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不幸な女性の幸運とは言い難い転機

そう、彼女はついていなかった。

就職が決まり研修が始まる前にのんびりしたいがために、両親の誘いを蹴って一緒に旅行に行かなかったこと。


その旅行先で、バスの運転手の過失による転落事故で、両親ともに他界してしまったこと。


保険金などが入ってきたが、大学を出たばかりの世間知らずの女は騙されやすく、叔父に家や保険金を財産の管理という名目で横取りをされてしまったこと。


なんとか一人で慎ましく質素にくらしていたが、やはりごく一般的な女として結婚に夢を見ていたので、そこそこ長く付き合いがあり、自分を分かってくれているであろうこの人ならと、プロポーズしてきた彼氏と結婚を決め、家庭に入って欲しいという言葉に会社も辞め、いざ結婚というところで、よくあるパターンの「取引先の重役のお嬢さんと結婚することになった」と言われ捨てられてしまったこと。

まぁ、男とは結婚式や披露宴などせずに婚姻届のみで済ませようとしていたため、結婚式のキャンセル料などが出なかっただけでもラッキーだったとするしかないだろう。

だが、自分にもプライドがあったため、結婚すると辞めた会社に出戻ることは出来なかったし、既に新しい子が自分の居た部署に入っているため言い出せなかったというのもある。


そして半年後の現在28歳独身・職なし・再就職活動中の半引きこもり女である。


大学ではいたはずの友達も、就職した途端に疎遠になり、今では友達らしい友達もいない。

頼れる親戚もいない。

本当に一人ぼっちという言葉がぴったりとくる。


そんな彼女が現実逃避の手段にVRにのめり込んでもしょうがないことだろう。

もともとゲームが好きで、いろんなVRに手をつけてきたこともあり、今現在プレイしているゲームもコツを掴んだ途端に、あっという間に廃人レベルまで上げてきた。


ゲームの世界では友人も多く、笑って過ごせるのだ。



VR機器の安全性が確かなものとなり、VR専用回線が一般的に使われるようになり、最初の頃のカプセルタイプ(人一人寝られる酸素カプセルのような形)からヘルメットのようにかぶるだけで良いタイプに進化してから、割と安価で購入できるようになり約10年、彼女は初期の頃からよくゲームをしていた。


最初は両親が大学合格のお祝いとしてプレゼントしてくれたのが切掛けで、自分では到底できないようなことが体感できるゲームにハマっていった。


今ではVRMMOは数多く存在するが、彼女がやるのは大抵剣と魔法が存在するファンタジー色の強い王道的なゲームがほとんどだ。

その中(VR)でも大体連む人間が決まっていて…最初は4人ぐらいで同じゲームでチームを組んでプレイしていたが、2つ3つゲームを変えていくうちに気が付けば、10人のチームでいつも連むようになっていた。


お互い、リアルネームも年齢も性別も住んでいる地域も知らないが、メールアドレスだけ交換して、ある程度ゲームをプレイし尽くしたあたりで誰かが新しいゲームを紹介し、移動する事を繰り返していた。


今やっているゲームは約3年経っているが、運営の飽きさせないようにする努力もあってかなり面白いため、未だ誰も新しいゲームに移ろうという者は出ていなかった。



いつものようにゲームを終えてベッドから身を起こし、ヘッドプロテクターを外して蒸れた頭を振る。

先程までの仲間とのバカ騒ぎとは打って変わって、最低限の家具しかなく、女の部屋とは思えない彩に乏しく静かで淋しい部屋が目に映る。


毎回このギャップが虚しくなるのだが、現実世界での傷は小さくなく、VRがなかったら立ち直れなかっただろうからVRは止められないし、止めるつもりもなかった。

かといって部屋をゴテゴテ飾り付けるのも違う気がして、位牌替わりの両親の写真が入った写真立て以外、余計な雑貨は置いてなかった。


ため息を一つ吐くと乱れた髪を手櫛で整えつつ、明日することを電子手帳で確認し、これといって用事もないので、ハローワークにでも行ってみるかと目覚ましをセットし、いざ寝ようと布団を被ったところで、メールチェックをし忘れていた事を思い出す。

別に重要なメールの予定もないし、明日でいいかとは思ったが、なんだか無性に気になり布団を剥ぐと、気を取り直してヘッドプロテクターを被る。

電源オンにし、仮想空間にある自室(マイルーム)のポストを開けると、どうでもいいようなメール(手紙風になっており、選択すると開くようになっている)に混じってキラキラ光るメールが一つあった。


首を傾げメールを光らせるような機能はなかったはずだと思いながら、新しいサービス若しくは機能の紹介なのかとそのメールを選択してみる。


封筒が開かれるイメージの映像が出ると同時にその中から光が溢れる。目の前に手を翳して光を遮るが、光はかなり眩しく、一瞬目を閉じてからゆっくりと開く。


いつの間にか目の前に、銀の髪に淡い青の瞳の、眩いばかりの美貌の男性が白いシャツとベージュのパンツといったラフな格好で、笑みを浮かべて立っていた。



「えっと…いったいどういうことに??」


この状況について行けずに疑問の声を上げるが、彼は何も言わずに笑顔のまま優雅な仕草で、テーブルと椅子を何もないところから出現させ用意し、椅子に座るともう一つの椅子を勧めてくる。

ヴァーチャルな世界だから、望んだような物が出てくるのは理解できるが、目の前に居るキラキラしい男性が、自分が望んで出したものではないことははっきり言える。彼氏のいない干物女がヴァーチャルな世界に美貌の男を出現させるなんて、かなり痛い女としか言えないだろう。

流石にそこまで痛い女じゃないと自分を納得させ、目の前の男を睨みつける。


「マイホームに侵入するって貴方ハッカー?」


警戒心丸出しの彼女に彼はにこりと微笑み、


「まずは座ってもらえるかな?話はそれからだ」


と、低くもなく高くもないが、しっとりとした色気のある男性らしい声の、有無を言わせない口調が再び椅子を勧めてくる。


逡巡するが、話を聞くまでは彼も消えないだろうと、彼女は憮然とした顔で黙って椅子に座ることにする。

その様子を見て彼は笑みを深くし、ティーセットを取り出し、クッキーまで用意してからお茶を煎れる。


「さて、いきなり君のゾーンに侵入してすまない。」


許可なく侵入したことへの詑びを口にしつつ、彼女にお茶とクッキーをすすめる。

彼女はしばし彼を見ていたがやがて、こうしていても話は先に進まないだろうと、ため息一つ吐いて諦めたようにお茶を口にする。


彼女はカップを口につけたまま目を見開く。

中身にしっかり温度と匂いと味がついていたからだ。ヴァーチャルな世界ならそういったものも作られているだろうが、ホームにそんな機能はない。それも、程よい熱と今までに飲んだどの紅茶よりも芳しい香り、そして美味しい味がした。


「まずは…信じがたいと思うが、私はこの世界の者ではない。いわゆる他世界の創造主というものにあたる。」

「は?」


かれの意外な言葉に彼女はぽかんと口を開け、つい、間抜け面をさらしてしまう。

彼はその様子を見て、ふふふと楽しそうに笑い、カップをソーサーに戻すと急に真面目な顔になる。


「他世界の君にお願いがあって来た。」


彼女は馬鹿馬鹿しいと、信じられないと何かの詐欺ではなかろうかと心の中で思ってはいたが、なにやら漠然とした存在を感じ、信じられると相反したものを感じた。

こうやって対面でお茶を飲み、彼という存在を知り、その気配というものだろうか、が異世界からやってきて自分に影響を与えているのだと改めて理解した。


「今、私の世界は滅びかけている。…私が大きく介入するには、一から作り直さなければならないほどに…」


周りの景色が彼の言葉に呼応するように変わる。一つの美しい惑星。地球とよく似ている。


「私はこの地を作り、様々な生物を作った。その時の弊害である負と魔を昇華させる事を魔王に請け負わせた。」


美しい森や海・平原や谷次々と移り変わる風景。自然が生き生きと輝きを放っている。今の地球では日常的には見られない風景。そこに黒い靄がかかってそこから魔物が生み出される。それを冒険者が剣や魔法で戦って消し去る。そうやって昇華させているようだ。


「だが、最近人やいろんな種族が増えすぎて、負と魔の昇華が追いつかなくなって来ている。魔王に負担がかかりすぎて、このままでは魔王が負に犯され、やがて私の世界全てが負に犯され滅んでしまうのだ。」


黒い靄が星を覆い尽くした時に、全てが終わってしまうと言う事だと、景色が黒くなり消えていく。


「私はせっかく創ったこの愛すべき世界を消したくはない。それで、何か良い案はないか、参考にならないかと色んな世界を見てきたが、この世界が一番面白い発展をしていた。

そこでこの世界のシステムを利用し、かつ、私の世界の負担にならないように私は、私の世界をVRの舞台にしようと思い立った。」


今度は背景が、今彼女がやり込んでいるMMORPGの画面に切り替わる。仲間と一緒にモンスターを倒したり、イベントで踊ったり歌ったりと楽しげな場面だ。


「ちょっと待って、星丸ごとVR?そんな無理やり感を出すより、勇者を作るなり、召喚するなりできないんです??」


彼女の提案に彼は首を横に振ってみせる。


「勇者を創れるほど私の世界の住人は、力を入れることのできる器を持っていない…更に、召喚でチートな能力を異世界の者に与えたところで、一回で済むようなことでもない。毎回のように何回も召喚していれば、世界は歪む。新しい種族を作るのが一番良いのだが、一から創るのはあまり時間がないだろう…それくらいなら、VRとして精神だけを召喚して、新しい肉体に入れるほうが、世界は安定する。時間的にもこれがベストだろう。」


悲しげな、しかし皮肉そうな表情を作り、彼は俯く。

いつの間にか周りは、いつものマイルームに戻っている。


ここまで聞いて、彼女に疑問が湧く。「なぜ、自分なのか?」と…流行りの小説とかにあるように、十代の若い世代が行くものではないのだろうかと…


「そう、君にしてもらいたいことは、βテストより前のαテストみたいなものだ。

これはあまり若いと経験値が足りないし、あまりオタク寄りで偏ったコアな世界にしてもらいたくはない。だから、ある程度の経験者で、経験豊富とまで行かなくとも世界を理解出来る年齢の人が好ましい。そんな理由で君を選んだが、流石に君一人に魔王を倒せとは言わない。精神だけを新しい肉体に入れることによる負荷、置いて来た肉体の変化。ゲーム的に攻略していってどのくらいの能力を身につけることができるか、RVらしい力の表現方法…そんなところだ。」


その言葉の裏に隠された危険を、彼女は悟ってしまった。つまり、「死」の危険があるかもしれないということだろう。

いくら今不幸だと思っていても、死にたいとは一度も思ったことはない。

「死」は受け入れることができないものだ。


「そう。死の危険がある。最初の数回で精神の繋ぎ方はわかると思うのだが、こういったことはまだしたことがないので、今のところ君が死ぬ確率も高いと思う。だが、たとえ繋ぐのに失敗したとしても、君はそのまま私の世界で生きてもらうことにする。こちらの世界の肉体は精神と離され断絶されれば死んでしまうことになるからだ。だから悪いとは思ったが、この世界でいなくなっても構わない君を選んだ。」


そこまで聞いた彼女は悔しいと思った。悲しいとも思った。

この世界にいらない人間なのだと分かってしまったからだ。


俯き唇を噛む彼女を見て彼は少し申し訳なさそうな顔になる。そしてゆっくりとさらに言葉を重ねる。


「この世界が必要としない人間はたくさんいる。それだけ人が溢れかえっているからだ。

この世界では人は増えすぎた。私の世界とは違い、負や魔といったものは全ての人間の中にあり、均が働き、戦争や病気といったもので数の調整を行っているようだが、やはり、地に対して人の数が多すぎるのだ。よって、必要としない数の人間が出てくる。

ただ、その必要としない人間もある日突然必要となる時もあるし、逆に必要だったものが不要となる場合もある。

その中で、君は将来必要となるかもしれないが、この世界の所謂(いわゆる)神と呼ばれる者に君のこれからを貰った。君が望めばという条件付きで。」


彼女は考える。今までにないくらいに考えた。

将来的に必要となる人間になれるだろうかと…自慢ではないが、半引きこもりのニートである今は必要とされなくても仕方ないだろう。では未来は?そう考えても、特技も手に職もない自分では、普通の人生を送るだけなので、きっと将来も必要とする人間にはなれないだろう。ならば他世界でも必要とされるのなら、良い事ではないのか?

彼女は決心したように顔を上げ、彼に向かう。


「では、私の力が及ぶ限り…いえ、きちんと出来る範囲でお手伝いいたします。」


彼女の言葉に彼は、本当に嬉しそうに微笑んだ。


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