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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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アンハッピーシュガージャンキー

作者: 朝霧
掲載日:2026/09/07

 幼い頃に出会った姫巫女候補は、強がりで独りよがりな女の子だった。

 優秀すぎる姉と比較され続けたせいか大変卑屈で、弱い自分を許せなくて、だからいつも一人で戦っていた。

 一目見て愛らしいと思って、しばらく見続けて愛おしいと思った。

 だから、絶対に手に入れようとそう思っていた。

 あれが姫巫女になってもならなくてもどうでもいい。

 ただあのひたむきで、自己評価が著しく低い卑屈な女を、この腕の中に。

 愛して、愛されずとも愛し抜いて、拒絶されようとも逃さない、手足を千切ってでもそばにおいて離さない。

 それが当然だと思っていた、そうすると決めつけていた。

 そう思っていたのに姉と比べられ追い詰められすぎた彼女は、その身を異形に堕とし遠いところに飛んでいってしまった。

 後悔した、身を焼き焦がすような後悔を。

 もっと早くに手に取って、閉じ込めて、自分のものにしておくべきだったと。


 大人たちは言った、姫巫女の血筋のもの、それも姫巫女候補が異形に身を落とすのはとんでもない醜聞だと。

 だから発見次第殺すと。

 そんなことはやめてくれと泣き叫ぶ彼女の姉を押し退けて大人達にこう言った。

 その役目は自分が負うと。

 他の誰かに殺されるくらいだったら俺が殺す。

 他に手がないというのであれば、他の誰にも触れさせずに自分の手で。

 そう思っての発言だったのに、大人達は自分を穢れを許さぬ清廉潔白な子供だと信じ込んで、気色の悪い声で褒め称えた。


 それから五年経った。

 彼女の姉は姫巫女になった、周囲の大人達は聖剣使いである自分と姫巫女を結婚させたがっているようだが、互いにそんなつもりはかけらもなかった。

 五年経っても彼女は見つからなかった。

 探しても探しても無駄だった。

 目撃情報すらない、どこか本当に遠くの地に逃げたのか、どこぞの有象無象に殺されたのか。

 そんな折に国内でちょっとした内乱が発生しかけ、姫巫女の命が狙われることになった。

 姫巫女派の大人のうちの一人が救援として呼び寄せたのは、かつてこの国と同盟関係にあった亡国の姫君と、そんな彼女が潜むとある学園の生徒達だった。

 亡国の王族には異形と化した人間を元に戻す力がある、姫巫女の血統からはすでに失われた古の力を。

 内乱では元人間の異形、飼い慣らされたそれが使われると予測されていた。

 だから大人は彼女を呼び寄せたらしい、助けてくれなければあちらの国の再建には力を貸さないと、そう脅して。

 そういうわけで表向きはただの修学旅行として、姫君を含む学生達がこの国にやってきた。

 姫君だけでいいのではと思ったが、彼女が所属するクラスは問題児ではあるものの実力者が揃っているらしく、戦力として十分だと判断されたらしかった。


 表向きは修学旅行を楽しむ亡国の姫君を姫巫女は密かに呼び寄せた。

 付き人だという少年と共にやってきた姫君に姫巫女は深く頭を下げてこう言った。

 五年前、自分の双子の妹が異形に身を落とし姿を消したこと。

 もしも妹が見つかったら、その時はその力を貸してほしい、と。

 そう請われた姫君は、見ているこちらが不安になるほどの人のいい笑顔で、あっさりと力を貸すと約束した。


 神殿が襲撃された。

 異形共によって神殿は蹂躙された。

 想定していたよりも数が多く、一体一体は大した強さじゃないのに、本当に数が多くて、捌ききれない。

 自分も姫巫女も、協力者であった姫君もその学友達も、全員が全力で迎え撃ったが、数の暴力によって一人また一人と倒れていく。

 そんな時に、声が響いた。

「マイフレンド!! 無事!?」

 知らない声だった。

 けれども知っている声によく似た声だった。

 気のせいかと思った、人違いだとそう思った。

 自分達の前に黒衣の小柄な少女が立っていた、まるでこちらを庇うかのように。

 その背に姫君が「どうして」と。

 少女は首だけで振り返ってこう言った「なんかやばそうだったからこっちきた」と。

 会話を聞いた限り、どうも少女は元々こちらに来る予定のない後方支援組だったらしい。

 振り返った顔に面影があった、わずかに見えた髪色と目の色はかつてのそれと全く異なった色をしていたが。

「大して強くなさそうだけど数が多い。ふふ、任せなさいな、こういうのは私向け、ちょっと休んでて」

 少女はなんてことなさそうな声でそう言って、杖を軽く振るった。

 それによってその場に存在していた異形全てに弱体効果のある魔法が掛けられた。

 信じがたい光景に目を疑った、あまりにもあっさりと、少女は次元が異なるとしか言いようのない魔法を使った。

「ふっふっふ……よーし、これでテメェらは全員雑魚だ、覚悟しやがれよくもマイフレンドを……血祭りにしたげる」

 何やら物騒なことを言って少女は杖をさらに振った。

 撃たれたのはどれも簡単な初級魔法、けれどもその場に存在していた異形全てがえげつない弱体を喰らっていたから、まるで蟻を踏み潰すかのように。

 少女が一人で異形を相手にしているうちに回復した姫君や学生達が彼女に加勢して、そこから先はあっという間に。

 姫君に深々と礼を言われる少女は、本当に大したことなさそうな声でこう言った。

「別に、この程度なら余裕だから。んー、やっぱ私、最初からこっちにきてた方がよかったかな」

 和やかな声で姫君と話す少女は、不自然なほどこちらを見なかった。


 全てが終わった後、浮かない顔の姫巫女に名前を呼ばれた。

 言わんとしていることはわかった、あちらもそれは同じだったのだろう。

 見つからないわけだ、とっくに人間に戻っていたのだろう。

 あの日異形と化していなくなった彼女、どうにもならないのなら自らの手で殺すと決意したあの愛しい少女。

 そんな彼女は自分の知らないところでとっくに人間に戻っていた。

 おそらく、あの亡国の姫君の手によって。

 何故帰ってこなかったのかと怒りが込み上げてきたが、大人達の発言が頭をよぎった。

 人間に戻って帰ってきたところできっと大人達はいい顔をしなかった、殺されてもおかしくなかった。


 表向きは亡国の姫君との同盟のために、裏向きには彼女を手に入れるために姫君と同じ学園に入学することになった。

 最初は自分だけと思っていたのだが、姫巫女もついてきた。

 転校生として紹介された自分を見て彼女は顔を引き攣らせていた。

 しばらくは警戒されていたようだったが、こちらが気付いていないふりを続けたら次第にその警戒も薄れていった。

 あれが手に入りさえすればどうでもいい、だから警戒心を薄れさせるために気付かないふりをした。

 一生気付かないふりをしてやってもいいと思っていた、どちらにせよアレは自分のものなので、あちらに何をどう思われようが関係ない。

 ただのクラスメイトとして近寄って、安っぽい愛の言葉でも口にして懐かせて、その全てを手に入れたその時に明かしてやるのも面白そうだ。

 目を見開いて驚くだろう、きっと見ものだ。

 とはいえ、こちらが気付いていると推測くらいはしているかもしれない、その上であえて放置してもらっている、とでも。

 どちらであっても構わない、最終的にアレの全てを自分の手の内に収められればそれでいい。

 全くの別人として生きているからか、それとも友のせいなのか、アレは普通に笑えるようになったらしい。

 笑ったところなんて一度も見たことがなかった、笑える女だとすら思っていなかった。

 記憶にあるのは悔しげな顔ばかりで、明るい顔は一つも。

 はじめから笑える女だったのなら、笑わせてやればよかった。

 そうすればお前は異形になんかならなかったのかもしれない。


 アレはこの国で過ごした五年間で趣味とやらを持ったらしかった。

 とにかく強く、姉を超えるために強く、ただそれだけのために生きていたあの頃のお前にはなかったもの。

 その趣味というのが菓子作りだった、他にも何かあるのかは知らん。

 買い物に付き合った礼として分け与えられたそれは、べらぼうに美味かった。

 惚れた女が作った菓子だから特別美味く感じるとかそんな次元ではない。

 本人は素人と言っているが、プロと比べても遜色ない、そういう次元。

 俺はすっかりそれの虜になった。

 本当に美味かったので、それがいつか必ず手に入れる女が作ったものでもあるので、夢中になった。

 自分は幸せ者だとすら思った、大昔にいなくなった、殺すしかないと思っていた女はもう殺す必要がなくて、気軽に手を伸ばしていつでも簡単に捕まえられるところにいて、おまけにそいつが作る菓子はべらぼうに美味い。

 中毒を疑われるほどに夢中になった。

 菓子だけではない、あの顔、あの声、あの目、その全てが甘やかで、そばにいるだけで心が軽くなる。

 反対に、姿が見えないと不安になる、落ち着かなくなって、酷く苛つく。

 禁断症状とでも言えばいいのだろうか。

 見失っていた五年は正常でいられたくせに、見つかった後の方が離れているのがきつくて落ち着かない。

 とはいえ、別にそんなものだろうと思った、そう遠くないうちにどうせアレは自分のものになる、そうなればそんなことは気にしなくて良くなる。

 今はまだこのぬるま湯のような関係を続けてやろうと思う。

 ただ、一つだけ気に食わないことがあった。

 アレの友である亡国の姫君だ。

 友である姫君は自分よりもずっと前からアレが作った菓子を口にしていて、そして自分と同様に虜になっていた。

 そういうわけで奪い合いになった。

 何が友だ、アレは初めから俺のものなのに、だからあいつが作るものは全部俺のものなのに。


 内乱の残党に狙われた姫巫女を庇ってアレが大怪我を負った、という知らせを受けた。

 足を折られ、腹に三つほど穴を開けられたらしい。

 報告を受けて、運び込まれたという保健室に駆け込んだらすでにアレはいなくなっていた。

 慌てて探したら、大怪我を負っただなんて信じられないくらい元気そうな見た目のアレが、校門から出て行こうとする姿が見えた。

 どこに、いく気だ。

 その肩を掴んだらこんなことを言われた。

「なんです? 今から出かけるんであとにしてくださいな。それに今回のことはあなたには関係ないでしょう」

 関係ない、そう言われて頭に血が上った。

 今更振り返った女はやらかしたとでもいいそうな顔をして、それから短すぎる謝罪と、事件について自分はよくわからないと弁明しだした。

 そんなことはどうでもいい、というかもう聞いている。

 用事があると奴は逃げようとしたが、逃すとでも思ったか。

 そのまま話を聞いてみたが、自分に不手際はなかっただの喚くだけ。

 腹が立った。

 こちらが心底心配して、死ぬかもしれないと絶望したことに全く気付いていないらしい。

 それがあんまりにも酷くて、馬鹿らしいほど酷くて、思わず笑ってしまった。

 心配させてしまってごめんなさいの一言でもあれば許してやったのに。

 その一言さえあればよかったのに。

 もうこれを甘やかす必要はない。

 好き勝手にやらせる必要も意味もない。

 お前の楽しくて気軽な学生生活はここまでだ、この先のお前の全てを、体も心も魂も人生も全て俺が貰う。

 もとからそのつもりだったのだ、一応あの時窮地を救ってもらったという恩があったから今まで見逃してやったが、もういい。

 奴は助けを求めるような顔で目を泳がせていたが、幸い邪魔は入らなかった。

 奴の名を、本当の名を呼んでやると間抜けな顔で見上げられた。

 本気で、心の底からこちらが何も気付いていないと思っていたらしい。

 本気でそう思っていたようなので奴は誤魔化そうとしていたが、無駄だとわからせてやると青い顔で「いつから」と聞いてきた。

 最初からだと呆れつつ答えてやった、今までは見逃してやっていたと。

 そしたら、見逃してもらえないほどの何かをやらかしたらしい、と奴は察した。

 とはいえ、愚かな奴が察せたのはそこまでだったが。

 見当違いにも程がある、あの事件の対応でお前に不手際は確かになかった、姫巫女という要人を無傷で逃し、犯人を生け捕りにした、確かにそれだけなら完璧な対応と言っていいだろう。

 その完璧のためにお前の身に傷がついていなければの話になるが。

 だから大怪我をしたのだろうと言った。

 そしたら大したことがないと。

 うちの学園の保険医は優秀だからって。

 あと、昔両腕両脚引きちぎられたことがあったらしい、こいつ。

 それを全く大したことなさそうな顔で。

 ああ、最悪だ。本当に最悪だ。

 こんなことならいつか手に入れるとそう思った直後にこれをとっ捕まえてどこかに封じておくべきだった。

 最後に何故、今回姫巫女を助けようとしたのか聞いてみた、面倒なことになるとは思わなかったのか、と。

 そしたら奴は、ほんの少しだけ誇らしげな顔で、憎たらしいほど穏やかに微笑みつつこうのたまった。

「マイフレンドの同盟者をお助けしない理由などありません。というかあそこで私一人が逃げればブーイング喰らうのは目に見えてたので」

 こいつと友、あの亡国の姫君の間に何があったのかはおおよそ察しがついている。

 きっと当たり前のように救い出されたのだろう、あのいけすかない姫君に。

 友のためならば、友本人どころか友の同盟者のために命を張るほどに。

 それが酷く妬ましい。

 後悔してもしきれない、いつでも手に入るとそう思ったせいで自分はこれを喪って、また喪いかけて。

 だから、これ以上はもう容赦はしない。

 甘やかすのはもうやめだ、好きにさせてもらう。

 そう宣言すると、何故か「やはり殺しますか」と意味不明なことを言い出した。

 話を聞いてみると、自分の存在は国にとって汚点だから、殺されても文句は言えないと。

 そう思っていたからこそ帰ってこなかったのだろう、だからそこまでは許せた。

 だが、俺がお前を殺すと、人に戻ってもう害などななったお前を殺すと、心の底から、当たり前のようにそう思われていたのは我慢がならなかった。

 だから思わず手を上げてしまった、痛めつける気などなかったのに。

 もういい、本当にもううい。

 こんな馬鹿に気遣いも何もいらない。

 自由も隙も与えてやる必要もない、こんなに酷い女なら、何をしても許される。

 こんなに酷い女だとわかっているのに、どうしてもこれが欲しくて欲しくてたまらない自分が滑稽だった。

 いっそこんな女、手放せた方がまだ幸福な気さえした。

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