5青年と母親
魔法学校に用事があったカルロは、ついでに資料を借りようと図書室に来ていた。
騒がれるのを避けるため、わざわざ授業中に来たというのに、どこで聞きつけたのか、カルロに一目会いたい生徒たちが図書室に押し寄せてくる。
「カルロさん、お話を聞きたいのですが……この後私と二人きりでお茶でもどうですか?」
「カルロ君は俺と約束をしているからダメだよ」
男も女も関係なしに、カルロと話そうと必死な生徒たち。
だが、カルロはそれらを全て見えてないものとして無視。
誰にも興味を示さず目も合わせずに、カルロは資料を片手にさっさと図書室を出て広い廊下を歩く。
ぞろぞろと後ろをついて行く生徒達は根気よくカルロに話しかけている。だが、それでもカルロは聞く耳を持たず足早に歩く。
「カルロ君」
カルロの祖父であり魔法学校の校長に呼び止められたカルロ。
生徒達は蜘蛛の子を散らすようにその場から離れて行く。
全員が去って行ったのを確認した後、校長は申し訳なさそうにカルロを見た。
「ごめんね。ちょっといいかな?」
「……何か?」
「娘……いや、君の母親を名乗る女性が会いたがっているんだけど、どうする?」
校長がグラウンドを指差す。そこには一人で立っている女。苛立っているためか、女は近くを通り過ぎる生徒達を睨んでいる。
「俺に母親はいません」
じっくりと女を観察した後、カルロは眉一つ動かさず、校長に言った。校長は驚く様子もなく、「そうだね」と頷いた。
「それじゃあ、面会拒否でいいかな?」
「俺が何をしてもいいのなら、会いますよ」
「手荒な真似はしないでくれると嬉しいなぁ、なんて……」
苦笑いを浮かべる校長を他所に、カルロはグラウンドにいる女を一瞥した。
瞬時にグラウンドへと移動したカルロは、女が立っている方へ歩みを進める。
慌ててそれについていく校長は、「殺したりしないでね! 君が不利になるから、体を傷つけるのも絶対ダメだよ!」と娘よりもカルロの心配をする。
それがおかしくてカルロは少しだけ口元を緩めたが、すぐに仏頂面に戻る。
カルロがこちらに歩いて来ていることに気づいた女は、カルロへと駆け足で歩み寄る。
「ああ、カルロ! 会いたかったわ! 賢くて顔もいいだなんて、さすが私の子ね」
捨てたことに対しての謝罪の言葉もなく、女は笑みを浮かべた。
「やっと誇れるわ」と嬉しそうに抱きしめようとした女。だが、カルロが避けたことにより失敗に終わる。
女はすぐさまカルロへと視線を向けるが、カルロと目が合わない。
カルロは女の顔を見ず、吐き捨てるように言った。
「赤の他人が母親面するな」
「何を言っているの? 私が貴方を産んだのよ? あたしと貴方は血が繋がっているのよ?」
「それが、どうした。お前は俺を捨てた。そんな奴がよく言う」
淡々と話すカルロに、女は眉間にしわを寄せた。
「貴方はあの魔女に似てしまったのね……」
かわいそうなカルロ。とでも続けそうな女に、カルロは魔法を使って声を奪った。
どれだけ相手のことを小物と思っていても、魔女のことを悪く言われることは許せなかったからだ。
声を出そうとはくはくと口を開ける女を無視し、カルロの後ろにいた校長へと振り向く。
「忘却の呪文をかけても?」
「うーん……。許可、もらえたら、かなぁ」
「誰に?」
詰め寄るように質問をするカルロに、校長は苦く笑いながらも口をひらく。
「魔法統括部」
「……許可を取るのにどのくらいかかりますか」
「早くて数日。遅くて一年だよ」
それを聞いてカルロは大きくため息を吐いた後、「許可をもらいに行きます」とすぐさまその場から姿を消した。
気配もなく、戻ってくる様子もないので校長は女へと歩み寄る。
そして女にかけられた魔法を解いた後、自身の娘である女に冷めた目で見た。
「カルロ君のことだ。何がなんでも許可をもらって君の記憶を消すだろう」
「なんとかならないの? 大事な一人娘が子を失うかもしれないのよ?」
「孫を捨てた時点で、君はもう娘じゃないよ」
そう言い放った校長は、女と親しく話すこともなく学校敷地内から出て行くよう促す。
カルロもいないため、女は抵抗することもなく親との別れを惜しむこともなく、早々に学校を後にした。
「やれやれ。どこで育て方を間違えたのか……」
一人ため息を吐き、カルロがいるであろう魔法統括部のある方向の空を眺めた。
カルロはこれまで功績をたくさん作っているため、許可が降りない。ということはないだろうが、かなり熟考されるだろう。
一人の人間からカルロの記憶を消すことになるのだから当たり前のことだが。
「校長先生! カルロを知りませんか?」
「ああ、エリンさん。カルロ君は魔法統括部に行ったよ」
「え、なんでですか?」
「それは僕の口からは言えないよ」
「……わかりました。研究室に来るって行ってたのになぁ」
いつのまにか授業は終わり、放課後になっていた。
カルロはエリンと約束をしていたのだろう。残念そうに肩を落とした。
「用事が終わればきっとすぐに行くよ。少し待ってたらどうだい?」
「そうですね。カルロは嘘を吐きませんし」
それでは。とエリンはお辞儀をして、後ろに控えていたワイアットとトレバーに歩きながら説明をした。
「良い友達ですね。カルロ君」
カルロに友達がいることに安堵した校長は、孫の成長を見守る祖父そのものだった。




