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1 出会い

この作品では―○ ○○○―といった、場所を表すものがいくつかあります。

最初の○は全体的な場所。(建物だったり国だったり)次の○は具体的な場所。(エリアや国にあるちょっとした建物など)

 車の音が、腐った蜜柑(みかん)のような状態の僕を襲う。

 大勢の人の声が、捨てられた野良狼のような僕を襲う。

 夜の暗闇が、僕を紛らわす。

 そして精神の疲労でふらつきながらも、築100年ぐらいありそうなボロアパートの一部屋に戻る。

 僕はいつも、そんな生活をしていた。


 ―この時までは。



 僕の名前は水宮颯太(みずみやそうた)

 もうすぐ三十歳になる社会のはみ出し者だ。

 近所の給料が安いコンビニで仕事をしていたのだが、

 俗に言うパワハラ上司に理不尽にキレられ、クビにされたばっかり。

 治安が悪くて気味が悪い街で一人暮らししたのが間違いだったか。

 

 というのも、物心付く頃にはもう既に母親が死んでいて、

 病気で死んだか何で死んだかは思い出せないけど、誰も居ない病室で母親の最後を見届けたっきりだ。

 そのせいか、僕とお父さんと弟三人で暮らすことになった。

 学校ではお母さんがいないことを良いことに、散々言われ散々いじめられた。

 僕は何も言い返せなくて、そのせいでいじめはどんどん悪化する。

 最上階まで目隠しで連れてこられ、落とされそうになったことだってある。

 先生は見て見ぬふりをし、お父さんは癇癪を起こして一日程家を留守にし、弟は死ぬほど僕を慰めた。


 僕は、悪いことを判断することが出来なかったのだ。

 だから、何も言えなかった。

 強がってたわけじゃない。

 怯えてたわけじゃない。

 怖がってたわけじゃない。

 ただ、わからなかっただけなんだ。


 その後は中学はギリ行けたものの、高校は公立すら行けず、自分に合った仕事が見つからず、金もほぼなかった。

 とりあえず一人暮らしはしようと近くの街をほっつき歩き、家賃の安いボロアパートに住むことにした。

 そして、近くのコンビニで長く苦しい仕事をこなした。

 さっき、クビになったけど。

 


 家に帰り、僕は考えた。

 その後のことを。

 良い仕事に就きたいけれど、就職できるような金はもう持ってない。

 いい仕事に就けたとしても、どっかでミスってまた振り出しに戻るだけだ。

 それに、前までの仕事は家から近かったから良かったものの、

 都会の仕事に行くってなったら、多分そこまでは徒歩だ。

 足が棒のようになってほぼ動かない俺が、そんな遠いところに行けるわけがない。

 父も弟もどっかにふらつき歩いて行方不明。

 友達もいないし親戚もいない。

 そして、今頼れるのはスマホと、お気に入りの既に読み腐った漫画二冊だけ。


 真っ暗な空気が満ちた部屋で、僕は悟った。

 人生の終わりが近付いてきたことを―


 「ふぁ〜っ、眠てー⋯」


 人生の悲嘆と共に、吐露する弱音。

 今日寝たら、明日起きられないかもしれない。

 いや、逆にそれが僕にとって一番なのかもしれない。

 良いことなんてほとんどなかったから。

 ここら辺で楽に死ねたほうが、僕にとって一番の本望だ。


 僕にもう一度は来ない。

 漫画や小説のような奇跡的展開も訪れない。

 でも、僕の中の憧れはあった。

 まだ死にたくないと思う気持ちも、心のどっかにある。

 欲を言うなら、転生するか召喚されるかして、異世界に行きたい。

 学生の頃、1000円の札束1,2枚程しか持ってない時に買った、異世界小説のような、

 苦難がありながらも、仲間と共に立ち向うストーリーを、

 自分の力で作り上げたい。


 そんなこと、夢のまた夢だが―


 ―夢 ???―


 気付いたら僕は、睡魔に襲われ、強制的に眠りについていた。

 部屋にいるより暗い黒の空間に、僕は居た。

 そしてその空間は、夢の空間のはずなのに感覚がしっかりとしている。

 暗い、怖い、寒気がする、気持ち悪いなど、

 感じられる感覚は、今まで夢で感じたことのないものだ。

 まるで正夢を実体験しているかのよう。

 他の人でも、夢でこんな空間に迷い込んだ経験なんてないだろう。

 一万人にインタビューしても、満場一致で「感じたことがない」と答えるだろう。


 そんな状況に怯えながらも、僕は小さい恐竜のように、ゆっくりノソノソと歩いた。


 「⋯だ、誰か、居ませんか⋯?」


 誰もいるはずのない暗闇に、やけにビブラートの効いた、情けない声が響く。

 化け物が襲ってくるのか、誰かに諭されるのか、そんな事を考えているうちに頭がほぼ真っ白になった。


 怖い⋯怖い⋯とにかく怖い⋯⋯

 足の底から震えを感じ、今すぐにでも目を開けたいところだが、

 僕は睡眠を重んじるタチなんだ。

 絶対に目は開けない、いや⋯開けるものか!


 そんなくだらない意地を心のなかに持ってはいるも、震えのせいで信憑性がほぼ皆無だ。

 とにかく、何も起こらないことを信じて引き続き歩く。



 この空間に入って数十分、体に異変が起きた。

 力が漲り、体が何かで圧迫されるような感覚がじわじわとしてくる。

 それと共に、微かに人の声がする。


 「⋯に、来て―早く、来て―」


 どうやら声の主は、僕を呼んでいるみたいだ。

 しかも、声の感じからして、女性っぽい⋯?

 僕はその声の主に従い、また暫く歩いた。

 

 すると数十メートルぐらい先に、色彩豊かに輝く謎の扉が現れた。


 「初めまして。」


 それと同時に、声の主である女性に出会った。

 幼い頃、母親が髪型のことについて話をしてくれたことがあった。

 その話とこの女性の髪型のことを重ね合わせると、恐らく髪型はミディアムヘアだ。

 幼い頃はそんなに気にしてなかったが、まさかこに来て役に立つとは⋯

 昔の話は覚えておくもんだなと、改めて感じた。


 髪の色は黄色で、瞳の色も少し特殊。

 現実世界ではあまり見ない、青色だ。

 心の奥まで透き通っているのがよく感じられる優しい表情と、中学三年生の平均身長よりかは高いと思われる背丈がなんだか愛らしい。(自分はそれより高めである)

 服装も現実世界では見ない、白を基調としたデザインだ。

 もしかしてこの人、神の使いかなんですか⋯?

 もしくは、耳の形を鑑みて、異世界人⋯?


 「は、初めまして⋯!」


 つい彼女の容姿に見とれすぎて、「初めまして」という基本の挨拶を返すのが遅れた。

 でも彼女は、顔色一つ変えずに僕の前に居る。

 これほど暖かい存在は家族以外に見たことがない。


 「早速ですが、貴方の名前をお聞かせください。」


 淀みのない優しい声に、僕は少し動揺した。


 「あっ、えーと⋯僕の名前は―水宮颯太です!!」


 「みずみやそうたさん、いい名前ですね。」


 は、初めてお母さん以外の人に褒められた⋯

 嬉しい、嬉しすぎて嬉しい以外の言葉が出てこない(泣)


 というか、彼女は容姿から推測するに異世界人で、彼女から見た僕も異世界人⋯

 僕のことなんて知らないはずなのに、名前を言うと意味をわかったかのような返答をした。

 も、もしかしてこの人⋯異世界人兼神の使い又は神か!?


 「では、私の方からも自己紹介を⋯私の名前は『番人』。文字通り、この扉の番人。いわば守護者です。」


 番人!?守護者!?き、聞き慣れない単語が勢揃いだ⋯

 名前が番人なんて人、現実世界でいなかったぞ⋯?

 しかも堅苦しい⋯彼女はその名前で満足しているのだろうか?


 「どうしました?私を見つめて⋯」


 「⋯少し、気になることがありまして。」


 「⋯?」


 「貴方は、『番人』という名前で満足していますか?」


 僕は思い切って聞いた。

 本当にその名前で良いのかということを。


 「⋯満足しています。」


 少し、間があった。

 これは、嘘をついている。


 「⋯本当ですか?」


 「ほ、本当ですっ!!」


 顔つきが変わった。

 焦燥感に苛まれているのが、人目でわかる。

 僕は生まれつき、そういう系の観察眼に優れていた。


 「⋯このまま隠していてもキリがありませんよね、満足していません。番人とはいえ、ちゃんとした名前は欲しいのです。異世界人や限界の人々は素晴らしい名前をお持ちですから。羨ましいと思う気持ちはあります。」


 この言葉に嘘はない、本当のことだ。

 その時、自分と彼女のことを重ね合わせた。

 この人は上からの物言いで逆らえず、自由になれてない。

 どんなことをされているかわからない。

 だから、こんな場所に留まらせておいてはいけない。

 でも、今の自分には少し、自身がなかった。

 よく考えてみれば変だ。

 さっきまで僕は、死にたくなるほど病んでいた。

 街の風景が霞んで見えて、死んで異世界転生したくなるほど病んでいた。

 そんな僕が彼女を異世界に連れて行くなんて、情緒不安定気味な人間しかあり得ない。

 薬中だと疑われるかもしれない。

 だが、幼い頃お母さんは、『そんな時こそ前を向け』と言ってくれた。

 『誰かを助けるためには、自分を変えないと意味がない』と、言って寄り添ってくれた。

 そして、その言葉を聞いて僕は確信した。

 決心もした。その覚悟は、決して弱いものじゃない。

 僕は彼女の話を聞いて、経験を聞いて、『決してこれは他人事じゃない』と深く感じた。

 ろくな食事もさせてもらえず、ろくな名前もつけてもらえず、ろくな態度で接してもらえない。

 神様のやることとしては当たり前のことだ。でも僕達現界の人間にとってはあり得ないことだ。

 人間だろうがなんだろうが関係ない、ダメだ。それはダメな行為なんだ。

 僕は勇気を振り絞り、僕の言いたい言葉を言った。


 「もし、僕で良ければなんですけど⋯名前を付けたいです。」


 彼女にちゃんとした名前をつけたいという、言いたい願い事を。

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