13届かない便り
手紙のやり取りは次第に減っていき、いつからか、アタナシアのもとに手紙が届くことはなくなった。
気づけば、手紙が途絶えてからもう四年が経っていた。
アタナシアはぼんやりと空を眺め、小動物たちと一緒に寝転がる。
小さな動物たちの存在が、幾分かアタナシアの孤独を和らげてくれた。
時折、彼女のそばに寄っては、不思議そうにじっと見つめている。アタナシアが落ち込んでいるのを、察しているのだろうか。
「帰ってこないのなら、帰ってこないと手紙で言ってくれれば良いものを……」
愚痴を零してしまうほどにぱったりと止んだ手紙のやり取り。
カルロの手紙はどう読んでも続きがあるのに、その回答さえ得られない。
この話はやめようとそれを言うだけでよかったのに、それさえもなく。
「引き継ぎ転生……いや不老不死の呪いを失敗したのか?」
不老不死の呪いは正確な詠唱と十分な魔力の器が必要だ。
「カルロは強い子だ。きっとどこかで生きている、よな」
貴重な鱗まで持たせたんだ。そう簡単に死んでもらっては困る。
「見に行くか? いや、そもそも追い出してそれっきりを望んでいただろう? しっかりしろアタナシア」
きっと諦めてどこかで幸せに暮らしているはずだ。
気を紛らわすように、アタナシアは立ち上がると、瞬時に椅子とテーブルを外に出す。
そして、カルロにもらった紅茶を淹れ、静かに一息ついた。
できるだけカルロのことを忘れられるように本を読み、様子を見に来た動物たちと戯れた。
だが、カルロのものが家にある限り、心にわだかまりは残る。アタナシアは消費できるものはさっさと消費してしまおうとカルロから貰った消え物を意図的に選ぶ。
自分好みの茶葉やクッキー、カルロの好きなケーキや飲み物。
追い出したのに、これでは戻らない男に未練があるように見えて、アタナシアは大きくため息を吐いた。
いっそ全て捨ててしまおうかと魔法を唱えようとしたタイミングで、五回窓を叩く音。すかさず鏡を確認する。
「カル、ロじゃないな。アヴィゲイルか……」
落胆している自分に不快感を覚えたが、その込み上げる感情を無視する。
できるだけいつも通り、アヴィゲイルを迎える。
「久しぶりだな。今日はどうしたんだ、アヴィゲイル」
「お久しぶりです、魔女様。カルロ様より荷物を預かっておりますの」
「カルロから?」
綺麗にラッピングされた箱を受け取った。手に収まるほど小さな箱。何が入っているのアタナシアには想像もつかない。
アタナシアが箱の中身を考えていると、アヴィゲイルは言う。
「では、渡しましたからね。中に手紙も入っているそうなので、ちゃんと読んでくださいませ」
「今日はゆっくりしていかないのか?」
「そうしたいのは山々なのですが……わたくし結婚式の準備で忙しいんですの」
隣国の王子と結婚することになったアヴィゲイル。
恋愛結婚とまではいかないが、良好な関係を築いているとアヴィゲイルは照れ臭そうに話した。
少し前までカルロに執着していたのが嘘のようだ。
「それはめでたいな」
「もし、わたくしが招待状をお渡ししたら……来てくださいますか?」
「もちろんだ。流行りのドレスを確認しておこう」
流行りに無頓着なアタナシアだが、友人の結婚式くらいちゃんとしたものを着たい。それが伝わったアヴィゲイルは、嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ。そうしてくださいな。もし間に合えば、カルロ様も連れてきてください。お二人は私にとって目の保養ですので」
「……わかった」
カルロの名前を出した途端、顔を曇らせたアタナシア。
その様子を見て、アヴィゲイルは息を吐いた。
「追い出した本人が悲しい顔をしないでくださいませ。貴女はどんと構えていれば良いのです」
貴女を置いて死ぬわけないでしょう。と当たり前のように言ってのけるアヴィゲイル。
アタナシアでさえ気に病んでいたと言うのに。
「そうするよ。アヴィゲイル、ありがとう。そうだ、これを渡しておこう」
そう言ってアヴィゲイルの手に握らせたのは、魔法石が埋め込まれているブレスレットだった。
カルロに渡したドラゴンの鱗ほどの効力はないが、お守りとしては最適な物だ。
「あ、ありがとうございます! 旦那様からブレスレットをいただいても、これだけは外せませんわね」
大事そうに持つアヴィゲイルを見て、カルロの様子と重なってしまう。
それに気づいたアヴィゲイルは呆れた表情で言う。
「もう、言った側から……。カルロ様が見たらきっとお喜びになるのでしょうね」
「やめろ、あり得そうなのが怖いぞ」
「ふふ。……そろそろ行かなくては。では、今度はわたくしの結婚式で会いましょうね」
「うん。楽しみにしているよ」
――アヴィゲイルが森から抜けたのを確認した後、家へと入り丁寧にラッピングを解き、箱を開ける。
「カルロからの贈り物は……こ、これは」
そこには、ひとつの指輪が入っていた。一見簡素だが、上質な素材を使っていることは、アタナシアにはすぐにわかった。
添えられた手紙には、こう書かれていた。
『婚約指輪だ。それを嵌めて、もう少しだけ待っていてくれ』
「は? 婚約、指輪……?」
何度も目を瞬かせ、その指輪を見つめた。胸が締め付けられる感覚に、アタナシアの脳内は混乱状態。
どの指に嵌めるのが正解なのか?
結婚指輪も買うつもりなのか?
結婚式を挙げつもりだったりするのか?
たくさんの疑問が浮かび上がっては消え浮かび上がっては消えて――
自分が貰ったことのないプレゼントや、経験したことのない感情に思考が追いつかず。アタナシアは頭を押さえてその場で動けなくなったのだった。
「カルロ……帰ってきたら覚えてろよ」
赤く熱くなった顔を手で冷やしながら、悔しそうな声を上げるアタナシア。
これほどまで誰かが帰ってくるのを待ち遠しいと思ったのは、今日が初めてだった。




