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お気楽転生道中  作者: 憂姫


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5/10

5

翌朝。

 宿屋の窓から差し込む陽光はまぶしく、昨日の出来事がまるで夢のように思えるほど穏やかな朝だった。


「ん〜〜……よく寝たぁ……!」


 ハルは伸びをしながらベッドから起き上がった。

 昨日は魔物を倒し、子供を救い、守備隊にまで歓迎され、夕飯のあとも宿屋の人たちから礼を言われ、まるで英雄のように扱われてしまった。


 しかしハル自身はそんなつもりはまったくない。

 ただ、困っている人を助けただけだ。


 そんな彼にとって、今日もまた“普通の日”だ。


「よし、散歩しよっと!」


 軽く朝食を食べ、荷物をまとめると、ハルは町へ繰り出した。


 



 


 朝の通りは活気にあふれていた。


 露店の商人たちが店を開き始め、焼きたてのパンや果物の香りが風に乗って漂う。

 昨日すれ違った人たちが、何人もハルに手を振った。


「お兄さん、おはよう!」

「昨日はすごかったよ!」

「うちの子がずっと“ハルお兄ちゃん”の話してるよ!」


「あ、ありがとうございます〜!」


 褒められるたびにハルは照れながら笑う。

 だが、その柔らかい笑みがまた、周囲の好感度を上げてしまう。


「すごいわねぇ……もう町の人気者じゃないの」


「ほんとだよ、あの子いい子そうだし……」


 そんな声が聞こえてくるたび、ハルの頬はずっとゆるみっぱなしだった。


 そんな中、


「――あっ……!」


 ふと、通りの先で小さな悲鳴が聞こえた。


 昨日とは別の少女。

 年齢は12〜13歳ほど。

 両手に抱えていた果物の籠を落としてしまったようで、リンゴがコロコロと転がっていく。


「わ、わわ!」


「大丈夫?」


 ハルは駆け寄り、逃げていくリンゴを器用に拾い集めた。


「これ、持ってて!」


「えっ、ありが……と……」


 少女が驚いたように目を丸くする。


 ハルはしゃがみ、少女と同じ目線になるように視線を合わせた。


「どうしたの? 手、滑っちゃった?」


「う、うん……あの、ちょっと考え事してて……」


「悩み事?」


 少女の肩がピクリと震えた。

 どうやら図星らしい。


「……お母さんの薬代が足りなくて……お店の手伝いで果物売ってるんだけど……あたし、うまくできなくて……」


 小さな声で、少女はぽつりと打ち明けた。


「そっか……つらかったね」


 ハルは自然と声を優しくした。

 少女の瞳が潤んでいく。


「でも、がんばってるね。すごいよ」


 涙がぽろりと落ちた。


 その時――


「おい! そこのガキ! また仕事サボってんじゃねぇ!」


 乱暴な声が響いた。

 大きな体の男が、通りの向こうから歩いてくる。

 店の主人らしく、エプロンをつけていたが、顔つきは険しい。


「す、すみません……!」


「謝ればいいと思ってんのか! 売上落ちたらどうすんだ! ったく、昨日も――」


「あ、あの!」


 ハルが手をあげて割って入る。


「少女さん、転んじゃったんで助けてただけですよ!」


「……なんだお前は?」


 店主はハルをねめつけるように見た。

 しかし次の瞬間、目が見開かれる。


「……あんた……昨日の……」


「え?」


「魔物倒したって噂の……! “ハル”ってやつか!」


「あ、あはは……そうですけど……」


「す、すまねぇ!!」


 店主は勢いよく頭を下げた。

 周囲も「またハルだ!」とざわめき始める。


「おいおい……支店長、態度が180度変わったぞ……」


「ハルってマジですごいやつだったのか……」


「昨日の子供の話も聞いたぞ……!」


 町人たちの視線が一気に集まる。


 少女はキョトンとした顔でハルを見つめ、震える声で言った。


「お兄さん……英雄なの?」


「えぇぇ……違うよ!!」


 ハルは全力で否定した。

 しかし、もはや説得力はゼロである。


「と、とにかく! この子を責めないであげてください! がんばってるみたいですし!」


「そ、それは……わかった……! 今日は休ませるから……!」


「ありがとうございます!」


 ハルが頭を下げると、店主はさらに恐縮したようにぺこぺこした。


 少女は目を潤ませながら、ぎゅっとハルの服をつまむ。


「……ありがとう……」


「うん! 元気出るといいな!」


 頭をぽんぽんと撫でると、少女は恥ずかしそうに笑った。


 



 


「……ふぅ」


 ひと段落して歩き出そうとしたその時、横からぱたぱたと足音が近づく。


「あなたが、ハルさん?」


「え?」


 振り返ると、警備隊の若い兵士が駆け寄ってきた。


「隊長が呼んでます! すぐに来てほしいと!」


「えぇ!? なになに!? なんかした!?」


「悪いことじゃありません! 昨日の件で“正式に感謝状を渡したい”って……!」


「えっ、感謝状!? そんな大それた……!」


「いえ、本当に大ごとなのです!!」


 兵士は真剣そのもの。


 ハルは頭を掻きながら、苦笑した。


「……なんか、ぼく、昨日からずっと褒められてる……」


「そういう人なんですよ!」


「そ、そうなの……?」


「そういう人なんです!!」


「断言された……!?」


 兵士に押されるようにして、ハルは守備隊の詰め所へと向かった。


昨日も来た場所だが、今日はどことなく空気が違う。

 入口前には、なぜか町の人たちが集まり、ざわざわと談笑していた。


「おい、あの青年が来たぞ!」

「本当に呼ばれてる……やっぱり英雄として扱われてるんじゃ……?」

「守備隊長が自ら呼びに行ったって噂の……あの……!」


「えぇぇ……なんか大ごとになってない?」

 ハルは頬をひくつかせた。


 兵士が扉を押して中に入ると、そこには昨日以上に整然と並んだ隊員たちがいた。

 全員が一斉に姿勢を正し、ハルを迎える。


「――風間ハル殿、到着!!」


「ハル殿って言われた!? 殿ってなに!?」


 ハルの動揺は置き去りにされ、隊員たちの声が室内にこだまする。


「敬礼ッ!!」


 全員の手が一斉に胸に添えられる。

 重厚な空気に圧倒され、ハルは思わず背筋を伸ばしてしまう。


 そんな中、隊長――ガルドンがゆっくりと前に進み出た。


「ハル。来てくれて嬉しい。」


「は、はい……なんかすごい勢いで呼ばれたので……」


「あぁ、すまない。昨日の件もあるが……今日は正式な“感謝”を届けたかったのだ。」


 隊長は深く息を吸い、胸を張った。


「風間ハル殿。あなたの行動により、我が町の子供一名の命が救われた。その他、商人ゴドンの救助、少女の財布の保護など、一連の善行はいずれも町の平穏を守るものである。」


「え、いや……そんな……普通のことを……!」


「普通ではない!」


 その言葉は詰め所全体に響いた。


「人は危険の前では逃げるのが自然。魔物を前にしてなお飛び込み、子供を庇い、冷静に怪物を排除できる者がどれほどいると思う?」


「いや、でも……反射で……」


「その“反射”が常人ではないのだ!!」


「えぇぇぇぇぇ……」


 ハルは完全に困惑していた。


 しかし隊長はさらに続ける。


「我々守備隊は、あなたがこの町の安全に貢献したことを高く称える。」


 ガルドンは机に置かれた羊皮紙を取り、ハルの前に進み出た。


「これが……感謝状だ。」


「か、感謝状……!」


 羊皮紙には、守備隊長の署名と隊員たちの名が並び、丁寧な筆致でこう記されていた。


『風間ハル殿は、この町における善行と勇敢なる行動により、町民から深い感謝を受ける。

 よって当隊はここに“友好証”を授与する。

 これからもあなたの旅路に幸多からんことを。』


 ハルは言葉を失った。

 胸がじんわりと熱くなる。


「……ぼく……こんな……立派なもの受け取っていいんですか……?」


「当然だ!」


 隊長は真剣な目で頷く。


「これはあなたが、この町にとって“友人以上の存在”だと証明したものだ。」


「友人……以上……?」


 ハルの声は震えていた。


 日本にいた頃。

 困っている人を助けても、ここまで感謝されることなんてなかった。

 むしろ損したり、嫌な顔をされたことさえある。


 でも、この世界では――

 “ありがとう”と心から言ってくれる人たちがいる。


「……うれしい……」


 ぽつりと呟いた。

 その瞬間、隊員たちがざわついた。


「なんて純粋な……」

「この青年……尊い……」

「泣く……」


「泣かないでください!?」

 ハルは慌てて両手を振る。


「よし、ではこれからは我々の詰め所は、いつでもハルの帰る場所だ!」


「帰る場所……?」


 また胸が温かくなる。

 日本で孤独を感じたわけではないが、こうして受け入れてもらえるのは何より心地よかった。


「さて、堅苦しい挨拶はここまでだ!」

 隊長が手を叩いた。


「宴だ!!」


「宴!?」


「ハル殿の功績を祝って、昼食会を開くぞ!!」


「ま、またご飯……!?」


 隊員たちが歓声をあげ、すでに料理を運ぶ準備を始めている。


「昨日より豪華にするぞー!」

「肉を焼け!」

「酒も出せ!」

「いや昼から酒は……!」

「今日は特別だ!!」


「ちょっ……本当になんか大ごとになってる……!」


 ハルは混乱しながらも、どこか嬉しさが止まらなかった。


 



 


 昼食会は想像以上に盛大だった。

 テーブル一面に料理が並び、隊員たちが楽しげに笑い、歌い、時にハルに絡み……。


「ハル殿、剣の訓練興味ありませんか!」

「魔物の倒し方教えてください!」

「旅の目的は!? 好きな食べ物は!? 恋人は!?」


「質問が多い!!」


「いやぁ、ハル殿が気になるんです!」

「そうだ! 今後どこへ行くつもりです?」


「えっと、のんびり旅を……」


「そうか……だが、我々はいつでも歓迎するぞ!」

「道中で困ったら戻ってきてくれ!」

「うちに住んでもいいぞ!」


「住むのはちょっと!!」


 笑い、盛り上がり、食べ、語らい……。


 気づけば数時間が過ぎていた。


 やがて宴が終わり、隊員たちに見送られて詰め所を出たハルは、広場で深呼吸をした。


「……はぁ……すごい一日だった……」


 昨日も濃かったが、今日も負けず劣らずの密度だ。


「みんな優しくて……本当に、ありがたいなぁ……」


 空を見上げると、青空が広がり、白い雲がゆっくり流れていく。


(あぁ……異世界って……いい場所だな)


 そう心から思えた。


 だが――


 この和やかな時間の裏で、町の噂はさらに過熱していた。


『ハルは守備隊長クラスの実力があるらしい』

『いや、国の精鋭部隊に引き抜かれるかもしれない』

『魔物を掌底一撃だと!?』

『あれはもう英雄では……?』


 そして、その噂はついに――

 町の外にまで広がり始めていた。

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