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守備隊の詰め所を後にし、広場へ戻ったハルは、ようやく落ち着いた呼吸を取り戻していた。
「……いやぁ、ほんとに大ごとだった……」
感謝状をもらい、立派な昼食会まで開かれ、町の人たちから「また来て!」と声をかけられ…嬉しい反面、いまだに慣れない“英雄扱い”にくすぐったさが残っていた。
「ちょっと歩こう……」
気分転換の散歩へ出ることにした。
◆
大通りは、人で賑わっていた。
活気ある市場では何種類もの香辛料が並び、旅商人が珍しい器を売っている。
パン屋からは香ばしい匂いが漂い、角を曲がると音楽隊の演奏が聞こえてくる。
「うわぁ……楽しいなぁ……!」
街を歩くだけで冒険気分が蘇ってくる。
しばらくすると、ハルの視界にひときわ慌てた動きが飛び込んできた。
「す、すいませんっ! 誰か、手伝ってくださいっ!」
女性の声――若い母親らしき人物が腕いっぱいに荷物を抱え、足元がふらついていた。
「あっ……!」
ハルは即座に駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「あっ……すみません、ちょっと……荷物が重くて……」
「持ちますよ!」
「えっ、いいんですか!? これ……かなり重いんです……!」
「大丈夫大丈夫!」
ハルは笑いながら一番大きな袋を持ち上げる――その瞬間。
(え、これ結構……)
ずっしり。
普通の成人男性なら両手でやっと抱えるほどの重量だ。
「き、きつくないですか……!?」
「全然!」
にこっ。
母親は目を丸くした。
「まぁ……すごい……そんな簡単に……!」
「慣れてますから!」
言いながら、ハルは荷物を軽々と抱え、女性が向かっていた店までついていく。
途中――。
「お、おい見たか……?」
「“まただ”。あの青年だ……」
「大荷物を軽々……」
「守備隊の話は本当らしいぞ……」
(やばい……また目立ってる……!)
だが、助けなければ気が済まない。
無事に店へ荷物を届け終えると、母親は深く頭を下げた。
「本当に……助かりました……! あの……お礼を……」
「お礼は大丈夫です! 助けられてよかったです!」
ハルがそう言うと――
「……なんて清らかな青年……!」
「神様の遣いなのでは……?」
「いや普通に強いだけ……いや普通じゃないな……」
周囲の勝手な解釈が飛び交い、噂がさらに変な方向へ進化していった。
「ち、違うから! 本当に一般の旅人だから!!」
ハルが必死に否定しても、町人たちの耳には届いていない。
(もう……なんか……どうにでもなってきた……)
ため息をつこうとしたその時――。
◆
「ひぃぃぃぃ!! 逃げろぉぉぉ!!」
「なんだっ!?」
通りの奥から叫び声が響き、町人たちが雪崩のように走って避難してくる。
ハルは反射的に声の方向へ走った。
路地の真ん中で、屋台のテーブルが倒れ、食材が散乱している。
その中央に――一匹の大きな犬のような魔物が暴れていた。
「うわ、また魔物!? なんでこんな町中に!?」
「さ、さっき酒場で誰かが落とした肉を食べたんだ! それで興奮しちまって……!」
店主らしき男が混乱しながら説明する。
魔物は牙をむき、周囲の物を蹴散らしていた。
放っておけば怪我人が出るのは間違いない。
「よーし……!」
ハルは袖をまくった。
「危ないぞ! 兵士を呼んでくるから――」
「任せてください!」
「任せて……って、お前が行くのか!?」
「はいっ!」
その瞬間、魔物がこちらを睨み、地を蹴った。
突進――!
周囲の人々が悲鳴を上げる中、ハルは叫んだ。
「ここだよーっ!!」
挑発に乗った魔物が一直線にハルへ向かう。
そして――
「そぉい!!」
横へ軽く体をひねりながら足元に手を添え――
魔物の腹を“ほんの少しだけ”押した。
どんっ。
魔物はふわりと体勢を崩し、横の藁袋に突っ込み、そのまま動かなくなる。
「………………あれ、倒れた?」
「“あれ”で倒すか普通!!?」
「なんなんだあの青年はーーーっ!!?」
「まただ……また一撃だ……!」
通り中が騒然となり、人々はハルを囲んだ。
「すごい……!」
「あなた、英雄様!? 勇者様!??」
「魔力使ったのか!? いや見えなかったぞ!?」
「魔力……使ってませんよ!? ほんのちょっと押しただけで……!」
「ちょっとで倒れるかーーーっ!!」
叫ぶ町人たち。
焦るハル。
(……どんどん説明ができない方向に……!)
その時だった。
「――ハルさんっ!!」
聞き覚えのある元気な声。
「え?」
振り向くと、荷物を抱えた少女――昨日少し同行した旅人少女・リナが駆け込んでくる。
「やっと見つけた! 町のどこ行っても噂ばっかで落ち着かないと思ったら……また魔物倒してるし!!」
「えっ、あ、あはは……」
「ははじゃない!!」
リナは腰に手を当て、ぷんすかぷんすか怒った。
「もう! 一人で突っ込むの禁止!! 昨日も今日も心臓に悪いんだから!!」
「ご、ごめん……!」
「まったく……!」
リナは大きくため息をつき、しかしすぐに緩んだ笑みになる。
「でも……助けたんでしょ?」
「うん!」
「なら……よかったけど!」
リナは頬を赤くしてそっぽを向いた。
◆
その一連のやり取りを見ていた町人たちは――
「え……あの子は……」
「ハルの仲間か?」
「まさか……婚約者……?」
「えぇぇぇぇぇぇ!!?」
「違いますっ!!!」
「違うからーーーっ!!?」
ハルとリナの否定は町中に響き渡ったが――
噂は、もう止まらない。
リナと一緒に魔物を倒した現場から少し離れると、ハルはようやく肩の力を抜いた。
「はぁ〜……なんか、さらに騒ぎ大きくなっちゃった……」
「当たり前でしょ!!」
リナがぷんぷんしながら言う。
「町中で魔物暴れたんだよ? それを一撃で止めたら、そりゃ大騒ぎにもなるよ!」
「そうかな〜……ちょっと押しただけなんだけど……」
「その“ちょっと”が規格外なんだってば!!」
リナはハルの胸を指で突く。
「ていうか、私がちょっと目を離した隙にさー……魔物、スリ、荷物持ち、子供救助……どんだけ事件に巻き込まれるのよ!!」
「えっ、たまたま……たまたまなんだよ……?」
「その“たまたま”の頻度おかしいから!!」
リナがヒートアップしている間、ハルは苦笑しながら耳を傾けていた。
だが、その姿勢が余計にリナを焦らせる。
「もう!! 心配になるでしょ!?」
「え?」
「あなた、危なっかしいんだから……!」
ぽつりとこぼれたリナの言葉は、怒鳴り声ではなく、小さな心配の色を含んでいた。
ハルが驚いてリナを見ると、彼女は視線を逸らした。
「……まぁ、結果的に誰も怪我しなかったから、今回はいいけど……」
「うん……ありがと。心配してくれて。」
「べ、別に!! あんたが勝手に倒れたりしたら困るから言ってるだけで……!」
リナの頬はほんのり赤くなっていた。
◆
二人で大通りに戻ると、案の定そこには人だかりができていた。
魔物騒動のあとで興奮冷めやらぬというわけだ。
「あっ! ハルさんだ!」
「さっきの見ました!? すごかった!」
「この方が……噂の……!」
「一撃ですよ……一撃……!」
「い、いやいや!! 本当に普通の旅人ですから!!」
ハルは全力で否定したが、もう誰にも届いていない。
「ねぇ、あの子と仲よさそうだけど……恋人?」
「え、そうなの!?」
「お似合いだわ〜!」
「違いますぅーーーっ!!」
「違うってばーーー!!」
リナも全力で叫んだが、むしろ周囲の熱は高まっていく。
(……やばい……誤解が暴走してる……)
その時、後ろから肩を叩かれた。
「おい、ハル!」
「あ、隊長!」
守備隊長ガルドンが姿を現す。
例によって豪快な声は町に響き渡るレベル。
「さっきの魔物の件、聞いたぞ! また助けたらしいな!」
「あ、はい……!」
「よくやった! さすが我らの“友好英雄”!!」
「え、英雄って言っ……」
「友好英雄ーーーッ!!!」
ガルドンの叫びを皮切りに、周囲が拍手しはじめる。
「ハルさん万歳!」
「すごい! 守備隊長公認の英雄だ!」
「ありがとうハルさん!!」
「ちょっと待って!? ぼくそんな大したことしてませんから!!」
「いやしてるだろ!!」
ガルドンとリナのツッコミが同時に入る。
◆
しばし騒ぎが続いたあと、人々が散っていった頃。
「……はぁ……すごい一日だった……」
ハルは疲れてベンチに座り込んだ。
「もう町中があんたの名前覚えたわよ……」
リナが呆れたように笑いながら隣に座る。
「うーん……ぼくはただ、人助けしたいだけなんだけどなぁ……」
「それが人よりずば抜けてすごいから、みんな驚くのよ。」
「すごいのかな……?」
「すごいの!!」
リナは断言した。
ハルは照れくさそうに頭を掻いた。
「でも……嬉しいよ。助けた人が安心してくれるのって、本当に嬉しい。」
「……そういうところ、嫌いじゃないけど……」
「ん?」
「べっ!! 別になんでもない!!」
リナは慌てて顔をそらす。
その様子に、ハルは「かわいい」と思ってしまったが黙っておいた。
◆
夕暮れ。
町の中心の噴水広場はオレンジ色に染まり、家路を急ぐ人々の影が長く伸びていた。
「リナ。ぼく……この町を出て、もっと旅したいんだ。」
「……知ってる。あんた、落ち着くタイプじゃないもんね。」
「うん。でも、また戻ってきてもいい?」
「当たり前でしょ!!」
リナが真剣な目で言った。
「この町の人たちみんな、あんたのこと好きなんだから!」
「そっか……ありがとう!」
「で、私も……」
「え?」
「……いや、なんでもない!!」
リナは両手をぶんぶん振り、ハルを押し出す。
「とにかく! 次の町に行くなら準備しなさい! 旅ってのは計画が大事なんだから! あんたみたいな天然一人じゃ心配よ!!」
「え、えぇと……もしかして……ついてくる?」
「ついていくんじゃない!!」
リナは胸に手を当て、深呼吸した。
「……同行“してあげる”の!!」
強気な宣言だったが、頬は少し赤い。
「リナと一緒なら心強いよ!」
「えっ……あ……そ、そう!? そ、そうよね!! 当然よね!!」
リナは嬉しそうに笑い、そして――
「よしっ! じゃあ明日から二人で旅だ!!」
「うん!! 楽しみだ!」
夕暮れの風が二人の間を通り抜ける。
こうして――
ハルは初めての仲間を得て、旅の新しい一歩を踏み出すこととなった。




