ギルド
ギルド
バース神官に挨拶をして孤児院を出、ギルドへと向かう。
商店街とは逆の方へ行くと、宿屋・食堂がギルドを中心に乱立しているエリアになっていた。
ギルドは割と大きい建物であったが、田舎町のギルドなだけあって、蔦の這う質素な石壁の建物で、入口は観音開きの木の扉になっており、大柄の人が2人並んで通っても大丈夫なくらい広く作られている。
入口の上にこちらの言葉で『冒険者ギルド』と書かれている。
サーラは扉をくぐると正面にあるカウンターに行く。
中は、よくある酒場を兼ねている作りで、壁に依頼が貼ってあるようだ。
時間的には昼過ぎ位だが、数人の冒険者と思われる人たちが、グループを作って酒を楽しんでいる。
「すみません。登録したいのですが。」
カウンターの中で黒い腰まであるストレートの髪をした、金の目の兎の獣人らしき女性がにこりと微笑む。
「では、こちらの用紙に記入してください。」
用紙を見る前に驚いて獣人の顔を見てしまう。そう、女性と思っていたが、声は男性の声だった。
「兎の獣人を見るのは初めてですか?」
ぶんぶんと首を縦に振るサーラにその人は、クスクスと楽しそうに笑い、
「獣人の中には、男女の差が無い種族があるんですよ?まぁ、ごくまれに男性らしい兎族がいますけどね。」
そう説明してくれる。
細身の身体といい、美人と呼んでいいほど整った顔立ち、細い指・仕草なんかもう女性のそれである。
服装は男用のチャイナ服っぽくはあるが、チャイナ服と違ってゆったりとした作りだったので、胸のふくらみがなくてもわからなかった。
「すみません。」
謝りぺこりと頭を下げ、気を取り直し、用紙を見る。
そこには注意事項が書いてあり、最後に署名するような書式になっていた。
要約すると、
1、受けられる依頼はレベル制限があるので自分のレベル帯の依頼を受けること。
2、依頼に失敗してもギルドは責任を負わない事とする。もちろん死亡しても個人の責任とする。
3、PT用の依頼は2人以上でなければ受けられない。
とまぁ、こんな感じで書かれている。
サーラは最後のとこに署名し、カウンターに返す。
署名確認をしているカウンターの顔が驚愕に染まる。
「上位種?!」
名前を見れば確かにわかりやすいだろう。ミドルネームが『H』つまり、上位種と自ら名乗っているようなものだ。
「カウンターをやって10年ですが、初めて見ました。」
「あんまり変わらないでしょ?外見的には。私も上位種が異界から出るのは久方振りと聞いてますし、多分これから出てくる者も増えると思いますよ?」
サーラはにっこりと笑って言う。そう、これがうまくいけば、これからもっと人がINすることになるだろう。
今のところは上手くいってるのではないだろうか?後はログアウト出来るかどうかだ。
「増えるといいですね。ここも活気が出るでしょう。…さ、書類の確認はいいですね。ではギルドカードをお渡しします。こちらにはお名前・種族名・レベルが掲示されます。後、本人だけが確認できる項目に貯金額があります。」
渡された半透明な名刺サイズの小さなカードだった。
「そのカードはまだ、ただのカードにしか過ぎません。左の小指から少量の血をカードに垂らしてください。そうしたら貴女専用のカードになります。」
サーラは苦笑しながらナイフで左手小指を傷つけ、血をカードに垂らす。
血はカードに吸い込まれるようになくなり、血の代わりに文字が浮き出る。割と綺麗なカードだ。それを貴重品入れに入れておく。
(それにしても、左手のって多いな…右利きだからいいけどね。左利きにはやりにくそうね。)
「何か依頼受けてみますか?低レベルなので、それなりの物しか受けられませんが・・・」
サーラは少し考え、軽く受けてみるかと依頼の張り出してある壁へと向かう。
レベル1の依頼はお約束のお使い系・薬草などの採取系・町の雑用的なものだ。
同時にいくつか受けられるようになっているが、お使い系と雑用は同時に受けても時間的ロスは少ないだろうが、採取系は町の外に出なければならないから、これは単独で受けたほうが良いと思われる。
とりあえず町のことを知るためにも、お使い系と雑用を受けられるだけ受けてみることにする。
「では、10個の依頼を受けるのですね?…大丈夫ですか?」
流石にギリギリいっぱいは受けすぎかと笑ってごまかしながら、効率良い順に頭の中で並べ、計算上では行けるかと頷く。
「『猪熊亭の野菜の配達』『猪熊亭の酒の配達』『町長の肩揉み』『町長家の庭の雑草抜き』『ギルドから薬師への薬草配達』『いなくなったペットを探して』『雨漏りする屋根の修理』『夕飯作って』『悠々亭の宿泊施設のベッドメイキング』『夕方に届く荷物の集配場からの配達』ですね。いくつか今日中には終わらないものもありそうですが、頑張ってください。」
改めてギルドカードに依頼を登録して、サーラは時間をロスしないように、順番に荷物を受け取ったり配達したりと、レベル1でも使える身体強化で素早く回っていく。もちろん荷物の類はアイテムボックスに入れてある。
一つの依頼を終えるごとに、一つレベルが上がっていく。
セクハラまがいの『町長の肩揉み』も無事終わらせ、後はペット探しと夕方の配達だけとなった。
ペットは他の依頼をしながら聞き込みをしていたので、大体の場所は見当付けていたので、そちらへと向かう。
それは、猪熊亭の裏路地。迷子になってから、ご飯を求めて美味しいご飯がありつけるここに来ているようだ。
こっそり隠れていると。青・黄・赤の三毛猫が現れた。
(…猫は好きだけど、信号カラーは気持ち悪いわ。)
すぐに捕まえ届けに行く。おとなしいからいいけど、暴れたらどうしようと内心ビクビクしていた。
依頼者の家に届けに行くと、お金持ちの家だったのだが、出てきたのは巨漢と言わんばかりに太った奥様で、
「ぽぴーちゃぁんよかったわぁ」
と猫撫で声で言った時には鳥肌がたった。
夕方の配達も終えるとギルドに報告に行く。経験値はその都度貰えはするが、報酬はギルドでもらうことになっているためだ。
ギルドの門を潜ると中は依頼報告の人で溢れかえっていた。
サーラも順番に並び、耳を澄まして他の人の依頼内容を聞く。
1~でも受けられる依頼は結構あるが、大体20~30がここでは平均らしい。ということは、そのくらいまでレベル上がったら、他の街に移動したほうが効率的だろう。
「おや、サーラさん。今日の分の依頼完了ですか?」
「ええ、今日受けた分の完了を」
半信半疑のカウンターはギルドカードを確認すると、全ての依頼が終わっていることに、本日2回目の驚きの顔になる。
「流石、上位種の方ですね。この量を一日で完了とは…では、報酬はすべて合わせて32550Gになりますが、カードの方に入れますか?」
カウンターにはまだまだ並んでいる人達がいるので、上位種ということを周りに知られてしまった。
上位種はまだ自分一人しかいないので、あまり知られたくはなかったが、こうなったらしょうがないだろう。
「はい、カードにお願いします。」
カードに処理を施したカウンターはカードを返しながら、
「明日も依頼を受けにいらっしゃいますか?」
そう尋ねてきたが、サーラは首を振った。そろそろ一旦ログアウトしてみようと思ったからだ。
「初めてこちらに出てきたので、一旦異界に戻らなくてはならないんです。ですので、次は数日後になると思います。」
カウンターに手を振ってギルドを出る。矢鱈と視線を感じたが、今日はしょうがないだろう。
そのまま教会まで歩き、教会の中へと入っていく。
教会の上位種専用の場所。上位種の種を保管する場所は、上位種と選ばれた神官しか入れないので、そこでログアウトすることにする。
メニューを呼び出し、恐る恐るログアウトキーを押す。
ふっと暗くなり、最初にキャラクターを作った空間に立っていた。
「ふむ、大丈夫だな。今、魂の移動をしている。次にはここに来なくても、ログアウトするだけで戻れるようにするが、今日は待ってくれ。少し話したいからな」
ロストがいつの間にか傍にいてサーラを凝視している。
大丈夫という言葉に身体の力が抜ける。
死なずに済んだらしいと実感したからだ。
「で、我が世界の感想はどうだ?」
「まだ触りだけですが、楽しそうな気がします。まだ町の外に行ってないので、自然の景色は見てませんが、町の雰囲気や、景観は味があって好きです。住んでいる人も素朴でいいですね。
これはゲームとしては確実にハマりそうです。なので、明日は朝一にインしますね。」
サーラの熱のこもった感想にロストは、それはそれは嬉しそうに微笑み、サーラの頭を優しく撫でた。