転職?
町に戻った二人は、一旦宿に行き、身支度を整え、緊張するラルフをサーラが引っ張って道具屋に行く。
道具屋にその彼女がいるのだ。
この町唯一の道具屋の一人娘で、看板娘でもある。
道具屋に行くとサーラは中に入らずに、ラルフの背を押して外で待つ。
窓から覗き見る中の様子は、同じように顔を赤くしている二人が、ワタワタしながらやり取りしている。
微笑ましい様子にサーラはニコニコして外で待つ。
もちろん結果はわかっている。ラルフが道具屋にポットや騎獣の餌を購入しに行くと、必ず彼女がラルフの相手をするし、とても嬉しそうな笑顔を見せているため、傍から見ていてラルフの事を好きなんだと気づいていた。彼女…リラは淡い栗色のふわふわな巻き毛の、琥珀のような輝きのある瞳の可愛らしい女性だ。20歳とラルフとは歳が離れているが、きっと良い夫婦になるだろう。
暫くすると、案の定、うまくいったラルフが満面の笑みで店から出てきた。
「やったぞー!」
ガッツポーズを取り、スキップでもしそうな勢いでサーラのもとに戻ってくるラルフに、サーラも笑顔で迎える。
「あったりまえじゃない。私が最高のリング作ったんだからねッ」
「おうっ!やっぱり俺が知っている中では、お前が一番すげぇ職人だわ」
ストレートに褒められ照れくさく感じるが、それが事実でもあるので、笑ってごまかし、おめでとうと笑顔で伝える。
ラルフとリラは急ぐようにあっという間に結婚した。
冒険者としては割と有名なラルフと、町で三本の指に入る美人のリラの結婚ともなれば、町中で祝われ、祭りか?と思われるくらいのどんちゃん騒ぎになった。
丸一日騒いだあと、疲れてないのか二人は、新婚旅行に出て行った。
この世界でも新婚旅行があるのに笑ってしまったが、王都や、中央神殿などを見て回るのがこのあたりではポピュラーな新婚旅行らしく、軽くひと月かけてするものらしい。
相棒が旅行に行くのに合わせて、暫く自分の世界のことをすることにし、ログアウトする。
ふと、マイホームでメールチェックしていると、ラストが現れた。
いつもの輝かしい笑みを浮かべて、椅子とテーブルを出すとサーラに椅子を勧め座る。
「今日は。何かありました?」
不思議に思いながら椅子に座り、首を傾げサーラはラストに聞く。
「何もなかったら来てはいけないか?」
紅茶の入ったカップを傾けつつ、少し寂しそうに視線を下げて言うラストにサーラは慌てて、
「いえっそんな意味ではっ…あのっ…」
と焦って、なんと言い訳をしたらいいのかわからなくなる。
あわあわと変な動きを見せるサーラを見たラストは、やがて堪えきれないといった風に肩を震わせると、吹き出すように笑い出した。
「ふふふ…いや、すまない。サーラがあんまり冷たいことを言うので、つい拗ねてみてしまったよ。」
言い訳をしながらも楽しそうに笑い、ゆっくりと片手を伸ばし、サーラの頭を優しく撫でる。
「顔を見に来たのもあるが…何か問題とかないか?ゲームとして楽しめているか?」
楽しそうな笑の中に僅かに心配そうな表情を見せ、サーラの顔を覗き込む。
サーラは安心させようと笑顔を作るが、すぐに心からの笑みを浮かべる。
「大丈夫です。皆さん良い方ばかりで、過ごしやすいですし、ゲーム感覚で申し訳ないくらいには楽しませてもらってます。」
「そうか…よかったよ。」
安心したような顔をするラストを見て、サーラはなんとなく逆に頭を撫でてみたくなり、同じように手を伸ばしそっと撫でてみる。
(うっわー柔らかい~…サラサラ~…羨ましい~)
マイホームでのやりとりがヴァーチャルのはずなのに、肉体を伴った遣り取りのように色んな感覚があることに、今更ながら違和感を覚える。
(ラストがいるからなのかなぁ?)
しかし、普通の感覚に慣れてしまったということもあるので、『ま、いいか』で終わらせてしまう。
「もう一つ、一応ゲームとして活動するために、ある企業のオーナーに協力してもらうことになった。つまりは、『ちゃんとした会社から配信されるゲーム』と言う位置付けの土台を作ってみた。
とりあえず、明後日ここに行ってみてくれ。向こうには説明済みだから心配しなくても大丈夫だ。」
ラストが渡してきたカードを見ると日本でVRを扱う、所謂大企業の『ISHIZUKA』の名刺っぽいものだった。
この会社はあらゆるVRを取り扱ってはいるが、未だMMOを扱ったことがない会社だ。
最近オーナーチェンジがあったと聞くが、詳しいことは知らない。TVを見ないサーラはネットの情報だけが情報源だが、大企業のトップのことはあんまり興味がないし、自分とはかかわり合いがないと思っているからでもある。
「受付で名乗り、アポを取っていると答えてくれれば、会社的な事は石塚が説明してくれると思う。
14時に約束を取っているので、その時間までに行ってくれ。…私の世界の為に頑張ってくれているサーラの、こちらでの生活も保証したいから、私も交渉頑張ってみたのだよ?」
つまりは、ニートになったサーラの、就職先を作ってくれたということなのだろう。
確かに、あまり蓄えがなかったので、このままニートは辛いだろうなと思っていたところなので、就職できると金銭面でも助かるというものだ。
あちらの世界では、ちょっとした金持ちになってはいるのだが、向こう一本にしてこっちを捨てる勇気はまだない。
ほぼ半分向こうで生活しているとはいえ、今のところこちらの生活も大事なものなのだ。
なにせネットのつながりとは言え、友人達がいる。今まで淋しいときや辛い時など、何も言わずに察してくれて、器用にこっそりと慰めてくれるものや、不器用に慰めてくれたものなどいるため、あちらの世界一本に行動など出来なかった。
出来れば仲間にもあの世界を楽しんでもらいたいという気持ちはあるので、正式サービスになれば、仲間を引き込もうと考えていた。
「わかった。明後日の14時に訪問してくるわ。ありがとうラスト様。」
ラストはまた頭を撫で、笑顔で去っていった。
「で、名前って…まさかサーラって名乗れって言うんじゃないわよね?」
単純なことだが、ラストにはこちらの名を名乗ってはいない。こちらの神とも交流しているようだから、そこから聞いているのかもしれないが、詳しく聞き損なってしまったためどちらかわからない。
考えても仕方がないことのため、ため息一つで考えることを終わりにする。
久しぶりに仲間に会いに行こうかと思ったが、なんだかそんな気分になれなくて、今日はもう寝てしまえとヘッドプロテクターを外すと布団を頭まで被り目を瞑った。