突然の来訪者
その日も俺は暇してた。
「はぁ……」
俺はこの小さな店の中で何の気なしに溜息をつき、カウンターに突っ伏していた。
温暖な気候で有名な観光地とはいえ、ついこの間までは冷たい空っ風が、ちょいとばかし建て付けの悪い店の扉をガタガタと叩いていた。そんな風もようやく潤しい南風に変わり、ようやく、このいまいましいドアを遠慮なく開け放つことができ、俺はほっとしていた。
カウンター横の陳列物を見続けるのにも飽き、ゆっくりと首を回して、その南風の方へ視線を送った時のことだ。
俺は世にも珍しいものを目にしていた。立っていたのは昼下がりの日差しを背にした二つのシルエット。つまり来訪者、別の言い方をすると客ってやつだ。なんて珍しい!
俺は慌てて姿勢を正し、その男二人を視界の中に収めつつ、相手に気付かれないようさり気なく観察を始めた。
嫌でも気が付くのは彼らが身に着けている風変わりな衣装。俺たちはそれを戦闘服と呼んでいる。
強靭なメルタゴ綿を織った生地できた動きやすい上下、高価なバライノ牛の革で作られたブーツ。
上に羽織っているのはやたらゴワゴワした素材の外套。それは鈍い光沢を持っている。細い鋼を織り込んでいるからこんな風に見えるんだ。
これだけで、この二人がどんな素性かわかるってもんだ。そんなもの、冒険者と呼ばれている連中以外、誰が着るもんか。
年の頃はまだ十代半ばかな? その表情には、恐れを知らない若者らしさが溢れている。カッコつけているつもりだろう、シャキッとした戦闘服の胸元を大きくあけて着崩している。
それにしてもこの二人、えらく長身だ。そしてやたら偉そうな物腰。威風堂々と言えば聞こえはいいが、要は堅気じゃない。少なくとも町の住民じゃないだろう。
そいつらは何か言いたげに怪訝そうな顔を見合わせる。最初に口を開いたのは赤毛の方だった。
「おい、やけにちんけな店だな……本当にここか?」
「私に聞きますか? 腕のいい鍛冶屋があるって言い出したのはあなたの方ですよ。酒場で女から聞いたんでしたっけ? いいから、とっとと用事を済ませてください」
赤毛の方は図太く、でもとても良く通る声。例えるなら、聞きたくも無いのにざわついた雑踏の中でさえコイツの喋っていることは嫌でも耳に入ってしまう――そんな声質。
そして受け応えるのは、もう片方の色白で長髪の男。こっちのは少し神経質な感じだが、ちょっと鼻にかかったキザな言い回し。
二人ともいかにも自己主張が激しそうだ。客観的客層レベルに照らし合わせると下の中と言ったところか。最悪だ。しかも店主が聞いている中、物凄く失礼な会話。どんな育ちをしているんだ。
ま、『ちんけな店』ということに関しては同意だけどさ。
とにかくこれが俺の、この男二人に対する第一印象。全く、客商売を始めるとこういったことも直感でわかってしまう。『店を持つのは煩わしい』ってのは、こういう面倒くさそうな客の相手をしなきゃならないことなんだよな……いやいや、これも商売。営業スマイルだ。
気を取り直した俺は、慇懃に声をかける。
「いらっしゃいませ……えっと、冒険者の方とお見受けしますが、本日は如何用で?」
「うっせーな。俺だってこんな辛気臭い店、いつまでも居たかぁねえんだよ」
(……え?)
混乱する俺の頭。この赤毛の言葉が俺のセールストークとまるで繋がらない。だが、奴らが交わす次の言葉で俺は悟った――
「じゃあ、早くしてください。私はこれから女性と約束があるんです。遅れたりしたら、あなたのせいですからね?」
「何が女と約束だ。怪しいもんだぜ」
「ほう?……酒場の女に逃げられたのは、何処の何方でしたっけかねぇ?」
「けっ、逃げられたんじゃねぇ。俺の方が振ってやったんだ……毎晩、俺を追っかけてくる女が何人いると思ってるんだ? これ以上、女が増えたら身体が持たねぇ」
――そうなのだ。こいつら、俺のことを無視しやがった。腹が立つね、失礼千万だね。その上、俺を置いてけぼりにしたまま下衆な会話で勝手に盛り上がってやがるぞ?
どういうことだ、これ?
しかし、そんな俺の困惑も長くは続かなかった。こちらを振り向くなり、甘ったるい声をかけてくる赤毛。
「あ、お嬢ちゃん可愛いね。この店の子かなー?」
ここで唐突にお嬢ちゃんなる人物が登場――いや、どうやらこれは俺に向けた言葉らしい。物凄くイヤラシー視線を向けてくる。
(また、いつものあれか……)
俺は声に出さずそう呟く。さて……どう答えたものか。いつもの事とはいえ、どう切り返そうかと頭を巡らせる。下手な応対をしようものなら話がこじれるだけだ。
しかし思い悩む俺が口を開くことはなかった。いきなりもう片方の男が言葉を挟んできたからだ。
「ズースウィード……勘弁して下さい。偉そうなことを言っている割に、いつも寂しい夜を送っているのは知っているんですよ? 女日照りが続いているからって、とうとう子供に手を出しますか?……犯罪ですよ」
「ざけんな、ザドレイド! このズースウィード様がこんなジャリ相手するかって! これ以上コケにすると、いくら貴様でも容赦はしねえぜ」
はいはい……俺の方もこんなイカガワシイ野郎と関係するのは真っ平御免です。そもそも、男に興味もないです。
そんな嫌悪感をよそに、ズースウィードと呼ばれたチャラ男は、畳み掛けるようにして猫撫で声を俺に差し向ける。
「……はーい、お嬢ちゃん。お店番かなー? 偉いねー。お兄さんね、このお店でお買い物しようと思うんだ? お父さん呼んで来てくれるかなー?」
はぁ……なにが『お兄さん』だ。勘弁してくれ。
まぁでも仕方がない、勝手に思い違いをしているところ大変申し訳ないが、ここらへんで商売の話に入らせてもらおう。そう心に決め、俺は宣言する。
「恐れながらお客様。この私めが店主、アルスレイナにございます」
「え?」「は?」
俺の目に飛び込んできたのは、二人の呆けた表情だった。