チュートリアル
一瞬暗くなったと思ったら、ラストに言われていた魔法円の中にいた。
直径2m位だろうか?魔法円の一番外側から光が垂直に上に向かって出ている。ここで左手の小指を切り落とさないと、出ることができないと言っていたが、どうなんだろうと手を伸ばしてみたが、光が壁のようになっていて、外には出れないようだ。
光の外にいつの間にか白いローブのようなものを着た、栗色の髪で緑の目をした優しそうな20代位の男性が立っていた。
「この教会に初めていらしたハイヒューマンのお方、どうぞこちらに『上位種の種』をお入れください。」
光の外側から聖水の入ったコルクで蓋をした小瓶を差し出してくる。
サーラはそれを受け取り、アイテムボックスから剥ぎ取り用のナイフを取り出し、左手の小指に刃を当てる。
あまり力を入れなくても刃は簡単に小指を切り落とす。が、小指は地面には落ちずに目の前に浮かんでいる。
(痛みはないし、血も出ないようになっているようだけど、やっぱり気持ちがいいものではないわね。)
眉を寄せながら、小指を小瓶の中に入れる。コルクでふたをすると、中の小指は人型の種のような形になった。
それを男に渡すと、すんなり外へと出ることが出来た。
男は小瓶を受け取ると、綺麗に磨かれた棚に置いた。
「神の癒しを」
一種の回復魔法であろうその言葉で、小指は綺麗に元に戻っていた。
「初めまして。私はこの『始まりの教会』の神官、バース。神の命により、ここの神官となりました。以後よろしくお願いします。お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
神官のこの言葉からチュートリアルが始まるようだと感じる。
「バース神官、初めまして、私はサーラ・H・アレキサンドライトと申します。サーラとお呼びください。」
バースはサーラの名を聞くとにこりと人好きのする笑顔で頷いた。
「では、サーラ、異空間からこちらに出られたのは初めてだと思います。まずは、手足などに違和感はありませんか?少しでもあったら、この教会の中で歩き回ったり軽い運動をしてみて慣らしてください。」
「いえ、これといってなさそうです。」
「では、軽いお使いをしていただけませんか?教会を出て、右手をまっすぐ進むと商店街があります。商店街に入ってすぐのところに八百屋さんがあります。中にユージィーンと言う恰幅の良い女性が居ます。その人に林檎を頼んであるので、受け取ってこの教会の裏の孤児院まで持ってきてもらえないでしょうか?報酬はギルド登録料金にあたる3000Gお支払いします。」
サーラは了承して教会を出る。
人のいないところでメニューを開いてみる。目の前に半透明なゲームメニューが展開される。さしずめ、A4のノートを開いたぐらいだろうか?
そこに数ページに分かれてスキルや、今受けているクエストや装備などが載っている。もちろんデス・ゲームではないので、ログアウトボタンもちゃんとあるが、本当に帰れるかはまだわからない。
アイテムボックスもちゃんとアイテムボックスメニューがあり、中に何が入っているか見えるようになっている。
因みに現在の持ち物は、初期剥ぎ取り用のナイフ・マント・最下級HPポット10個・最下級MPポット10個・最下級スタミナポット10個・持ち金1000Gだ。後、貴重品用のスペースに『神に認められしGMの証』とやらが入っている。
このポットの10個が少ないのか多いのかはわからない。持ち金も1000Gとしょぼい…いや、多分という意味だが。
『神に認められしGMの証』…普通の10倍の速さでスキル・レベル等が成長していく。神から直接貰った者でないと使用できない。と説明は出ている。直接貰ってはないが、サーラ専用と注記してある。
何とも便利なアイテムだが、ありがたく貰っておこう。とウィンドウを消す。
そうこうしてるうちに八百屋が見えてきた。地球にある八百屋さんそっくりで、店舗に所狭しと野菜や、フルーツが並べられている。
バースが言っていたように店には、恰幅の良い中年の女性がいた。
「ユージィーンさんですか?バース神官からこちらに林檎を取りに行くようにと頼まれたのですが。」
振り向いたのは、爆発しそうな赤い髪を緑のヘアバンドでとめた中年太りの女性だ。パッと見、強烈な印象の残る女性はサーラを見て
「あらあら、えらくか弱そうな子が来たねぇ、あんたで持てるのかい?」
そう言って林檎をサーラの前に置く。木の箱に入ってはいるが、軽く30Kgはありそうな量だ。とりあえず持ってみるが、かなり重く感じる。レベルが低すぎて力が足りないのだろう。
「無理しないようにしな?腰悪くするよ?」
心配そうなユージィーンににこりと笑ってみせ、そのままアイテムボックスに入れてしまう。
いきなり消えた林檎箱に驚いた顔をするユージィーンは、ふと思い出したように頷き、サーラを上から下まで舐めるように見。
「いやー、上位種ってやつを初めて見たわよ。どう見ても20代そこそこなのに100歳超えてるってことだよねぇ。で、あんたいくつだい?」
と興味津々で目を輝かせながら聞いてくる。確かに最初からアイテムボックスを持っているのは上位種だけらしいが、好奇心の塊といったユージィーンの勢いに、若干引きながらサーラは、どう答えようかと頭の中で整理する。
「今日、里から出てきたばかりなんです。ちょうど100ですね。でも、世間知らずの若輩者なので、私のことは年下だと思っていただいて構いません。人生経験が足りないので…」
引き攣りながら、一応この設定で行こうと心に決め、そう伝えるとユージィーンはにっこり笑い、サーラの背中をバンバンと叩く。
「うん。あんた気に入ったわ。お近づきの印にこれやるよ。」
向日葵の花のような明るい笑顔で、林檎くらいの大きめの真っ赤なトマトを3個渡してくる。
「うちのは美味いよー。新鮮だし、そのまま食べても美味いし、料理の材料にしても美味いよー」
サーラは2個はアイテムボックスへ入れて、1個はそのまま齧り付く。
「あ、美味しい!ありがとうございます。」
礼を言いつつトマトを齧る。本当に甘い。フルーツのような甘さとはまた違った甘さを感じる。
本当に異世界なんだと実感する。他のゲームでもそれなりに味は感じるが、ここまで新鮮で、リアルに感じるものはなかったように思う。
嬉しそうな顔のユージィーンに礼を言うと、手を振って教会に戻る。
歩きながら何気にメニューを開くと、個人メニューの部分に年齢が入っている。どうやら先程の遣り取りは、年齢を決める為のものらしい。
裏手に回ると質素な建物が隣接して建っている。
「バース神官~林檎持ってきましたよ~」
ドアを開けると、バース神官がニコニコ笑顔で奥から出てきた。
「林檎、どこに置きますか?」
「あ、ここで良いですよ?」
そう言われて、いいのかなぁと思いつつもその場に置く。するとその箱をひょいっと軽々とバース神官は持ち上げキッチンらしき方へと歩いていく。
(てか、あの人、レベルいくつなんだろう…自分より下じゃないと見えないっぽいし…)
じーっと見ながら考えていると、戻ってきて硬貨を3枚くれる。
「こちらの貨幣ですよ。青銅貨が1G、銅貨が10G、銀貨が100G、白銀貨が1000G、金貨が1万G、白金貨が10万Gとなってます。ギルドカードがあればカードでの金銭のやりとりができますが、まずはギルド登録に行かれるといいですよ。ギルドカードは身分証明にもなりますからね。」
お金をジャラジャラ持ち歩くわけには行かないので、硬貨で金銭価値が違うのは良い感じだし、硬貨に慣れれば、札がないだけで、日本と同じだから判りやすくて良いと思った。
微妙に付け加えました。