初めての旅の行方は
空高く馬肥ゆる秋。節句だったかどうかうる覚えだが、高い空に浮かぶ白い雲がなんだか気持ち良さそうだ。ただ、今の季節はまだ夏だが・・・。オルデン達と離別したのは今日の朝そして此処は目的地である城塞都市マーズまで半分と言った所だ。思ったより時間がかかっている物の旅自体は順調そのものだ。
当初半日で着くかと思われたマーズだったが、街道から離れて走っていると草原が広がる大地では何も目標となる物が無く途中かなりそれていたらしく迷子になりかけてしまった。2時間近く彷徨い漸く街道に戻ることが出来た。(そこっ!間違いなく迷子だろって言わない!!)さすがに街道で全力疾走は目立ちすぎるし諦めたのだ。
木陰に漏れる日差しと緩やかな風が心地よくなんだか眠くなってきてつい、うとうととしてしまいそうになる。今は昼過ぎを過ぎたところで先程簡単な昼食を食べたところだった。木に背を預け食休みとばかりに身体を伸ばす。胃に血液を取られたせいか疲れても無いのにけだるい空気が辺りを侵食してしまったかの様だった。
街道から少し外れているとは言え村に近いせいか小麦畑が見えた。この辺りの主要な穀物なのだろうその青い穂がそよ風に揺れている傍らには百姓だろうか雑草を抜いている姿も見える。元の世界となんら変わり無い牧歌的なその姿に、なんとも言えない気持ちが心の中で渦巻くのを感じる。これにあえて名称を付けるとしたら哀愁かそれとも郷愁か、いまいち判別の付かない心境を胸に大きく背伸びをして勢い良く立ち上がる。時計を見れば木陰で休憩をしてから30分程経過していた。
すぐ傍に下ろされたバックから荷物がはみ出ている。慣れていないせいか荷物が何処に在るか判らない物があり引っ掻き回している内に整理してあった物まで判らなくなると言う悪循環が起こっていた。もっと判りやすく整理するべきなのだが、ここでは不味いと思い直しどこか宿を取るべきと考えが至る。そう決まれば何処に泊まるかなのだが、幸いと言うべきか歩けば20分本気で走れば1分っと言った所に村が見えた。
まぁ、走らなくても充分明るい時間帯だし何よりこんな所で目立つ行動をする必要も無いしな。はみ出た荷物を無理やり積み込み持ち上げて周りを見渡し忘れ物が無いかを確認して歩き出す。街道に戻ってしばらく歩き街道からはずれて村に向かう道を歩いていると、後ろの方からガラガラと何か軋むような音が聞こえてきた。振り向くと2頭立てのおそらく行商人だろう荷馬車がゆっくりとではあるが近づいてくるのが見えた。
あと、5m位になって御者席に座っていた中年ほどに見える細身の男が声を掛けてきた。
「おや、冒険者様かい?この先の村になにか出たのですかな。」
背に背負った剣を見て冒険者だと判断したのだろう。柔和な笑顔を浮かべつつ探るようなその目を見てなんとなく意図を理解する。この先の村に魔物が出てその対処をしに来たのかと考えているようだ。実際そんな事はまったく無い為素直に目的を告げることにする。
「いえ、一晩の宿を借りにですよ」
「ほう。なかなか学があるようですな。いやぁ、冒険者は荒くれ者ぞろいでしょうあなたの様なお人は中々居ませんでな、不躾でしたな失敬。」
向こうから尋ねられて応えたのだからこちらから何か聞いた方が良さそうだ。商人は一般的に話にも対価を要求する。それは世間話のように見えても何かしらの判断材料になる場合が多いからなのだが、今回の場合は行商に行く村に冒険者か行く事から何かしらの魔物が出た可能性を想定しリスクと何かしら売れそうな物を考えて聞いてきたのだろう。まぁ想像だが、あながち間違いとは思えない。そんなわけで軽く何か聞くとしよう。
「そんなことも無いですよ。ところで、この先の村には何か美味しい物でもありませんか?」
「この先の村にはこれと言って特産と言う物も無くあえて言えば小麦位ですな。ですが、それはこの辺一帯の事ですしねぇ。」
ふむ、何もなしかまぁ一晩だけ我慢すれば済む事だし諦めるか。次の村までそんなに遠くないって話だったし、たしか普通に歩いて半日も掛からなかったはず。
「そうですか。残念です」
そう言って少し大げさに肩を落として見せた。それを見た行商人は商売の好機とばかりに何か足りない物があったらよろしくとだけ言うと速度を上げて行ってしまった。それを見送りつつゆっくりと歩く。左右には村に向かって小麦畑が延々と続き空から降り注ぐ太陽の強い日差しがじりじりと肌を焼く。何かしらの対策を考えた方が良さそうだと考え上を向く。
そこには本格的な夏の季節を迎えて蝉の鳴く音だろうか。喧しくも美しい様々な音がそこかしこから聞こえてくる。なんだか懐かしい蝉の声を聞き、ふと昔行った夏祭りを一瞬幻視する。そして無性にりんご飴が食べたくなった。そんな郷愁とも取れる気持ちを頭を振って追い出す。
この世界では砂糖は貴重品だ。別に砂糖が無いわけではない物のこの大陸の南部でしか栽培されていないらしく、この辺りまで輸送するとべらぼうな値段になってしまう。なぜなら、交通インフラの整った元の世界と違い下手すれば何ヶ月も荷車を引いて持ち込むか難破の可能性のある船による輸送しかない。しかも盗賊や魔物も居る世界でだ、護衛を付けないとたどり着けるかも定かではないそうなると貴重品になるのは当たり前だった。
だから北に行けば行くほど砂糖だけではなく胡椒などの南部で産出される調味料は高くなる傾向があった。砂糖の代用としては蜂蜜があるが、蜂も様々な種類がいてミツバチ程の大きさから50センチ程の蜂の魔物までいる。蜂の魔物から取れる蜂の巣はかなり巨大で大きい物だと蜜だけで樽ひとつ取れるらしい。だが、かなりの危険が伴うのは目に見えている只でさえ大きな蜂が大群で襲ってくるのだ。殺虫剤が無いこの世界では決死の作業になるだろう。
連想ゲームのように次々とどうでもいい事を考えながら歩いているともう村の柵がすぐそこまで来ていた。
そこはココラ村よりも大分こじんまりとした村で木造の家々が並んでいた。村の入口から馬車が走れる程の踏み固められた道をおのぼりさんよろしく眺めながら歩くとやはり小さい村の為かすぐに中心にある建物に着いた。看板からギルドだと判る。はじめて入る建物に多少の緊張をしながら扉を潜るとすぐにカウンタが目に入った。おもむろに周りを見渡すとココラ村のギルドと違い狭い店内はカウンタとその右側に奥へと続く通路しかない。
素泊まりの民宿みたいな感じなのかね。っと心の中で1人ごちりとりあえずカウンタに近づくが誰も居なかった。「誰かいませんか」とそこそこの声量で呼んでみる。すると奥のほうから「少し待って」っという言葉が返ってきた。待つ間にカウンタの横に張っている掲示板を眺めていることにした。そこには全体的に張られている依頼書が少なく閑散としていて、殆どは採集系の依頼ばかりだった。
5分程だろうか、依頼書を眺めていると後ろの方に気配を感じて振り返る。そこには、40歳くらいのふくよかなおばさんが少し驚いた様子で立っていた。
「なにか?」
取り敢えず聞いてみる。おばさんはすぐに驚いた表情から笑顔になりこう言った。
「いやなに、久しぶりにホントの冒険者が来たからね。少し驚いたのさ、この辺はたいした魔物は出ないし冒険者が寄り付かないから」
おばさんは寂しそうに笑うと「っで?どうするんだい?」と聞いてきた。俺は宿に泊まりたいと返すとそれなら銀貨5枚と半銀貨1枚だよと言われた。安いなと思いつつ払うとこの宿について、色々と教えてもらった。このギルド兼宿はやはり素泊まりのようで食事は各自用意してくれと、あと風呂が無いみたいだ。正直かなり残念だが仕方ないお湯を貰って身体を拭くしかなさそうだ。
部屋の鍵を貰いそれとと言って畳んだシーツを受け取った。これは自分でひけと言う訳ですかおばさん。カウンタの右にある通路の先は4部屋しかなく奥の左側の部屋に入ると4畳程しかない部屋だった。東側を向いた窓に粗末なベットと壁に備え付けられたチェストしかない質素な部屋で長期間の滞在には向かなそうだ。腕時計を確認するとまだ3時を少し廻ったくらいでまだまだ時間がある。取り敢えず、荷物を降ろしベットにシーツを掛けて座る。
んっ中々の硬さだ。まぁ、地面よりはマシって程度だな。バックに手を伸ばし目的だった整理をすることにする。1度中身をベットにぶちまけて再度詰め込んでゆく。判りやすくなおかつ取り出しやすいように気を付けながら慎重に選んでいった。だが、それも1時間もしない内に終わってしまう。窓から外を見ると、まだまだ日は落ちそうに無い早々にする事を失った俺はバックをベットから放り出しベットに寝転がる。
さて、何をするか。といっても俺が出来ることなどたかが知れている訳で、冒険者している者がする事と言ったら依頼を受ける位しかないんだがな。そんな自分に苦笑しつつひとつ依頼でも受けてみるかと立ち上がりカウンタまで向かった。その時、俺はこの夜がとても長くなることを知る由もなかった。
遅ればせながらあけましておめでとうこざいます。年末年始の仕事も一段落してやっと通常運転になりました。更新の方はゆっくりになると思いますがよろしくお願いします。