91話 アルトゥス・ボア 狩猟依頼 (2)
「まずは、イリスに体外にマナを放出して体を包む方法を教わったよな?」
「教わったる。」
「そうか。誰もがマナを持って、無意識にマナを放出して失っているのは知ってるだろ? それを肉体に留めて体を包めば、見えない鎧を着るようなものだ。マナ・コンボルブだったか?」
「そうだる。マナ・コンボルブ、合ってる、カルカ。」
「じゃあ、手に持った物体をマナで包む応用方法は? それも教わった?」
「それも教わったる。」
「おお。それなら説明が簡単に理解できるな。うん…魔法の行使には、魔法陣の実現と、マナを魔法陣に注入するマナの放出を修練しなきゃいけない。ここまでは何の話かわかる?」
「わかんないだる。」
グラベルから出た言葉が、ぼんやりとした焦点のない目でグラベルを見つめているニアに届くなり、すぐに跳ね返されるようだった。
「え···。うん···。じゃあ詳細は次にまた説明するとして、まずは魔法を行使するための基礎能力であるマナの放出修練法を教えてやるよ。」
「うお! マナ放出!」
再び明るい表情に戻ったニアが、握り拳を空に向かって伸ばし、複雑な勉強が後回しになった喜びを表現した。
「じゃあ説明するよ。一番最初の段階は、アクィリアのマナ脈の力でマナを正確に見えるようにしなきゃいけない。その次に、こうして指を互いに離して広げて。マナを一つの指に集中させて、他の指の先に移すんだ。小さなマナの球を指から指へ投げ渡すような感じで。」
グラベルが人差し指の先に丸く固まったマナを中指に、そして薬指まで繰り返し移す実演を見せながら、ニアに説明を続けた。
「その次は、それが慣れたら左手と右手で球状のマナをやり取りするんだけど、最初は体から離したマナの形を維持するだけでも大変だと思うよ。」
「うぐぐぐぐ。じ···。うまくできないだる!」
グラベルが見ているニアのマナが激しく揺れ動いていた。グラベルが教えた通りに指先にマナを集めて体から離そうと、全神経を集中させていた。
「ゆっくりやれよ。最初から体からマナを離そうとするんじゃなくて、指と指の間を細いマナの線で繋ぐところから。」
「わ…かっただるカルカ。」
再び集中するニアを見て、グラベルが微笑んだ。
起源不明の魔法を行使するための修練法。ニアに教えたマナの放出修練法は、おそらくこの異世界に来る前、グランド・ワールド・オンラインの魔道学者として知っていた知識の表れだろうとグラベルは思った。
それでもこの異世界で通用しない無駄知識ではないことを、さまざまな実験を通じて確認した。実際にグラベル自身がマナの放出修練をして魔法を行使する際、発動までの時間を短縮できたし、必要なマナの量が多い魔法ほど、マナ放出修練の効果をより確実に実感できた。
「じゃあ今度はヴェス・ディナスに戻ろうか!」
グラベルが立てておいた馬車に向かって歩きながら言った。
「カルカ。あのナイフ、どこで買ったかも教えてくれなきゃいけないる。」
ニアがグラベルの後ろについて馬車に向かって歩きながら言った。
「え? ああ。わかったよ。今回の依頼人に馬車に積んだ肉を先に届けて、帰る途中に寄ってみようか。依頼内容を見たら、アルトゥス・ボアの肉をギルドに納品するんじゃなくて、ヴェス・ディナスにある依頼人の家に直接届けるのが依頼に含まれてたよ。」
グラベルとニアが馬車に乗り、二頭の馬が引く馬車がヴェス・ディナスに向かった。
*****
ヴェス・ディナスの古い通り。磨かれた石が隙間なく敷かれたこの通りは、長い歳月を経て磨耗しても、その姿が昔と区別しにくいほど変わりがない。
大都市の通りらしく、広くまっすぐに伸びた中心大路は、無数の馬車の車輪と行き交う人々の足で踏み固められ、磨かれ、滑らかで柔らかくなっている。
道の両脇には排水溝を掘ってあり、緩やかな傾斜がつけてある構造のおかげで、雨が降っても水が溜まらず、道の両側へ流れ出るようになっている。
グラベルが手綱を握っている馬車が、数台の馬車と道を埋め尽くした人々で賑わう通りの上を進んでいる。
西側の城壁の門を過ぎ、ヴェス・ディナスの中央広場がある場所へ向かう中心街の大通りには、さまざまな大きさの建物と、それに負けないほど大きさと形が異なる商店の看板が建物に掛けられている。
馬とロバの蹄の音、互いに挨拶する人々の声、路地の食堂の二階テラスで日光を遮る天幕の下の席に座り、街の様子を見ながらゆったりと午後の食事と茶を楽しむ客たちも見える。
グラベルがヴェス・ディナスにいる間滞在するティアバード宿屋の看板が、長い路地の片隅に突き出て小さく見える。
「ニア。あっちの路地の中が、俺たちがしばらく泊まる宿屋だよ。」
路地の中の長い木製の柱に掛かった、青緑色の地に黄色で鳥が描かれた看板を指先で指しながらグラベルが言った。
「知ってるっだるカルカ。三階が俺たちの部屋。」
「そうか。まだ道に慣れてないと思って言っておいたよ。」
「ありがとだる。」
グラベルが教えた指の間を放出したマナの線で繋ごうと努力中のニアの姿を見て微笑んだ後、馬車が進む道の方向に目を向けた。
ヴェス・ディナスでしばらく滞在するなら、旧市街地より城壁外の南側の新市街地にある宿屋や酒場の上階の宿の方がいいと、リブとケインはグラベルに勧めていた。
船乗りたちが利用する港側の宿は、夜になると酔った船員たちの騒々しい歌声と、朝には耳を刺すカモメの鳴き声で安らかな眠りが取れないことを知っていたため、グラベルに港側の話は一切触れなかった。
そんな二人の勧めにもかかわらず、勧めを受け入れられなかった点に謝りながらグラベルが選んだのは、旧市街の商業街の路地の中のティアバード宿屋だった。
宿屋の主人であるティアバードという名の老人は、若い頃はヴェス・ディナスの港前のファリア島にある造船所でほとんどの歳月を過ごしたと言った。その後ある程度金を貯めて、今の宿屋になる前の倉庫の建物を買い取り、宿屋を建てて今まで運営してきていると、部屋を探しに来たグラベルに話してくれた。そしてちょうど三階には三つの部屋と居間がある大きな客室があると言った。
そしてティアバード宿屋は、他の酒場に付いた部屋で泊まるように食事は提供できないと言い、周囲の味の良い食堂まで勧めてくれた。
老人の親切な態度と、耳障りなカモメの鳴き声を避けて作ったヴェス・ディナスで一番静かな宿屋だと強調する言葉に、グラベルはティアバード宿屋の三階を借りることにした。
もちろんニアとイリスの同意も得て、おまけに新市街地の酒場や宿屋に泊まるより良い点として、グラベルが閲覧許可を得たヴェス・ディナスの大図書館と冒険者ギルドがある都市の中心地ともそれほど遠くなく、複雑な南側の街道を利用して図書館と冒険者ギルドに行かなくてもいいという点まで、ティアバード宿屋に部屋を借りたのはいろいろと利点が多かった。
「どれどれ。冒険者ギルドじゃなくて依頼人の家に直接アルトゥス・ボアの肉を届けなきゃいけないから···。場所が記された地図をもらったんだけど。」
冒険者ギルドで依頼を受諾しながら受け取った依頼人の家の場所が記された紙片を取り出しながら、グラベルが頰を掻いた。
*****
しばらく後。グラベルとニアは高い塀に囲まれた邸宅の入り口に立っていた。
10キュビト(5m)はありそうな高さの象牙色の柱の間に、黒く太い鋼鉄で作られた邸宅の入り口前には、瞳がようやく見えるほどの兜とポールドロンのないブレストプレートを着た衛兵が槍を持って立っていた。
そのうちの一人の衛兵が、馬車から降りて手に持った小さな紙片の文字と地図を邸宅の位置と比較しながら見ているグラベルに近づいて声をかけた。
「ギルドの依頼で肉を持ってこられたのですか?」
割れたようなガラガラ声で、馬車に積まれた赤い肉塊たちを見ながら衛兵がグラベルに尋ねた。
「はい。アルトゥス・ボア二匹分の肉と胆嚢と肝臓、そして心臓です。」
「ふむ。ギルドから借りた馬車ですか?」
馬車の横に冒険者ギルドの紋章があるのを見て衛兵が尋ねた。
「ええ。何か問題があるんですか?」
「いえ。邸宅の中へ案内します。馬車はこちらでギルドに返却します。主人が直接品物を確認した後、約束された報酬を直接お支払いします。この方へ。」
声に親切さが感じられないぶっきらぼうな口調の衛兵が、手振りで他の衛兵を呼んで馬車を預けた後、邸宅の内側へグラベルとニアを案内した。
「行こうニア。」
「わかったるカルカ。」
先頭を歩く衛兵の後ろについてグラベルとニアが歩いていた。邸宅の庭にはよく手入れされた庭木と短く刈られた芝生、そして遠く高くそびえる赤い屋根の邸宅へ続く灰色の砂利道。
もう一人の衛兵が守っている邸宅建物の扉を通り過ぎて少し歩くと、邸宅の中庭の二階の柱と繋がって大きな紫色の薄い布を垂らした天幕の下に置かれた長い椅子の上で横たわる肥満の男の姿が見えた。
照りつける日差しに反射して光る柔らかく高級そうな布で作られた服を着て、ふくよかな手には赤い宝石と濃い緑の宝石が嵌められた指輪をはめ、肩越しまで伸ばしたうねった髪と丸く整えた顎鬚の間に黄金の首飾りをかけている、邸宅の主人と思われる人物に向かって、客を案内していた衛兵が立ち止まった後、小さく咳払いの音を出し、自分の主人が驚かないように気配を出しながら声を出した。
「ギルドに依頼した肉を持って来た冒険者たちが来ました。ディラス様。」
「おっと?! ギルドに依頼したばかりなのに、もうですか?」
二重あごが覆う首を回してグラベルとニアの姿を確認したディラスが、かけていた孔雀の羽のような華やかな模様の高級そうな服をはためかせながら近づいてきた。
「いや~ これはこれは、予想よりずっと早くアルトゥス猪の肉が来ましたね。今日の予定を変えなきゃいけませんよ。どうせ庭に横たわって肉をさらに増やす予定だったんですけどね。わっははは。」
手振りでグラベルとニアを自分の方へ案内した衛兵を下がらせ、ぷくぷくと頰肉を膨らませる笑みを浮かべたディラスが手を差し出し、握手を求めながらグラベルとニアに近づいてきた。
「ようこそお越しくださいました。お疲れ様です。私の子供たちが大好きな肉を手に入れてくれました。ディラスと呼んでください。」
「よろしくお願いします。グラベルです。」
グラベルと手を握って握手を終えたディラスが、頭を下げてニアにも挨拶する。
「ドロコは久しぶりですね。ヴェス・ディナスはイクスターンに比べて寒くないですか?」
「寒くないだる。ニア・カラゴンだる。」
「おほほほ。それは良かったですね。」
ニアとの握手を終えたディラスが、少し体を回して庭の隅に銀色の盆を持った下僕を指をくねらせて呼んだ。
ディラスの手振りを見た下僕が、盆の上に置かれた小さな果実の実と堅果類が分けられた皿たちが倒れない程度の歩みでディラスに近づいてきた。
「依頼の報酬は品物を直接確認した後に渡そうかと思うのですが、いかがですか?」
「ええ。構いません。」
「では、私について来てください。持ってこられた肉を置いた場所へ案内します。」
下僕が持ってきた盆の上へ手を伸ばし、探る手で紫色の果実をいくつか掴んだディラスが、楽しげな鼻歌を歌いながら先頭を切って庭を横切っていった。
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