老師からの手紙
這闇の襲撃から七日後、俺は店のカウンターで突っ伏していた。
お役人や治安部隊、親衛隊の聴取は昨日までで何とか終わった。
宿屋の騒ぎは『流れの傭兵が持ち込んだ爆発物の暴発』ということで表向きは処理され、当局による隠ぺい工作が図られているはずだ。
でも、きっとその噂はもう既に、街中を駆け巡っていると思う。
俺たちがあそこに向かった理由――ギルドによる私刑――については、ギルド側は当局の見て見ぬふりを当て込んでいたようだ。まぁ水心あれば魚心、という奴だ。
しかし、騒ぎがあそこまで大きくなると、お役人としてもそう言う訳には行かなかったのだろう。ムグ・ゴードレスの刑事責任が問われることになった。
いつもの奴なら、その切れる頭でうまく立ち回り、責任を周りの誰か――いや、今回は俺辺りがヤバかったかもしれない――に押し付け、自分だけはうまく逃れていただろう。
実際、今までにもそんなことが何度かあった。
しかし、今のムグ・ゴードレス――片足を失い、大量の失血で今も意識不明――には、それは不可能だった。
つまり、ムグ・ゴードレスは失脚したのだ。
ラッキー……いやいや、そんなこと、微塵も思って無いからね? 念のため。
ま、奴のことだ。片足を失ったところで刑務所だろうと、その後流れ着くはずの裏社会だろうと、そのずるさと豪胆さでのし上がって行くだろう……。
それにしても、奴の生命力には感嘆する。
お陰で俺たちが刑事責任を問われることは無くなった。
ムグ・ゴードレスに言われるまま、その目的を知らずについていき、たまたまその場に居合わせた――そういう筋書きで処理され、無罪放免となった訳だ。
――しかし――
あれに目をつけられてしまったのは痛い……あの魔物の眷属は俺のことを決して許しはしないだろう。せっかく無罪放免で解放され、ギルドからムグ・ゴードレスがいなくなっても、ちっとも嬉しくない。仕事も何も、手に付きゃあしない。
そんなことを考えていた時だ。
『ツンツン』と、何者かが俺の脇腹を突っつきだす。
ぎょっとして、俺は横を向く……。
「ぎょわぁぁぁぁぁっ!!!」
そこに立っていたのは、ナ・ゴローニュのお屋敷に住まう座敷童、チトセだった。
「ちょ、ちょっと!?……いつの間に?」
全っ然、気が付かなかった。
「……これ……」
彼女はそう言うと抱えていた荷物――竹と木でできた細長い入れ物――を俺に手渡す。
そう、先日彼女と作刀した、3.1ギルド・ストレイのカタナが出来上がったのだ。きっと老師デュスタ・ゴローニュの計らいで、彼女がお遣いに出されたのだろう。
ひょっとして『はじめてのおつかい』とかいうイベントか?
手ぶらになったチトセは、興味深そうに店中をキョロキョロと見回す。
「あ、ありがとう……わざわざ来てくれたんだ? えっと……お店のもの、興味ある? 好きなように手にとって構わないからね……ただし、怪我をしないよう、気をつけて」
俺は山の方にあるナ・ゴローニュの里から、わざわざここまで降りてきてくれたチトセに労いの声をかける。
ところが今日の彼女は、お屋敷の時にも増して、違和感のある姿だった。
まず、その銀髪――なんと黒髪のおかっぱ頭になっていた。
きっと、染めたのだろう――座敷童度大幅増量、といった感じだ。
そして、例のまん丸で黄色がかった大きな色眼鏡をかけている。
「どうしたの? その髪と眼鏡?」
「……目立っちゃうから……」
おいおい、そっちの方が、ずっと目立っちゃうって……いや、座敷童だし目立つことも無く人知れず……うーん、どっちなんだろう?
そんなやり取りの後、油紙で何重にも包まれた、出来上がったばかりのカタナを取り出す。丁寧に仕上砥がかけられたそのしっとりとした刀身は、自分でも惚れ惚れするようなものだった。
直刃ほつれの刃文と、力強い姿、鎬を厚くしつつ、棒樋と薄めの峰――改めて見ると、ツィード・テンプル風の作風だ。
あとは、拵えを付けて納品に行くだけだ。まだ正午前だし……今日、行ってしまおうかな?
「あの、チトセ……これから、このカタナを納めに行こうと思うけど、店で留守番している?それとも、一緒に来る?……お屋敷に帰ってもいいけど……あ、お昼くらいは御馳走するよ?」
「……えっと……一緒に……行きたい……」
よし、話は決まった。
その時、カタナと一緒に梱包されていたのだろう。
文が一通、箱から滑り落ちる。
差出人は老師デュスタ・ゴローニュだ。
**
『前略
カタナが仕上がった。チトセを使いに
出す。負担で無ければ、一晩くらい泊
めてやって欲しい。
宿屋『イーザ・ブルーノ』での出来事、
そちの報告は読ませてもらった。
大変だったな。御苦労。
さて。
例の冒険者の件、情報が入って来た。
やはり、魔王討伐のため西方からやっ
てきたらしい。ただし、魔物に憑りつ
かれた傭兵とは無関係の様だ。
西の山岳地方で幾つかの村が這闇の襲
撃を受け壊滅したらしいとの噂がある
ことを確認した。
どうやら彼らはそこの出身で都に
窮状を伝え魔王討伐隊の結成をかけあ
ったが、相手にされなかったらしい。
故に、自分達だけで行動を起こしたよ
うだ。
ナ・クラレイド逗留はこの港町で腕の
立つ冒険者を募集するため。そしてロ
ード・クラレイドのお墨付き。つまり
討伐令書を欲しているためらしい。
北の関所、フ・ルドーノを超えて
魔王の住まう血の山脈に向かうために
は、皇帝、もしくは皇帝から北の大地
制定の命を受けた、ロード・クラレイ
ドからの命令書が必要故。
他にも、この件に関しては幾つか動き
がある模様。ナ・クラレイドにも火の
粉がかかるかも知れぬ。
気をつけられたし。
老骨の徒 デュスタ・ゴローニュ』
**
老師からの手紙はそっけなかったが、それでも心強い。
この手紙を懐に入れ、俺とチトセは店を出発する。




