その自転車は捨てられたの?
登坂ナズナは、朝の10時半過ぎにマンションのエントランスと出た。歩いて10分の所にあるレストラン『Error』に向かう途中だ。ナズナはそこでホールスタッフとして週5日で働いていた。お店は11時に開くが、今日は11時半出勤だったので、11時5分くらいに家を出た。
多くのマンションんが立ち並んでいて、今日は1台も車が通ることもなく静かで閑散している。少し歩いて先のマンションを横切ろうとマンションの方をチラッとみた。そこに、植木の間に自転車が放置されていた。
こんなところに自転車を捨てられたのだろうか。気になって自転車の近くに行くと、後部の部分には鍵がかかっている。もし捨てたのなら、鍵をかけるだろうか。それに鍵を掛けたら、撤去するときに困りそうだ。時計は11時15分を指していた。ナズナは遅刻するわけにもいかなので、お店に向かった。あの自転車はあそこで寂しく何日も過ごすのだろうか。
店の前で先輩の松永佳代、お客さんがいないのか店の外を掃除していた。
「おはよう」
「おはようございます」
「何ムスッとした顔してんの?」
松永は満面の笑みでいる。
「いえ、別に」
ナズナはそのまま更衣室へ向かった。 制服に着替えていると、掃除を終えた松永が更衣室に入ってきた。
「で、何があったの?」
「なにもないですよ。何あったように見えます?」
「まあ、なんとなく」
「まー、ただ、通勤中に放置された自転車が植木の間にあって、なんかムカついてしまったんですよね。」
「それだけ?登坂と何か関係あるの?」
「ないですけど、何となく。 」
「なにそれ。だったら気にしなくていいんじゃない。」
「そうですけど、何かムカつていしまって」
「登坂には何もできないでしょう。」
「まあ、そうですけど。」
ナズナは松永の話を受け流されて、怒っていた気持ちが薄れてしまった。
ホールに着くと、店長の笠木がいつもの不気味な笑顔を浮かべていた。
「なんかあったの?」
「登坂が、通勤途中にあった放置された自転車が気になったみたいで」
ナズナより先に松永が言った。
「ええ、そうなんだ。」
店長は少しテンションは下がったみたいで声のトーンも下がった。
「きっと捨てれたんですよ」
ナズナは言った。
「まあ、意外にそうじゃなかったりしてな」
店長に言われて、ナズナは自分の意見を否定された気がして、ムッとしてしましまった。
「『意外に』ってなんですか?」
「さあね。人の行動は意外と予想できないから」
店長はそう言って、厨房へと消えて行った。
「気にせず、働きなさい」
松永に言われて、ナズナも仕事モードになるしかなった。
お昼過ぎで、少し込み合った店内も、だんだんとお客さんがまばらになってきた。
「登坂さん」
料理人の高山に声をかけられた。
「なんか、さあ。さっき、お客さんの話が聞こえてきたんだけどさあ…」
「高山」と話の途中に、厨房から店長の声が聞こえてきた。「はい」と言いながら高山はナズナに向かって、右目を閉じてウィンクをして厨房に戻っていった。高山はどこか陽気で、誰にでも当たり障りのない態度をとってくる。少しお腹が出ていて、ぽっちゃりしてるが、意外とモテるらしい。高山が何を話したかったのか気になってしまう。
「また、眉間に皺が寄ってるよ。」
松永にナズナは顔を凝視された。
「お疲れ様です」なぜが、松永の顔を見たら、ほっとした。
「どうした?」
「なんか、高山さんが何か言いかけて途中に店長に呼ばれて、厨房に戻って行ってしまって…」
でも松永は知りたがることも様子もなく、驚いた様子もなかった。
「ああ、あれね。お客さんが店長と放置自転車を話していたみたいよ。でも登坂の言っていた放置自転車と同じものかは分からないど」
「放置自転車…」
「そう。酔った人がマンションの植木の間に自転車を停めて、家に帰ってしまったらしいのよ。」
「酔って自転車放置って、何ですか?それ!?」
「その放置した人の奥さんが、さっきお客さんとして来てて、旦那さんに連絡したら、酔ってて覚えてないって連絡がきたらしいのよ」
「それって、どこまで本当なんですかね?」
「さあね。登坂が言っていた放置自転車だったら、いいのにね。」
まあ同じ自転車ならいいけど、ただナズナは引っかかった。
「でも、松永さんも高山さんが放置自転車のこと知っているんですか?」
「まあ、私が店長から聞いたから、高山も店長から聞いたんはじゃない」
ナズナは呆れてしまった。それに、ナズナには店長から直接何かの情報も言ってくることはなかった。
お客様が減ってきたころ、厨房から高山から出て来て話しかけられた。
「松永さんから聞いた?」
「何の話ですか?」
「自転車のことだよ」
「ああ、酔っ払いの件ですか?」
「そう、意外な展開でだったね」
高山はわざわざ、こっちに来て、また厨房へ戻って行った。なぜかチラッと隙間から厨房から店長がウインクみえた。
仕事の帰りに植木の近くを通ると、もうすでに自転車はなかった。
マンションの近くで話す声が聞こえてきた。
「酔って、自転車を植木の所に置いていくってどういう神経してるんでしょうね」
「まあ、取りに来た奥さんも、申し訳なさそうだったわね」
年配の女性同士の会話だった。
店長の言う通り、意外だった。捨てられたと思った自分が馬鹿みたいだ。




