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プロローグ 退学RTA

「お前の退学は確定した」


「えっ」


 空気は依然重いままだが、心臓の鼓動は場違いなほど大きな音を立てている。


『退学』


 最も恐れていた言葉。

 何も考えられなくなり、ただ理事長に迫る――




 ブブブ、ブブブ

 広大な研究都市である『学園都市』。その中央付近にある学生寮ビルの14階、とある男子生徒の部屋。

 朝日に照らされた部屋で、スマートウォッチが起床を知らせるために振動している。


「んっーー」


 いつもならば昼まで寝ている部屋の主も伸びをしてベットから起き上がった。


「よし、起きれたな」


 乾燥した目に力を込めてなんとか洗面所に行きお湯の栓を捻る。スマートウォッチのバイブレーションはまだ止めない。二度寝は勘弁だからだ。特に今日は、10時から始業式がある。参加をしないと『イベント』の評定が1になってしまい、平たく言えば退学が確定してしまう。


「1、2年で『イベント』サボりすぎたからな。今年1年はなんとかしねぇとな......」


 そう不満げに言いながら、鏡に映る自分の顔を薄目に見ている青年

 ―― 喜多宰人(キタ サイト)は未来都市高校3年の男子生徒である。

 背丈は高くも低くもなく、体格はそこまで悪くない。しかし、目にギリギリかかった黒髪が彼の内心と同様にやる気のなさを表している。

 宰人はお湯が出たのを確認してから、顔を洗いタオルで水を拭き取った。


「目も覚めたし、そろそろ止めるか......」


 煩わしい振動とはおさらばだ。

 左腕を顔の前にあげ、画面をみる、


『湯川 からの着信』


「志桜里から?」


 幼馴染の名前に嫌な予感がしつつも『着信』ボタンを押す宰人。()()()()()()()()()()()()()


「あ! やっと出た!」


 普段はあまり感情的にならない女幼馴染

 ――湯川志桜里ユカワ シオリ

 が声を精一杯抑えながら第一声を発した。


「宰人、始業式ちょうど今始まったよ......」


 タオルで拭き忘れたはずがないオデコの水滴を拭う。


「えっ、ちょっとまっ......」


「一旦切るから」


 はいつもの調子に戻りつつ、通話を切ってしまった。


「............」


 宰人は真っ白な画面に浮かぶ黒い文字を凝視していた。


『夜間のアップデートが完了しました』


「あ」




 未来都市大学ビル1階

 大講堂前

 ――10:40


「まぁ、そうなるよな」


 幅広い廊下の最奥に巨大な木製の扉が鎮座している。その他には、肩幅くらいの机に機械がおかれているくらいの簡素な場所だ。

 あわよくば、幼馴染からの言葉も、今のスマートウォッチに表示されている時刻も、寝惚けから始まった夢であって欲しかった宰人だが、扉の中からのマイク越しの声がすでにその夢を砕いている。


「とは言いつつ......よしっ、こいつがあれば大丈夫だろ」


 意外にも落ち着いている宰人は、家を出る前に爆速で着替えた黒いスーツのポケットからスマホを取り出した。そして、学園生活において全般的に使われている学園公式アプリの出席ページを開いて、QRコードを机の上の機械にかざした。


『ピッ』


 画面には『出席が完了しました』という文字がでてくる。


「集会系の『イベント』は結局、()()()で済んじまうからそんな焦る必要もなかったな」


 そう言い、サボリ常習犯の味方である出席確認スキャナーを見た。スキャナーの画面にはもう何も映っていない。これで正真正銘、出席は完了したのでもう帰ってもいい。


「確か3年の席は後ろらへんだったからこっそり入って参加してもいいけどな」


 そんな軽口をたたきつつ、


「それよりも、お前が問題だな......」


 左腕についているスマートウォッチを見てため息をつく。ちょうど1週間前にショッピングモールで買ったもので、今まで朝のアラームで不具合を出したことはない。


「仕方ねぇっちゃ仕方ねぇか」


 夜間のアップデートによって機能の一部であるアラームが止まってしまうとは夢にも思わなかった。頼むから対策してくれと願わずにはいられなかった。しかし、電話機能が止まらなかったことは割と本当に良かった。なぜなら、スキャナーは始業式が終わる10時30分くらいには撤収されてしまうからだ。そこまでには結局起きなければならなかったのだ。志桜里様様だ。


「そもそも、あの時にスマートウォッチを譲らなければこんなことが起きてなかったかもしれないんだけどなぁ......」


 カツッ、カツッ




 大講堂――総収容人数は4100人に及ぶ半円状の講堂である。円の中心にステージがあり、公演台以外にも重役たちが座る椅子が10席ほど設置されている。主に生徒たちが座る椅子は放射線状に広がり、後ろに行くほど高い位置から見られるようになっている。


 未来都市学園の始業式では入学式もかねていて伝統的に、小学生から大学院生の全てが集まる。ほぼ満杯だ。

 大講堂に入った宰人。


「普通に入れたな......」


 生徒は扉側を向いていないので、当然誰も見ていない。後方で立っている教師陣はチラリと宰人をみると、興味を失ったように、すぐに公演台のほうを見る。

 すると、


 バンッ!


 真後ろで、何か大きな音が鳴った。


「ここで、何をやってる!」


 心臓が飛び跳ねた。後ろを見る、

 ――まじか......よりによって()()()かよ。


 閉まっている扉の目の前、宰人から2mほどの位置に立っている男――磐田直木イワタ ナオキは怒りというよりかは嘲笑の笑みを浮かべ、宰人を見下している。


 身長は180cm中盤、ガタイが良く、髪色は短髪の白髪であり、顔は目つきが悪く彫が深い。


 未来都市高校3年Cクラスの担任である。宰人とは違うクラスの担任だが、良い噂は効かない。磐田に嫌われた生徒のほとんどは自主退学していったらしい。反面、気に入った生徒には随分と甘いらしく、特に3年Cクラスは担任と生徒で強く連携している。

 機械みたいな冷淡な教師が多い学園の中でも、悪い意味で活力があるのが磐田だ。


 宰人は返答に困る。


「えっーと......」


 横目に教師陣が注目してくるのがわかる。そして、後ろがだんだん騒がしくなっていることから注目は生徒たちにも広まっていることがわかった。特に宰人の後ろ周辺の席は同級生が多く座っているので気まずい。

 磐田が再び大声を響かせるように話し始める。


「これはこれは、『無能』の喜多宰人じゃねぇか。こんなところで何してる? どうだ?春休み中に異能は覚醒してくれたか?」


「ッ!」


 その瞬間、大講堂の雰囲気が1段階厳かさから遠ざかった。

 真後ろからはコソコソ笑っている声が聞こえ、その波紋は次々と広がっていく。


「『無能』はやっぱ『無能』のままか」


 あざけわらう高校3年生。


「高3になってまだ『異能』が覚醒してないの」


 おどろく高校1年生。


「ああはなりたくないよね」


「大丈夫だって~、高校生にもなって覚醒してないの()()()()()だから」


 軽蔑する中学生。




 多種多様な人々がいるが――


「ということだ」


 この学園都市では――


「まー、今年も留年しないように頑張ってくれ」


 無能力者に――


「卒業したとしても『無能』であることはかわらねぇがな」


 社会的地位はない。




 ――その後、満足した磐田からは解放され席に向かった。


 来るんじゃなかった。そういった後悔とともに何も言い返せなかった自分に呆れた。


 なんとか大学院を卒業して、中堅会社の研究社にでもなれればいいのだが......

 学園都市における無能力者の人生の選択肢は少ない。よっぽど頭がよくて成果を出さないと、有名企業や研究所には入れない。それ以外の会社では長時間労働や副業をしなければ、まともに暮らしていけないという鬼畜ぶりだ。どうしてこんな世の中になっちまったんだか......


 宰人は社不なので、一般企業を目指すのは難しい。なので、ちょうど平均年収くらいの中堅会社の研究者になって、細々とお金のかからない趣味を楽しみ生きることを目指している。


 一方、異能力者と言えば、有名企業や研究所をめざす難易度は無能力者と同じだが、人生の難易度は天と地ほどだ。異能力者の研究に力を入れている学園都市では、毎月異能者に対してかなり多額の給付金を出している。金額でいうと、都市の中心地区から10分くらいのマンションに普通に暮らせるくらいを()()()()()()()()()()()


 ちなみに、異能を使い儲けることは条例違反だからできないどころか、異能を許諾された場所以外で使うのも条例違反だ。見つかれば刑務所送りらしいが、宰人は未来都市学園生の一部が寮や教室で異能を使っていることを知っている。ああ、異能が欲しい。


 学園都市の現状に軽く絶望する宰人だが、現実に戻る。


 階段を下り席をめざす。先ほどの、宰人が磐田に虐げられた理由を悩んだ。宰人が異能を持っていないこと、つまり無能力者であることは学園では有名なことだが、磐田からそれについて指摘されたことは今まで1度もない。そんな疑問とともに席に着く宰人。


 周りからの視線は依然と不愉快だが、次第と大講堂の雰囲気は厳かに戻っていく。


 公演台にはいつも通り校長がなにもせずに立っている。そろそろ静かになったから、話し出すころだろう。


「えー、続きましては新入生代表紹介と言いたいところなのですが、新入生代表が不在のため飛ばさせていただきます」


 磐田の件ほどではないが多少ざわつく。後ろの女子たちによると、博士課程1年生の女子生徒が登壇する予定だったらしい。


 校長が続ける。


「えー、続いては理事長訓話。理事長よろしくお願いします。」


 ステージ上の席から立ち上がり、迷いのない姿勢で公演台に着く理事長。銀髪、眼鏡、スレンダーなフォーマルスーツに青いネクタイという外見。若干27歳で学園都市で1番権威のある学校のトップであるという器。放っているオーラは場の緊張感を数段上げる。


「本日から全生徒のスマートウォッチの着用が義務になる。正当な理由があり着用していない者は担任の教師に相談するように。以上だ」


 そう言い、席に戻る理事長。

 またもや、ざわつく大講堂。ただし、騒がしいのは新入生だけだ。こんなに早い訓話は初めてだとだろう。

 在校生は知っている。理事長は学園の教師を代表するのにふさわしい冷淡な合理主義者であることを。

 成績が基準に満たなかった生徒は問答無用で退学させられている。実際、宰人の学年には140名生徒がいるが、高校1年の頃から20名ほど成績不振でいなくなった。お世話にならなければいいが......


 公演台に戻る校長。


「えー、それでは始業式を終わります。各自、担任に従い退出するように」


 無駄に長かったり短かったりした始業式が終わった。




 志桜里は友達付き合いがあるから先に未来都市高校ビルに行っている。

 薄情な奴だとは宰人は思わない。なぜなら、宰人と関わっているのを見られて学校で浮いてしまっては申し訳ないからだ。だが、中学2年生あたりで同級生の異能者が続々と出てきた時期に、そんなことは当然と、半ば絶縁を言い渡されたときは流石の宰人でも落ち込んだ。しかし、プライベートでは時々会って飯を食いに行き近況報告などをするが、その際は別に気まずかったりするわけではない。何というか、幼馴染というか最近では『時々会う親戚』みたいな存在だ。


 朝の電話はナイスだったぞ、志桜里! 


 そんなわけで、1人で高校へ行くことにした。




 未来都市高校ビル5階

 3年Dクラス前

 ――11:05


 教室の扉には席順が書かれた紙が貼ってあった。一番後ろの窓際の席を宰人は割り当てられているらしい。中二病がくすぐられそうな席だな。


 教室に入ってみると、階層が変わったことによる窓からの景色以外は去年と全て同じだ。席は後ろに行くほど階段で高くなっていく大講堂タイプで、机には敷地の大半を占めるディスプレイが埋め込まれている。周りの人々も......

 うん! 視線が冷たいな!

 宰人のクラスメイトの宰人への態度は他のクラスの生徒とは少し違う。もちろん優しいわけではなく、どうやら同じクラスメイトだと思われたくないらしく、無視されることが多い。宰人が1、2年生の頃に『イベント』への出席を積極的にしなかったのもそれが原因である。


 とりあえず席について寝たふりでもするか......

 うつ伏せになる宰人。


 変則時間割の3時限目は11:10に始まる......あと5分くらい稼ぐか。と、その時、


「喜多くん。今大丈夫かな?」


 誰かが宰人の左後ろから声をかけてきた。この明瞭かつ上品な声は......

 起き上がる宰人、


「大河内か。久しぶり。なんかあったか?」


 そこには、薄桜色の長髪で、お嬢様が着ていそうな白地に紺のラインが入ったワンピースを着た、白い肌の、女子にしては高い身長をした宰人のクラスメイト――大河内史乃オオコウチ フミノが何か言いたそうな顔をして立っていた。大河内は喜多を数少なく気にかけてくれる知人の1人だ。


「磐田先生やつ平気だった?」


 あー、そのことか、


「無能力がバカにされるのはいつものことだろ」


 おどけて見せる宰人に対して、


「そんな、自分を卑下しちゃだめだよ!」


 突如真剣な顔で宰人を見つめてくる大河内。ドキリとする宰人。ただし、周りのクラスメイトからの視線を集めている。


「ちょっ、大河内、落ち着けな。ほら、その見せようとしているスマホはなんなのかな?」


 話をそらされて、少し不機嫌になっている大河内だが、先ほどからこちらに画面を向けている、白いケースに入った彼女のスマホを差し出してきた。

 そこには、


「『研究室配属プログラム』?」


「そうなの、その新しいプログラムに喜多くんが入ってるの」


 そこにはズームインされた何かの表が写されていた。そして、確かに表の中のDチームに宰人の名前と学生番号が書いてある。ちなみに、大河内の名前も書いてあった。


「そもそもなんだこれ?」


 意味が分からなく率直に聞いてみた。なんかまた新しい『イベント』か? 名前からして、出席スキャナーを『ピッ』するだけで終わりそうなサボれるタイプの『イベント』そうだが......


「えっーとね、この下の文読んでみて」


「おう、わかった」


 表の下に書かれている『概要』を見てみる。


「なになに……。まず、このまま進学すれば、多くは付属の未来都市大学に所属することになる。その際、第1学年時に研究室に配属される仕組みだが……来年から制度が変わる?」


「人気のある『先進異能研究室』。その定員10名すべてを、付属高校の生徒が独占できる『特別枠』を設ける、か。目的は異能研究の質向上。当事者が研究に関わることで相乗効果を狙う……。」


「ただし、その枠を得られるのは、選抜プログラムに参加する40名のうち、成績上位1グループ原則10名のみ」


「『3年生140名の中から40名を選抜する』か……」


 なるほど......

 ......って


「俺関係なくねぇか?」


 無能力者が研究にかかわっても相乗効果は狙えないのでは? と考える宰人。だが、『先進異能研究室』と言えば、そこの卒業者がとんでもなく凄い研究所に所属することで有名じゃなかったか? 少しでも楽に暮らしたい宰人にとって高給取りというのは夢のまた夢である。チャレンジしてみる価値はあるか?


 大河内が言った、


「喜多くんが入っているのもなんでかわからないけど、私も入っているのも変かもしれないね」


「大河内は『異能』持ってるだろ、確か?」


「持っているけど、私のは人を攻撃したりする『戦闘系』じゃないから」


「ん? 対人訓練も含まれているのか?」


「下の『注意』を読んでみて」


『概要』の画面をスワイプしていくと、1番下に『注意』が箇条書きで書いてあった。

 そこには――


「プログラム内の試験のうち少なくとも3試験は戦闘が伴う。なお、戦闘における負傷・死亡の責任は学園側は負わない......か」


「危なさそうだね。喜多くんは参加したいかな?」


「あー」


 少し考える。

『死亡』という文字が気に障る。それは宰人が最も恐れていることの1つである。

 親父......

 宰人の記憶にはないが、母親からの話によると、宰人の父親は研究者であったらしい。そして、研究所における実験で死んだと。

 母さんには世話になったし、今も時々世話になっている。その母さんから大事なものを2つ奪うのは酷というものだろう。あの研究バカはそんなこと気にしてもない可能性も十分にあるが......

『先進異能研究室』に行かなくても、このまま進学していって中堅どころの研究所に入る夢というのは、宰人の学力をもってすれば難しくない。そう、宰人は要領だけはいいのだ。まぁ、それが自慢できたのも、まだ異能力者が多数じゃなかった中学2年生あたりまでだったが......

 とにかく、宰人は安定を選ぶことにした


「とりあえず辞退しとくわ」


「そっか。じゃあ私も辞退しようかな」


 その時、


 ピーンポーン パーンポーン


 チャイムが鳴った。それと同時に、


「席に着けお前ら」


 担任が教室に入ってきた。


 金髪碧眼、真っ黒のハイネックの長袖に、黒いスラックス、黒い革靴という外見の女性担任――藤枝咲フジエダ サキがいつものように、無表情で壇上に向かっている。


「じゃあ、戻るね」


「ああ、じゃあな」


 少し安心した顔の大河内が、宰人の2つ前の席に降りて行った。


「ということで、始業式のため変則だが今からHRを始める」


「2点連絡がある」


「第1に、今日からスマートウォッチ着用が義務となるので着用するように。事情があって持っていなかったり着けられない奴は手を上げろ」


 壇上でマイク越しに淡々と話す藤枝。宰人は周りを見たが手を上げる者はいなかった。


「いないな」


「第2に、昨日メールで配信された『研究室配属プログラム』の候補者たちは、この後すぐに説明があるから6階の『大会議室1』に行くように」


「以上だ」


 理事長もそうだが、学園の大人連中はもっとこう、面白い雑談みたいなものを言ったりしないのかと、ほとんど無駄な期待を思い浮かべる宰人。まぁ、磐田よりかは幾分ましだが...... いやな記憶を思い出した。


 そうこうしているうち、他の候補生の一部であろう人たちが大河内を呼んで、何やら大声で文句を言っている。

 ――なんか、俺に関することな気がするから、早く上の階に行こう。

 そう言い、すぐ上の階の『大会議室1』に向かった。




「もうあらかた来てるな」


 高校の1学年――約140名が収容可能な『大会議室1』。その広大な空間は今、見えない境界線によって真っ二つに分断されていた。


 片や――


 最前列に無言で背筋を伸ばし座る優等生。


 片や――


 最後列に大声で話しながらどっしり座る不良学生――と、その他の学生。


 真ん中の端らへんに座るか。

 本日何度目になるかわからない視線を後ろから感じつつ、教室中腹の端の席に向かう。


 ちょうどここら辺がテレビが見えやすいかな、っと

 よし、2分前だ。


 すると――


 後ろがざわざわしているので振り返ってみると、


「えっ」


 思わず声が出てしまった――のは宰人だけではない。


 そこに入ってきたのは――

 理事長だった。


 おいおい、なんでこの場に。


 不良生徒と思われる生徒も背筋が伸びている。


 会議室の前方に直実に歩を進めている理事長中盤に差し掛かったその時、

 宰人の隣で止まった理事長。


 なんだ!?


「喜多宰人」


「は、はい!」


 とっさに出た返事、立ち上がる宰人。


「説明会が終わった後、居残ってもらう」


 返答など待っていないとばかりにマイクデスクへと向かった。


 それ……だけか?


 宰人は立ち尽くした。




「それでは『研究所配属プログラム』についての説明会を始める」


 大河内を含めDクラスの候補生はすでに集まっている。


「まず君たちに一つ質問があることから、学内アプリを確認するように」


 皆一様にスマホを触りだす。


 やべえ、俺のスマホ充電ないんだ。今になって気づいた、充電のし忘れ。

 困って前方の席の生徒たちを見る宰人。


 おお、スマートウォッチ使ってる!それなら俺でもできるぞ!


 宰人はスマートウォッチで学内アプリを開いて、何とかアンケート機能を見つけた。


 おっけい、なになに……『'研究所配属プログラム'の詳細が書かれたメールとその添付ファイルを熟読したか』


 質問文の下には『熟読した』と『熟読していない』の2つの選択肢が


 ――なかった。


 おいおい、このスマートウォッチ選択肢が見切れてるぞ……

『熟読した』の選択肢が画面から外れていて押せなかった。


 このスマートウォッチ君どんだけポンコツなんだか......


 まぁ結局、熟読していないんだから答えには困らないか。


 添付ファイルや詳細までは把握していない宰人は『熟読していない』を選び、送信した。


 ――数十秒後。


「集計が取れた。この場にいる38人全員が『熟読した』を選んだことから――」


「今日の説明会はこれで終わりだ」


 沈黙が流れた。

 その次に、椅子を引く音が聞こえた。

 それが広がっていく。


 ……は?


 俺は『熟読していない』を押したはずだ。


 人の流れが通路にできる。


 おかしい。


 出口へ向かう流れは止まらない。


 大河内が心配そうな顔でこちらを見てきたが宰人は気づいていない。


 まさか、理事長が何かを試しているのか?例えば、この説明会自体最初から意味なんてなくて、しっかりメールを読んでいる生徒を選別して評価したり……


 宰人がそう考えていると


「喜多宰人」


 マイクから自分を呼ぶ声が聞こえた。


「ほ?はい?」


「伝えることがある」


 大会議室は2人だけのものになっていた。


「すみませんでした!」


「なんだ急に?」


「いや、まさかあのアンケートにこんな意味が隠されているんなんて思ってもいなくて、正直に答えてしまいました次からしっかりとメール読みます」


 反省を口にした宰人だが――


「アンケートに真の目的など隠されてなどいない説明会が必要か問うたまでだ」


 きっぱりと答える理事長。


「え?じゃあなんで『熟読していない』を押したのに間違って送信されたんだろう……」


 考え込む宰人。


「それは本当か?喜多よ」


 一瞬目を見開いた理事長。


 眼鏡を正す。


「はい、本当です。確かに『熟読していない』方を押したと思います」


「なるほど……こちらで対処する」


「は、はい」


 学園側のシステムトラブルか?


「要件はそれではない。『研究所配属プログラム』のことだ」


 話題が振出しに戻った。


「ああ、それなら……僕は参加しません。僕以外のもっと優秀な異能を持った生徒が参加した方が学園のためでもあると思います」


 とか、言っとくか……


「まず現状を把握することが先決そうだな」


『その瞬間』は突然来た。


「お前の退学は確定した」


「えっ」


 空気は依然重いままだが、心臓の鼓動は場違いなほど大きな音を立てている。


『退学』


 最も恐れていた言葉。

 何も考えられなくなり、ただ理事長に迫る――


「今から1年をどう過ごそうがあがこうが『イベント』の成績評価が卒業判定を満たさない。つまり、このままだと退学になるということだ」


「本当だ。今日の『始業式の遅刻』が決定的だな」


 血の気が引く。


 終わった……


 理事長の目の前で止まる。


「今日残された理由は退学の通告するためだったんですか?」


 宰人は半ばあきらめたように質問した。


「そんなことをするためにわざわざ時間を取らん」


「じゃ、じゃあ他に何かあるんですか?」


 期待を込めて疑問を投げかけた。


「お前が退学を回避する方法が一つ存在する」


 宰人は目を見開き、次の言葉を待った。


「研究所配属プログラムで――『優勝』することだ」


「……は?」

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