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今書いている作品が何故か暗い方へ行ってしまうので、とても明るい作品を書いてみました。
ちょっとおバカな感じなった気もしますが、絶対に暗い雰囲気を出さないと心に誓い書きます
多分……きっと……おそらく…
週1~2話の不定期更新になると思います
朝の通勤ラッシュに揉まれながらも、風間ハルは相変わらずのんびりとした表情で駅のホームに立っていた。
︎周囲の人々が焦るように歩き、スマホを確認し、空いている席を奪い合うように必死な中で、彼だけがぽつんと島のように浮いている。
ハルは両手をポケットに入れ、ぼんやりと電車の到着を待っていたが、ふと周囲を見て「あ、これ拾わなきゃ」と屈んだ。
落ちていたのは、小銭と古びた布の財布。
持ち主らしき老人が少し先で、肩を落としてキョロキョロしている。
「すみませーん、お財布! これじゃないですか?」
ハルが軽く走って差し出すと、老人は驚いて、そして安堵したように口元を緩ませた。
「あぁ、ありがとう」
「大丈夫ですよ! 誰でもありますって!」
老人の肩を優しく叩き、明るく笑う。
その間に、ホームに電車が滑り込んできた。
しかし、老人はまだ礼を言いたいようで、立ち止まって感謝を述べている。
そして――電車のドアが閉まり、ゆっくりと発車していった。
「あ、逃した。」
ハルは一拍置いてから、ぽりぽりと頬を掻いた。
老人は申し訳なさそうに眉を下げたが、ハルはまったく気にした様子もなく、
「いえいえ! 次のに乗りますから! 今日も天気良いし、歩けば健康になりますからね」
と、テンション高めに笑って見せるのだった。
周囲のサラリーマンたちは、困惑が混じったような目でハルを見る。
しかしハル本人は、その視線すら気づいているのかいないのか、口笛まで吹いていた。
その後、職場に着いたハルは、同僚から開口一番こう言われた。
「また電車逃したのか!? お前、毎月何回やらかしてんだよ!」
「まぁ、今月は三回目かな?」
「はぁ…またいつもの人助けだろ?」
「そうそう! ほら、困ってる人がいたら助けないとね!」
同僚は額を押さえながら、「お前はお人好しすぎる」とため息を漏らしたが、ハルは特に意識することなく書類を整理し始めた。
彼にとって“善意”は努力ではなく呼吸のようなもの。助けたいから助けるではなく、助けるのが当たり前、ただそれだけだ。
そんなある日の帰り道。
若い女性が不安げに周囲を見回し、ときどき振り返っては足早に歩く姿が目に入った。
見覚えのない男が彼女の後ろを一定距離ついてくる。
歩幅や視線の不自然さから、ハルはすぐに「これはヤバいやつだ」と理解した。
ハルは女性に軽く声をかけた。
「大丈夫ですか? ちょっと、不安そうだったので」
女性は目を丸くして、しかしすぐに安心したように頷いた。
「……あの、人が……ついてきてて……」
「あぁ、あの人ですね」
ハルは逆にニコニコしながら、後方の男に近づいて行った。
「すみませーん! ついてきてる理由、聞いてもいいですか?」
明るく声をかけるものだから、男も一瞬固まった。
しかし怒鳴り返して逃げようとしたところを、ハルが軽く腕を押さえて動きを止めた。
大事にはならず、女性が通報した警察が駆けつけて事態は解決した。
女性は涙ぐみ、何度もお礼を言ってきた。
「助けていただいて……ありがとうございます……でもどうして?」
「いやぁ、困ってる人を助けるのは当たり前ですから!」
ハルは屈託なく笑った。
――だが、これが後になって悲劇を生む。
数日後。
ハルが夜道を歩いていると、背後に足音が近づいた。
「……お前のせいで……全部終わったんだよ……!」
あの日の男だった。
逆恨みをしていたのだ。
「おいおい、ちょっと待って……」
言い切る前に、刃物がハルの腹部に深く刺さっていた。
身体がぐらりと揺れ、視界が歪む。
「……まいったなぁ……これはさすがに……」
倒れながらも、驚くより先に困ったような笑みを浮かべる。
それがハルらしかった。
男は逃げ去り、街の騒がしさが遠くなっていく。
ハルの意識はゆっくりと暗闇へ沈んだ――。
そして次に目を開けたとき。
白一色の空間に立っていた。
「あれ? 夢かな? ここどこ?」
周囲には何もなく、ただ柔らかい光に包まれている。
「やっと来たねぇ。いやぁ、君みたいな子を迎えるのは久々だよ」
声の方向を見ると、奇妙な服装の男が立っていた。
商人風、でもどこか偉そうで、そして胡散臭い。
「えーっと……あなたは?」
「神様だよ」
「神様!? うわ、本物!?」
「そんなに驚かれると逆に照れるなぁ」
神様は軽いノリで肩をすくめた。
そしてハルに、こんな言葉を告げた。
「君ね、善行ポイントが溜まりに溜まって、もうパンパンなの。ちょっと普通じゃないくらいに」
「へぇ~、天国ってポイント制なんだ」
「んー普通なら天国だけどね、君はポイントが高いからご褒美。記憶を引き継いだ状態、そして次の世界で“現地人よりちょっと強いくらいの力”をあげようと思ってね」
「ご褒美…転生とちょっと強い力……?」
「そう、そこが大事。チートとかじゃない。あくまで“ちょっと”。それと転生じゃなくて転移になるよ」
「なるほど!ちょっとって可愛いですよね!」
神様は吹き出した。
「ほんと、君はブレないねぇ……」
そして、神様は指を鳴らした。
「じゃ、次の世界で楽しんでおいで。あっちは自然豊かで美味いものも多いから!」
「うわ、それ最高! じゃ、いってきまーす!」
「もっと名残惜しそうにしなさいよ!」
神様のツッコミが響く中、ハルの身体は光に包まれ――。
次の瞬間、草原の風が頬を撫でた。
頬を撫でる風があまりにも心地よかった。
まるで冷房の効いた部屋から外に出たときのひんやりした空気のようで、ハルは思わず目を細めた。
「……ここが、異世界?」
ゆっくりと上体を起こす。
一面に広がるのは、見渡す限りの緩やかな丘と草原。その緑の海を揺らすように風が通り抜け、さらさらと美しい音を奏でていた。
空は日本よりずっと澄んでいて、見たこともないくらい深い青色をしていた。雲は丸くふわふわしていて、まるで絵本の空のようだ。
「すげぇぇ……!」
ハルは子供のように感嘆し、思わず腕を伸ばして大きく伸びをした。
その動きひとつで気づく――身体が軽い。
軽いというか、なんというか……バネのように反応がいい。
試しに軽くジャンプしてみると、意図せず自分史上最高記録を更新する高さで飛んでしまった。
「わっ、高っ!? ――うおおおお!?」
着地でよろけながらも、なんとか倒れずに済んだ。
けれどその動きも、どこかしなやかで、怪我をする気配がまるでない。
「あっ、これ……神様の“ちょっと強い”か!」
ようやく実感が湧き、ハルはにやりと笑った。
「たしかに普通の人よりは強いって感じする!」
拳を軽く握ったり、腕を回したり。
動けば動くほど「うわ、なんかいい!」とテンションが上がる。
しばらくはしゃいでいたが、やがてハルはふと気づいた。
「……で、ここどこ?」
困ったときは誰かに聞けばいい。
しかし、辺りには人影がない。
とはいえ、困るどころかワクワクしていた。
「とりあえず歩こっか!」
歩き出したその時――。
遠くから、ひときわ大きな声が聞こえてきた。
「だ、誰かぁぁぁぁ!! 助けてくれぇぇぇ!!!」
ハルは反射的に駆け出した。
走った瞬間、軽さが一段と増し、まるで地面との摩擦が消えたような爽快感があった。
「お、おお……速っ……!」
己の速度に驚きつつも、助けを求める声がある方へ一直線に向かっていく。
数十秒もしないうちに、声の主が見えてきた。
中年の商人風の男が、荷馬車の横でへたり込みながら叫んでいた。
馬車は片方の車輪が壊れ、馬は怯えて足踏みしている。
そしてそのすぐそばには、牙をむき出しにした小型の獣――魔物らしき存在が唸っている。
「うわ、ガチの魔物だ!」
ハルは叫びながらも、なぜか全然怖くなかった。
見た目は犬が一回り大きくなった程度で、動きもとても俊敏とは言い難い。
「お、お前! 逃げ……っ!」
「大丈夫です!」
ハルは地面に落ちていたそこそこの長さの木の棒を拾い、魔物へと構えた。
しかし構えたと言っても、足を開いたり、剣士のようにポーズを取ったりしたわけではない。
ただ、ラジオ体操の延長のような、適当な“気合入れ直し”のフォームだ。
それでも、魔物が飛びかかってくる瞬間、ハルは自然に体を捻り、棒の先端を魔物の肩口に軽く押し当てた。
「ほいっ!」
――その“軽い一撃”で魔物は派手に吹っ飛んだ。
「えっ……?」
自分でも予想外の結果にハルが逆に固まる。
商人は目を剥き、口をパクパクさせている。
魔物は少し離れた草の上に転がり、そのまま立ち上がらず気絶してしまったらしい。
「す、すごい……あんた、名のある冒険者か!?」
「えっ、ちが……ただの反射で……」
「反射で魔物吹っ飛ばすやつがいるかぁぁぁ!!」
商人の叫びは、ある意味もっともだった。
だが本人にはそんな実感はなく、むしろ棒の存在感に驚いていた。
「え、棒。すご……?」
ハルの感想はズレていた。
魔物が倒れ、ひとまずの危機は去った。
すると次は荷馬車の車輪だ。
「車輪も壊れちゃってるね。これどうしたの?」
「さっきの魔物が暴れて壊したんだ。馬も暴れて……もうどうにもならん……」
「なるほど!」
ハルはしゃがみ込み、車輪を観察し始めた。
車輪の軸が折れていた。
普通なら修理屋を呼ばないと到底直らない損傷だ。
「……ま、いけるか。」
「いけるの!?」
商人の驚きは無視して、ハルは車輪を片手で持ち上げた。
ぐいっ。
「ひょおおおおお!? 一人で!?」
「うわ、軽っ! これ軽すぎじゃない?」
明らかに軽くはない重量物を、ハルは片手で扱っている。
神様の“ちょっと強い”の恩恵は、確実に働いていた。
ハルは部品をはめ直し、軸を調整し、木片を削って即席の補強材を作る。
仕上げに荷馬車全体をぐっと持ち上げ、地面のくぼみに合うよう微調整までしてしまった。
「……はい、できた!」
「できた!? え、できたの!? ほんとに!?」
「うん! まぁ応急処置だけど、町までは全然いけるよ!」
商人はしばらく呆然としていたが、やがてハルの手をがっしり握った。
「恩人だぁぁぁぁぁ!! 本当にありがとう!! 命の恩人だし、馬車の恩人だし、商品も助かったし!!」
「いやいや、助けてほしいなら助けるよ!」
ハルの笑顔は朗らかで、あまりにも自然だった。
商人は、感激の涙を袖で拭いながら言う。
「と、とにかく町まで送らせてくれ! 宿も飯も出す! なぁ頼む、ウチの護衛になってくれないか!?」
「護衛はちょっと……旅したいから!」
「そ、そうか! ならせめて町まで……!」
「うん、お邪魔しまーす!」
ハルは軽い気持ちで荷馬車に乗り込んだ。
こうして彼の異世界での“最初の人助け”は、あっという間に成功し――
そしてこれが、彼の名を広める最初の一歩となるのだった。
神様の【ちょっと強い】は戦闘力以外も含みます




