旅路
「ゴゥド……ザレツ……ザン……顕示、疾風の段!……魔を貫け、放たれし我が矢よ!」
干渉共鳴術式を掛けると同時にザドレイドが放った矢は、綺麗な放物線を描き飛行魔《新月に舞う昏き楔》に突き刺さる。
その鏃は魔の皮膚を破り、肉を抉り、心臓部まで到達する。
そして、鬼脾を穿たれたヒトデに蝙蝠の羽が生えた姿の魔はキリキリと落下しながら、炭化し霧散していく。
ここはフ・ルドーノに向かう街道、緩やかな山脈を越える峠道の外れにある、ちょっとした野営地だ。
この場所は小高い丘の草原になっていて、フ・ルドーノ山脈を遠く見渡せる。この野営地に俺たち以外、人間の姿は見当たらない。空に目をやると夕暮れの中に一番星が輝き、これから長い夜が始まることを語りかけていた。
「アルスレイナ、今日の晩飯はなんですか?」
ザドレイドはそう言いながら、ライナックの術式をかけ終わった残り二本の矢を次々と射る。この二本はそれぞれ違う軌道を描きながら、飛び交う飛行魔を二体、消炭に変える。
「野蒜とフキノトウ、ナメガエルの肉を胡麻油で炒めて、ソイソースと香辛料で味付けした炒め物だ。アルスレイナ・レシピ30選の自信作だよ」
俺は焚火の上のフライパンとザドレイド、空を飛び交う数十体の飛行魔へと視線を移しながら、そう答える。
「私の分には、くれぐれも、あの忌まわしい山椒を振りかけないように……ゴゥド……ザレツ……ザン……疾風の段!」
そう言いながら背中の箙から矢を三本、無造作に取り出すと矢継ぎ早に放つ。再び三条の青い軌跡が空を舞う。そしてまた三体、飛行魔は炭化しながら墜ちていく。
「お前さんも好き嫌いが多いな……山椒の香りがこの料理の味を引き立てるっていうのに……あ、チトセ。酒をちっとかけてくれ」
いつの間にか俺の横で待機している座敷童……いや、少女チトセは、携帯用の金属製スキットルを手に、芳ばしい香りをたてるフライパンへと酒を一振り、二振りする。これがナメガエルの生臭さを消し去る隠し味だ。
ちなみに、言っとくけど伊達に独身生活を長く続けていないよ?
そう、俺の料理は彼らからも好評を持って迎え入れられていた……野営の際の料理担当は、すっかり俺ということで定着してしまったようだ。
「メセナローズ、そちらの方に2、3体降りて行きました……頼みます」
ザドレイドの声を受けて、メセナローズが無言のまま、しかし疾風の如き身のこなしで動く。
飛行魔が、そのヒトデの様な躰から爪のような脚を出し着地態勢に入る瞬間、蒼い光を帯びたポールウェポン《グレイヴ》が宙を凪ぐ――優雅な身のこなしで大きく身体を振りかぶるメセナローズの姿がそこにあった。
両断された三体の飛行魔は地面に落下した後、のたうちながら炭へと変わっていく。
「大した連携プレーだよな……」
俺のこの独り言は、もう何回目だろうか――彼らの戦いを見ていて、飽きることは無い。
しかも、この戦闘スタイルは非常に合理的なものだ。
ザドレイドの弓矢が、押し寄せる魔物に対して、長距離――時として視覚距離外で先制攻撃を加える。
この攻撃をかわし、近づいてきた魔物に対しては、メセナローズのグレイヴが吠える。そう、ミッドレンジで効率良くせん滅していくんだ。
――そして極めつけは――
「俺はなぁッ! 晩飯を邪魔されるのが一番むかつくんだ! とっとと斬られろッ!」
そう叫びながらナ・ゴローニュの業物、《3.1ギルド・ストレイ#1》を振るうのは説明不要、剣士ズースウィードだ。
飛行魔の飛び交う空中から地上に目を向けると、魔獣――痩せこけたハイエナのような体から、巨大な蛆虫がその頭の代わりに生えている――こいつらが、これまた数十体、俺たちを囲みぐるぐると行ったり来たりしている。
こいつら一体一体の戦闘力は、何種類か存在が確認されている魔獣としてはそれほど強くは無いが、こいつらの厄介なところは群れで襲ってくるところだ。しかも、非常にすばしっこい。
飛行魔とペアで攻撃されると、そんじょそこらのパーティーでは太刀打ちできない。
しかし。
敏捷な動きで俺たち人間を翻弄し、じわじわと嬲るように肉に喰らい付くという嫌らしい狩りで悪名の高いこの魔獣、《漆黒を喰らいし牙》だったが、ズースウィードの華麗な剣さばきの前では、まるで鈍重な化け物のようにしか見えない。
一体、また一体と着実に魔獣の数は減っていく。
本能的にズースウィードの間合いに入ると滅せらる事が判るのだろうか。一旦、ズースウィードに群がった魔獣共は大きく跳躍して間合いを広げようとする――ところが、だ。
「残念ねっ! 私のグレイヴの餌食になりなさいッ!!」
いつの間にか背後に回ったメセナローズにより、一瞬にして葬られる。
いやぁ、見ていて爽快だ。
「アルスレイナ。そっちに魔獣が一体行きました。気をつけてくださいー」
ザドレイドが間延びした声をかける。奴はいつの間にか得物を弓矢からカタナに変え、ズースウィードと共に魔獣と戦っている――飛行魔は全滅したようだ。
……って、おい! こっちに向かってるのかよ? 俺は料理担当、戦闘要員じゃないぞっ!
「ゴゥド……ザレツ……ザン……顕示、緑蕪の段!」
慌ててライナックの略式呪文を唱える。
左手でフライパンを握ったまま、俺のカタナ《児手柏》の柄に右手をかける。そして、緑簾の輝きが鞘から抜き放たれ――それは、木の精霊力を宿した刀身だ。
魔獣が俺に牙を突きたてる直前、3.1ギルド・ストレイの太刀はそいつの体を鬼脾ごと――つまり、魔物の心臓部もろとも真っ二つにする。
「おっとっと……危ない危ない……せっかくの料理をぶちまけるところだった」
「アルスレイナさんよー、夕飯にもしものことがあれば、それは死を意味するからなーッ。気をつけろよーッ」
ズースウィードの奴、無茶言いやがる。
「あー、何とか死守したぞーっ。というか、夕飯がそんなに心配なら討ち漏らすんじゃねーぞー」
ホント、勘弁してくれよ……俺はお前さんたちと違って、そんな器用な戦闘は出来ないんだから……そもそも、気の小さい俺は、魔物が目の前に飛び出してくるたびに心臓が止まる思いをしているんだよ……。
とは言うものの、こんな風に、ちょくちょくと魔物の大群が襲ってくるような旅路に順応してしまっている自分が怖い。以前だったら、ストレスで爆死しているところだ。
これはひとえに、絶大な戦闘力を誇る若者三人が同行している――そして、そいつらが口の悪さを別にして、全幅の信頼を寄せられるということに他ならない。
**
「明日中には、フ・ルドーノの街に入れるのかしら?」
焚火の前で夕食を囲んでいる最中、メセナローズが口を開く――俺たちを襲った魔物は既に全滅している。
「ああ。それもあって、今日はわざわざ見通しのいい場所で、魔物に襲ってくれと言わんばかりの野営をしているしな」
ズースウィードはナメガエルの肉を頬張りながらそう答える。
そうなのだ。魔物達は執拗に俺たちを付け狙っている。それは、これまで何体もの魔を滅して来たズースウィード達への報復ということだろう。
いや――成り行きで《赤と黒の死神》を斬ってしまった俺に対する報復かもしれない……。
そして、旅を続けるに従いそのパターンが段々と判って来た。それは、三日間何事もない日が続き、四日目の夕闇が迫る頃、魔の大群が襲ってくるというものだ。
「という訳で、あと三日、奴らは襲ってこない筈だ。その間に、フ・ルドーノで勇者アレスタ・ラナクラプト様を探し出す」
「……あの……」
俺の隣で、皿の上の炒め物にふぅふぅと息を吹きかけていたチトセが、そう言いながら俺の袖を『クックッ』と引っ張る――この少女、ひどく猫舌のようである。
「どうした? チトセ」
「……えっと……なんで、魔物は三日間、日をあけて襲ってくるの?……」
首をかしげながら、上目づかいで俺に語りかける。
旅の間に、その銀髪を染めていた黒い染料はすっかり落ちてしまったようで、今ではおかっぱ頭の銀髪に、焚火の灯かりが照り返していた。
「……さぁ? その間に戦力を貯めているのかなぁ?」
俺は頼りない回答を返す。
「闇の周期……というのがあって、それが四日間のようです。我々がナ・クラレイドに向かう旅で戦っていた時もそうでした。ですよね? メセナローズ」
ザドレイドが話を振ったのにつられて、俺もメセナローズの方を向く。
「……そうね……(キッ)」
彼女は、俺の視線に気が付くと、あからさまに身を固くして俺の方を睨めつける……えらい嫌われようだ。
ナ・クラレイドにあった俺の店の前で出会った時から、彼女は俺のことを酷く警戒している……いや、だから、襲ったりしないって……。
こうやって夕食を囲む時でも、常に俺の対角に座るし、夜も更けてそろそろ寝ようとする時など、「私の周囲半径10ストレイ以内に近づいたら、容赦なく斬るッ!」と毎晩宣言してから寝袋に包まるのだ。
……その割には、俺の作った料理は平気でパクつくんだよなぁ。ゲンキンなものだ。
「ところでアルスレイナ。勇者アレスタ・ラナクラプト様に逢ったことあるんだろ? どんなお方だ? そろそろ教えろよ!」
ズースウィードの言葉に、ザドレイドとメセナローズまでもが、目を輝かせて俺に視線を向ける――そういえば、奴の俺に対する呼び方は『アルスレイナ』へといつの間に変わっていた――今度はさらに『店のおやじ』から『名前で呼び合う仲』にクラスチェンジしたという訳ね。
「知らんっ! そもそも会った事なぞないわいっ!」
そう俺は答える。ある訳がない……が、そこまで言いかけてハッと気づく。
そうだ、ロード・クラレイド公との示し合わせで、勇者の居場所、フ・ルドーノの何処に住んでいるか知っていることになっていたんだ……。
「??……そんな訳無いだろ、フ・ルドーノのどの辺りにいるんだよ?」
「……えっ……と……街の中心部……いや、南の外れ……じゃない、西の方だったかな……あはは……」
「……大丈夫かよ」
「あ、ああ。大丈夫だ。もう、ずっと前のことでな。フ・ルドーノの街に来れば思い出すって……」
「本当か? それと、アレスタ・ラナクラプト様……すんげー強かったんだろ? 教えてくれよ、なぁ? 見たことあんだろ?」
「……うーん、大したこと無いんじゃぁないか? 少なくとも、お前さん達の方が強いんではなかろうか」
「んな訳ねーだろ?」
「そうです。魔王《棘と茨の黒き女王》を折伏し、封印された程のお方ですよ?」
ザドレイドまで同調する。
「だからなー……。お前さんたち、若いものは創作にコロっと騙されて、感化されちまうんだよなー。史実を微妙に改変して、英雄譚をでっちあげて、お前さん達のような若者をうまいこと、手なずけようとしているのがわからんかね」
「んだとー?」
「そもそも、魔王封印にアレスタ・ラナクラプトは関わっていない……奴を封印したのは……そう、封印したのはお前さん達の言うもう一人の勇者、イリス・レヴォンディーノだけだよ」
「てめー……言わせておけば、ぬけぬけと……」
ズースウィードはそう言うと、『のそっ』と立ち上がる。
しまった……ちょっと調子に乗って言い過ぎたかな?
奴は俺のことを血走った眼で睨みつける――いや、なんか視線が定まっていないぞ?――なんか、顔も真っ赤だし……。
「おらおらおらー、アルスレイナーっ!……てめー、アルスレイナだろー?、俺はなーっ、俺だぞーっ」
何を言っているのかサッパリ分からん……俺はふと、手元に置いたスキットルに目をやる――ひょっとして、これか?
「ズースウィードの奴、酔っ払ったようですね」
「……だらしないの」
ズースウィードの仲間二人が呆れ顔で『やれやれ』というジェスチャーを送る。
まさか……料理に使った隠し味の酒……これに酔っ払ったってことかい!?……成りは立派でも、まだまだお子様だね……結構、かわいいところあるじゃないか。
「おらおらおら……立てよ、おっさん……アレスタ・ラナクラプトはなぁ……凄いんだぞぅ、偉いん……むにゃむにゃ……」
あらら。そのまま崩れ落ちて寝ちゃったよ……。
「大丈夫か?これ……」
さすがに心配で、旅の仲間に視線を送り、所見を乞う。
「そっとしておきましょ。旅の疲れもたまっているんでしょ」
「ズースウィードの奴、粋がっている割には案外とタフじゃ無いんですよ」
ザドレイドがそう言ったその瞬間、ズースウィードが大声を上げる。
「……ちくしょー……アルスレイナもクラプトレヴォン使いだろ……もう少しラナクラプト様に敬意を持ちやがれー……むにゃむにゃ……」
「!?……うわ、びっくりした……寝言かいな……」
ズースウィードの寝言が可笑しかったのか、それとも俺のリアクションが間抜けだったのか、ザドレイドとメセナローズはくすくすと笑う。
「ねぇねぇ?」唐突にチトセが俺に声をかける。「クラプトレヴォンって何?」
そうだ。俺もそれを聞きたいと思っていて忘れていた。確か、退魔術の呼び名だったような……老師デュスタ・ゴローニュからも『現代の退魔戦闘術も少しは知っておけ』と言われていたっけ……。
「で、何なんだい? 教えて欲しいのだが」
俺のその言葉に、二人は再び顔を見合わせる。




