黙って身代わり
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
う~、8月も下旬てのに、暑さがひかないなあ。ここ最近、毎年のことだけど。
こーちゃんは夏バテとか大丈夫? 自身だけじゃなく、まわりの人とかさ。ふとした拍子に体調が崩れて、迷惑をかけることもあるかもしれない。注意しないとね。
自分の身体は、自分が一番よくわかる、といわれるけれど、医療が発達した現代だと「ほんとかね?」と思えるとこもしばしば。表立った症状が出た時にはすでに手遅れで、よほどのことがない限りは沈黙を続ける臓器もあるようだ。専門家の力なくては、判断のできないものが実は多いと知られてきた。
機械を用いて判断するものだと、まだ人間の分が悪いと僕は思っている。勘で判断できるとこもあるだろうけど、具体的な状態の判断はむずかしい。
しかし、どんな奇妙なことでも、教えられているのならば気が回る。判断の材料が増える。それが助けとなるか、呪いとなるかは個々人次第だけど。
友達が以前に体験した、奇妙な話があるんだけど、こーちゃんこの手の話が好きだったよね? ちょっと聞いてみない?
朝、起きてみて、あまりお腹が減っていないなと感じるとき、多くない?
起きたてで、まだ身体の内側も満足に動いていない。あるいは、昨晩の寝しなに物を食べたがために胃の中でまだ半端に残っているとか、コンディションが整わないこともあるだろう。
しかし、それは必ずしも自分のせいだろうか? 過ぎた他責思考は毒だが、自責思考に関してもまたしかり。自分を責め続けては、それも真実を遠ざけてしまいかねない。
友達も、その日は朝からお腹の調子は悪かった。久々の休日というのもあって、体調を崩してしまうのは、これまで何度もあったこと。平日は身体が気張って、なんともないようにふるまっているが、スキができればここぞとばかりに羽を伸ばす。
それが休日に集中するから、字面に反して、全然休まる時間になってないのがご愛嬌。今日もそれか~、と布団の中でしばらくもぞもぞしながら、だらだら着替え始めたらしい。
ようやく身体を起こしたはいいものの、今度はやたらとげっぷが出てくる。
これが一瞬で済む短さではなく、まるで嘔吐でもするかのように、お腹を震わせながらの長々としたものが頻発。している本人としても、良い気分がしてこない代物だったとか。
家の中だからまだマシなものの、この調子じゃ外には出られないと、友達はしきりにお腹をさすっていたらしい。
大きな音を出しすぎたせいか、ほどなく母親にも聞きつけられて、心配される始末。「大丈夫」といいかけて、またも長々としたげっぷを出してしまうお約束までついてきた。
身内とはいえ、恥をさらすのはなかなかきついもの。友達は口を閉じてなお、鼻から音を出してくる特異なげっぷを前に、赤面を隠し切れない。
しかし母親は笑うことなく、げっぷの一部始終をじっと観察。途切れるのを待ってから、口を開いた。
「あんた、寝ているときに、何かを飲み下す夢とか見なかったかい?」
夢の話。これを起きてからもはっきりと覚え続けている人は、そう多くない。
原因はいろいろと分析されているが、僕は起きて活動する上で夢と混同しないための、防御機能が働いていると思っている。
寝不足で幻覚が見えているのは、本来は眠った後の夢で見えるべきことが、覚醒状態のまま目前に展開されるもの。現実を誤認すれば容易に事故や自爆の原因になる。それらを防ぎ、現実と想像をはっきり分けるために体が片づけをしているのだろう、と。
友達も、たいていはすぐ忘れてしまうタチだったが、このときはたまたま覚えている感覚があったとか。
自分が水の中と思しき、視界が中途半端にきかない、あぶくの多い空間において、ぐっぐっとのどを鳴らしている。同時に、夢の中と思えない冷たい感覚が、身体の内側へ注がれていった。
いくつか移り変わった夢の場面のひとつだけど、友達は異様に鮮明に思い浮かべることができたらしいのさ。
それを聞くと、母親はそばにあった窓をさっと開けた。顔を出し、空を見上げながらしばらくきょろきょろとあたりを見やっていたけれど、やがて友達を手招きする。
促されて見上げる空には、大きく白い雲が浮かんでいた。少なくとも、この窓からのぞく空の部分を8割近く覆う、大きさのものが。
そいつの右端、2割ほどを隠してしまう黒々とした影も確認できる。
高度が異なるのか、白雲に対して早く流れていこうとするそれは、ひたすらに大きな口を開けている。ホールのピザから、何きれかを取り払ったような格好で、どんどんと白い雲を黒く染め上げていった。
その版図が広がるにつれて。友達から例の長いげっぷが発せられる。
これまではどうにか音だけにとどめていたが、水も出始めてきてしまう。しかも胃液などの身体のうちを構成するようなものでなく、冷えたミネラルウォーターのごとき心地のするものだったとか。
「よもやとは思ったけどね……あんた、あの黒い雲へ石を投げてごらん」
不可解な指示だけど、母親の顔にジョークの色はない。まじめな提案だろう。
友達は家の外へ出ると、敷地内に転がっている石の中から手軽なものをチョイス。試しに、黒雲へ向けて投げつけてみた。
遠い空へ浮かぶもの。普段なら、投げた石が飛んで落ちていくのみの、万有引力の実験にしかならないはずだ。
それが、友達の投げた石は失速することなく、空の高みへ飲み込まれていく。のみならず、石を受けた黒い雲の部分は、石の投げたあたりからパアッといっぺんに消えていってしまった。
残ったのは白雲だったけれども、黒雲にかぶさっていた部分はなくなってしまっていて、青空がのぞくばかりだったとか。
母親いわく、友達の身体は黒雲が白雲を塗りつぶす間、取り込む水分を一部肩代わりさせられていたのだろう、と。
なぜ、そのようなことをさせられたかは分からないが、そうしてつながっていたからこそ逆に、こちらから雲を追い散らすことができたのだ、とも教えられたとか。




