3青年の家族
魔法学校の生徒が来てから数日が経った。
アタナシアが二度寝しようかと迷っていると、窓を小鳥が五回、コンコンと叩いた。
森に侵入者が入ってきた合図だ。
魔法で知らせることもできるが、小鳥が自分の仕事だと思っているため、毎度律儀に知らせに来る。そのたびにおやつを与えているので、おやつ目当てなのだろう。アタナシアもそれを察して、いつからか多めに持たせるようになっていた。
また誰か来たのかと億劫に思いながらも、無視を決め込むことのできないアタナシア。
魔法でサクッと準備を整えてから、鏡に侵入者を映し出す。
そこには大きな荷物を抱えた老夫婦。
迷い込んだのか、アタナシアに会いに来たのか――夫婦の会話を聞こうと黙っていると、婦人は「こちらで合っているのかしら?」と小首を傾げた。
老人には優しく。そう教えられていたアタナシアは、すぐさま老夫婦の前に姿を現す。
「迷ったのか?」
言葉を飾らず挨拶もしないアタナシア。だが、老夫婦は気にしておらず柔らかな笑みを浮かべた。
「あらあら、美人さんだねぇ」
「君がカルロの育ての親かい?」
じっと老夫婦に見つめられ、アタナシアは小さく頷いた。
「まぁ、そうだな」
「やっぱり! 喋り方がそっくりねぇ」
「親がこれなら、彼の性格も納得だなぁ」
楽しそうに笑い合う二人のペースに、アタナシアは戸惑いを隠せない。
老人には優しくしろと教えられてはいるが、彼女にとってそれは得意なことではなかった。
むしろアタナシアはすでにこの二人よりも生きている。しかし、子供のような性格のまま育ち、今では何もかもが止まっているため、このマイペース具合は肌に合わないのだ。
「……私に、用か?」
「ああ。君にお礼をしたくて来たのだ」
大きな荷物を見せながら、老夫婦はニコニコと笑う。
「お礼? カルロにではなく私に、か?」
「カルロはね、僕たちの娘の子だ」
「……そうか」
まさかカルロの母ではなく、母の両親がやってくるとは思いもよらなかったアタナシア。
どのような言葉をかけていいかわからず、相槌程度の反応しか返せなかった。
「娘はね、祝い金が欲しいって言ってきたんだよ。孫ができたって」
「……それで?」
「……そしたら、生まれた子を『私の子じゃない』って捨ててしまった」
その時、アタナシアはすぐに理由を悟った。両親に似ていないせいだ――。胸の奥が、ざわつき嫌な感覚に襲われた。
だが、すでにカルロを見ているのだから、似ている似ていないはわかっているはずだ。アタナシアが言う必要もないはず。それなのに、アタナシアは言い淀む。
動揺するアタナシアに、老人は「でも」と言葉を続けた。
「カルロが魔法学校に来てくれたおかげで、娘の子だと判明したんだ」
「身元もわからない子を置けないからね……。だから入学のとき、血を調べたんだよ」
老婆は皺だらけの目尻を押さえながら小さく嗚咽した。
「……あの子は、私たちの孫だったんだねぇ」
「生きていてよかった」と心の底から老夫婦は涙を流した。
「捨てられた子とはいえ、私たちの孫。大きくなった孫を見られて、私たちは嬉しかったの」
だから貴女にお礼。と老婆は上品に笑った。
「わざわさありがとう……。せっかくだ、カルロの送ってくれた写真や動画を見てほしい」
最初のうちは手紙だけだった。しかし、魔法で作られた写真機を購入したからと、景色を送ってきた。街や雑貨、生き物なども頻繁に送ってきた。
だから、今ではたくさんの映像がこの家に残っている。
「あら、いいの? 二人だけの秘密ではなくって?」
「カルロは気にしないはずだ」
老夫婦を家まで連れて、手紙含め、カルロから送られてきたものを見せた。
老夫婦は感極まって大泣きし、アタナシアは泣き止ませるのにかなりの時間を消耗したのだった。
◇
老夫婦を送り、また日が経過した。
いつも通りの朝――とはいかず、アタナシアは冷や汗をかいていた。
「やめろっ! ……夢、か」
アタナシアはハッと目覚め、飛び起きる。冷や汗を拭いながら、ソファで寝落ちしていた自分に気づいた。テーブルに置かれた紅茶は冷え切り、一口飲むと、その苦みに思わず顔をしかめる。
カルロの友人や祖父母に会ったからだろうか。アタナシアは久しぶりに、あの日の夢を見た。それは決して楽しい夢ではない。
過去――アタナシアは魔法学校で、友人と良好な関係を築いていると信じて疑わなかった。しかし、友人である彼女は、常にアタナシアを妬んでいた。
彼女が何日も苦しんで解いた難題を、アタナシアは澄ました顔でさらりと終わらせる。彼女が想いを寄せる男たちは、もれなくアタナシアにばかり興味を持つ。惨めな気持ちになりながらも、彼女はアタナシアのそばに居続けた。
ある日、彼女はアタナシアに打ち明けた。
「あたし、不老不死になりたいの」
「不老不死? 無理だろ。八十年も生きてる校長先生ですら達成してないのに」
「そうね。だから、私は引き継ぎ転生に目をつけたのよ」
「……なるほど。器を大きくしてからってことか」
興味深そうに頷くアタナシアを見て、彼女は初めて勝ったような気がした。
それから彼女は学校を自主退学し、不老不死を目指して引き継ぎ転生を繰り返した。
特定の場所とタイミングで死ぬという、実にシンプルな方法で。
そしてある時、彼女は人気のない場所にアタナシアを呼び出した。
「アタナシア、貴女はまだ、あたしのことを友達だと思ってる?」
「もちろんだ。……どうしたんだ、急に」
「あたしはずっと貴女が憎かった。だから……実験台になってよ!」
彼女はそう叫ぶと、支離滅裂な発言と共に不老不死の呪いをアタナシアにかけた。
呪いは発動したが、彼女は魔力不足でその場で命を落とし、アタナシアは永遠に年を取らない体になってしまったのだった。
アタナシアは深いため息を吐いた。
何度忘却呪文を唱えようとした。だが、彼女のことを忘れたくないアタナシアは、いまだに彼女の影に苦しめられていた。
「……? カルロから?」
ふわりと空から降ってきた手紙。
カルロの手紙のおかげで気が逸れ、アタナシアは無意識に口角を上げたのだった。




