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憎悪は散らない

憎悪は散りません

桜は散ります

本当、夜の桜って綺麗ですよね

最高にCoolです

では、ご覧ください

「はぁ……はぁ……鈴! あと何体だ!」

「あと二十七体です!」

「くそ……ったれ!」

 まだいるのか、と少年、橘末彦は悲鳴をあげる。

 ここは、山梨県の中心にある大きな公園。その場所には現在、先週火事を起こした化け物、『火牛』が、暴走している。

 火牛《ひうし》とは、六本の角がついている、さらには火を纏い、火を操る中型の牛の化け物で、数が多ければ多いほど、体が大きくなり、また、纏っている火の出力も増す。さらには吐き出す火の威力も上昇する。近づくことすら困難だ。

「隊長! どうします!? 後退しますか!」

「馬鹿野郎! ここで後退しちまったら、近辺の住民に迷惑かけちまうだろうが! なんとか食い止めろ!」

 現在、火牛の軍団と末彦が所属している組、『伏見組』が対峙している。伏見組のほうは、まだ死人などが出てはいないものの、時間が経つごとに負傷者が増えるばかりだ。

 現在いる二班の隊長、楠大五郎《くすのきだいごろう》はこの状況を見て冷や汗を流す。

 大五郎は焦っていた。

 火牛は、二十体以上が集まれば個々の能力が大型にまで進化する。現に、そのおかげで伏見組二班の多数の精鋭たちが負傷をしている。最初は約五十人近く動ける人間がいたが、今ではその半数以上の人間が負傷して動けない状態でいる。だが、それでも火牛の勢いが収まることはない。むしろ、勢いが増すばかりである。

「ぐぅおおおおおおおおおおお!」

 火牛が雄叫びを上げる。それだけで、橘たちの体が自然と震える。

 大五郎や末彦は二班のなかでもかなりの強者として認知されていた。だが、それでも、である。それでも、束となってかかってくる火牛達を退けることは困難なのである。「ちっ! 俺と末彦が時間を作る! てめぇらはそのうちに術を唱えろ! 行くぞ末彦!」

「はい!」

 末彦は己の剣、大五郎は己の槍を持ち、火牛の群れへ突貫する。ほかの班員らは火牛を葬るための術式を唱える。

「ずああああっ!」

 末彦が一体の火牛に対して雄々しく剣を振るう。

「ぐおぉおおおおお!」

 だが、それでも、傷を作ることさえ叶わなかった。それどころか、ますます火牛は猛り狂うばかりであった。

「末彦! 後ろだぁ!」

「っ!」

 だが、末彦が気付いた時にはもう遅かった。火牛が五体同時に突進してきた。しかも、逃げ道はなく、四方八方塞がれている。

「末彦ォォォォ!」

 大五郎の叫びも橘には届かない、もはや絶体絶命の危機に瀕していた。

「末彦さああぁぁああん!」

 緋色鈴《ひいろすず》らの術も間に合わない。誰もが末彦に対して声を上げていた。 末彦は自分の死を確信していた。俺はもう死んでしまう、と。

 ――だが突如信じられないことが起こった。

 末彦に突進を仕掛けていた五体の火牛達は瞬く間に胴体と頭が離れ、倒れていった。

 それを目の当たりにした者たちは全員、信じられない、と驚愕していた。

 末彦は、何が起こったのだ、と辺りを見回した。

 そして、ただ一人、先ほどまではいなかったはずの人間が、少年が、末彦の隣にいた。

「あいつは……」

 どこかで見かけたことのあるような顔。大五郎はそれを思い出すために思考を張り巡らせた。

 五年前、自分たちの元から去って行った少年と酷似している。そうして、大五郎は少年のことを思い出した。

「春……人?」

 大五郎はそうとしか思えなかった。髪型は多少異なるが、端正な顔立ち、そして、青く澄んでいる目。

「春人……なのか?」

 大五郎はその少年のことを考え、混乱していった。


「お前……」

「下がってろ末彦。お前じゃあ役者不足だよ。というか邪魔だ」

 春人は隣にいる末彦に冷たく云う。

 末彦は混乱していた。なぜ、春人がこの場にいるのか。なぜ、昼間と様子が全然違っているのか。すぐに問いかけようとした。だが、その考えは、春人の言葉により、つぶされる。

「俺に問いたいことがあるんだろう? 云わなくても分かるさ。でもさ、今のお前は、俺の敵なんだよ。伏見組は俺の敵だ」

 その言葉に、末彦は言葉を失った。

 春人からの目は憎悪のようなものを感じる。末彦はその様子を見て、春人に少しばかり恐怖した。

「はぁ……お前が伏見組にいるなんてなぁ。悪いけど、もう伏見組としてのお前に情はやらないよ。死ぬんだったら勝手に死んでな。そこにいる奴ら全員もな」

 春人の目が術者たちの元へ向けられる。術者たちもその様子を見て恐怖を感じた。それは、今までにない、火牛達でさえ敵わない恐怖。襲われているわけではないのに、襲われているような錯覚に陥ってしまうような恐怖だった。

「春人!」

 その中で一人の男が声を上げる。大五郎だ。

「なぜお前がここにいる!?」

 その問いかけを聞いて春人は、くすり、と笑った。

 その瞬間、全員の思考が止まる。力のないものは気を失い、力のある者は、重い眩暈を起こす。あの火牛でさえも動きを止めた。

 楠はなんとか持ち直し春人のほうに目を向ける。

「いきなり馴れ馴れしいですね。俺とアンタは友達でもなんでもない、ただの他人ですよ?」

 言葉の隅々に冷たさを感じた。

 大五郎は、それでもなお、神先に問い続けた。

「もう一度聞く! なぜお前はここにいる!」

「仕事ですよ。そこにいる牛どもを殺せという仕事を引き受けたんですよ。もういいでしょう? 俺に話しかけるな」

「っぐ!」

 最後の言葉に鋭い怒気がこもっていたのか、大五郎はたじろぐ。しかし、彼はさらに問い続ける。

「なぜ! 伏見組に敵対心を持っている! 昔はお前の居場所だっただろう!」

 すると、正気を保っている者らがざわつく。

 伏見組が居場所? どういうことだ? というふうに言葉が連鎖されていく。

「本家の奴らに聞けば分かるんじゃあないですか? ……そうですね。伏見月音。あいつに聞けば分かると思いますよ。はい、質問終わり。これ以上質問したら、あなたを殺しますよ? 早まらないでくださいね。 命は重いんですから」

 その言葉を聞き、大五郎はぐっと押し黙る。

 その様子を察して春人は火牛たちに体を向ける。

「さぁ、さっさと殺してお金をたーんと貰おうかね。ほら、おいでよ。もう動けるだろう?」

「ぐおおおおおおおおおお!」

 その言葉を合図に、六体の火牛たちが突進をしかける。

 その様子を見て、伏見組の者たちは、春人の死を確信した。だが、先ほどの橘とはちがい、悲観する者は、末彦と大五郎を除いていなかった。

「よっと」

 春人は向かってくる火牛たちに向けて跳ぶ。そして、六体の火牛の胴体と頭が、先ほどのように離れ、いっせいに倒れる。

 春人はいったい何をしたんだ? と末彦は考える。剣で切ったわけでもない、いや、腕など動いていなかった。ただ、跳んだだけのように見えた。末彦は動揺を隠しきれない。それは、術者や大五郎たち、そして、火牛達も、動揺を隠せない。

「残り十六体っと。早く帰りたいし、すぐに終わらせちまおうか」

 春人は、火牛の群れに向かって歩いて(・・・)いく。それも、ぶれている(・・・・・)ように見える。

「ぶおおおおお!」 

 二体の火牛が春人に対して火の弾を放つが、ひらり、とよけられる。ただ、歩いている(・・・・・)だけなのに、かなりの速度があるはずの、加えて大きい火の弾をすべてよけられる。

 火牛達はそれを見て恐怖したのかそれぞれバラバラに散らばる。

 春人が言葉を放つ。

「『止まれよ』」

 春人がそれを口にした途端、火牛は一匹残らず硬直した。すべての火牛はピクリとも動かない。

 なぜ動かなくなった? そこにいる人間全員が疑問を持った。

 恐怖に彩られた顔で大五郎がゆっくりと口を動かす。

「言霊……」

「うん? よく分かったじゃないですか。そうです。人間には絶対に不可能な芸当。言霊です。や、俺は人間ですけど」

 言霊とは、声に出した言葉が現実の事象に対して何らかの影響を与えると云われている。だが、扱うのには霊力、というものが必要になってくる。その霊力にも様々な種類が存在している。火、水、雷、土、風、光、闇、と云ったものがある。だが、これはあくまで一般的な存在として考えられている。実際にはあと二つ存在している。一つは悪、これは西洋の妖怪がもっているとされている魔力というものだ。そしてもう一つ、神という霊力が存在している。いわゆる、神力というものだ。これは神に近い、もしくは、神という存在でなければ持っていないと云われている。人間などでは、到底到達することのできない霊力だ。そして、その神力でなければ言霊は扱えないと云われている。なぜなら、言葉一つですべての出来事を動かせるからだ。だから、神力を持っている存在でなければ使えないと云われている。

「お前はなぜ、言霊が使えるんだ?」

 それを聞き春人は呆れたように言葉を返す。

「質問が大好きですねアンタは。言霊は、あの頃から使えていましたよ」

「いや、しかし、お前はあの頃力もなにもなく非力であったはずだが……」

「非力に見せていたの間違いですよ。捨てられないためにね。まぁ、最終的に捨てられちまいましたが」

「捨てられた?」

 いちいち問いかけてくる大五郎に苛立ったのか言葉を荒くする。

「うるさい。もう話しかけないでくれないかね? 気が散るんだよ。頼むからそこらへんに突っ立っている阿呆どもを連れて手前らの組へ帰ってくれませんかねぇ?」

「いや、しかし」

 話を続けようとしたとき、春人がいつの間にか大五郎の目の前に現れ、手刀を作り、喉元へそっと、その作った手を当てる。

「もう喋らないでくれないかねぇ? うざったいよアンタ。いつまでも同じ組の者だと思わないでもらいたいねぇ。俺はアンタ達の敵で、アンタ達は俺の敵だ。こういうふうに区別しないとアンタらに情を売っちまいそうになるからねぇ。それに、本家の奴らを俺は恨んでるしね」

 話をしたい衝動を大五郎はなんとかぐっとこらえる。

「はぁ。言霊で終わらしちまうかな……。帰ってご飯を作らないといけないし、福田さんも待ってるからねぇ」

 春人はゆっくりと火牛達のほうへ向きなおす。

 そして、ゆっくりと唇を動かし、言霊を放つ。

「『切れろ』」

 その言葉を聞いた火牛達は直後、頭と胴体が切り離される。切り離された胴体からおびただしい量の血が吹き荒れる。

 それを見た伏見組の者達はただ、むごい、としか考えようがなかった。先ほどまでは血が吹き荒れなかったのに対し、今度は血が吹き荒れている。

「ただ、言霊って基本、害のある奴にしか聞かないんだよな。人間はどうも害のある者として認識されないらしい。まぁ、犯罪者は除くけど。安心しな。言霊じゃお前らは殺せないから」

 ただ、と伏見組ほうへ目を向け言葉を続ける。

「『春つくり』なら殺せると思うよ。や、俺の邪魔をしなければ殺そうとしないから、大丈夫さ。邪魔したらただじゃおかないけど」

 末彦はごく、と唾を飲み込み神先に訊く。

「お前は……なんなんだ?」

 春人は静かに微笑み答える。

「俺は……あれだ。ギャルゲーが大好きな人間だ。――っていうのは冗談で、いや、冗談じゃないけど、まぁとりあえず、桜が大好きな人間だよ。いやー桜はいいね。最高に綺麗だ。あとあれだ。お前の親友だ。伏見組としてのお前に情はやらないが、普段のお前になら情はやるよ。ありがたく受け取りな。あとは……そうさな。伏見月音のことが大嫌いになった人間だ」

 その返答に末彦は、ははっ、と目を細めて笑った。やはり、春人も人間という生き物なのだな、と感じた。何故、そこまで恨みを持っているのかは知らないが、感情というものがあるかぎり、春人は人間だ、と末彦は思った。

「ふぅ。それじゃあな末彦に……楠さん」

 神先がすべての言葉を云い終えるや否や彼の姿はすでに消えており、さらに、そこらに転がっていた火牛の死体もなくなっていた。

「春人……」

 大五郎は感慨深くその名前を呟いた。




「あ、どうしたんですか大五郎さん?」

「月音様。少しばかりお話があります」

 あの戦いのあと、大五郎は伏見月音《ふしみつきね》の部屋へ話を尋ねに行っていた。

「春人のことは覚えていらっしゃいますよね」

「……はい。よく覚えています。」

 月音はどこか遠い目をしていた。構わず、大五郎は云い続ける。

「今日、春人に会いました」

「っ!」

 月音は明らかに動揺している。

 大五郎は確信した。

 彼女が何かを知っていると。

「月音様!」

「っぐす、えぐっ、うぁあ、ひくっ」

 月音は嗚咽を上げて泣き出した。大五郎がいるのにも関わらず。

月音はそれにも気づかずただ、泣き続けこのままでは月音と話すことは無理だと悟った大五郎は静かに部屋を出る。る。

「春人……君……。ごめんなさい……ごめんなさい!」

 誰もいない部屋で、数年前に別れた少年に喘ぎながら謝っていた。彼に声が届かないと知っていながらも、ただ、謝り続けた。


 




 

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どうか、この哀れな私めに慈しみの感想を……

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