桜は夜だからこそ映える
第一話的なものでございます。
どうぞ、ゆっくりご覧になってください
「……初めまして、神先春人です。よろしくお願いします」
愛想よく振舞おうか。というか、この恰好で愛想よく振舞ったって意味があるとは思えないな。
俺は今、朝のHRの中で転入生の紹介というものを行っている。ギャルゲーとかなら日常茶飯事だろう。ある学校に一人のお嬢様が転校してくるとか、とある任務を果たすために学校に転校してくるとか、こういうものが多いだろう。下手にオリジナルなシナリオに走るより、こういう王道なパターンのほうが安心してプレイが出来る。あとはあれだな。主人公が出来の半分を決めると云ってもいい。ヘタレ反対だ。ヘタレ反対。
閑話休題
なかなか思ったよりも緊張するな。クラスの人間からの視線が気になる。まるで邪魔だと思われているような鋭い視線。
俺は、オタクというキャラを保つため、挙動不審に振舞うことにした。囲碁で負けさえしなければこんなことにはならずにすんだのにさ……。や、でも、あの人からお金をきちんと貰っているのだから逆らってはダメだ。うん。逆らってはダメ。逆らったらお金が貰えなくなるかもしれないからな。
「え、え~では、神先君に質問がある生徒はいますか~?」
きっと、このクラスの担任の生徒であろう、女性教師が慌てながら云う。何なんだよこの雰囲気。いや、多分、俺の所為なんだろうけどさ。
「はいはいしつも~ん」
一人の女生徒が手を挙げる。そして、見下すような目で俺を見てくる。茶髪がかった髪が物語ってくる。こいつはビッチだ。間違いない。
「ななな、何でしょうか?」
俺は挙動不審に答える。演じてるだけだが。
「うわ~きも~い。やっぱや~めた~」
そして、その女生徒が笑うと、クラスの生徒もそれにつられたのか笑いが起こる。あぁ、それだけで分かった。こいつらはどういう人間なのかが分かった。相手を見下し優越感に浸る、下種な人間なのだと。
「おいやめろ!」
突如一人の男子生徒が立ち、抑制の言葉を吐き出す。そして、言葉を続ける。
「相手を見下すのは人のする最低な行為の一つだぞ! お前らそれも分からねぇのかよ!」
「いやぁ、でも、ねぇ……」
いまだに、くすくすという笑い声が絶えていない。人間というのは、一つの言動や仕草で、どういう人間か分かってしまうものだ。例をあげれば、先ほど抑制を行った男子生徒。こいつは正義感のある人間だ。でも、同情だけはしないでおくれよ。悲しくなるだろ。そして、さっきの女生徒から、もうダメな人間としか言いようがない。ただ、内輪の中ではそれは覆されるのだろうか……。いや、無理だろ。人として終ってるように見えるもの。
「っと悪いな。えっと、春人君だっけ? ……うん? 春人?」
男子生徒が俺の名前を呟きながら、考えるような仕草を取る。
……あぁ、そうだ。どこかで見たことがあると思ったらあいつか。
「末彦君?」
「春……人? 春人じゃないか!」
俺の名前を叫び俺の元へ飛び込んでくる。いささか迷惑じゃないかね?
「す、末彦君じゃないか。こんなところにいたんだね」
「うん。……うん? 喋り方が昔と違うな、それと、髪型なんかも……」
「き、気のせいだよ。僕は昔からこんな感じに話してたよ」
「そうか? まぁ、いいや。 えっと、小学生以来……だよな?」
「う、うん。そうだよ」
俺がこいつ、橘末彦《たちばなすえひこ》と出会ったのは小学生の頃だ。小学生……。あぁ、トラウマを思い出す。――思い出そうとするのはもう止めよう。
「こ、これで朝のHRを終わります! ほ、ほら! 末彦君、自分の席に戻って!」
「はい。分かりました」
クラスがまだ落ち着いていない中、先生は号令を掛けようとする。
「冬野さん。号令をお願いします」
「は、はい!」
一人の女生徒が呼びかけに答える。――どこかで見たことがあるなぁ。……あ、テレビで見たな。確か、冬野彩月《ふゆのさつき》というアイド……ル? アイドル? わお、びっくり。 この女生徒は、冬野彩月というアイドル。それも、かなり有名らしい。俺はアイドルオタクではないのでよく分からないが、その道を走っている人は必ず知っていると云われている。すごいな。さすが私立。こんなギャルゲーみたいなことがあるなんて。フラグは立てる気はないけど。というか立てられるわけがない。
「起立、礼」
全員が起立をし、礼をする。
俺の席は何処なのだろうか。
「神先君の席は……冬野さんの隣でいいかしら?」
「へ?」
俺が隣……とな。嫌な予感しかしないので、丁重にお断りをしたい。俺ごとき一般市民があのような高貴なお方……というわけではないのだが、アイドルの隣というのはなかなか耐え難い感情が生まれてしまいそうだ。
「あ、私は構わないですよ」
希望、というものは脆く、儚いものだ。このように、一瞬にして崩れ去ってしまう。そして、望んでもいない絶望が訪れる。あぁ、何と嘆かわしいご時世なんでしょう。
「そうですか。では、神先君もよろしいですね?」
よろしいかぁ! と、問われればよろしくない。ほら、今にも男子生徒の皆様に嫉妬やら蔑みやらの視線を送られている。なんだよ。俺は悪くないよ。
「え、えっと」
続けて断りの返事を返そうとしたときに。
「よろしくね? 神先君」
あぁ、この世界に神はいない。
「よ、よろしくお願いします」
もう、こう返すしかないじゃないか。
こんなに綺麗な顔を向けられちゃあな。
まったく、世知辛い世の中だ。――何が世知辛いんだろう。
一時限目が終わり、休み時間になる。
末彦が俺の元へやってくる。
「いや~、ラッキーボーイだよなお前」
「そ、そうかな?」
「だってさ、クラスで一番人気のある女の子なんだぜ? 普通は羨ましいよ」
何を云うか。このイケメンが。
橘末彦は俗に云うイケメンである。目の色は黒、髪の色は赤で髪型はショートウルフ、顔は綺麗に整っており、体は細く見えるが筋肉がついている。いわゆる細マッチョである。なんだこいつ。イケメンすぎるだろ。
加えて、こいつはフラグを立てるのが上手い。しかもそれを無意識でやっている。いわゆる、天然ジゴロ。
主人公ってこういう奴のことを云うんだなぁ、と思う。
「そ、そうかな? ……うん、そうなんだろうね。冬野さん、可愛いし」
「へ? かわ……いい?」
いや、可愛いだろう。
髪は青色で髪型はサイドポニー、目の色は綺麗な水色で顔は綺麗に整っている。スレンダーがやたら目立つ。胸はどのくらいだろう……分からない。
まぁ、とりあえずあれだ。アイドルだ。うん。
「あ、す、すみません。迷惑でしたか?」
「い、いえ、その、迷惑じゃないよ。ただ……嬉しいなって」
わお。これがアイドルですか。
しかしな、どうなのだろうか? アイドルというのはこういうものなのだろうか。猫を被る者もいると聞く。いや、実際に聞いたわけじゃないんだけど。ただ、ネットでそんな話が上がってただけだけど。
まだ分からないな。まぁ、いいさ。普通に接しよう。
「そ、そうですか。ありがとうございます?」
「……お前本当に変わったよな。そんなに謙虚だったか?」
末彦がこちろをジーっと見てくる。悪いけど、俺に男の気はない。
「む、昔からこんな感じだったよ?」
それでも末彦は唸っている。まぁ、記憶が曖昧なのは仕方がない。なにせ小学生の頃だ。確か、五年生の頃にこいつと別れたんだっけか。だから五年前か?
「そうだったか? あ、そういや、月音さんとはどうなんだ?」
「月音……。っ!」
『月音』、という単語を聞いた途端、俺の体が熱くなる。
あぁ、思い出したくなかったのに思い出してしまった。そうだ。月音という人物だけは思い出したくなかった。
思考をしていくうちに言いようのない眩暈に襲われ、体が揺れる。
「お、おい! 大丈夫か!」
俺は「大丈夫」と告げ、廊下に出る。
思い出すな。思い出すな思い出すな思い出すな。
あの出来事は俺に害を及ぼす。忘れろ。
――あぁ、落ち着いてきた。
もう――大丈夫だ。
「ご、ごめんねさっきは。迷惑かけちゃったかな?」
俺は云いながら教室へ入る。
周りから「きもちわるい」だとか云われるが無視。
「だ、大丈夫だよね? どうしたの?」
「う、ううん、何でもない。ごめんね二人とも」
心配される、ということは非常に嬉しいことだ。このクラスでかなりのアウェー感を感じるのだが、このような人がいるだけで心が落ち着く。というかいい人すぎるだろ。
「……月音さんのことで何かあったのか?」
「ち、違うよ! ちょっと眩暈がしただけ。ひ、貧血なんだ、僕」
実際、ちょっとどころではなかったのだが。
「そうか? なんなら、月音さんのところへ行くか? あの人二年生だし、上の階に行けばいると思うぜ」
あぁ、最悪だ。
何故、不幸というものは連鎖していくのだろうか。望んでもいないのに起きるのだろうか。
会いたくない。
「や、やめとくよ」
「そうか? でもあれだ。体に気をつけろよ?」
そう云って俺に微笑みかけてくる。
末彦は本当に人がいい奴だ。
「あの、何かあったら私にも云ってね? 力になれるのだったらなりたいから……」
本当、人が良すぎるのではないのだろうか。
俺はアイドルを見直すことにした。やるなアイドル。猫かぶりだとしても嬉しい。
「あ、ありがとう」
人間、素直なのが一番だと思う。素直すぎるのもどうかと思うが。
「え、えっと、神先君だよね?」
一人の男子生徒が俺に話しかけてくる。
「えっと、君は『夢見がちな空』って知ってるかな?」
その言葉で悟った。
こいつは俺と同じ、オタク、というものにカテゴラズされる人間だ。この男子生徒も俺の雰囲気からしてオタク、と感じたのだろう。大した感だ。
そのオタクのは太っており、メガネをかけている。顔は……平凡である。や、こんな恰好をしている俺が云っても説得力ないんだけどさ。
「も、もちろん知ってるよ。あれはとてもいい作品だよね」
『夢見がちの空』、というのは最近発売された有名なメーカーの新作だ。俺は一週間前の日にそれを買い、三日かけて終わらせた。シナリオに苛立ちを感じさせない、いや、むしろかなり安定した作品だと思う。音楽良し、グラフィックも良しという、洗練された作品だった。……またやるか。
「だ、だよね。き、君はどのキャラが一番好きなのかな?」
どのキャラ、と聞かれても困るな。なにせ捨てキャラがいないんだ。因みに、ヒロインは六人いる。主人公が過去に一回出会った女の子、音乃結衣《おとのゆい》。幼馴染の響彩《ひびきさい》。義妹の水石千晴《みずいしちはる》。巫女さんの卯月花《きさらぎはな》。最期に、転校生の神宮寺霧子《じんぐうじきりこ》。
俺は巫女服萌えなので花ちゃんに身悶えたのはいい思い出だ。
「僕は花ちゃんかな。すごく可愛いし、清楚だからね」
うむ。清楚な女の子は良いものだ。
こうして俺はこの男子生徒と話をすることにした。このオタク……出来る!
そういえば、オタクの定義ってなんなのだろうか? ううむ、分からない。
「は、話についていけないよ……」
「お、俺もだ……」
一般人が俺たちの話についていけるものか。
「僕の好きなキャラはそうだ。僕の名前は相吉秀人って云うんだ。よろしくね」
「うん、相吉くんだね。じゃあ、僕も改めて自己紹介しようかな。僕の名前は神先春人。よろしくね」
そうして俺たちは握手をする。友情ってこういうものを云うんだろうね。や、実際はどうなのかは知らないけどさ。
周りからは「あいつらに近寄ったら臭くなっちゃうよ」と笑われている。きっと、俺と相吉君のことだろう。
どうでもいいが。
「そういえば神先君はこの学校に吸血鬼の子や幽霊の子がいるのは知ってる?」
冬野さんが問いかけてくる。はぁ、この学校にいたんだなそういうの。本当に上手く人間と生活してるよな。因みに、俺の知り合いに一人、吸血鬼の女の子がいる。確か、その子もこの学校にいるはずだ。きっと、会いに行こうとしなくてもあっちからやってくるだろう。もう、俺がどこに転入したか分かっているだろうし。
それより、どのように挨拶されるかが不安だ。……気にしないでおこう。
「知らないなぁ」
「うん。それも仕方ないかもね。来たばっかりだもの。……そうだ! 私が学校を案内してあげるよ!」
「へ?」
クラス中の男子から睨まれる。今すぐにも殺されそうだ。や、そんな簡単には殺されないだろうけどさ。つくづく男は嫉妬深い生き物だと感じる。いや、人間自体がそんなものか。
「い、いや、いいよ。僕、自分の足で見て回りたいし」
これは本心だ。出来るだけ、あの(・・)人に会わないようにもしたいし。
「そう? じゃあ、何か困ったことがあったら聞いてね?」
「う、うん。ありがとう」
優しすぎるにもほどがあるだろうに。
素直に感謝しておいた。
その後、休み時間終了を表すチャイムが鳴る
「あ。もう終わりだね。じゃあね。また後で」
「またな春人~」
またあとで話すのかよ。
「えっと、次は英語だよ? 春人君、教科書あるよね?」
「う、うん。あるよ」
「そう。ならよかった」
忘れなくてよかった。もし、忘れていたら、冬野さんに迷惑をかけていたしな。
休み時間が終わり、二時限、三時限、と時間が過ぎていく。
そして、放課後になり、あの(・・)人に出会わないように、気取られぬように、颯爽と帰った。
さて、今日は仕事が来るかねぇ?
時刻は七時。夜が深まる時間帯に一人の男が、一つの店へ訪れる。
「店長はいるか!」
男が店の外で、大声で叫ぶ。
「あいよ。いるいる。いるから出来るだけ大声で叫ばないでくれよ。迷惑だろう」
そして、一人の少年が気怠そうに店から出てくる。
「すまないな。夜遅くに呼び出してしまって」
「いつものことだろうに。気にしないでおくれよ」
「ただ、一つ。そんな気怠そうにしてるといい男が廃れるぞ」
少年の顔はとても綺麗に整っている。髪の色は黒で、襟足を肩の部分まで伸ばしており、横の髪は耳に被っている。前髪は左右両方に分けており、左の前髪が目にかかっている。目の色は、青く、澄んでいる。体系は細く見えるが、筋肉質である。
「やめておくれよ。俺にそっちの気はないぜ」
「安心しろ。俺もねぇよ」
男は、ポケットからタバコの箱とライターを出す。タバコの箱から、タバコを一本だし、それに火をつけて吸い始める。
「なんなのアンタ? ハードボイルド気取ってるの? 止めたほうがいいと思うけどねぇ。似合わないしさ」
「別に気取ってなんざいねぇよ」
「ふぁ~、ん、んで、何の用だい?」
少年はあくびをしながら問いかける。
「仕事だ」
少年はそれを聞くと先ほどの気怠そうな雰囲気を捨てる。
「何? 昨日みたいに人殺し? それとも、人探し?」
「先週、ここらで大きな火事があったのは知ってるよな?」
先週の火事。化け物が起こしたものだと云われている火事だ。
「ん。知ってるよ」
男は軽く頭を縦に振り、言葉を続ける。
「あれの仕業はどうやら化け物が起こしたようだ。我々もどうにかしたいのだが、生憎、私たちだけではどうすることもできない。そして、上の連中はその犯人を放火魔に仕立て上げたいそうだ」
少年は呆れたようにため息を吐き、店の中へ入れ、と男を諭す。
そして店の中にある、椅子に少年は座り、会話を続ける。
「まぁ、そこにある椅子に座りなよ。立ち話もなんだし」
「あぁ、すまない」
男は少年に軽く会釈を返し、一つの椅子に座る。
「警察はそういうふうに結論が出たのかい?」
「いや、まだだ。決めかねている」
少年は頭を掻き、またため息を吐く。
「だが、その化け物は今日現れるらしい。いや、化け物ども、と云ったほうが正しいな」
少年は少し考えるように顎に手をやる。
「集団で火事を起こしたってことか。というかどうしてそんなこと知ってんのさ」
「うちの特別な班が、火事が起こった日と同じ反応を今日感知したらしい。それも多くな」
「便利だなぁ。その班」
でも、俺たちにはどうしようも出来ないんだけどな、と愚痴っぽく云う。
「まぁ、大体話は察したよ。ただ、化け物殺しは高い値がつくよ。百万だ」
少年は意地悪そうに笑いながら云う。
男はその様子を見てため息を吐く。
「はぁ……分かったよ。あとで用意してやるよ。だから、頼むな」
少年はその言葉を聞くと、にやり、と笑う。
「ふふっ、契約完了ってね。福田さん、アンタには悪いと思うけどこれも仕事だからね。しかも化け物殺しだ。お金はたくさん貰わないとね。……よし、ちょっくら行ってくるよ。店番頼んだよ」
「あぁ、分かった。頼むぞ、春人」
「委細承知っと。さ、軽く殺してくるかね」
少年は椅子にかけてあるパーカーを取り、羽織る。そして、店の外へ出る。
「あ、そうだ」
少年はくるり、と男の方へ体を向ける。
「俺の店、灰皿なんざないからな」
福田憲明《ふくだのりあき》は思い出し、軽くため息を吐く。
「……そうだったわ」
「馬鹿だろアンタ」
少年はその様子を見て惨めに思い、ふっ、っと笑う。
それから、店のほうに背を向ける。
「……やっぱ、夜のほうが桜って映えるよなぁ」
少年、神先春人は店の隣にある桜に目をやり、軽く微笑む。
夜はまだ、始まったばかり。
いかがでしたでしょうか?
誤字、文法の間違いなどがございましたr(ry
感想くれればよろこびます。えぇ、そりゃあもう、水を得た魚のように喜んでしまいます。
次回は、バトルパートです