カタナを打つ理由
「ところで店主、私たちがあれと戦っていること、何で分かった?」
そう俺に問いかけるこの男、確かザドレイドと言ったっけか。店に入った時にズースウィードといくつかやり合っていた。そう言えばその後、こいつの声は聞いていないことを思い出す。
年の頃はズースウィードと同じくらい、15歳か16歳といったところ。少年と言うには鋭く、さりとて大人と言うにはまだ青臭い、そんな顔立ちだ。
声の主へと振り返り、さあどう答えたものかと、思案がてらにしばし観察。まず目に付くのが背丈。こいつもズースウィードと同じ、とにかく長身だ。特徴を敢えて言うなら、こっちの方が全体的にか細い感じだろうか。
いや、細いというのはあくまで見た目の印象だ。
実際のところ、その体躯はかなりがっちりしている。ゆったりとした戦闘服のシルエット越しでさえ、鍛え上げられた肉体がうかがい知れる。特に肩の辺り。筋肉の盛り上がりは相当なもの。この男、女の様な顔立ちをしているが、ズースウィードより筋力は上だろう。
そしてこの優男、ちょっと変わった戦闘服に身を包んでいる。
黒いカッターシャツ。
黒いズボン。
そして黒い外套。
おまけに、奴がちょっとした仕草をするたびにきらりと光る金色のアクセサリ。チョーカーやらブレスレッドやら指輪やら。
それらが、黒ずくめの服装との対比でやたら眩しく見える。
『仏壇かよ……』
そう突っ込みを入れたくなるが、実際のところ下品さはかけらもない。それらは下品さの一歩手前で踏みとどまり、そこはかとない高貴さを演出していた。
それにはこのルックスも一役買っているだろう。
ちなみに、もしも俺が同じ格好をしたら……ああ、分かっているよ。出会う人間すべてが『プッ』と言ってくれるだろうよ……しくしく。
「おい、あんた」
仏壇男の声。気のせいか、その語気には僅かな苛立ちが含まれている。
――そうだった。なぜ魔物と戦っていることに気付いたかという、こいつの質問に答えないと。
「いえ、屈強そうな若者二人、明らかに尋常ではない使い方をされていたはずのこのロングソード、そして実用性を最重要視したカタナのオーダー……まぁ、そんなところから思いついたあてずっぽうですよ」
俺はとりあえずこう答え、さらに他愛のない言葉を付け加える。
「それにしても平和な世の中になりましたねー。ナ・クラレイド界隈では時々、はぐれ魔が出たぞー、なんて噂が立つくらいで、からっきし見なくなりました。旅の途中とお見受けしますが、この辺りじゃあ退魔稼業は割に合わんでしょ?」
この何の気なしに口走った質問にザドレイドは、思いがけない言葉を吐き出す。
「ふん。何も知らないくせに……」
まるで独り言のような小さな声。何と言っているかすらよく聞き取れなかったが、どうやら軽蔑の言葉らしい。俺はどんな反応をしたら良いかわからず、そっぽを向くザドレイドをじっと見つめることしかできない。
訪れる沈黙。
その時、それまで興味なさそうに店の中をうろうろしていたズースウィードが唐突に声を上げる。
「そういえば店主、何でガキの癖に店を持ってるんだ?」
この居た堪れない空気を変えようとしたのか、それとも何も考えずに思いつきで発したものなのか。ま、この男のことだ。おそらく後者だと思うけど。
俺は心の中でため息をつく。
その質問は、できれば触れて欲しくないものだったから。しかしこの気まずい状況を打破するため、思い切ってありのままに答える。
「いえ……この姿は、まぁあれです……」
「あれって?」
「えっと……魔王の呪いなんですよ……ははは」
「何を言ってやがる……って。おい、本当か?」
それまで気取った態度を崩さなかったズースウィードが初めて見せる表情らしい表情。どうせ冗談とでも思って『ふざけるな』なんて言ってくるかと思ったけど、このリアクションは想定外だ。
奴のしおらしい言葉につられてしまったのだろうか。気が付くと俺は、心の奥底にしまっていた悩みをさらけ出していた。
「そうですよ。多分、ですが……」
「そうか……」
そうなんだよ……全く情けない話だが。
初めて会う相手は俺の事を子供と必ず間違えやがる。それだけじゃない、御近所付き合いですらどこか俺の事を子供扱い。実際のところ俺自身、精神年齢までロックされて変わっていないような気さえするんだ。
それについては呪いとは関係ないんだろうけど。
ま、そんな生活にもいい加減慣れたけどね。そんな俺の自己嫌悪を知ってか知らずか、奴は何処となく暗い表情で言葉を繋ぐ。
「恐ろしいぜ、魔王の呪い。ガキにされて……しかも女の姿に変えられるのか。トンでもねぇトラップだ……」
「あ、いや……別に性別は変えられていません! この顔は生まれつきです!」
慌てて釈明する俺。
それにしても『トラップ』だってどういう意味だ? その言葉の真意、チト怖いぞ。
ちなみに、生まれつきこの情けない顔というのは本当なんだよな……。『ショタ』とか『男の娘』とか言えば聞こえはいいけどさ。ホント、少年時代、この顔のせいで何度襲われそうになったか。
そうだよ、オッサンだよ……リアル・オッサンだよ。性倒錯者だよ。奴らがこの俺を喰おうと血走った眼を……ううう、ブルブル……思い出しただけで身の毛がよだつ……。
そんな呪われた俺の半生。それを知ってか知らずか、こころもち力強い声でズースウィードが語りかける。
「……わかった。でも安心しな。間もなく魔王は倒される……テメーにかけられた呪いも、その時には解けるぜ」
……え?
何を言っているんだ、この男? 思わず俺は、奴の言葉をオウム返しにする。
「魔王は、倒される? えっと、お客さん……どちらに向かうんで?」
そこで聞いたのは、思いもしない言葉だった。
「ユ=ドノの北方……血の山脈。魔王≪棘と茨の黒き女王≫を討伐しに行く」
「お……おい、ちょっと待った!?」
この若者がさらりと言ってのけた言葉に、俺は少なからず動転する。
魔王《棘と茨の黒き女王》を倒しに行くだと?
冗談じゃあない!
「あいつは封印されているはずだぞ? そのおかげで魔物達は力を失い、大人しくしているんだ。わざわざ寝た子を起こしに行くことはないだろう!」
「あんた、何もわかっちゃいないですね。力を失っている? ふざけるのも大概にしてください。それに……」
突然荒々しい声を上げるザドレイド。しかしズースウィードがその言葉を遮る。
「おい。もういいだろう、一般人を巻き込むな。どうせ言ったって、平和ボケしたこいつらには無駄だ。ここでの用は済んだんだ、とっとと行くぞ。メセナローズも外で待っている」
そしてそのまま、二人は店の外に向かいはじめる。
その姿を黙って見つめる俺……っておい!
ズースウィードの奴、さっきのカタナを持ったままだよ!?
持っていくなよ、そっちは売った覚えないって! 俺は慌てて二人を追っかける。
「――あぁん? じゃあ、俺に丸腰でいろってことかよ? ふざけんじゃねぇ!」
俺の抗議に対する奴の言葉だ。
有り得ないだろ、その論理。暴論過ぎる。
俺は涙目のまま抵抗を続ける。
「いえ、そう言う問題じゃあないです! 売り物を勝手に持ち出さないでくださいよぉ!」
「これは担保だ。俺が納得するカタナをちゃんと打ってくれば、こいつと交換してやる」
「そんな無茶苦茶な……」
しかし、俺の抗議がこれ以上続くことはなかった。