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お気楽転生道中  作者: 憂姫


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2/10

2

荷馬車は修理を終えてゆっくりと動き出し、草原を抜けて砂利道へと入っていった。

 馬は先ほどまで怯えていたのが嘘のように落ち着きを取り戻し、一定のリズムで蹄の音を響かせている。


「ふぅ~……いやぁ、さっきは死ぬかと思った……! 本当に助かったよ!」


 手綱を握る商人の男――名をゴドンという――は、ホッとしたように深く息を吐いた。


「いえいえ! 困ったら声かけてくださいね!」


「いや……お前さんが困ってる側じゃなくて、助ける側なのがすごいんだよ……」


 ゴドンはハルの腕をチラチラと見ていた。

 それは「この青年がどういう力を持っているのか」を気にしているというより、

“あの魔物を吹っ飛ばしたのは何だったのか”

を理解しようとしている視線だった。


 しかしハル本人は何も考えず、「馬がかわいいなぁ」などと呑気に眺めていた。


「にしても、あんた……冒険者か?」


「冒険者? じゃないですねー」


「じゃあ戦士?」


「もっと違いますねー。一般人です!」


「一般人が魔物をワンパンでぶっ飛ばすか……?」


「いや、棒の力がすごかったんですよ。棒、すごい。」


「棒じゃねぇ……お前さんだよ……!」


 ゴドンは、ため息と同時に笑いを漏らす。

 呆れ半分、感心半分、そしてどこか安心しているような笑顔だった。


 荷馬車の後ろには、ハルが修理した車輪がしっかりと回っている。

 応急とは思えないほど安定していて、ガタつきもほとんどなかった。


「にしても、本当に助かったよ……。これが全部無事じゃなかったら、俺、破産してたところだ」


「え! そうなんですか?」


「あぁ……この商品、全部運ぶために借金までしたんだ。今日中に町へ届けなきゃ、契約が破談になって……」


「なるほど〜。そりゃあ焦りますよね!」


「焦るって……お前…はぁ…本当にいいやつだな……」


 ゴドンはしみじみと言った。

 褒められたハルは、照れもせずただニコリと笑った。


「いいやつっていうか、見てられないだけですよ。」


「いや、それがすごいんだよ!」


 ゴドンは急に立ち上がりそうな勢いで叫ぶ。

 馬がビクッと肩を震わせ、慌てて手綱を引く。


「あっ、ごめんごめん。馬が驚いちまうな」


「馬さんもびっくりしてますね〜。よしよし、大丈夫だよ〜」


 ハルが馬の首を撫でると、馬は目を細めて気持ちよさそうに鼻を鳴らした。


「……おい。今までこの馬、俺にすら懐かなかったんだが……?」


「えぇ!? めっちゃいい子ですよ?」


「……お前、動物に好かれる体質なのか……?」


 ゴドンは何かを悟りかけていた。

 それは「この青年はただ者ではない」という確信めいた感覚だ。


 ハルの“天然”と“善意”と“ちょっと強い身体能力”は、初見の人に強烈な印象を残す。


 そして――。


「そろそろ町が見えてくるはずだ!」


 ゴドンの言葉にハルは誇らしげに背筋を伸ばした。

 丘の向こうに、木の柵で囲まれた街並みが見え始めていた。

 規模は大きくないが、屋根は鮮やかな色に塗られ、煙突からは食料の匂いが漂い、活気がある。


「おぉー! 町だー! すごい!」


「……お前、本当に観光客だな……」


 ゴドンが笑ってツッコむ。


 馬車が町の門へ向かうと、門番の兵士が二人、槍を手に待機していた。

 彼らはゴドンを見るや否や、すぐに表情を和らげる。


「お、ゴドンさんじゃないか。無事に帰ってこられましたね!」


「おうよ! ……いやぁ、実はな――」


 ゴドンは、ハルが魔物を倒してくれたこと、壊れた荷馬車を直してくれたことを語り始めた。


 門番たちは驚き、そしてすぐにハルへ視線を向けた。


「あなた、冒険者か?」


「いや、ただの旅人です!」


「旅人!? 旅人が魔物を倒せるか?」


「みんな疑いますよね〜。棒がね、すごかったんですよ!」


「棒は関係ねぇだろ!」


 門番とゴドンのツッコミが同時に飛ぶ。

 ハルは笑うだけだ。


 そんなやりとりの最中、門番の一人がゴドンの馬車の車輪を見つめて声を上げた。


「おい……これ修理したのか?」


「ん? あぁ、ハルさんがな」


「え……これ、一人で直したのか!?」


「はい! ちょっと調整しただけですよ!」


「ちょっと……?」


 兵士たちは顔を見合わせ、やがて深く息を吐いた。


「町に入れるぞ。怪しい者には見えないし……むしろ、助けてくれたんだよな?」


「はい! 困ってたら助けますよー!」


 兵士は目を細め、そして優しく笑った。


「……いい青年だな。歓迎するよ。」


 ハルは嬉しそうに帽子を取って頭を下げた。

 町の門が開き、荷馬車がゆっくりと中へ入っていく。


 町の中は活気に満ちていた。

 子供たちが走り回り、犬が吠え、パンの焼ける匂いが風に乗る。

 露店では果物や野菜、陶器や布などが並び、商人たちが元気よく呼び込みをしていた。


「うわぁぁ……!」


 ハルの目は輝く。

 本当に異世界に来た、という実感が全身を駆け巡った。


「ハルさん、ここで降りてくれ。宿代は俺が出すから!」


「えっ、そんな……いいですよ!」


「いや、いいんだ! むしろそれくらいしかお礼ができん!」


 ゴドンに押されるように荷馬車を降りた瞬間――周りの人たちがざわざわと声を上げた。


「あの馬車……壊れてたやつじゃないか?」

「戻ってきたぞ! しかも荷物も全部無事だ!」

「えっ、修理したの誰?」

「この青年らしい。」

「若いのにすげぇ!」


 町の噂好きたちが一瞬で情報を広め始めていた。


「なんか……目立ってません……?」


「まぁ、辺境の町だからな噂はすぐに広まるさ……。でも、悪い噂じゃない。むしろ歓迎されてるぞ!」


「わ、わぁ……!」


 ハルは照れくさそうに笑った。

 だが、その笑顔がまた、周囲の人々の印象をさらに良くしていく。


ゴドンの荷馬車が町の中心を抜けていく間、ハルは周囲の視線と噂が少しずつ集まってくるのを感じていた。

 もちろん、怖さはまったくない。

 むしろ、ちょっとくすぐったい。


「さて、ハルさん。まずは宿だ! 今日の食事は俺に任せろ。あんたには何を奢っても足りんくらいだ!」


「わ、そこまで気を使わないでくださいよ!」


「気を使わせてくれ! 恩返しなんだ!」


 強引なゴドンに、ハルは苦笑しながらついていく。

 彼らが歩いていると――通りの反対側で、果物を売っていたおばちゃんが声を上げた。


「あれ? ゴドンさんじゃないの! 帰ってきたんだねぇ!」


「おぉ、ミーナさん! ええ、まぁいろいろあったんですが……」


「いろいろ?」


「全部、この青年のおかげで無事なんですよ!」


 ミーナと呼ばれたおばちゃんは、ハルに視線を向けてきた。

 優しげで、しかし好奇心に満ちた目だ。


「まぁ! こんな若い旅人さんが! 助けてくれたんだって?」


「あ、はい。ちょっと魔物が出たので、棒で……」


「棒!?」


「はい、棒ですね!」


「棒で魔物を倒せる? すごいじゃないの! これ、サービスね!」


 ミーナは袋に詰めた赤い果物をハルに手渡した。


「えっ、いいんですか!?」


「いいのいいの! あんた、なんだか良い気を持ってるねぇ。最近の旅人さんはピリピリしてる人が多いから、あんたみたいなのが来ると嬉しいよ」


「ありがとうございます!」


 ハルが嬉しそうに頭を下げると、ミーナは満足気に手を振った。


「また寄っておくれよ!」


 町の人々と触れ合うたびに、ハルは笑みを深めていった。

 異世界だの、人種だの、文化の違いだの。

 大きな壁があっても不思議ではないのに――この町の人たちは温かく、そして自然体で受け入れてくれた。


 そんな暖かさに、ハルの胸がぽかぽかと温まっていく。


「こりゃあ……いい場所だなぁ……」


「ははは! だろう? この町は小さいが、人の優しさだけはどこにも負けん!」


 ゴドンの誇らしげな声に、ハルも思わず頷く。


 やがて、二人は町の中心部にある宿屋へと辿り着いた。

 木造で温かみがあり、入口には花が飾られ、暖炉の匂いが中まで漂ってくる。


「お、ゴドンさんじゃないか! 戻ってきたのか!」


 宿屋の主人が声を上げると、ゴドンは胸を張って答えた。


「おうよ! それと、今日はこの青年に一番いい部屋と食事を頼む!」


「はいはい……って、おいおい、また何かやらかしたのか?」


「いい意味でな!」


 ゴドンが笑ってハルの肩を叩く。

 ハルは「痛っ……」と思ったが、すぐに笑い返した。


「じゃあ、泊まらせてもらいます!」


「もちろんだ! 歓迎するよ!」


 宿の主人が鍵を手渡してくれた。


 部屋に入ると、予想を上回る清潔さだった。

 ベッドはふかふかで、窓からは町を見渡せる。

 異世界の宿泊施設といえど、設備は驚くほど整っている。


「うわぁ……」


 ハルは素直に感動してベッドに倒れた。

 柔らかな布団に包まれ、異世界での初めての安堵が全身に広がっていく。


 ――が、次の瞬間。


「……あれ?」


 天井を見つめながら、ハルはふと、今日の出来事を思い返していた。


 刺されて死んだこと。

 神様と会ったこと。

 転生したこと。

 魔物を倒したこと。

 町に歓迎されたこと。


 本来なら不安になってもおかしくないのに、心は不思議なほど軽い。


「……まぁ……なんとかなるだろ」


 天井の木枠を見ながら、ハルは笑った。


 ――これは、彼が異世界で最初に口にした“お気楽な独り言”だった。


 その後、宿屋の食堂でゴドンと一緒に温かいスープと焼きたてのパンを食べ、ハルは満腹になって部屋へ戻った。

 あっという間に布団へ潜り込む。


 心地よい眠気が襲い、目が閉じていく。


「……明日も誰か……困ってたら助けよう……」


 それは、ハルにとってごく自然な願いだった。

 強制でも義務でもない。ただ、“そうしたい”からこそ湧き上がる気持ち。


 こうして――


 風間ハルの異世界“お気楽道中”は静かに幕を開けたのだった。

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