10断罪される女
「産んですぐに捨てた」
その言葉に、アヴィゲイルは目を見開き、か細い声で問いかけた。
「ほ、本当に、産んですぐに捨てたのですか……?」
「ええ。だって、あたしにも夫にも似てなかったんだもの。夫には浮気を疑われ、別の男の子供じゃないかと言われてしまったし」
自分は悪くない。生まれた子供と夫が悪いのだと女は言う。悪びれる様子もなく、目の前の食べ物を次々と口に運んでいく。
カルロはその姿を見ても、同情心も怒りも湧き上がることはなかった。
「わ、わたくしが聞いた時は、珍しい見目だったから魔女に奪われたと聞きましたが……」
「そんなの嘘に決まっているじゃない。あの森にいる魔女は他人に興味ないもの」
「……では俺からも聞こうか。なぜあの森に捨てたのか」
「街に捨てればすぐにバレてしまうわ。血を調べたらすぐにね。だからあたしは考えた。一番バレにくく、一番言い訳のしやすい場所はどこかってね」
小さなステーキにフォークを無作法に突き刺し女は言う。
「そこで思いついたのが、魔女の住む森だった」
子供ができたことを自慢していた女は、魔女に子を実験台にされたとか魔女に殺されたとか、聞かれるたびにそう話していたのだ。
「では、わたくしとカロル様を結婚させようとしているのは何故ですか」
アヴィゲイルは国王陛下の愛娘だ。そんな娘と息子を結婚させれば、母である自分は贅沢三昧ができると確信している。
優秀な息子なのだから国王陛下も断りはしない。いや、むしろ喜んで受け入れるだろうとも女は考えていた。
だからこそ女は意地汚い笑みを浮かべた。
「そんなの、貴女が一番わかっているでしょう?」
アヴィゲイルは自身の価値を理解している。アヴィゲイルと結婚すれば立派な地位が手に入る。国を動かす力が手に入る。
他にも様々なメリットが存在する。
利用されていたことを悟ったアヴィゲイルは、女の下衆な笑みに震えが止まらなくなった。
「……わたくしに、優しい言葉をかけてくれたのはすべて嘘、だったのですか?」
「あたしは自分の利益になることなら嘘でも吐くわ」
肯定と取れる言い方に、アヴィゲイルは顔を真っ青にした。
女はカルロを自分の利益のために利用して、今度は自分の力を取り込もうとしていた。軽い談笑を挟みながら食事を楽しめると思っていた自分の浅はかさが恥ずかしいとアヴィゲイルは視線を落とした。
「……あら? あたしは今なんて?」
薬の効果が切れ始めた女は自分の先ほどの発言に困惑した。
嘘は全て包み込み、優しく耳当たりの良い言葉だけ吐いたはず。それなのに、アヴィゲイルは絶望の淵に立っているかのような表情。
カルロは悪魔を見るかのような表情。
そこでやっと女は自分が何を飲まされていたのかを把握した。
「う、嘘よ! 今のは全部嘘! どうせ自白剤だと言われて魔女に持たされたものでしょう!? ああ、私の愛しい子たち。騙されないでちょうだい」
二人に寄り添おうと駆け寄るが、アヴィゲイルに頬を叩かれる。その反動で女は尻餅をつくが、誰も女を庇うようなことはしない。
「これは、わたくしが作った自白剤ですわ。お義母様」
目に溜まっていた涙は頬を伝い、床に数粒落ちる。
アヴィゲイルに叩かれた驚きにそれをただ眺めていた女は我に返り、勢いよく立ち上がり胸ぐらを掴もうとした。
しかしカルロの魔法で女は弾かれてまた地面に叩きつけられる。すぐに身体を起こしたが、足を捻った女は座ったまま怒鳴る。
「よ、よくもあたしを騙してくれたわね!」
「貴女が先でしょう!? もう、顔も見たくありません」
さようなら。そう言ってアヴィゲイルはさっさと部屋から出て行った。
「カ、カルロ……」
傷ついた表情を作りカルロへと身体を引きずる女。
だが、カルロはそれを無視して少し大きな声で言った。
「これでわかったでしょう。自分の利益のためなら、国の姫さえも利用する酷い女だと言うことを」
「何を言っているの……?」
ここにいるのはカルロと哀れな女、そしてスタッフ二人の四人だけ。まるで誰かに聞かせるような口ぶりに、困惑していた女だが、すぐに顔を真っ青にした。
隣の部屋に続く扉から魔法統括部の長が現れ、その後ろから老夫婦も出てきた。
「本当に救いようのない子ね……」
大きくため息を吐いた後、自身の娘を見る母親。その様子は娘を憐れに思っているものではなく、軽蔑の色しか写していない。
アタナシアやカルロに見せていた笑顔が嘘のようだ。
「事情はさきほどのお話でよくわかりました。カルロさんの言うようにしよう。……すぐに始めようか」
もう隣人や関係者には許可をとっている。そう口にした長。
近くにいたスタッフはすぐに女を取り押さえる。困惑している女は抵抗する余裕もない。
母親の眼差しに恐怖した女は、父親を見て説明を求めた。
「どういうこと? あの人はあたしに何をするつもりなの?」
「前に話しただろう? ただ記憶を消すだけだよ。怖いことは何もないからね」
「本当にあたしの記憶を消すの? なんで? 助けてよお父さん」
「……これだけ迷惑をかけても、君は保身に走るんだね」
残念だ。そう呟いた父親。
長が女の前に立つと、一枚の紙を取り出した。
「記憶を消されたら、あたし、どうなるの?」
「息子のことを忘れるだけだ。その後は、記憶障害として一生病院に隔離となるがな」
「一生隔離!? そんなの嫌よ!」
慌てて抵抗を始めたがそれも無駄だった。
「やめて! あたしは被害者なのよ! 全部あの魔女が悪いの!」
女の言葉に耳を傾けず、長はあらかじめ魔法陣を描いていた紙を取り出す。
それを女に貼り付け長と一緒に消えた。
これから魔法統括部にて記憶抹消の儀式が執り行われることだろう。
そこからは物事は滞りなく進み、女は訳もわからず病院へと隔離。
誰も女の叫びに振り返ることはなかった――




