04◇美人板前の海鮮料理に舌鼓を打つ
ここマイグーザでは妖魔出現のあおりを受け、街の人達が許可なく森や山に入ることは固く禁じられることとなってしまった。これはマイグーザ領主の命令で、禁を侵したものは財産没収、禁固刑も喰らうという厳しいものだ。
そして、これは山に出ることで生計を立てていた猟師達もその例外ではない。猟師の中でも古株の一人であるレオさんだったが、こんな状況でできることはただ一つ。客を前にボヤくことだけだった。
「本当に困りました……手に入らないのは肉だけではありません。山菜や茸、山葵に山女魚……市場に顔を出しても、山の幸はどれもまるっきり出なくなりました。メニューは日に日に減る一方です」
溜め息交じりにそう語るレオさん。その声には少しヤケクソ気味な響きが含まれていた。彼の言葉通り、店の壁に貼られているお品書きの半数以上にバッテン印が付いている。
「でも“冒険者特需”みたいのはあるんでしょ? 各地から退魔稼業の剣客が集まっているわけですし、彼らの落とす金でマイグーザも結構潤っているんじゃないのですか?」
「ええ。歓楽街あたりはかなり賑わっているようですな。しかしうちのような郊外の店はサッパリ……まあ、アルスレイナさん達がうちの民宿を利用してくださっているので、何とか首は繋がっておりますが……」
そうなのだ。レオさんの店は民宿も経営していて、俺たちは飯と共に宿の方もお世話になっているって訳。お陰さまで寝場所には困らないし、旨い飯も食い放題。かなり良い思いをさせてもらっている。
ちなみにこのお店、造りはごくごく一般的な小料理屋だ。他愛のない会話を交わす俺たちがいる客室から、カウンターを隔てた先に小奇麗な厨房がある。で、この店の中には俺たちとレオさんの他に、実はもう一人いたんだ。
その女性は厨房の中でさっきからずっと、俺たちのために黙々と料理を作ってくれていた。さっきまではレオさんが厨房から料理を運んできてくれていたのだが、今度は彼女自身の手で、俺たちの前に新たな一品が運ばれてくる。
「――コイツも味わってください。旬の幸、生ウニとアワビの付け合わせです」
「お、コイツも旨そうだ。わざわざ悪いね、カレンさん」
「いえ。手前もご一緒させてもらいますんで。いいですか、マスター」
「ああいいよ、カレン。御苦労だね。アルスレイナさんに酌を注いでやってくれ」
「へい」
布巾で手を拭いながら、厨房の裏手へときびきびと歩いていく後姿も凛々しいスレンダーな女性。しばらくして彼女は厨房から出てくる。この人がカレンさん、ここの板前だ。さっきまでの会話をずっと聞いていただけの彼女だったが、小休憩がてら食事を一緒に取ってくれるみたいだ。
さて、そのカレンさんだが。“名は体を表す”という言葉があるけど、その名の通りポニーテールの良く似合う可憐な女性。お銚子と杯を手にこちらの方へ歩いてくると、俺の脇に立つ。
「これも旨い酒です、試してください。“ホリノイ”って言うんですが、海の物にはこっちのが合います」
彼女は手慣れた仕草で、この甘露をなみなみと注ぐ。俺はお杯を口元に持って行き、まず唇を湿らす。人肌ちょっとのぬる燗だ。ゆっくりとその液体を口の中に注ぎ込み、舌の上で転がす。やがて華やかな香りが鼻腔を満たし始める。その香りを心ゆくまで堪能した後、咽を潤す。
「ふうん……確かに。辛口なんだけど、カキンとした飲み口の中にある華やかさと、豊潤さが心地いいね。こりゃ、濃厚なウニと本当によく合う。しかも、ぬる燗ってのも正解だ……」
「ええ。肉料理なら冷やで“キクノツカサ”や“ツキノワ”もいいですが、海鮮料理なら断然、コイツです」
そう言うとお銚子を一つカウンターの上に置き、彼女自身はもう一本のお銚子で手酌、グイッと行く。良い飲みっぷりだ。
「お、さすが。キュッと一杯行く立ち姿もイケてんじゃねぇか、カレンちゃん。ところでこの店にも、もう慣れたか?」
「へい。叔父さん……いえ、マスターには好きにさせてもらってるんで。有難い限りです」
ズースウィードの軽口を事も無げにいなし、今度はまかない料理として作り置きしていたであろう皿を手に歩くカレンさん。歩きながらも飾らない色気をふりまいている。
ズースウィードはそんなカレンさんをずっと目で追う。そんな姿を見ていた俺は心の中で呟く――止めとけ、ズースウィード。ガキンチョのお前さんにオトナのカレンさんはつり合わない。引っかけようったって、鼻であしらわれるのが落ちだぜ?――と。
あ――ちなみにこの俺、アルスレイナ。俺は見た目も精神年齢もズースウィード以上にガキンチョだというのを言っておく。ヤツより上なのは実年齢だけだ。いや、待てよ。そんな風に自分を客観的に分析できるってのはある意味オトナかもしれない。
さて、そんな男共の話は置いておこう。凛とした佇まいのまま、今度はチトセのところに立ち寄るカレンさん。キョトンと彼女を見上げるチトセに微笑みかけると、若竹色の角皿をカウンターに乗せる。
「はい、チトセちゃん。卵の出汁巻き、好きでしょ?」
「あ、カレンさん! ありがとう!」
さり気ない気配りも忘れないカレンさん。そんな彼女はようやくカウンター席の隅に座ると、厨房から持ってきた料理を口に運ぶ。澄ました顔の彼女が口にしているのは梳き昆布の煮付と焼き鮭。うーん、あれも結構おいしそうだ――今度、注文してみよう。
シャキンと背筋を伸ばし、物静かに食事を続けるカレンさん。それはとても絵になっていた。彼女の姿を見ているうちに、想いの丈をレオさんにぶちまけたくなる。
「そもそも、俺たちじゃなくてカレンさんを看板娘として紹介すれば良かったんじゃないんですか? 若いし、美人だし」
しかし、カレンさんは戸惑った様な顔になると、申し訳なさそうに声を返す。
「勘弁して下さい。手前、裏方ですんで」
「でもでも! カレンさんのウェイトレス姿も見てみたいなー。わたしの着てみるー?」
「止めてください、メセナローズさんまで。私、そういう可愛いの似合わないんで」
「そんなことないよー。カレンさん、スタイルいいし」
「そうだよ。似合うと思うんだけどな……というか、今すぐ着てくれ。俺の貸そうか?」
「柄じゃないです。あ、いくらお世辞を言っても絶対に着ませんからね」
「うーん、つまんないのーっ」
レイラは名残惜しそうにそう叫ぶが、当のカレンさんは頑としてウェイトレスになるつもりはないみたいだ。板前の矜持というやつだろうか、やはり職人というのは頑固一徹が信条だ。それは古今東西、どこに行っても変わらない不変の定理だと思う。
――そう、カレンさんは職人。ここマイグーザから遠く離れた港町でずっと修行をしていた彼女は、叔父であるレオさんのピンチを聞きつけ、修行をしていた店で板前として本採用になる直前、その話を蹴ってここまで来てくれたんだ。
今回の騒動で肉料理が出せなくなるのなら、その代わりに海鮮料理を――それはレオさんが望んだこと。それを察したカレンさんは、周りの反対を押し切ってここまでやってきたという話を、俺は聞いていた。
職人の世界――特に板前は人間関係から何から、とにかく厳しいというのは良く聞く話。俺も職人の端くれ――鍛冶屋だから、その辺りのことは身を持って知っている。
もっとも、俺が身を置いていたのは刀匠としては気さくで人間が出来過ぎていると評判のデュスタ・ゴローニュ先生率いる刀工集団、ナ・ゴローニュ。そんな甘々の環境にいた俺なんぞに職人を語る資格は無いのかもしれないが、俺にとってはそれさえも泣きたくなるくらい辛い日々だった。
そんな甘ちゃんの俺とは違い、カレンさんは駆け出しとはいえ一人前、しかもあの若さで。表には出さないがきっと、途轍もない苦労の連続だったと思う。
いなせで男前、そしてとっても美人な料理人、それがカレンさんだ。
そんなカレンさんの境遇と、自分自身の鍛冶見習い時代を重ね合わせて感傷に浸っていた俺を、さっきの話をぶり返すべく能天気な声を上げるレイラが邪魔をする。
「ねえ、アルスレイナーっ。わたしのブロードソード! お願いだってばー」
そうだね、レイラも俺と同じく精神年齢は幼児並みだね。一緒にカレンさんの爪の垢でも煎じて飲もうか?




