9 紫陽花〈ハイド〉
―リロルの家 キッチン―
何年前だろうか、私が幸せに過ごせたのは。
「アハハハハハッ」
変かもしれないけど、高らかに響く笑い声。
「今日ね〜学校でこんな事があったんだよ!すごいでしょ!」
弾む会話、そこにはいつも大切な人が。
「美味しいね!」
何の変哲もない食料を、笑顔で仲睦まじく貪り尽くす。
「行くよ〜それッ!」
自由な私が、動いて、走り回って、沢山の愛を見続けて。
「み、みんな⋯?」
それでもまだ、犠牲は増え続けていた。
「大切な人がいなくなること、俺達はまだ知らねぇんだ」
出来る格差、増える差別。
「オラッ!オラオラオラッ!」
「いっ、痛いよぉ⋯」
殴られ蹴られの繰り返し。
「うぅっ、」
家族がいなくなった家で何を思ったか、引きこもり始めた。
「しんどい、もう⋯なにもかもなくなればいいのに⋯」
ノリで置いた爆弾は、今やトラブルメーカーに。
「私が⋯」「俺が⋯」「俺達がいる」「頑張れ兄弟」
皆頑張ってるのに、自分だけ何も守れてない。
颯太、水仙、おじちゃんたち。
「責任なんて背負わなくて良い」
そういう風に家族に言われた。
「お前は何もしなくて良い。」
そういう風に家族に言われた。
押し付けられながら、一人の苦痛に耐えながら。
「私が守る」「俺が守る」
みんなそう言って散ってゆく、私だけ一人きり。
馬鹿みたいだとは思いつつも、いつも私は誰かの助けを待っていた。
実際馬鹿な話だ。
自分ひとりじゃ何も出来ない。
何も守れない。
なにがしたいかもわからない。
自問自答、罵詈雑言、有象無象と重ねた自分に対する暴言。
『死んでしまえ』とか『消えてしまえ』とか、言いたくないのに口ずさむ。
その度、自分が嫌になって消えたくなる。
ちょっとずつ、自分が崩れていく。
苦痛がちょっとずつ、増えていく。
笑顔がどんどん、なくなっていく。
だからこそ、あの人に惚れた。
あの人の魅力に気づいて、離れてほしくないって思った。
でも、あの人は気になる女の人がいる。
水仙という名前の女の人だ。
正直あの人は、私は好きじゃない。
だって、私の好きな人を奪っていくんだもん。
関係は薄い、付き合いも解れた糸のように短い。
けど、私が好きになったのは確か。
虜になったのは確か。
でも守れていない、水仙のように。
あの人のために動けていない。
あの人だけのために動けていない。
私は無力、とても無力。
名前もやっぱり、へんてこだ。
親につけてもらった名前とはいえ、『利炉硫』は漢字。
そして意味がわからない言葉の当て字。
呼びにくいだろうに、なんでみんなリロルと呼んでくれる?
あぁ、どこまでも分からない。
わからないからこそ、ちょっとずつ嫌いになる。
颯太は好きだけど、何故相手側からも好きになってくれるのか。
意味不明なんだ。
―■■■の家 中心核―
「僕が開ける、全責任は僕にある。」
「無理しないでよ!?」
「わかってるって!」
いつも通り、中心に掌を翳し、力を引き出す。」
「っ⋯!はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」
「本当に、大丈夫なの⋯?」
「大丈夫っていってんでしょうが!僕のことは気にしなくて良い、水仙はただそこで見ているだけでいい!巻き込みたくないんだ、こんなことまで!」
「そんなの、私がダメよ。約束、忘れたとは言わせないわ。」
「くっ、我儘娘だな⋯」
「なにか文句でも?」
「ないに決まってるだろっ!」
水仙は僕のことを抱くが如く、後ろに回って両手を中央に翳した。
無理はさせたくなかったんだが、協力は大事だろう。
「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」」
「やめてっ!!今すぐやめて!!」
「やめない、やめるものか⋯!君の為だリロルちゃん!」
「えぇ、最初は私も渋ってたけど、関わってみてやっとわかったわ。リロルも、私達の仲間として、必要な存在だってッ⋯!」
「そ、そこまでやる意味が⋯私には⋯!」
「いずれわかるさ、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
私は目の前で、二人が散る姿を見なきゃいけないの⋯?
そんなの嫌だ。
でも、今の私には、なにか出来るような力がない。
自分でできるような力がない、力が欲しい。
皆を守れるくらいの力が欲しい。
「もう僕が渡したよ。守れるくらいの力!」
「え?いつ⋯?あ!あの時!?」
「そう、わかってるんじゃん。僕は何も言わないけど、自分で見抜ける力があるんだから、誰かを守る力を発揮するなら今だよ。」
そうだ、今⋯
助けてほしいって言われてなくても、自分で頑張らなきゃ。
人は守れないし救えない⋯!
中央に掌を翳して、魔力を流し込んで、精一杯叫ぶ。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
お父さん、お母さん。
今初めて、守りたい人ができました。
関係は浅い、さっき会ったばっかり。
だけど、一瞬で虜になった、そんな人達が。
一日も経たずに、出来ましたよ。
押し付けられてばっかで、すぐ自由がなくなる泣き虫な女に。
芽が出始めました。
「ありがとうな、利炉硫ちゃん。いや、紫陽花ちゃんって呼べばいいかな。」
ハイド、ちゃん⋯!いい響きでいい名前⋯!!
名前の意味はわからないけど、可愛らしくて私は大好き。
そして、扉はすぐ開かれた。
これからどうなるかはわからないけど、いい展開になれるようなそんな予感がする。
その始まりの光景が、紅い紅い光景が目の前に現れた。
「私は私、醜い血の結晶」
醜い血の結晶?なにが⋯?
自分が言っているような感覚が、私を襲う。
二人には聞こえていないみたい。
どうして⋯?私の分身でもいると?
「騙されるなよ。これは悪の因子ってやつで、人を騙す自分の分身となり得る存在だ。あわよくば自分の命まで奪うという御都合主義な物体だ。」
御都合主義、そうだ。
悪は絶対的正義だと言えない、悪は悪の面がある。
百面相みたいな存在、そんなのを信じる必要なんて何処にもない。
私は私、人の命のために光り輝く希望の結晶。
こんな物に、騙されないッ!
「どうして?私は私、貴方の味方なのに。」
「私の秩序を乱すものは、私の味方じゃない。私今、大人になったの。だから秩序とか概念とか自分の名前とか意味とか全部わかるもん。わからないわけない、だって⋯本当にわからなかったら颯太と水仙、おじちゃん二人に聞けるんだもの。」
「どうして⋯?信じてるのに⋯」
「信じてる信じてないの話じゃない、元から興味ないの。難しいことまだわかってないから。」
「そんな、私⋯難しいの⋯?」
「うん、難しい。理解するほど辛くなる。貴方がいるから私が辛いの。」
「酷い、酷いわ。私はこんなにも貴方を心配し尊敬し溺愛しているのに⋯」
「私が最も愛しているのは颯太唯一人。我儘かもしれないけど、何も言えない昔とは違うんだからっ!」
「颯太⋯?そっか、颯太っていうんだ。私から貴方を奪った人⋯愛を奪った主、愛の主。」
「え⋯?どうしてそうなるの⋯?私は貴方を止めたくて!」
「止めないで。私の最後の我儘くらい聞いてくれるでしょ?」
「そ、そんな⋯颯太に因子を触れさせたらきっと颯太は、颯太は⋯!颯太は!」
「⋯遅い。」
「ぐはぁッ⋯!?」
「そ、颯太!?」
黒に赤を混ぜた長い髪が靡いて、一人の分身にトゲが刺さり、血の水が絵の具の如く飛び散る。
分身は瞳孔を奥の奥まで開いて、死んだ魚のように口を開いていた。
酷いとは思ったけど、これが悪の末路。
仕方のないことだと、割り切るしかない。
この世は残酷なんだ。
「今や僕は無敵の人だ、邪魔な要素も存在もスキルもない。何かを庇って背負い続けている悪の因子とは違う!槍でも剣でも銃でも盾でもなんでもなれる!夢持つスキルが有る限り!」
「くっ、貴方は⋯私より強い。それは認めますよ⋯それでも私は、貴方と本体が似合う組だと、正式に認めたわけではありませんからね⋯」
「知ってる。僕をどうせ認めないことぐらいわかる、でも⋯決してお前を死なすこともしたくない。だから、回復させてやる。はい、受け取ってくれ。」
「これが、回復薬⋯?どう見ても料理のようにしか見えませんが⋯」
「どんな悪人にも、飯は必要。僕はわかってるんだ。急に出てきてびっくりしたのは僕も後ろの二人も思ったけど、やっぱり分身にも生きていて欲しい。それで、いざという時は、ハイドを守ってやって欲しい。」
「⋯もう、それじゃあさっきの言葉を撤廃してほしいと、言っているようなものじゃないですか⋯!わかりました。守ってあげます。それと、この回復薬⋯コホン!料理も、美味しく頂きますね。」
「あぁ、味わって食べててくれ。僕が付いてるから。あの老人の処理は二人で宜しく。」
「了解!」「頼まれた〜」
よし、行ったな。
これで僕の今の使命は終わったも同然だ。
あの老害は懲りないから、あいつらが叱りつけてくれさえすれば俺はそれでいい。
反省してくれればそれでいい。
見捨てるというのはほんの冗談、どんな奴でもある程度は保護できるようにはする。
それが僕なりの優しさだ。
―外 森―
「よし、今の内に⋯って、あれ?うご、けない⋯せ、接着剤!?嘘だろ⋯?私にはほぼ効かないはずでは⋯?」
「強力接着剤だ、罪ぐらいは償ってもらうぜ⋯老害野郎!」
「お、お前らまでその呼び方をするな!斬るぞ!!」
「斬れねぇくせに笑 何を斬るんだ?自分の髪をか?笑」
「「アーッハッハッハッハ!!」」
「玄人の分際で⋯!」
「は〜いそこの老害さん、逃げようとした罪、殺人未遂の容疑で叱っちゃいま〜す!」
「なっ⋯女まで⋯!」
「感謝しなさい!私は今、老害である貴方の罪を断罪するためにここにいるんだからねっ!」
「断罪はもう結構じゃぞ⋯」
「「なんか言った?」」
「い、いい言ってない!言ってないぞ!!」
「ハハハッ、いつの間にか仲良しだなぁ二人共!」
「そうだな、兄弟!」
「ち、違うもん!」「ち、違うわ!」
「息ぴったりじゃねぇか!こいつぁ良いもん見たってもんだぜ〜!」
「そうだな兄弟!」
「よし、後でこの二人も叱ろう」
「そうだね~叱ろう!」
「「流石にやめてくれよ〜お嬢ちゃんたち〜!!」」
―ハイドの家 中心核―
「楽しそうにやっててよかった。」
「本当にそうですね、仲睦まじそうで。微笑ましいです。」
「今の二人だけの空間のほうが、仲睦まじくてよくない?笑」
「も〜からかわないでくださいよ〜!外では『ハイドちゃんの脅威』とかいってたくせに(怒)」
「そ、それは別だよ!過去は過去、今は今!」
「誤魔化しがお上手で、とても可愛らしいですね!」
「あらま、皮肉がお上手だこと。でも、そういうところも大人っぽい気がするな。」
「お褒めに頂いて光栄です〜!なんちゃって!」
「それ、君が言う〜?」
「それもそうですね!」
「いや認めちゃうんかい!」
「「アハハハハハ!!」」
「ちょ〜い!そろそろ戻ってきても良いんじゃないかな〜二人共〜!」
「ぼ、ぼべばびばぶべべ〜」
「うるさい老害!」
「おっと、そうか。んじゃあ戻るとしますか。」
「そうですね!」
―外 森―
「いやぁ、それにしても⋯因子も外出れてよかったね!」
「貴方のおかげですよ!あの料理、真心だけじゃなくて、ちょっとした呪いの解除薬も入ってたんですから。」
「そこに気付けるのすごいね〜!流石正義の因子!」
「それ程でも〜!」
「おい、颯太。二人がお怒りのようだぞ。構ってやんな!」
「わ、忘れてた⋯は〜い!今行く〜!」
こうして、まだ終わってないハイドの長旅の一幕が、終わりを迎えた。
次は十話目!色々後始末をつけに行きます!
「待っててね!キボウノアシタさん!」




