってるだろ? Kが運ば
れた先が母親の勤めてた病院でな…」
山田の声が途中で聞こえなくなった。Kが自殺? あいつ…本当
にやりやがったのか?
中学三年の時のKは、普通じゃなかった。口数も少なくなり、友
達と付き合う事もしなくなった。たまに口を開くと、決まって死後
の世界の話だけをした。
俺達は受験を控えていたから、Kもそのストレスのせいで、と思
っていたが、そんなKに詰め寄ったこともあった。そう、ある日の
事だ。
「K、お前さ、死後の世界死後の世界って言うけど、死んで帰って
きた奴は居ないんだぜ? 死後の世界なんて無いのさ。馬鹿ばっか
り言ってるんじゃないよ!」
放課後の教室で、男女五、六人残ってダベっていた時だ。山田も
確かそこに居たと思う。Kがいつもとは違って口数多く死後の世界
について語った。Kにしては珍しい位に熱を込めて。
俺達も受験のストレスで、いつもだったら笑って済ませていた事
も癪に障った。女子の中にクラスで一番人気のSさんがいた事も影
響があっただろう。女子は総じてオカルトが好きなものだ。Sさん
がKの話に熱中していたのも面白くなかった。だからつい俺達はK
に対して言葉がきつくなったのだ。
「死後の世界が無いだって? ふふっ、それこそ馬鹿な話さ。死後の
世界は絶対にあるんだ!」
Kは頬を紅潮させてそう言ったが、俺達は取り合わなかった。そ
れどころか更にKを追い詰めたのだ。
「それじゃ、絶対あるってお前が証明出来るのかよ? な? 無理
だろ。だからもうこの話題はやめにしようぜ?」
Kはその言葉を聞くと俯いてしまった。俺達はKが黙ってしまっ
た事で一応決着はついたものだと思っていたが、Kが一人で教室を
抜け出して行った時、捨て台詞の様な言葉を確かに耳にしたのだ。
「きっと俺が証明してやるからな…」
Kが事故にあったと聞いたのは、その一週間後だった。
「で? その葉書がなぜKからのものだと思うんだ?」
俺の疑問に、山田は煙草の灰をトントンと指で叩いて落としなが
ら
「ああ、だって俺はKがあれを用意している処を見ているんだから
な。死後の世界の証明? 死んだ自分から死後の世界はあるって葉
書が届けば…そんなつもりだったんだろうな。まぁ、今思えば子供
の考えだよ。うん、当時Kの家に用事があって行った事があるんだ
けど、その時にね。例の事故の二日前だったかな? もし俺が死ん
だら死後の世界がある事をお前達に連絡してやるからな、って笑っ
てたけど…」
「……」
俺は頭が真っ白になった。でも、なんで? 今頃になって?
そんな俺を見て、山田は片頬を引き攣らせながら
「あのな、Kは死んでないぜ? 今じゃ、でっぷりと太っていい貫
禄だよ」
「え?」
「高校の時に死んだと思ってたのか? それはデマさ。あいつピン
ピンしてるぜ。ほら、今で言う心身症? だから家族としては隠し
たかったんだろうな。で、転院してから精神科に。それもあって、
ずっと家族諸共あちらにって話さ。今回の件、多分奴の悪戯だろう
な。今頃あんな葉書を出すなんてさ」
「……」
「あいつ、あの当時ちょっとイカれてただろ? あの自殺騒ぎも自
分から車にぶつかって行ったけど、大した怪我じゃなかったらしい。
まぁ、許してやろうぜ。それこそ今度皆で同級会をやろうって話が
出た時に、悪戯を思いついたんだろうよ」
山田は煙草の火を灰皿に擦り付ける様にして消すと、目をしばた
かせながらそう言った。
「お前、最近Kに会ってたのか…」
「ああ。それこそ今日のお前とみたいに、偶然にな」
山田と別れてから急いで家に帰った俺は、机の引き出しを探って
みた。例の黄ばんだ葉書…確か机の引き出しの奥の方に…
しかしその葉書はどんなに探してみても見つけることは出来なか
った。
次の日曜日、俺は昔の連絡帳を引っ張り出して、何箇所かに電話
をした。何とかしてKと連絡が取りたい、そう思ったからだ。もと
Kの住んでいた家から細い糸を繋げ、やっとKと話をする事が出来
た。
「もしもし? 俺の事分るか?中学まで一緒だった…」
「おお、お前か。いや~、懐かしいな。元気か?」
電話口のKは確かに元気そうで、山田の言った、でっぷり太って
という想像も容易に出来る程だった。
「でな、いきなりで悪いんだが、ちょっと聞きたい事があるんだが」
「え? なんだよ。緊急か?」
「いや、大したことじゃないんだが、お前さ、俺宛に葉書を出した
か?」
俺の言葉は多分上ずっていたと思う。Kはそれとは裏腹にのんび
りとした声で言った。
「いいや。そんなものは出していないよ。人違いじゃないか?」
Kが葉書を出してない? そんな馬鹿な。じゃ、山田の言ったあ
れは嘘なのか?
「それじゃ、もうひとつ聞く。中学時代に山田って居ただろ。野球
部だった。覚えてるか? 最近会ったって聞いたんだが…」
その言葉を口にした途端、Kの口調が変わった。
「最近山田と会ったかだって? お前何言ってるんだ? あいつは
三年前に亡くなってるぜ? ああ、俺が住んでるのは山田のおふく
ろさんの田舎だよ。あいつとは趣味が合って仲良くしていたが、ち
ょっと行き過ぎた処があってだな、ガンが見つかってからは死後の
世界を証明するからって…もしもし? 聞いてるか?」
それで総て合点がいった。あの時の山田の姿。ああ…
もしかしたら、当時あの教室に居た男女五、六人総てのところ
に…そこまで考えてからSさんに連絡を取ろうと思ったが、やめた。
今更みんなを怖がらせても何にもならない。それに死後の世界は山
田が今回証明したように多分あるのだ。今の俺はそう考えざるを得
ないではないか…




