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お気楽転生道中  作者: 憂姫


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6/10

6

守備隊の詰め所を後にし、広場へ戻ったハルは、ようやく落ち着いた呼吸を取り戻していた。


「……いやぁ、ほんとに大ごとだった……」


 感謝状をもらい、立派な昼食会まで開かれ、町の人たちから「また来て!」と声をかけられ…嬉しい反面、いまだに慣れない“英雄扱い”にくすぐったさが残っていた。


「ちょっと歩こう……」


 気分転換の散歩へ出ることにした。


 



 


 大通りは、人で賑わっていた。

 活気ある市場では何種類もの香辛料が並び、旅商人が珍しい器を売っている。

 パン屋からは香ばしい匂いが漂い、角を曲がると音楽隊の演奏が聞こえてくる。


「うわぁ……楽しいなぁ……!」


 街を歩くだけで冒険気分が蘇ってくる。


 しばらくすると、ハルの視界にひときわ慌てた動きが飛び込んできた。


「す、すいませんっ! 誰か、手伝ってくださいっ!」


 女性の声――若い母親らしき人物が腕いっぱいに荷物を抱え、足元がふらついていた。


「あっ……!」


 ハルは即座に駆け寄る。


「大丈夫ですか!?」


「あっ……すみません、ちょっと……荷物が重くて……」


「持ちますよ!」


「えっ、いいんですか!? これ……かなり重いんです……!」


「大丈夫大丈夫!」


 ハルは笑いながら一番大きな袋を持ち上げる――その瞬間。


(え、これ結構……)


 ずっしり。

 普通の成人男性なら両手でやっと抱えるほどの重量だ。


「き、きつくないですか……!?」


「全然!」


 にこっ。


 母親は目を丸くした。


「まぁ……すごい……そんな簡単に……!」


「慣れてますから!」


 言いながら、ハルは荷物を軽々と抱え、女性が向かっていた店までついていく。


 途中――。


「お、おい見たか……?」

「“まただ”。あの青年だ……」

「大荷物を軽々……」

「守備隊の話は本当らしいぞ……」


(やばい……また目立ってる……!)


 だが、助けなければ気が済まない。


 無事に店へ荷物を届け終えると、母親は深く頭を下げた。


「本当に……助かりました……! あの……お礼を……」


「お礼は大丈夫です! 助けられてよかったです!」


 ハルがそう言うと――


「……なんて清らかな青年……!」

「神様の遣いなのでは……?」

「いや普通に強いだけ……いや普通じゃないな……」


 周囲の勝手な解釈が飛び交い、噂がさらに変な方向へ進化していった。


「ち、違うから! 本当に一般の旅人だから!!」


 ハルが必死に否定しても、町人たちの耳には届いていない。


(もう……なんか……どうにでもなってきた……)


 ため息をつこうとしたその時――。


 



 


「ひぃぃぃぃ!! 逃げろぉぉぉ!!」


「なんだっ!?」


 通りの奥から叫び声が響き、町人たちが雪崩のように走って避難してくる。

 ハルは反射的に声の方向へ走った。


 路地の真ん中で、屋台のテーブルが倒れ、食材が散乱している。

 その中央に――一匹の大きな犬のような魔物が暴れていた。


「うわ、また魔物!? なんでこんな町中に!?」


「さ、さっき酒場で誰かが落とした肉を食べたんだ! それで興奮しちまって……!」


 店主らしき男が混乱しながら説明する。


 魔物は牙をむき、周囲の物を蹴散らしていた。

 放っておけば怪我人が出るのは間違いない。


「よーし……!」


 ハルは袖をまくった。


「危ないぞ! 兵士を呼んでくるから――」

「任せてください!」


「任せて……って、お前が行くのか!?」


「はいっ!」


 その瞬間、魔物がこちらを睨み、地を蹴った。


 突進――!


 周囲の人々が悲鳴を上げる中、ハルは叫んだ。


「ここだよーっ!!」


 挑発に乗った魔物が一直線にハルへ向かう。


 そして――


「そぉい!!」


 横へ軽く体をひねりながら足元に手を添え――

 魔物の腹を“ほんの少しだけ”押した。


 どんっ。


 魔物はふわりと体勢を崩し、横の藁袋に突っ込み、そのまま動かなくなる。


「………………あれ、倒れた?」


「“あれ”で倒すか普通!!?」


「なんなんだあの青年はーーーっ!!?」


「まただ……また一撃だ……!」


 通り中が騒然となり、人々はハルを囲んだ。


「すごい……!」

「あなた、英雄様!? 勇者様!??」

「魔力使ったのか!? いや見えなかったぞ!?」


「魔力……使ってませんよ!? ほんのちょっと押しただけで……!」


「ちょっとで倒れるかーーーっ!!」


 叫ぶ町人たち。

 焦るハル。


(……どんどん説明ができない方向に……!)


 その時だった。


「――ハルさんっ!!」


 聞き覚えのある元気な声。


「え?」


 振り向くと、荷物を抱えた少女――昨日少し同行した旅人少女・リナが駆け込んでくる。


「やっと見つけた! 町のどこ行っても噂ばっかで落ち着かないと思ったら……また魔物倒してるし!!」


「えっ、あ、あはは……」


「ははじゃない!!」


 リナは腰に手を当て、ぷんすかぷんすか怒った。


「もう! 一人で突っ込むの禁止!! 昨日も今日も心臓に悪いんだから!!」


「ご、ごめん……!」


「まったく……!」


 リナは大きくため息をつき、しかしすぐに緩んだ笑みになる。


「でも……助けたんでしょ?」


「うん!」


「なら……よかったけど!」


 リナは頬を赤くしてそっぽを向いた。


 



 


 その一連のやり取りを見ていた町人たちは――


「え……あの子は……」

「ハルの仲間か?」

「まさか……婚約者……?」

「えぇぇぇぇぇぇ!!?」


「違いますっ!!!」

「違うからーーーっ!!?」


 ハルとリナの否定は町中に響き渡ったが――

 噂は、もう止まらない。


リナと一緒に魔物を倒した現場から少し離れると、ハルはようやく肩の力を抜いた。


「はぁ〜……なんか、さらに騒ぎ大きくなっちゃった……」


「当たり前でしょ!!」

 リナがぷんぷんしながら言う。


「町中で魔物暴れたんだよ? それを一撃で止めたら、そりゃ大騒ぎにもなるよ!」


「そうかな〜……ちょっと押しただけなんだけど……」


「その“ちょっと”が規格外なんだってば!!」


 リナはハルの胸を指で突く。


「ていうか、私がちょっと目を離した隙にさー……魔物、スリ、荷物持ち、子供救助……どんだけ事件に巻き込まれるのよ!!」


「えっ、たまたま……たまたまなんだよ……?」


「その“たまたま”の頻度おかしいから!!」


 リナがヒートアップしている間、ハルは苦笑しながら耳を傾けていた。

 だが、その姿勢が余計にリナを焦らせる。


「もう!! 心配になるでしょ!?」


「え?」


「あなた、危なっかしいんだから……!」


 ぽつりとこぼれたリナの言葉は、怒鳴り声ではなく、小さな心配の色を含んでいた。

 ハルが驚いてリナを見ると、彼女は視線を逸らした。


「……まぁ、結果的に誰も怪我しなかったから、今回はいいけど……」


「うん……ありがと。心配してくれて。」


「べ、別に!! あんたが勝手に倒れたりしたら困るから言ってるだけで……!」


 リナの頬はほんのり赤くなっていた。


 



 


 二人で大通りに戻ると、案の定そこには人だかりができていた。

 魔物騒動のあとで興奮冷めやらぬというわけだ。


「あっ! ハルさんだ!」

「さっきの見ました!? すごかった!」

「この方が……噂の……!」

「一撃ですよ……一撃……!」


「い、いやいや!! 本当に普通の旅人ですから!!」

 ハルは全力で否定したが、もう誰にも届いていない。


「ねぇ、あの子と仲よさそうだけど……恋人?」

「え、そうなの!?」

「お似合いだわ〜!」


「違いますぅーーーっ!!」

「違うってばーーー!!」


 リナも全力で叫んだが、むしろ周囲の熱は高まっていく。


(……やばい……誤解が暴走してる……)


 その時、後ろから肩を叩かれた。


「おい、ハル!」


「あ、隊長!」


 守備隊長ガルドンが姿を現す。

 例によって豪快な声は町に響き渡るレベル。


「さっきの魔物の件、聞いたぞ! また助けたらしいな!」


「あ、はい……!」


「よくやった! さすが我らの“友好英雄”!!」


「え、英雄って言っ……」


「友好英雄ーーーッ!!!」


 ガルドンの叫びを皮切りに、周囲が拍手しはじめる。


「ハルさん万歳!」

「すごい! 守備隊長公認の英雄だ!」

「ありがとうハルさん!!」


「ちょっと待って!? ぼくそんな大したことしてませんから!!」


「いやしてるだろ!!」


 ガルドンとリナのツッコミが同時に入る。


 



 


 しばし騒ぎが続いたあと、人々が散っていった頃。


「……はぁ……すごい一日だった……」


 ハルは疲れてベンチに座り込んだ。


「もう町中があんたの名前覚えたわよ……」

 リナが呆れたように笑いながら隣に座る。


「うーん……ぼくはただ、人助けしたいだけなんだけどなぁ……」


「それが人よりずば抜けてすごいから、みんな驚くのよ。」


「すごいのかな……?」


「すごいの!!」


 リナは断言した。


 ハルは照れくさそうに頭を掻いた。


「でも……嬉しいよ。助けた人が安心してくれるのって、本当に嬉しい。」


「……そういうところ、嫌いじゃないけど……」


「ん?」


「べっ!! 別になんでもない!!」


 リナは慌てて顔をそらす。

 その様子に、ハルは「かわいい」と思ってしまったが黙っておいた。


 



 


 夕暮れ。

 町の中心の噴水広場はオレンジ色に染まり、家路を急ぐ人々の影が長く伸びていた。


「リナ。ぼく……この町を出て、もっと旅したいんだ。」


「……知ってる。あんた、落ち着くタイプじゃないもんね。」


「うん。でも、また戻ってきてもいい?」


「当たり前でしょ!!」

 リナが真剣な目で言った。


「この町の人たちみんな、あんたのこと好きなんだから!」


「そっか……ありがとう!」


「で、私も……」


「え?」


「……いや、なんでもない!!」


 リナは両手をぶんぶん振り、ハルを押し出す。


「とにかく! 次の町に行くなら準備しなさい! 旅ってのは計画が大事なんだから! あんたみたいな天然一人じゃ心配よ!!」


「え、えぇと……もしかして……ついてくる?」


「ついていくんじゃない!!」

 リナは胸に手を当て、深呼吸した。


「……同行“してあげる”の!!」


 強気な宣言だったが、頬は少し赤い。


「リナと一緒なら心強いよ!」


「えっ……あ……そ、そう!? そ、そうよね!! 当然よね!!」


 リナは嬉しそうに笑い、そして――


「よしっ! じゃあ明日から二人で旅だ!!」


「うん!! 楽しみだ!」


 夕暮れの風が二人の間を通り抜ける。


 こうして――

 ハルは初めての仲間を得て、旅の新しい一歩を踏み出すこととなった。

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