俺じゃない誰か
剣を腰のベルトに差し、山を降り始める。
巨木の葉の間から光が差し込み意外と明るい。道なき道を降りているため、その速度は遅い。
辺りはとても静かで葉を揺らす風の音と地面を踏む音がかすかにするだけだ。そのまま30分ほど降りて異変に気づく。
「まったく魔物がでないな」
そう、登りでは凄い速さで上がった為に魔物がついて来れず遭わずに来れたが下りではそうは行かない。後ろに重心が移っており速度を出すと転びそうになる為に歩く程度の速度でしか動けない。この状態ならいくらでも魔物に襲撃を掛けられるだろう。
そう予想していたんだが、今の所は襲撃どころかまったく気配すらない。と言っても、気配なんて早々判る物でもないだろうが。
「まっ、襲撃が無いのはいい事だしな。まずはここを抜けないと何も始まらんし」
そう思い直してずんずんと歩き出す。もうお昼をとっくに過ぎて太陽も真上を通り越した。
もうお腹が空いてしょうがないものの、持ち物に食い物も無ければ食べられる草とかの知識も無い俺にとって、見たことが無いものだらけのこの世界は何が食えるのかすらわからない。
右手でおなかを押さえつつひもじいなと呟いた。何でもいいから飯よカモン。
だめだ。思考が纏まらない。まだ、起きてから半日も経ってないのに何でこんなに腹が減るのだろう?村に着くで持てばいいがとため息が出た。
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オルデンサイド
木々の間から人の大声と獣の叫び声が響く。木々の間は広く所々伐採された切り株が地面から顔を覗かせている。陽をたっぷりと浴びた草花はのびのびと育っていた。
ここはニズク山の入り口から30分程登った所で、比較的弱い魔物や傷薬となる薬草が群生しており初心者や小遣い稼ぎの冒険者が来る絶好の狩場だったんだが、なぜか中腹以上に生息する魔物に襲われたんだ。
「おい、ジェミド。右から来てるぞ!気を付けろ」
そう言ってジェミドに注意を促すと応っと返事が返り、俺も身体強化の魔術を待機状態から発動状態へ移行し目の前に居たグランドウルフを一撃で首を飛ばす。
その間も、辺りに目配せをし警戒を怠らない。そして、身体強化を待機へと戻す。これは、体に負担が掛かる上燃費が悪く常時魔力を食われ続けるからな。
「何でこんなにいんだよ」
とジェミドは右から来ていたウルフ2体を相手取り愚痴をこぼす。そうこうしている間にも魔物は増え続けている。まずいと思うが逃げ場が無い。このまま逃げるには、手が足りないだろう。ここには俺とジェミドしか居ない、魔物を除けばだが。
そんな考えを切捨て目の前に迫る魔物にスナップを利かせた剣でけん制する。
ウルフはバックステップでかわすとグルルと威嚇してきた。他のウルフより少し大きく毛並みも良く見える。
たぶんこいつが親玉だな。こいつを殺れば、統制が乱れて少しは楽になるはず。いや、なってくれ。
親玉のウルフは中々すばしっこくコチラの攻撃が当たらず、親玉に気を取らされすぎていると仲間のウルフが死角から攻撃してきたりする。
連携は中々なんだが、いかんせん唸っているだけに位置が丸分かりだ、さすが魔獣とは言え獣。不意を付こうとして、横から来たウルフに左手の鋼の篭手で殴りつけ体制を崩したところをすかさず一閃。
前足が1本斬り飛んだ、悲鳴のような泣き声を上げているとあっちを片付けたジェミドが止めを刺した。
また1匹減ったな、後何匹だ?ひい、ふう、みいの、まだ、6匹以上いやがる。まだ、俺の魔力はあるが、もうそろそろジェミドの魔力は底を付くはずだ。あいつは制御が下手で効率悪いからな。
身体強化が無くても、ジェミドならこいつ等に負けはしないだろうが物量に物を言わして特攻掛けられたら怪我じゃ済まなくなりそうだ。
「オルデン!!悪い、魔力が無くなりそうだ。どうするまだまだいるぞ」
そう言いつつ、身体強化を解いたのか体の切れが無くなるジェミド。まぁ、そこらの冒険者に比べたらそれでも強いだろうが。
分かってると返して、また身体強化を使いウルフを切り裂く。こりゃ明日は筋肉痛確定だな。明日まで生きれればの話だが。さっさと殲滅しないとこちらがどんどん不利になるな。
そう思っていると、後ろの方から何かが近づいて来るのが気配で分かった。嫌な予感がして、身体強化を使い目の前のウルフに前蹴りを入れそのまま前に向かって5メートル程飛ぶ。
着地し振り返ると巨大な黒い毛並みのブラックベアーがグランドウルフを吹き飛ばしていた。飛ばされたウルフが内臓を撒き散らせながら飛んで行き木にぶつかって落ちた。
「どうすんだ。ありゃあブラックベアーじゃねえか」
こちらに近づきつつあるベアーに警戒するジェミド。ブラックベアーは山のかなり上の方にしか居ない筈。何故こんな所に高難易度の魔物がでたのかさっぱり分からない。
ベアーに仲間を殺されたのに怒ったのかウルフたちが一斉に襲いかかるが、それはなんと言うか瞬殺だった。
そのでかい図体の割りに素早く、巨大な爪で切り裂き、両前足で踏み潰しその強靭な顎で噛み千切った。その姿は圧倒的な強者そのモノで勝ち目が無いのは明らかだった。
あっという間に、ウルフ達は壊滅しそこにはウルフの血で赤く染まったベアーと俺達2人のみとなった。
「逃げ切れると思うか?」
「無理だな、あんだけ動けるなら全力で逃げても追いつかれそうだ。何が何でも逃げられる状況を作らないとな」
そう言ってやると少し希望が出たのか蒼白だった顔に生気が戻る。ここから巻き返すのはしんどそうだがやるしかない。
まずは、小手調べと予備の武器であるナイフを投げつけた。黒く分厚い毛皮はまったく刃を通さずぶつかって落ちただけだった。
まぁ、ある意味予想通りだ。これは、剣が通るかも怪しいな。だが、やらなければこちらが死ぬ。
「ジェミド!!お前は後ろに廻れ俺が引き付ける!!でかい一撃に注意しろよ。」
「大丈夫なのか?」
「お前が魔力使いすぎなのが悪いんだよ。あれ使わないと避けられないだろ」
そう言って、身体強化を最大にする。一気にベアーに向かって詰め寄ると一太刀浴びせ、反撃の来る前に敵の射程内から退避する。高負荷の掛かった身体の節々がビキビキと音を立て始め、そう持た無いことを予感させる。
もう一度と、一気に詰め寄り今度はなぎ払いをしてみるが効果は薄い。一応傷はついている様だが浅く軽傷って所だ。ジェミドがその間に後ろに廻っていて間合いを詰めている。
これはチャンスとこっちで斬り付けながら、向こうには思いっきり刺せと叫ぶ。
だが、刺して見たものの10センチも刺さらぬうちに動かなくなってしまったようでジェミドはベアーが振り向く前に剣から手を放し距離を取り腰から大振りのナイフを抜き構えなおした。
いよいよもってまずい状態になって来たな、打つ手無しとはこの事だろう。
どんどん魔力も無くなって来てるし、体のほうも限界に近い。一撃離脱は出来なくなってきたので真正面から来る攻撃をなんとか避けつつ、反撃する。
それでもむこうにしてみたらたいしたダメージは受けてないのだから勝てる気がしない。
そのまま無理くり避けていると身体の方が持たなかった様だ。膝の力が抜けカクンと右膝を折ってしまった。ベアーはその機会を見逃さず、腕を振り上げ大振りの攻撃を仕掛けてくる。
当たれば良くて重傷、悪けりゃ即死の攻撃が迫り思わず目を瞑る。一瞬あとに、ドガッっという音が聞こえた。
何時まで待っても来ない衝撃におそるおそる瞼を開けると、目の前にベアーが居なかった。そこで左右を見渡すと左に吹き飛ばされたベアーが起き上がる所だった。
ベアーの右肩は抉れ腕が辛うじて繋がっていると言った所で、左腕だけでなんとか起き上がった。
だが、次の瞬間灰色の何かが目に映ったかと思うとドカッとまた音が響き、ベアーの胸辺りに人の頭ぐらいの大穴が開いていた。そして口から血を吐き出したかと思うと、そのまま倒れてしまった。
何が起きたかさっぱり分からない。それはジェミドも同じなようでポカンとしたまま大口を開けている。
右側の方からガサガサと草を掻き分ける音がして、細身の男性が姿を現した。
「大丈夫でした?」
それが奴、非常識の塊との最初の出会いだった。
遅くなりました。考えが纏まらず、文量が安定しませんね。どうにかしたいものです。