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お気楽転生道中  作者: 憂姫


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4/10

4

短剣とお守りを手にしたあとも、ハルは町の通りをゆったりと歩いていた。

 どの店も賑やかで、香辛料や焼きたての肉、甘い果物の香りが入り混じり、歩くだけで胸が躍る。

 そんな中でも、ハルは自然と“困っていそうな人”を探してしまっていた。


「……あ、あの人……?」


 視線の先にいたのは、荷物をうんしょと持ち上げている中年男性。

 重そうな木箱を、店の軒先から道路へと運び出し、汗が額から滴り落ちている。


「おじさん、大丈夫ですか? 手伝いましょうか?」


「ん? おぉ、助かるよ! 若いのに親切だな!」


「慣れてますから!」


 ハルは軽く笑って木箱を持ち上げた。

 ――が、その瞬間、力加減を間違えてしまった。


 木箱が軽々と持ち上がってしまい、勢い余って頭上まで上がってしまう。


「うおっ!?」

「ひぃっ!?」


 周囲の人々も驚きの声を上げる。


「す、すごいな! そんな軽々と……!」


「いや〜、箱が軽かったんですよ。うんうん、箱が。」


「いやいや、うちの箱は中に石材がぎっしりだぞ!?」


「……え?」


 ハルは木箱をそっと地面に置いた。

 思っていたよりはるかに重い。

 つまり――


(あれ? ぼく、これ……普通に持ち上げちゃった?)


 内心で驚きながらも、表情はいつも通りゆるい。


「ありがとうございました! いやぁ、本当に助かった!」


「いえいえ! 気をつけて!」


 そんな何気ないやりとりの中、通りの先から一人の若い男性が息を切らしながら駆けてきた。

 服はどこかくたびれているが、瞳には緊張と焦りが浮かんでいた。


「あのっ! すみませんっ!!」


 通りの人たちが驚いて振り向く中、その男性は真っ直ぐハルへ駆け寄った。


「た、助けてください! お願いです……!」


「えっ、ど、どうしました!?」


「さっき、南門のところで魔物が……っ! 子供が遊んでて……逃げ遅れて……!」


「子供!?」


 ハルの表情が一瞬で引き締まった。

 しかし次にはいつもの柔らかい笑みで頷く。


「わかりました! 行きましょう!」


 迷いはゼロ。

 ただ“助ける”以外の選択肢が浮かばなかった。


「だ、旦那! 南門は危険だぞ!?」

「守備隊が向かったばかりだ!」

「素人が行くような場所じゃ……!」


 周囲の人々が口々にハルを止めるが、不安や恐怖は一切なかった。


「大丈夫です! ぼく、ちょっとだけ強いんで!」


「“ちょっとだけ”じゃねぇだろ……!」


 先ほどの荷物騒動を見ていた人がツッコむ。

 だがそんな声さえ背中を押す風のように軽やかに受け流し、ハルは迷いなく南門へと走り出した。


 



 


 南門付近はすでに騒然としていた。

 門の前に数十人が集まり、悲鳴や怒号が響いている。


「な、なんだ……?」


 ハルが近づくと、前列の人々が道をあけてくれた。

 その中心には、守備隊の数名が剣を構えて魔物と対峙していた。


 魔物は――狼型。

 しかし通常の狼の2倍は大きい。背中の毛は逆立ち、口からは泡のような唾液を垂らし、明らかに興奮状態だ。

 その足元に、怯えて座り込む小さな男の子がいた。


「ひっ……ひぃ……!」


「くそ……動くな! 今助けるからな!!」


 隊員が叫ぶが、魔物の咆哮がそれをかき消した。


 そして、魔物は――男の子に向かって踏み込んだ。


 その瞬間。


 ハルの体が勝手に動いた。


「間に合えぇぇぇ!!」


 地面を蹴った瞬間、景色が一瞬で“流れ”に変わる。

 まるで世界がスローモーションになったように、魔物の動きが遅く見える。


(早い……いや、ぼくが速いのか……!?)


 ハルは驚きを飲み込み、そのまま一直線に子供のもとへ飛び込んだ。


「うわっ!?」

「な、なんだあいつ……!」

「速すぎる……!」


 周囲の声が届く前に――


「ほいっ!!」


 ハルは魔物の鼻先に掌底を軽く入れた。


 軽い、はずだった。

 しかしその一撃は、魔物の動きを完全に止め、勢いのまま地面へ転がし、砂埃が舞う。


 守備隊員たちは呆然と固まった。


「お、おい……一撃……?」

「いやいやいや……嘘だろ……?」


「大丈夫!?」


 ハルは子供の肩に手を置き、優しく言った。


「もう大丈夫だよ! 怖かったね!」


「う、うぅ……っ……!」


 子供は涙を溢れさせ、ハルにしがみついた。

 その小さな震えを感じながら、ハルも安心するように微笑む。


 しばしの沈黙。

 そして――。


「……あんた、まさか……本当に一般人か?」


 守備隊の一人が震えた声でつぶやいた。


「うん、一般人ですよ!」


「どこがだぁぁぁぁぁ!!」


「えぇぇ!?」


 隊長と隊員たちの怒号のようなツッコミが響くが、ハルはただ笑っていた。


「とにかく……男の子が無事でよかった!」


 人々の緊張が一気に解け、あちこちから歓声が上がった。


「助けてくれた……!」

「すごい……!」

「なんて青年なの……!」


 ハルは照れ臭そうに頭を掻く。


「いやぁ、ぼくなんてまだまだですよ〜」


「いや、十分すぎるんだよ!!」


 隊長が涙目で叫んだ。


 ――この瞬間、

 “風間ハル”という名は、この町で完全に“英雄候補”として認識された。


魔物が完全に倒れ、守備隊員によって縄で拘束されると、南門前の緊張が一気に解けていった。


「助かった……」

「まさか本当に……あの青年が……」

「速すぎて見えなかったぞ……!」


 ざわめく隊員や町人たちを尻目に、ハルは男の子の無事を確認することに集中していた。


「どこも怪我ない? 痛いところない?」


「……うん……でも……怖かった……!」


 男の子は涙をぽろぽろ流しながら、ハルの胸に顔を埋める。

 ハルは背中をゆっくり撫でながら優しく微笑んだ。


「怖かったね。でも、もう平気だよ。お兄さんがここにいるから!」


「……うんっ!」


 その様子を見ていた隊長は、思わず胸に拳を当て、深く息を吸った。


「……君は、本当に……」


「え?」


「本当にいい青年だ……!」


 隊長の突然のしんみりした声に、ハルは少し困惑する。


「いやいや、普通ですよ! 困ってたら助けるだけで!」


「それが普通にできる奴は少ないんだ……!」


 隊長はしみじみと言ってから、突然ビシッと姿勢を正した。


「ハル! 改めて礼を言わせてくれ!」


 周囲の隊員たちも一斉に整列する。


「町の子供を救ってくれた。それだけで充分すぎるほど功績だ!」


「え、こ、功績……?」


「当然だとも! この町の歴史に残るレベルだ!」


「えぇぇ!? そんな大げさな……!」


「いいや、大げさではない!」


 隊長の声は南門中に響き渡るほど大きかった。

 ハルは苦笑しながら頭を掻く。


「でも、とにかく子供が無事でよかったですよ!」


「……普通、それを言うのはこちら側だろうに……」


 隊長は困ったように笑い、そしてハルの肩に手を置いた。


「ハル、やはり正式に礼をしたい。町の“友人”として、詰め所で歓待させてくれ!」


「友人……!」


 昨日、ゴドンから受けた温かさ。

 今日、町人たちから受けた感謝。

 そこに“友人としての歓迎”まで加わるなんて……。


 胸がじんわりと熱くなった。


「じゃあ……お邪魔します!」


「よしっ!! 皆、詰め所へ戻るぞ!」


 隊長の号令により南門の騒動は収まり、人々も安心した表情で散っていく。


 



 


 守備隊の詰め所は、町の北側にある堅牢な石造りの建物だった。

 中に入ると、広々とした訓練場と、武器庫、作戦室、休憩室が整然と配置されている。


「おー……!」


 ハルは素直に感嘆した。

 こういう“ミリタリー系施設”は男子のロマンが詰まっている。


「おい、ハル! こっちだ!」


 隊長に案内されて入った食堂では、十数人の隊員が既に座っていた。

 全員、ハルを見るなり立ち上がり、深々と頭を下げた。


「本当に、ありがとう!!」

「子供が無事でよかった……!」

「あの速さ……あんた絶対ただ者じゃないだろ!」


「えぇ!? そんなに褒めないでくださいよ〜!」


 ハルは顔を真っ赤にして手を振った。

 だが隊員たちの熱は冷めない。


「お前は命の恩人だ!」

「ぜひ当隊に——」

「隊長、それ以上言うと逃げられますよ」

「お、おぅ……たしかに……!」


 微妙にズレた会話をしつつも、雰囲気はとても和やかだった。


「座れ、ハル! 飯を用意させた!」


「えっ、そんな……!」


「礼なんだ。遠慮するな!」


 大皿に盛られた肉料理、温かなスープ、新鮮な野菜、そして香り高いハーブ茶。

 町で食べた朝食よりもさらに豪華だ。


「ぼく、こんなに食べられるかな……!」


「食べきれなかったら俺らが手伝う! 気にすんな!」


「ありがたい……!」


 ハルは目を輝かせ、手を合わせた。


「いただきます!」


 口に入れた瞬間、驚きの声が漏れた。


「うまっ……!!」


「だろう!? 町一番の料理人が作ってるんだ!」


「強いだけじゃなくて食事が美味しいとか……この町最高では……?」


「はっはっは!! だろうとも!」


 食堂は笑いに包まれ、ハルも自然に輪の中へ溶け込んでいった。

 料理を楽しみながら会話も弾む。


「にしても、あんな速さで魔物に突っ込むなんてなぁ……」

「訓練してないって本当なのか?」

「危なくないのか?」


「うーん……身体が勝手に動くんですよね! たぶん、昨日鍛えられたからかも!」


「昨日は魔物を倒しただけだろうがぁぁぁ!!」


「ということは……天才か……?」

「天性の戦士か……?」

「いや、どちらかといえば……努力型ではなく、直感型だろう……」


「本人、全くその自覚がなさそうだが」


「命知らずで、純粋で、優しい……」

「守りたくなるタイプだな」


「いや助けられてるのは俺たちだよ……」


 隊員たちの謎の評が飛び交う中、ハルはスープを啜っていた。


「うま〜……!」


「平和だ……!」


 



 


 食事を終えたあと、隊長が改めてハルの前に立った。


「ハル。今日の働き、忘れない。君はこの町の友人であり、恩人だ。」


「そんな……本当に、ありがとうございます……!」


「いつでも寄ってくれ。困った時は力になる!」


「はい!」


 ハルは深く頭を下げ、詰め所をあとにした。


 外へ出ると、夕日が町全体を黄金色に染めていた。

 子供たちが遊ぶ声、露店の賑わい、笑い声が風に乗る。


 ハルは胸に手を当て、ゆっくりと歩き出した。


「今日も……誰かを助けられてよかった……」


 あの刺された夜、神様と交わした会話が頭をよぎる。


『向こうの世界でも、君は君のままでいい。困っている人を助ける、その心を忘れないでほしい』


「……うん。約束通り、“ぼくのまま”で行こう」


 爽やかな風が吹き抜ける。


 その風に背中を押されるように――

 ハルの“お気楽転生道中”は、着実に動き始めていた。

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