▼〖婚約者〗
テーレーレーレー…テレーレーレーレレー…
〖 GAME OVER 〗
~ピコン~
「あらあら、死んでしまったわね。」
「……。」
「令嬢の体力を考えず、ノルマの達成の為に公爵が指示する通りの無理なスケジュールを組んだせいよ。」
物悲しい音楽と共に、画面に現れたのは〖GAME OVER〗の文字。講師に鞭で打たれ、令嬢の父である公爵に怒鳴られた初日を終えた後、フィーロウは公爵から提示された通りにレッスンを進めていった。
……その結果、1年も持たず令嬢は体調を崩し、病に倒れ。そしてゲームオーバーになってしまったのだった。
「ですが、私は指示通りに…。」
「実際に、あのスケジュールでのレッスンを現実の人間に指示すれば、お前が殺した令嬢と同じ目に遭うでしょうね。
食事と睡眠もままならず、神経をすり減らして身も心も壊れていく。」
「だからこそお前が調整がするのだ。
この『オトメゲーム』は令嬢を操作するだけではなく、周囲との関係にも気を遣わねばならない。」
「このゲーム、どこまでリアルなのですか…?」
「ほらフィーロウ、新しく始まりましたよ。
令嬢を王妃にするまで、この部屋から出る事は許しません。」
「は、はい…。」
王妃の目は据わっている。意思の強い母の言葉は国、家族にとって絶対だ。つまり、王妃の言った通り令嬢を王妃にする、このゲームをクリアするまで絶対にこの部屋からは出してもらえない。フィーロウは覚悟を決めて、コントローラーを握り直した。
1回目の挑戦ではあっという間にゲームオーバーになってしまったが、フィーロウは持ち前の器用さでコツを掴み、何とか2週目のレッスンをこなしていく。レッスンでミスをしないようにし、クイズ形式の授業では答えを間違えないように慎重に、制限時間を把握しつつ手早くクリアしていった。そして、公爵を初めとする令嬢の家族と関係を悪化させないように、時折発生する会話イベントで、選択肢の中から正解を選んでいく。
ここまでは国王夫婦の想定よりも進行具合は早かったのだ。そう、ここまでは。
『君は完璧すぎてつまらない。』
「……は?」
『僕は帰らせてもらう。』
問題が発生したのは、令嬢の婚約者である王子とのお茶会だった。突然王子から、冷たい言葉を投げつけられたと思ったら、彼はお茶会からさっさと帰ってしまったのだ。王子が吐いたのは『完璧すぎてつまらない』という意味の分からない言葉。
何故?王子の婚約者として、完璧であることの何が悪いのか。フィーロウは訳が分からず、フリーズしてしまった。
「あぁ~……好みが〖フッオメーオモシレーオンナダナ〗タイプの王子に当たってしまったかぁ~……。」
「そうなると、こ……いえ、まだネタバレは早いわね。
“あの”イベントが起きないように数値を調整しておかないと。」
「父上、母上、あの王子は一体…?」
「何を言っているのです?」という言葉は続かずフィーロウは後ろに控える両親を見た。脳の処理が追い付かない息子を流石に憐れんだのか、国王は王妃と「どこまでなら教えてもいいか」と目配せし合い、ネタバレにならない程度のヒントを出した。
「令嬢の目的は何回やっても変わらないが、王子の設定は〖ランダム〗にしてある。
つまり今回、令嬢の婚約者である王子は〖フッオメーオモシレーオンナダナ〗タイプになるわけだな。」
「〖フッオメーオモシレーオンナダナ〗タイプってなんですか父上!?」
「他にも〖オマエハオレノモノダ〗タイプや〖キミニハホカニイイヒトガイルヨ〗タイプ、〖ボクイガイミナイデ〗タイプもいるらしい。全100パターンあるそうだぞ。」
「本当に何なんですかそれは。」
今回、フィーロウが引き当てたのは貴族の型に則った女性を“堅苦しい”として嫌うタイプの王子だった。つまり、フィーロウがプレイしている令嬢の育成方針とは違う訳だ。そうなると“あるイベント”の発生確率が一気に上がってしまうのだが、それを言っては面白くな……知れんにならない。国王夫妻はその部分の情報はわざと伏せ、ゲームの続きを見ることにした。
その結果、案の定というか、だが。
『公爵令嬢!頭でっかちで堅苦しい君といると息が詰まる!僕は君との婚約を破棄し、このハニー・トラップ男爵令嬢と婚約する!』
『きゃ~♡カッコいいですぅ王子~♡』
「……は?」
「やっぱり来たわね、婚約破棄ルート!」
「王子が〖フッオメーオモシレーオンナダナ〗タイプだったからなぁ……コロッとハニトラに殺られてしまったようだ。」
「は?」
目の前の画面には、きらびやかなパーティー会場にて、令嬢の婚約者と見知らぬ派手な見た目の少女が、肩を抱き寄せ合って令嬢を見下ろしている絵が表示されていた。
婚約破棄?婚約破棄と言ったかこの婚約者の王子は。家と家の繋がり、しかも王家と公爵家の契約である令嬢との婚約を、破棄!?信じられない、それに婚約者からのエスコートが無かった為、令嬢は1人でこの会場まで来た。それだけでもあり得ないのに、この王子はどうかしているのではないか。
「この王子はもうダメね。」
テーレーレーレー…テレーレーレーレレー…
〖 GAME OVER 〗
~ピコン~
王妃の言葉と同時に、画面に映る〖 GAME OVER 〗の文字。即ち、またフィーロウは失敗してしまったようだ。まあ、今回の敗因は自分ではなくまさかの“婚約者”だったのだが。そんな息子の思考を先読みしたのか、王妃は言葉を続ける。
「お相手の王子の性質も考えて攻略しなければダメよ。
今回は甘い言葉で上手く操って、あの王子を傀儡にしなければいけなかったわ。」
「か、傀儡……。」
「次は気を付けなさいな。」
国の為に伴侶となる存在すら利用する。その反対で、国の為になるのであれば利用される事も厭わない。母の放った温度の無い、容赦の無い声を聞き、これが国母たる覚悟なのかとゾッとした。その時、フィーロウの脳内にふと過ったのは柔らかな茶色の髪ではなく。
フィーロウ殿下。
星の光の如く煌めく銀髪と、母とはまた違う、強い意思を湛えた赤い瞳の少女だった。