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呪詛

「さぁーっ、はいやみどもー、どこからでもかかってきやがれー」


 それは俺の声。寝っ転がりながら、やけくそでそう叫ぶ。岩だらけのここは、とてもじゃないが横になるような場所ではない。凶悪な形をした地面は、情け容赦なく俺の背中に喰い込む。不愉快極まりないが、これ以上立っている気力は全く無かった。


「そうよー、このメセナローズさまが、くしゃくしゃにまるめて、ぽいしてやるわー」


 メセナローズが加勢する。彼女はうつ伏せに突っ伏し、顔だけ横を向いた姿勢で無気力に叫ぶ。口を動かす度に彼女の柔らかそうな頬が、岩の奴らにグリグリとやられているのが目に入る。


 あまりの疲労に幼児退行を起こす俺たちと、その傍らにしゃがむチトセ。ファステムも大きめの岩に寄りかかり、心底疲れた様子で天を仰いでいる。要するに微笑ましいリラックスタイム。何とか這闇と魔獣を全て撃退し終えた俺たちは、ようやく訪れた安らぎを貪っていたという訳だ。

ただ一人、グロッグ=ウォードだけが仁王立ちのまま鋭い目つきで周囲を覗っていた。


「タフだよなー。その元気、少し分けてくれよー」


 そんな俺のおちゃらけを一瞥すると、それまで直立不動の姿勢を取り続けていたグロッグ=ウォードが歩きだす。


「ああーっ、そっちが魔城に向かう穴の入口だよーっ。でもあまり近づくなよー。這闇がいっぱい出てくるからなーっ」


 俺は体を起こすとヤツにそう忠告する。うっかりトラップが発動して、またあの大群が襲ってきたら今度こそジ・エンドだ。

 しかしグロッグ=ウォードはくるりと振り向くと、口を歪ませニヤリと笑う。「……フッ……」という嘲笑と共に、その唇から覗くギザギザの歯から言葉を吐きだす。


「……何故、ここが魔城への道だと、思った?……」


(えっ!?――)その言葉にハタと気付く。


「そう言えば……何でだ?」


 何かが変だ――頭の片隅に違和感がチラリと芽生える。

 慌てて俺は記憶を巻き戻す。ファステムに導かれるまま横道に入り、この大広間に入った。そしてここから伸びる穴が魔城へ向かう道と信じて疑わなかった――しかし考えてみればこの横穴、この大広間自体、取って付けたような脇道だ。


「そうよ、おかしい! 何で、ここに来る前に私達が通ってきた通路の奥へ行こうとは思わなかったの? 私達、何を変な思い込みをしてたの!?」


 メセナローズも叫ぶ。そもそも15年前、俺が最初にここへ来た時もこんな大広間やあんな穴を通ったという記憶が全く無い。いくら忘れっぽい俺でもこんな特徴的な場所を覚えていないはずはない。


「……ふふ。気付いたか、アルスレイナ。この愚図め……」


 グロッグ=ウォードが吐く軽蔑の言葉を聞き流しながら、ファステムへと振り向く。その美しい顔は厳しい表情に歪んでいた。奴の歯軋りが聞こえてくるようだった。


「……ここの明かり……精霊力の明かりには幻惑の力があるようだな……それにあのお芝居、御苦労なことだ……」


 そう言いながらグロッグ=ウォードは歩く。その先にはファステムの仲間達が残した荷物があった。そしてその傍らにあるのは、石を積み上げたケルン――きっと、そこには彼らの亡骸が。そう思い、俺たちはそこへ近づかなかった。


「止めろォォォッ!!」ファステムの怒号。奴はグロッグ=ウォードに向けて走っていた。


「……フブキ、しんどいかも知れぬが耐えろ……フン――ッッ!」


 ケルンの前に立ったグロッグ=ウォードは、蕨手刀でそれを横凪ぎににする。積み重なる石の塊に喰い込むその刃――。


『キィィィ――ン!』


 ケルンが砕け散る音と共に、甲高い音が木霊する。その中に、輝く何かが見える。


「くそォォォ――ッッ!!」再びファステムの叫び声。


「あれは……ケルンの中に剣が刺さっていたの!?」


 立ち上がったメセナローズが俺の隣で驚きの声を上げる。グロッグ=ウォードの斬撃、その勢いは凄まじかった。まるで爆発したかのようにケルンは吹き飛ぶ。その中に、剣の先半分が地面に刺さっていた。残り半分はクルクルと回転しながら、あさっての方向に飛び去っていく。


 それと同時だった。それまでこの広間を満たしていた薄黄色の明かりがフッと消える。


「なんだこりゃぁぁぁ!?]


 俺は叫ぶ。突然光を失った世界に俺の眼は追従できず、一瞬訪れるのは暗闇。わずかに間を置いて、怪しい燐光がぼんやりと浮かび上がる。真っ直ぐに伸びた光の帯が、この広間の地面にしるしを刻んでいた。


「……ふん……五芒星……やはりいんを結んでおったか……」


 グロッグ=ウォードの言葉に、俺はその光を目で追う。それは鈍く光る赤色の帯だった。地面の凹凸に沿って放たれる数本の光。それらは理論整然とお互い結びいている。


(何て見事な幾何学模様だ――)そう、確かに五芒星だ。その造形に、俺は妙に感心する。ヤツが折った剣があった場所から伸びる二本の帯はそれぞれ別の頂点へ――そこからまた別の軌跡を描く光。合計五つの頂点を起点に、魔法陣が描かれていた。その光景に、言葉を失っていたメセナローズも口を開く。


「これって……どういうこと? 何かの召喚術?」

「……魔王を操るための“呪詛”……愚かな人間共……アクナ・ツィードの浅知恵よ」

「え? アクナ・ツィードって?」

「……知らぬだろう……この五芒星を起点に、さらにガラヌゥグ火山へと張り巡らされた五芒星、そして国を跨ぐ更に大きな五芒星……奴らが数年越しで完成させた、忌まわしき呪い……」

「何のために!」

「……その再帰構造をもって、強大な呪術を発動する……魔王の心を混沌に落とし、絡め取り、そして“闇”を意のままに操るため……」

「本当なの、ファステムさん! じゃあ、お仲間の人達は一体!?」

「……いけにえにされたな。既に呪へと取り込まれておろう……」


 ファステムの代わりにグロッグ=ウォードが答える。ヤツが折った剣があった場所から、赤い燐光が消えていく。それはまるで、消え入ろうとしている炭火のようだった。


「そんな……」メセナローズの表情は真っ青だった。チトセは震えながら俺に抱きついている。

「嘘だッッ!」ファステムがようやく叫ぶ。

「魔王を封印するための“術”だ! 操るためではない! 奴に惑わされるな、奴こそ我々を陥れた張本人だ!」

「……潔くないな。見苦しいぞ……」


 静かに言葉を返すグロッグ=ウォードは、二本目のくびきを断ち割る。四本の剣は、巧妙な位置に突き刺さっていた。俺たちからは死角になる岩の陰や窪みから、呪術の軌跡は伸びていた。


「止めろォォッ! 誰か……奴を、あの狂った男を止めてくれ! 魔王が解き放たれるぞ! それだけでは無い、もっと無数の闇が押し寄せてくる!」


 ファステムはそう叫びながらグロッグ=ウォードに飛びかかる。しかしグロッグ=ウォードはファステムを無視して三本目の剣をへし折る。間合いを完全に見切っているのだろうか、余裕のある仕草でそのまま体を半回転。ファステムの十字槍を迎え撃つ姿勢を取る。


(勝負――あったか?)


 しかし、俺の見立ては完全に外れた。


「……グッ……うぐッ……」


 うめき声を上げたのはグロッグ=ウォードの方だった。ヤツが背を向けた瞬間、地中から岩の槍が突き出し。その二本の槍がその大きな背中を貫いていた。


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