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お気楽転生道中  作者: 憂姫


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8/10

8

町を離れて半日ほど。

 陽光は穏やかで、風はやさしく頬を撫で、道の脇に続く草原はどこまでも広がっていた。


「はぁぁ〜〜……気持ちいいなぁ……!」


 ハルは大きく伸びをしながら青空を見上げる。

 旅の初日ということもあり、彼のテンションは朝から最高潮だった。


「はしゃぎすぎないでよ。あんた、さっきから道間違えまくってるから」


「えっ!? また!?」


 リナがハルの襟首をつまんで元の道へ戻す。


「ほら、地図の上はこっち!こら!くるくる回すんじゃない!このまま東へ進めば村があるんだから」


「りょーかい!」


 素直?に頷きながらも、景色を眺めながら歩く。


「道わかんないからリナに任せるよ!」


 手元でくるくると回していた地図をリナに手渡す。


「ほんと……よくこれで一人旅してたわね……」


「この道、空気が美味しくてさ……気持ちが勝手にどっかへ旅立つんだよね!」


「あんたの思考も旅してどうするの!!」


 リナがため息をつくが、その表情はどこか楽しそうでもある。


 昼過ぎ。

 二人が道端で休憩していると、一人の農夫が荷馬車を押しながら近づいてきた。


「おや、旅の方かい?」


「はい! こんにちは!」


「こんにちは〜!」


 農夫は気さくに笑い、喉を潤すためか水袋を飲んでいた。


「もしよければ、この先の村に行くなら気をつけなよ。最近ちょっと困り事があってねぇ」


「困り事……?」


「畑を荒らす魔物が出てるんだと。怪我人は出てないらしいけど、作物がやられて冬の備蓄が危ないって騒いでる」


「なるほど……それは大変ですね……」


 ハルは眉を下げて聞き入る。


「ま、そこまで危険じゃないとは思うけどな。行くなら村長に話を聞いてやるといい」


「わかりました! ありがとうございます!」


 農夫に手を振り、二人は再び歩き出した。


「ねぇハル……また何か手伝う気じゃないでしょうね?」


「えっ? もちろん! 困ってたら助けないと!」


「はぁぁぁぁ……また始まった……」


 リナは頭を抱えつつも、結局ハルのこういう性格を嫌いになれない。


「せめて慎重にね……?」


「任せてよ! 慎重なハルくんになるよ!」


 夕方手前。

 二人は村に到着した。


 村はのどかで、子どもたちが駆け回り、家々からは夕餉の香りが漂う……が。


「なんか、落ち着かない雰囲気だね……?」


「うん……みんなそわそわしてる……」


 村人たちは畑の方向を気にしながら、不安そうに話し合っている。


「魔物、また出るのか……?」

「昨日も畑が荒らされてて……」

「どうしたらいいんだ……」


 そんな声が聞こえてきた。


 ハルは自然と歩み寄る。


「こんにちは! 旅の者ですけど……何かお困りなんですか?」


「おや……旅人さんかい?」


 話しかけられた村人はホッとしたように微笑んだ。


「村長に会うといい。わしらより詳しく話してくれる」


 村長の家は木造の立派な家で、中には柔らかな灯りが灯っていた。


「おお、よく来てくれた!」


 白い髭を蓄えた村長が二人を歓迎した。


「旅の者さんかね? 実は困っておってな……」


 村長は机に置かれている畑の簡易地図を示す。


「ここ数日、夜になると畑を荒らす魔物が出るのじゃ。小さい影で、最初は犬かと思ったんだが……妙に動きが素早くてな」


「怪我人は出てないんですよね?」


「うむ。じゃが、作物がやられて冬を越すのが難しくなる」


 村長は深刻そうに眉を寄せた。


「もし……もし助けてくれるなら、お礼はするぞい」


「もちろん手伝います!!」


「やっぱり言った……!」


 リナがすかさず後ろから小声でツッコむが、村長は感激したようにハルの手を握った。


「なんとありがたい……!」


「ちなみに、魔物の特徴とかありますか?」


「影が小さめで……夜なのに目が光っておらんのが気になってのう。普通の魔物ではない気がする」


「へぇ〜……」


 リナは腕を組んで考える。


「とりあえず、今夜畑を見張ってみようよ!」


 ハルが言うと、リナも頷いた。


「そうね……まずは実際に見ないと対策立てられないし」


「では案内しよう。ここが問題の畑じゃ」 


 畑の周辺には、小さな足跡と爪痕が残っていた。


「村の人の話だと、ほんと小さい魔物って感じだね」


「でも……この足跡、ちょっと変じゃない?」


「変?」


「小さいんだけど……なんか、妙に踏み込みが深いっていうか……」


 リナがしゃがんで足跡を観察する。

 その横で、ハルは子供たちに声をかけられていた。


「ねぇお兄ちゃん、魔物って怖くないの?」


「ぜんぜん怖くないよ!」


 と、ハルは何気なく石をひょいと投げた。


 石は空を弧を描き――

 畑の奥に位置する大木に 高い位置で突き刺さる。


「…………」


「「「すげぇぇぇぇぇぇ!!!」」」


 子供たちが一斉に叫んだ。


「ち、違う違う違う! 今のはなんか! たまたま!!」


「たまたまで木に刺さるかあああ!!」

 リナが怒鳴る。


「お、お兄ちゃんすごい!」

「勇者さまなの?」

「え、やめてやめて本当にやめて!!」


 村の子供たちの間で、ハルの評価が一気に跳ね上がった。


 夕日が沈み、夜が訪れる。

 畑の中で、ハルとリナは見張りを始めた。


「……静かだね〜」


「気を抜かないの!」


「抜かないよ〜……って、あ、おにぎり食べる?」


「緊張感ーーー!!」


 リナは額を押さえた。


「でもさ、こういう時間って好きだな。村の人たち、すごく優しいし……ね?」


「……そうね。あんたがあれだけしたら、そりゃ好かれるわよ」


 リナは小さく笑う。


 と、その時。


「……ん?」


 畑の奥で、“がさっ……”と気配。


「来た……!」


 リナが身構える。


「うん……でもなんか、音が……大きいような……?」


 ハルが目を凝らした瞬間。


 月明かりの下、影が複数、ぬるりと動いた。


「えっ……あれ、小さくない……?」


 畑に現れたのは――


村の話と違い、明らかに大型の狼型魔物の群れだった。


 牙をむき、低く唸り声をあげながら、こちらを取り囲むように姿を現す。


「ちょ、ちょっと! 話と違いすぎでしょ!?

 全然小さくないじゃない!!」


「ねっ!? ほんとにね!? ぼくもびっくりしてる!!」


 しかし魔物たちはすでに飛びかかる準備をしている。


 リナは震える手で武器を構えた。


「ハ、ハル……どうするの……!?」


 ハルは前に一歩出ると、にこっとした。


「まずは……話しかけてみようか!」


「なんでぇぇぇぇぇッ!?!?!?」


 リナの絶叫と同時に、魔物が一斉に飛びかかってきた――

 その瞬間、普通の人間なら体が固まってしまうような威圧感が空気を震わせた。


「くっ……!」


 リナは思わず目を閉じかけたが――

 横でハルがあっけらかんとした声を上げる。


「危ないよーっ!」


 その声と同時に、地面を蹴る音が“シュッ”と軽やかに響く。


 ハルは一歩、前へ。

 その一歩だけで、まるで時間が伸びたかのように周囲の動きが遅く感じられた。


「え、えっ……!?」


 リナが目を見開いたときには、ハルの姿はすでに魔物の真ん中にいた。


 ――がつん。


 肉体同士がぶつかる音とは思えない音が響く。


 ハルは狼型魔物の一匹の鼻先を“手のひらで軽く押しただけ”だった。

 しかし、魔物はそのまま回転しながら横へ吹き飛ぶ。


「ひゅえぇぇぇぇっ!?」


 リナの口から、予想外の声が漏れた。


「次いくよー!」


 ハルは笑顔のまま、飛びかかってくる別の魔物の下へ滑り込むと――


「はいっ!!」


 手を添えてあごを“グイッ”と持ち上げる。


 魔物の体勢が完全に崩れ、そのままバタリと仰向けに倒れた。


「ちょ、ちょ、ちょっと!!なんでそんな軽い力で倒れてくの!?物理法則どこ行ったのよ!?」


「えー? 身体の使い方かな?」


「答えになってなーい!!」


 残りの魔物たちも、思いのほか警戒心が強いらしく、倒された仲間を見て後ずさった。


「うーん……話だけでも聞いてほしいんだけどなぁ」


「だからなんでまず会話に行こうとするのよ!!」


 リナの叫びもむなしく、魔物は低い唸り声をあげる。


 ハルは眉を下げ、魔物たちをじっと見つめた。


「ねぇ君たち、なんでこんなところに来てるの?ここ、村の畑だよ? 荒らしたらみんな困っちゃうよ?」


「がおおおおおおっ」


「怒られた!?」


「だよねぇ……うーん、やっぱり言葉は通じないかぁ……」


「当たり前でしょ!? 魔物よ!?」


「いや、ワンチャンあるかなって」


「ワンチャンってなによ!!!」

 


 魔物の一匹が、再び飛びかかってくる。

 しかしハルは気負うことなく、それどころか軽いステップでかわし――。


「っと、危ないよ?」


 魔物の背中をそっと押すだけで、バランスを崩させて転ばせた。


「……ねぇハル。あんた今日、魔物に優しくない……?」


「あっ、わかった? なんかちょっと怖がってる気がして……」


「(怖がってるのは私なんだけど!?)」


 リナの心の叫びは空に消えた。


 そんな中――

 魔物たちの動きが突然止まった。


「……え?」


 ハルもリナも同時に気づいた。


 魔物が怯えたように後ろを向き、森の奥を見つめている。


「なにか……来る……?」


 リナがそう呟いた直後。


 “ズシンッ……ズシンッ……”と地響きが近づいてきた。


「うそ……でしょ……」

「足音……大きくない……?」


 森の茂みが揺れ、月光が差し込んだ瞬間――


どおおおおおん!!


 木々を押しのけて現れたのは、

魔物とは比べ物にならない体格の“巨大熊型魔獣”だった。


「でっ……!」


「かっ……!!」


 二人とも言葉を失う。


 魔獣は魔物たちを威嚇するように吠え、周囲の地面が震える。


「ねぇリナ……」


「な、なに……?」


「これ、絶対ちっちゃい魔物じゃなかったよね……?」


「当たり前でしょおおおおおお!!」


 リナの悲鳴が畑に響く。


 魔獣はハルとリナを見つけ、唸り声を上げた。


「うわぁ……これは話し合い無理そう……」


「話し合い以前の問題よ!!」


 魔獣の巨大な前脚が振り下ろされる。


「リナ、下がって!!」


「ま、待ってハル!! 一人で――」


「大丈夫! ぼく、ちょっと強いから!」


 ハルは笑顔のまま、一歩前へ踏み出した。 


 魔獣の影がハルを覆う。

 巨大な爪がきらめき、空気を裂く。


「うわぁ……やっぱり迫力あるなぁ……!」


「ハル!!」


 リナが叫ぶ。


 だがハルは、どこまでも自然体だった。


「よし……ちょっと押してみるね!」


「押すんじゃない!! もっとちゃんと戦って!!」


 次の瞬間――


 ハルの足元の土が軽く弾ける。


 ハルが動いた。


 笑顔のまま。


 軽やかに。


 そして――。

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