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第3章:代理戦争の果てに(前半)


 東京地検特捜部――霞が関の地下深く、そこは情報の坩堝るつぼだった。機密が日常的に飛び交い、記者クラブの壁越しに各社の情報網が錯綜する。検察、政治家、記者たち――それぞれが“正義”と“利益”の名の下に、自らの陣営を拡張していた。


「今朝の読売が来たぞ」


 記者クラブの机上に投げ込まれた新聞の1面に、久保田は目をやった。


《光泉会:寄付金名目でゼネコンから多額受領か》


 その文言の下に小さく書かれた記者名には、朝都新聞の名はなかった。


 政治部、しかも他社先行――久保田の背筋が冷たくなる。

 自分が命をかけて取材してきたネタを、他社が“安全な形”で焼き直して報じたのだ。


 その記事は巧妙だった。ゼネコンの実名も、寄付金の具体額も書かれていない。ただ、業界団体経由の「適正な政治資金の可能性もある」と“留保”が強調されていた。


「検察が“落とし所”を提示したな……」


 ぼそりと呟いたのは、クラブ常駐の老記者・大谷だった。特捜を30年以上張り続け、裏も表も知り尽くした男である。


「大臣の娘というだけで、本人の関与が証明できなければ検察は動けん。だが一応、“ネタ潰し”だけはしておきたい。だから政治部のリークで、空打ちさせたんだ」


「俺たちの仕事は……なんなんでしょうね」


「報道なんてのはな、実弾じゃない。代理戦争なんだよ。検察が撃ちたい相手を、新聞が代わりに撃つ。記者は、ただの火砲に過ぎん」


 昼下がりの編集局――政治部のデスク島では、綾瀬が電話で誰かと話していた。


「ええ、はい。記事は無事、朝刊で出ました。検察側とも整合性が取れております。今後の追加報道は週明け、選挙後を想定しております。……はい、ありがとうございました」


 電話を切ると、綾瀬は隣のサブデスクに目をやり、無言で頷く。


 久保田はそれを、少し離れた資料棚の影から見ていた。


 検察と政治部が結託して“着地点”を操作している――


 その事実に気づいた瞬間、吐き気が込み上げてきた。


 その夜、久保田はもう一度、匿名の情報提供者――“N”に会う決意を固めた。

 Nは、光泉会の経理部門にかつて在籍していた人物。彼が持ち出した内部資料が、久保田の初動取材の要だった。


 場所は、JR総武線・平井駅近くの高架下、夜のカフェの裏手にある駐車場。監視カメラも少なく、人通りもまばら。


 約束の時間から10分が過ぎた頃、フードを目深にかぶった細身の男が現れた。


「……来てくれてありがとう」


「久保田さん、実は……」


 Nは声を震わせながら口を開いた。


「俺、検察に呼ばれた。非公式だけど、『今後これ以上情報を出せば、守秘義務違反になる』って……暗に脅された」


「その内容、録音してる?」


「……してない。そんな余裕なかった。相手は、特捜部の主任検事だった。名前は覚えてる。名刺もある」


 久保田は即座にメモを取り、顔を強張らせた。


 検察が、情報源に圧力をかけている。


 もしこれを裏付けられれば、単なる“スキャンダルのネタ潰し”を超えた、検察の情報統制と報道妨害の構図が浮かび上がる。


 ――久保田は思った。

 ここで止まれば、情報源は孤立する。報道機関は信頼を失う。真実は潰える。


「Nさん。俺は、記事を出す」


「でも、会社が許すのか?」


「許さなければ……俺は“別の手段”を使う」

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