第壱章 灸原
「君があの時、俺に言ったことを今、客観的に見て完璧と思えるように一言一句間違うことのないように言える?」
と、夏休みの夕焼けの中、僕の通う墓苗中学校に英語の補習に来ていて、うっかり教室に忘れ物をして取りに教室に戻ってきた僕に向かって目の前にいる男の子は言った。
その張本人である僕は、目の前にいるその男の子のことを全く知りえなかったので、軽く無視をした。
「おい、梢 傑君。俺の話を聴いているのかい。」
さすがにこれ以上目の前の男の子に一方的に話しかけられるのもきついので、話しかけた。
「確かに、僕の名前は梢、で合っているけれど、それがどうかしたの?」
目の前にいる男の子は、首を振る。
「いや、それが俺の質問の本質ではないんだよ、それが。俺が君、梢 傑に言いたいことは、あの時、君が俺に言ったことを覚えているかっていうことなんだ。」
否、然し、僕は、目の前にいる君の事を、知らない。そのことを円滑に尚且つ傷付けずに伝えるためには。
「あの、さっきも言った通り、僕の名前は梢 傑だし、君の言いたいことはそれだということも知っているけれど、僕は君の事を知らないんだ。」
しまった。けっこう直接的に言ってしまった。
「?それはおかしい。俺は君のことを知っているのに、君は俺のことを知らないなんて、実に滑稽な摩擦だ。」
「だから、君の言う、あのときの言った事について、僕は一切知らない。」
若しかすると 目の前にいる男の子は人違いをしているのではないか。だって、世界には同じ顔の人が3人いるという話しだし、そこまではいかぬとも似ている人が居るのではないのかと。
「じゃあ、君からすると、俺は、初対面なんだ。」
「ああ。」
「じゃあ、改めて自己紹介をさせてもらうよ。」
机の上に座っていた目の前にいる男の子は、机から飛び降りると同時に姿勢を正し、咳払いして、僕のほうに改めて向いた。
「どうも初めまして。俺は君の友達であった者だ。俺の名前は灸原 翔。くばらと間違えられやすいけれど、お灸の灸に野原の原。どうかよろしく。」
これから、僕と灸原の関係が始まった。
「本当に俺のことを憶えてくれていないのかい?かなりの時間、友達だったけれど。」
教室から足早に出ようとする僕に灸原が話しかけてきた。
「さっきも言ったろう。憶えていないと。君は憶えているのかもしれないけれど、僕には覚えがないんだ。」
然し、僕はそう言って教室を出る。灸原も教室に置いてあった多分灸原のものなのだろう鞄を手に取り、教室を出た。降りる階段は右手にあるので僕は右に曲がった。すると、偶然帰り道が一緒な様で灸原も右に曲がった。
「付いてくるなよ。」
「偶然、帰り道が一緒なんだ。しょうがないだろう。」
「なんで同じこと考えてたんだよ……。」
「……?」
灸原は、本当に帰り道が一緒なのだろうか。僕が二年生となるまでのこの二年間、一度も灸原とは面識も対面も認識も一つもないのだけれど、そういうものなのか?そんなにこの墓苗中学校は広かったか?いや、僕の所属する二年生は多分というか絶対六組までの筈だ。僕が六組だから間違いようがない。
「少しだけ不束な質問をするけれど、灸原は何組なんだ?」
「不束とはどういう意味なんだ?」
「行き届かない様子だそうだ。」
「というと?」
「僕の勝手な解釈で使ったけれど、その意味は、お前のことを知らないから君の情報が全くこちらに行き届いていないだから訊く質問、だ。」
「そうか。」
灸原がそう言うと、僕は二階へ降りれる階段を見つけた。僕の所属する二年生の教室群は三階にある。そして、僕が用ある職員室は二階にある。僕は下に降りていく。
「でだ。僕の質問に答えてほしい。灸原は何組だ。」
夕焼けの射し込む踊り場というのは、如何してこんなにも奇麗というものか。淡い橙が時が立つにつれ、濃く染まっていく。
「今さっき通ったけれど。」
「そりゃそうだろうなあ!」
踊り場に僕の声が響く。
そりゃ、僕の教室は六組だし、今僕のいた教室だって六組だし、右手に進んでいったってことは二年生の教室全部横切ったし!もし横切ってなくて、すぐ真横に階段があるのならば、灸原の教室は階段若しくはお手洗い場っていうことになるんだぞ!
「今のは冗談だよ。昔ならノリ突っ込みというレアな返しをしていてくれたものだというのに。」
「いやだから、質問答えろ。」
「徐々に言い方がきつくなっているように見受けられるなあ。まあいいけれど。」
階段を降り終えたとき、言う。
「俺は、二組だよ。二の二。凪川 幾夜学級。委員会は入っていない。」
……。ここまで答えるのを伸ばす必要性はあったのかなあ。この質問。訊いてない事まで言い出すし……。
僕がそう思うと、灸原が言う。
「ほら前方に職員室が。君、用があったんだろう?」
「おう、そうだ。」
あれ、僕、そんなこと言ったかなあ。
職員室に着くと、僕は、ドアを叩きドアを開けて自分の名前を言い何故職員室に来たかという理由を伝えそこで僕は六組の鍵を返しにきたと言ったので鍵を返し謝罪の言葉を言いドアを閉める。その内に、
「灸原君と梢君か。珍しいペアだねえ。友達なのかい?」
と、社会科担当の長押水先生が言った。因みに僕の担任でもある。
「いえいえ、僕に関しちゃあ「僕ら小学校三年生のときから友達なんですよ!」
「へえ、知らなかったなあ。驚いちゃうよ。じゃあ、今日は遅いからさようなら。」
と、長押水が言った。ドアを閉めた後、僕は言う。
「友達ではない。少なくとも僕の認識ではだ。」
「おいおい、釣れないことを言うなよ。君が何と言おうと俺と君は友達だからな。」
「気持ち悪ィだろ。」
さっきの階段を降りていく。夕焼けは、木々に邪魔されて入ることができないようだ。階段全体が暗い。
「あ、今の、『バクマン。』の中で、高木と見吉の二回目の旅行、真城も誘い、見吉が寝てしまって、暇になった高木が一人で寝ることになっていた真城に俺もこっちで寝ようかなって言ったときに真城が言った台詞!」
「な、長い!!そして、知らねぇ!!!」
僕は、不覚にも、最後の一段を踏み外してしまった。然し、『気持ち悪ィだろ』なんて台詞はどこの漫画にも存在しているだろう。
僕はどんだけ『バクマン。』ファンなんだ……。僕は僕でも僕である梢傑ではなく僕のことだ。
「ていうかさあ、なんで僕のことを灸原は君、と呼ぶんだよ。昔からなのか?」
階段を降りると、前の壁には掲示板が打ち付けられていて、その内の張り紙に玄関の場所が示されていた。玄関が右手にあるということなので(それを僕は知っていたけれど)右に曲がる。灸原も偶然、否、必然的に右に曲がった。灸原だけ裏門から出るということはないだろう。
「ああ、君の事は昔から君、と呼んでいるよ。傑、と呼ぼうとしたことが在ったけれど照れくさいから呼ぼうとしなかったなあ。」
「別に、下の名前で呼ばなくとも、それは僕でも呼ばれたことはないけれど、梢、という苗字で呼べばいいだろうに。」
廊下は、曲がり角へとさしかかる。玄関は左にあるので、左に曲がる。
「あの時はまだ君の苗字、知らなかったからねえ。」
「……?」
いや、名前を知っているのだから苗字も知っているだろう。下の名前だけ名乗って苗字を名乗らない馬鹿を僕はしない筈だ。
「と言うことはどうでもいいんだよ、こ……梢 君。」
「言い難ければ『君』でもどうぞ。」
「ありがとう、また関係が修復したら呼ぶことにしよう、でだ。俺は君のMail Address(通称メアド)を知りたいのだけれど、教えてくれるかな。」
「……。別にいいけれど。」
何が目的なのだろう。……、唯、単にメアドを訊きたいだけだろう。
「赤外線なら早いか?俺は携帯を持ってきているけれど君は?」
「おい!学校に携帯を持ってきちゃあ駄目だろう!!」
見知らぬ人に突っ込んだ僕。然し、灸原は携帯を取り出した。うわあ、本当に持ってきている……。
「?授業がある日に要らない物をもってきてはいけないという校則が在るというのは重々知っているけれど、夏休み中に僕が必要だと判断した携帯電話を持ってきてはいけないという校則はあったかな?」
「へ……、屁理屈だ!!」
携帯を強制的に仕舞わせた僕は玄関に辿り着いた。正門をくぐり学校前の歩道を歩き出す。僕と灸原は左に曲がった。
「メアドぐらいなら僕が覚えようか、灸原のを。」
「おお、ありがとう。紙に書かなくとも憶えられるかい?」
「ああ。で、言ってくれるか?」
「分かった。」
灸原は自身のメアドを言った。
「×a×i××××@y××××だな。分かった。何時か送るよ。」
「何時かて。今日送れよ。」
ははは、と言う僕。なんだろう。なんか、これまでに交わしたことのあるような感じがする。……、嘘だけど。
そんな感情、オールフィクションな物語の描かれている小説でもない限り在る筈がないだろう。ノンフィクションなこの世界ではそんな事が起きる筈も無い筈だ。
「これからどうすんだよ。帰り道が一緒なわけはないだろうに。」
「君との帰り道には致命的なずれがある。」
「君と僕とは致命的なずれがある風に言うな。」
「致命的なずれ、とまでは行かないまでも、俺はこの信号を右に曲がる。君はこの信号を無視して真っ直ぐ行く。」
「そうなのか?」
「まあな。じゃあここで。また今度。」
「お……おう。」
僕と灸原は学校の目の前にある信号で別れた。さあもう帰ろう。
「しっかしなんだったんだ……。灸原、不思議なやつだ。」
僕は夕暮れを越してもう薄暗くなっている道を歩いてゆく。もうこの道は二年歩いている。見慣れたものだ。右手に見える大通りは墓苗通という名だ。実に物騒な名前だ。墓の苗を植えていく適な。……、墓の苗って何だよ。
大通りの横断歩道を渡り、セブンイレブンの横を通り過ぎる。真っ直ぐ進むと三つに分かれる分かれ道に差し掛かって、僕はその真ん中の道を進んでいく。その道をちょっと行くと僕の家だ。
家に着いた。ふと、ガレージを見てみると自転車が四つあった。
「兄ちゃんと姉ちゃん、帰ってる……。」
急に気が落ちていく。まあ、元々落ちていたけれど、それの原因は灸原が殆どだ。
正直疲れた。あんなタイプの人間初めて会った。僕のクラスには全くいないタイプだといって言い。然し、灸原がどんなタイプかと言われれば僕は答えに困る。言い表し難い、初めて会ったからかもしれないけれど、言い難い。なんていうかこう、喋り口調が変というか、妙に人懐っこいというか(それは多分昔、灸原の言うあの日に僕と灸原があっているからだと思うけれど)。まあどうでもいいか。
今はそれより、兄ちゃんと姉ちゃんが帰ってきていることに気を向けなければ、落としている場合じゃない。
気を付けなければ、下手したら、御二方に存在を喰われるぞ……!!
「ああ、傑。帰ってたんだ。」
「ね……姉ちゃん。は……走ってたんだ、この暗い街中を。」
こ……この方は、僕の姉、梢 美月、十七歳の高校二年生。陸上部に所属していて、専門は長距離。全国大会で優勝するほどの実力者だ。ていうか、かなり地元では有名なお人である。
「そこまで暗くないよ、うん。だってさあ今、夏だし、暗くないし。寧ろ明るいくらいだし。」
確かに暗くない。けれども六時だぞ。僕はもう本当なら夕飯を食している時間だぞ。
「というかさあ、遅くない?傑。鍵持ってる?持ってるよね。まあいいけど。私今から入るけど、鍵出さなくていいよ。私出すから。」
「いいよ、僕出す。」
そう言う時にはジャージ姿の姉ちゃんはもう鍵を出していた。全身ピンク色である。行動が早いなあ、いや、せっかちなのだろうか。いつも姉ちゃんは僕の話す速さを凌駕するぐらいの速さで話し出す。僕の話す隙がない。
鍵を開けた姉ちゃんは言った。
「さあ入ろう傑。お母さんもうご飯作ってあると思うから。お母さん、怒っちゃうよ。」
「ああお帰りなさい、傑、美月。ご飯出来てるわ。手洗って来なさい。」
一斉に返事する僕と姉ちゃん。然し、姉ちゃんはその返事に付け加えて返事する。
「はーい、じゃあ私、先にシャワー浴びてくるね。」
「おっけ。」
と、お母さんこと梢 明美が言うとお母さんはお風呂の電源を点ける。姉ちゃんはその音を聞いた後、お風呂場へと向かう。
「そうだ、傑。お兄ちゃん呼んできて。今日のご飯は和風ハンバーグだから。」
「分かった。」
そう、僕は言って、階段へ向かう。
僕の家は三階建ての一軒家で築七年である。僕が八歳のときに引っ越してきた。二年生のときである。僕の部屋は三階にあって、兄ちゃんと姉ちゃんの部屋も三階にある。
「兄ちゃん、ご飯。」
「うぃー。今降りるー。」
「はぁ。スッキリした。傑ぅ。勉強してる?」
「急に何!?」
お風呂から上がってきた姉ちゃんは、和風ハンバーグを頬張っている僕に話しかけてきた。因みにハンバーグにかかっているのは青じそという
「だからさ、瑞希みたいに勉強してるかってこと。だって傑、勉強苦手でしょ?」
「うっ。」
瑞希とは、僕の兄ちゃんのことだ。梢瑞希、美月姉ちゃんと平仮名で書くと違う書き方だけど同じ読みをする。十七歳。高校二年生である。お察しの通り、双子である。上の兄姉が双子という実に珍しい組み合わせである。そして___
「べ……別にいいじゃないか、僕は兄ちゃんみたいに頭よくないんだし!」
まあ間違いではない。今日補修に行っていたことも、それを裏付けられる。
「おーい、傑ぅ。頭いいなんていうなよー。」
僕の兄ちゃん、瑞希はこの地域でも有数の文理学科に通っていて、その高校は××県立冶哉高校と言う名だ。ていうか僕の住む県にある高校のなかで一番学力の高い学校だ。なんでも、全国共通模試のトップテンの内三人がこの学校に通う。そのうち瑞希兄ちゃんが入っていて尚且つ一位だ。全国一位。双子揃って一位って、腹立つな。
兄ちゃんは、なんていうか語尾を伸ばす癖がある。天才というものは何か抜けているものなのだろうか。
「兄ちゃん、さっき部屋篭ってたけど何してたん?」
「ゲームだよゲーム。今丁度ポケモンに嵌っててねー。」
「あれ?瑞希、明後日、××県で実施される高校基本学力試験じゃなかったっけ?私もう勉強してるけれど。」
「ええー!そうだったっけ?」
「うん。このテスト、うちの通う円徒高校はなんか成績に入れるって言ってたけれど。」
「うっそぉ?!聴いてなかった。今日が八月二日だから四日か。そういえばなんか言ってたような気がするなぁー。」
「言ってたの?」
という僕。頭は良いけれど根本的に阿呆だからな兄ちゃんは。
「まあいいか。」
「いいよね瑞希は、勉強せずとも勉強できて。言われたことは頭に入るし忘れないし(?)後で聞いても憶えてるし勉強に関しての記憶力と基礎力と応用力は本当に完璧なんだからね。私のやってる勉強が意味なく見えるよ。」
「いいじゃないかー、美月は、運動に関しての瞬発力持続力柔軟性どれをとっても完璧。長距離も人が少なかったから選んだんでしょー?競争力のないところ、自分の所為で溢れたやつがいないところにねー。」
「まあねえ。だって申し訳がないじゃない?どれでもできるんだから余ってるやつ、をね。」
「バスケも野球は出来るんだっけ?」
「球技も球戯も弓技もできるよ。水泳もかなあ。」
「いいねえ。」
なんだろう。次元の違う話が聞こえる。聴きたくない。ご飯も食べ終えているし、上に上がろうか。
「ご馳走様でした。」
「ん?もう傑食べ終わったの?」
「姉ちゃんと兄ちゃんが遅いんだよ。」
「まあ確かに、だけれどまだお代わりという選択肢もあるんじゃない?ねえ。お代わりしたら?今伸び盛りなんだし。」
「お代わりしたし。」
「早いなあ、傑はー。何事にもおいてー。」
僕は曖昧な返事をした。
もうすでにハンバーグが食べ終われられている食器を僕は、キッチンのほうに持っていき、片付け、リビングを出る。
ベットに横になる。今の時刻は午後七時半。外は、もう夏だけれど、流石に暗くなっている。八月二日。聞いたことのある話だけれど、一番日の長い、言い換えれば、太陽の出ている時間の長い時期というのは六月なんだそうだ。然し、一番気温の高い時期というのは、ずれて八月ぐらいとなる。二ヶ月、の差がある。延いては、一日の内の気温の変化にも注目すると、一番太陽が高い、言い換えれば日光が直接そしてその威力が一番強い時間は十二時。然し、一番気温の高い時間は二時。二時間、の差がある。又しても二時間だ。……、この話は理科の時間に習ったけれど。
勉強机ではない、携帯や本などを一時的に置く少し小さめのテーブルの上に乗っている僕の携帯が鳴る。友達からのメールだ。同じクラスの男子である。内容を見るとそこまで考えなくてもよい感じだったので(ていうかめんどくさい)、無視をした。
そういえば、灸原に送るって言ってたっけ。
いやでもそれは灸原が今日送ってと言っていただけであって、僕はその時、何時か送るといっていたはずだ。
だから僕は今送らなければならない理由もなく、況してや義務もない。なので送るか送らないかは僕の気分しだいなのである。
然し僕は、携帯を手に取りメールボタンを押し新規メールを選択する。宛先は、『×a×i××××@y××××』だ。
『梢です。:梢です。(注)返信不要』
送信。
さあ、これで返信は来ないはずだ。
然し、勉強机ではない、携帯や本などを一時的に置く少し小さめのテーブルの上に乗っている僕の携帯が鳴る。そしてそれは灸原からのメールが来たことを示す着信音だった。
『件名なし:返信不要って釣れないな。まあ話すことがないから当然か。では』
言い方がウザい。かなりウザい。夕方とメールでの言い方が何か変わっている。ま、とりま無視という方向で。
今年の夏は、特にすることもなく終わりそうだ。
兄姉は高二で忙しいだろうし、対して僕は何も予定を立てていなかった。
家族で出掛ける事もないだろう。
そう思いながら僕は、深い眠りについた。
八月十三日の午前九時丁度、灸原よりメールが届いた。
『件名なし:よう。今日暇だから、遊ばないかい?昔よく遊んでいた場所でだ。』
差出人をみてがっかりしたこともあったが、内容に興味がそそられた。昔よく遊んでいた場所、灸原があんなに言うのだ、僕と灸原は昔は本当に友達だったんだろう。もしかするともしかして僕が忘れているだけなのかもしれないし、だったら乗ってみる価値はある。
『件名なし:別にいいけれど、どうせ暇なんだし。どこで待ち合わせすりゃあいいんだ?』
送信。鳴る。早い!!返信早い、亜豆並みに!!
『件名なし:うーんと……、墓苗駅で十二時に。電車賃は往復で五八○円くらいかな。昼ごはんは自分で。』
意外とするなあ、いやでも行きだけだと二九〇円か。よしあの方法を使おう。
『件名なし:分かった。じゃあ十二時に。』
それから、メールは届かなかった。
僕は少ししかない荷物を整理する。携帯・ティッシュ・ハンカチ・財布。
用意が終わった午後十一時四十五分。二階にあるリビングに行くとそこに母さんがいた。
「あら、傑。その荷物何?出掛けるの?」
「うん、まあね。十一時五十分に家出る。」
「そう。誰かと出掛けるの?」
「えーっと、灸原って言う……。」
お母さんに言っても分からないだろう。母さんから返ってきた答えは然し意外な答えだった。
「ああ。あの子ね。」
「えっ?灸原のこと子知ってるの?」
「ええ。あっ、もう五十分よ。行くんじゃないの?」
「うわ本当だ。じゃあ行ってくる!」
「行ってらっしゃい。気をつけるのよ。」
『ああ。あの子ね。』とは何とも、伏線というか解り易い演出であるな。然し、今は急がなくては、考えている余裕はない。
僕は自転車に乗り、墓苗駅に目的地を定め、僕は漕いでいく。
「あの、友達である俺がとやかく言うつもりは無いのだけれどさ、まあ、その理由も納得できるよ、昔からそうだったし。だからって五回も人助けするってなんだよ。」
約束の時間に十二分遅れた僕。それには理由があって、行く道行く道、人が困っていて助けざるを得なかったのだ。
「ごめん。」
「いいよ。別に。……、酷い時は来なかった事もあったからね。」
「……?」
「まあ、いいさ。行こう。君は切符を買ったかい?俺は買ったけれど。」
「まだ。買ってくるよ。」
「行き先は今霧だ」
「分かった。」
僕は墓苗駅の自動券売機の前に立ち、切符を二枚買う。
「おい君、何で二枚なのさ。ここで買う切符は一枚だけでいいだろう。いや寧ろ、一枚じゃないといけないだろう?」
排出された二枚、否、二種類の切符を手に取り、自動改札口に向かう。
「ん?何でか知りたい?」
「知りたいから訊いたんだけれど。」
僕らは切符を改札口に通し、そして僕はもう一つの切符も改札口に通す。そして灸原の先行のもと、ホームへ向かう。
「ん。えっとなあ、僕が今買った切符は、一つは今霧行きの切符、そしてもう一つは駅構内に入るための入場券だ。税込み百二十円。」
「そうだなあ。よくある、けれどそこまで気にも留めない切符だな、で、それがどうした。」
「人の話を最後まで聞け。」
「分かった。で?」
ホームに着く。人は、夏休みながらも少なく、とても空いていた。僕らの乗る電車は五分後につくということなので、椅子に座る。
「だから、僕がさっき行ったように、二枚の切符を通しておけば、そして向こうでも入場券を買って駅構内に入れば。」
「そうか、百二十円×二で二百四十円。普通なら二百九十円かかるところを五十円引きでいけるのか。」
「そういうこと。」
そんな僕の欠陥だらけの雑学を披露していると、灸原は話しかけてきた。
「今霧。君はこの土地名を聞いて何か感ずることは無いのかい?」
「知らない。今霧、ねえ。」
友達との他愛も無い話の中で若しかしたら話題にあがったことがあるのかもしれないけれど、若しかしたら僕の親戚がそこに住んでいて両親からその話があるのかもしれないけれど、僕の直接関与した実際に行った記憶はない。
「それは、君が元々住んでいた町なんだよ。」
電車は、僕の返事を待たずやって来た。
墓苗駅から今霧駅まで、およそ二十分かかる。でもそれは僕の憶測の内でしかないので、若しかしたら十五分かもしれないし三十分かかるのかもしれない、それはまあ致し方ない。
「今霧?僕が住んでいた?どういうことだ。」
僕は各駅停車の列車に乗って進んでいく。僕と灸原は同じシートに座っている。まあ普通か。これで同じところに座ってなかったらどんな仲良しコンビだよ。
「今霧。君が住んでいた。どうって事ない。」
「同じ事を言わなくとも。」
「ジョークに決まっているだろう。」
「ジョークかい。」
分かりにくいジョークだ。嫌がらせだと思ったじゃないか。こんな性格だから。僕のことではない、灸原のことだ。
「まずは、今霧が何なのか教えてほしい。」
「今霧は村名だけれど?」
「僕の質問の仕方がおかしかった。今霧とはどういうところなんだ。僕は本当にそこに住んでいたのか。」
「今霧は、それの正式名称は××県*市今霧という。ここからかなり北に行った北摂という地域に当たる場所にある。」
僕は相槌を打つ。車内を、次は千里北だということを告げるアナウンスが流れる。
「それで」
「それで、そこまで聞いても思い出さないとは、本当に忘れ去られているんだな。俺らの記憶は。」
「まあまあ、で、今霧と灸原と僕は何が関係があるんだい。」
「いやさ、君と僕はそこで知り合ったのだから。」
千里北に停まり、そしてまもなく出発する。
「知り合った。とは僕が何かの旅行で今霧に来ていたという事か?」
「いや違う、さっきも言っただろうよ、俺は。」
「なんて言ったか―――」
そういえば、僕がそこに住んでいた、と言っていたような。
「その通りだ。君はそこ、今霧に住んでいたんだ。だって君は八歳の時に引っ越していったのだから。」
「八歳。」
確かに、僕の記憶が正しければ僕は八歳のときにこの町に引越してきたはずだ。
「……、それに関しては帰ってきてから母さんに訊いてみるよ。」
「訊いた事が無いのかい。」
「まあ。」
別に訊く事でもなかったし。父さんも出張で家にいないし、聴く機会も無い。
「まあ、行ったら多分思い出すだろうと思うよ。」
「そういうもんか?」
地名を聞いても思い出せなかったのだ、思い出せるとは思えないけれど。というか、八歳の時の記憶などほぼ皆無である。
そう思えば、灸原は八歳の時の記憶がまだ残っているのだろうか、八歳の時に言われた言葉なんか本当に憶えているものなのだろうか、若しかしたら、自分は憶えていなくて僕に訊こうとしているのだろうか。
「そうじゃない。」
何故聞こえている。
「俺は、唯純粋に君が言った言葉を君が憶えているか聞きたかっただけなんだ。」
「うん。」
「君が言った言葉は、僕の人生に大きく関わったのもだからね。あの時に君はこれも付け加えて言ったんだよ。」
「……、?」
頭上では、僕らの目的地にまもなくつくというアナウンスが流れる。
「大きくなって、また会ったらこの言葉を言い合って、また友達になろう、その時どちらかが憶えていなかったら、思い出すまで待とうね、と。」
「僕は、そんなませた事を言っていたんだな。二年生で。」
「あの時、君は賢かったからね。」
「この僕が?賢いだって?」
そんなことはない。僕はテストも平均点以下(しかもかなりの底)なのだよ。賢いなんて言ってもらったら困る。
「万年平均点以下の僕が、成績が良かったなんてそんなおかしなことはないだろう。三年生の時(小学校の頃のことだ)の成績も多分糞だったと思うけれど。」
「成績が良かったとなんて言ってない。」
「……、?」
今霧駅に着く。
「さあ、着いた。行こうか、君。」
灸原と僕の可笑しな関係、複雑そうである。
続く
これからたくさん書いていきます!!




