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手袋と温泉と

 今日の魔王業務終了。

 魔界中の食材を揃えた豪華な夕食を済ませ、今は魔王城の大浴場。俺が初めて解放された脱衣所で……俺はまた暗闇の中にいた。


「……ふぅ。いい湯だな」

「ふが。ふががっ」


 憎き長手袋の妨害。せっかくのサービスシーンは拝めない。お湯で濡れた手袋が体に纏わりつく。


「なあ、ロウ」

「ふが?」


 チャポン。お湯から脱出。上に掲げられ、クリスの視線を感じる。


「……まだ、何も思い出せないか?」


 切なさ、寂しさ、あるいは両方。クリスの声は少女のソレ。俺にどんな答えを求めてるんだろう。


「……ふごぅ」

「何て言ってるか分からん」


 理不尽だ。だったら手袋外せ。素晴らしい世界が広がっているはずだ。


(思い出せないか、か……)


 俺も知りたい。自分が何なのか。なんでクリスの右腕なのか。

 だけど、たまに懐かしい気持ちになる。クリスに名前を呼ばれる時。魔法をむしゃむしゃ喰らう時。クリスに撫でられる時。

 ……クリスは、何か知っているんだろうか。


「ふぐふ。ふげふふひへ」

「クリス。これ外して、か?」


 伝わった。流石本体。ご主人様。頼りになる右腕に慈悲をください。


「ふぐ!」

「……ロウのスケベ」


 なんだこの魔王、男心を抉られる。心臓があったら爆散してる。

 チャポンとお湯の中へ。布越しに、小さな、だけど柔らかい膨らみに押しつけられる。


「……これで、我慢して?」

「はぐほう……」

「最高?」


 理解力まで魔王。気持ちが全部伝わってる。


「……ねえ、ロウ……」


 クリスの心音が早くなる。分かる。何か話そうとしている。きっと大事なことだ。

 遠くからガラガラと聞こえる。扉を開けるような音。クリスは聞こえていないのか、告白を続ける。


「実は……」

「あー! クリスちゃん、また一人でお風呂ー?」


 良いところで邪魔者の乱入。暗闇にミネの声が聞こえる。

 いや待て。ミネがここにいるってことは……まさか……。


「……変な想像するな、ロウ。抓るぞ?」

「……ふご」


 見抜かれた。ボソリと脅される。ほんのちょっと想像しただけなのに。


「ダーイブ!」


 バシャンと水飛沫の音。ミネがお湯に飛び込んだらしい。


「こら。風呂は静かに入れ」

「えー。いいじゃないですかー。今は私とクリスちゃんの二人だけだしー」

「だから呼び方! それに引っ付くな! 押し付けるな!」


 たゆん。もにゅもにゅ。柔らかいナニかが体に当たる。見るまでもない。この大きな膨らみはミネの――。

 ギュウウウウッ!


「……ッ!」


 思いきり抓られた。必死に唇を噛んで声を抑える。何考えてんだこいつ!


「あらぁ? クリスちゃん、お風呂の中で手袋はダメよ?」


 体にしなやかな指が纏わりつく。多分ミネの手。ヤバい。


「や、やめろ、ミネ! この手袋に触れるな!」


 体が大きく揺れた。ミネの手が振り解かれる。セーフだけどちょっと残念。桃源郷がすぐそこだった。


「……ふふっ。なんでそんなに必死になってるのかしら? もしかして……何か隠してる?」


 探るようなミネの声。クリスの心臓が跳ねる。体を通して伝わる。


「何のことだ? 私は何も隠してなど……」

「秘密の地下室」


 ドクン。さらに跳ねる。クリスが動揺する。だが何のことか分からない。秘密の地下室ってなんのことだ。


「……知っていたのか」

「当たり前じゃない。毎晩コソコソどこかに行ってたんだもの。……だけど、その手袋を付けるようになってから行ってないわね。なんでかしら?」

(何だ? 何の話をしてんだ? クリスの隠し事? 地下室と手袋…………もしかして、探してる何かが関係してる?)


 クリスが浅く呼吸を繰り返す。平静を取り戻そうと必死になっている。


「……これ以上詮索するな。いくらお前でも、これ以上は許さん」


 明確な拒絶。クリスの魔力。魔王だけに宿る闇の力が体を包む。ミネの声が途切れ、重い沈黙が流れる。


「……分かった。これ以上は聞かないわ。ごめんなさい、魔王様」

「……ふん」


 和解、だろうか。気になる情報が一気に出てきた。消化不良もいいとこだ。もう少し聞きたい。

 ザブンとお湯から上がる音。クリスの足音がヒタヒタ響く。


「ああ、最後に報告があるわ」


 友人ではなく、家臣としての報告だろう。クリスの足が止まる。


「一部の人間が、勇者を復活させようとしてるみたい。……百年前に消えた、あの子のことをね」

「…………そうか」


 指に冷たい感触。手が動かされ、ガラリと開ける。生温い空気に包まれた。……だけど俺は大混乱。最後にカマされた特大の爆弾。それまでの疑問すら吹き飛ぶ威力だ。


(勇者? そんなもんいるわけねえだろ。それに百年前に消えたって……ああダメだ。分かんなすぎて頭パンクする)


 横になって寝たい。体があったらそうしてる。何で俺は右腕なんだ。

 シュルシュルと服が擦れる音。手袋が体から離れ、視界が回復する。白くてフワフワ。可愛らしいパジャマ姿のクリス。だが表情はいつになく暗い。


「……クリス。今の話……」

「忘れて。ロウは……まだ知らなくていい、から……っ」

「…………了解」


 何も言えない。聞けるはずない。見てしまった。凛々しく尊大な魔王。だけど本当は普通の女の子。その彼女の真紅の瞳に、大粒の涙が溜まっていた。

 だから決めた。右腕として、勝手に彼女に誓った。



(――泣かせない。俺が、クリスを笑顔にしてやる)



 ジクジク痛む記憶の蓋。そんなものより、もっと彼女に寄り添いたかった――。

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