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80話 リシア (1)

「それでは、私の説明を続けましょう。アルドレダの魔法は、常に強力な高威力のものが伴う、というのが、私のいた世界では常識に近い…普遍的(ふへんてき)観念(かんねん)です。」


カヴナクの頭上に浮かぶ小さな赤い光を発する球体の色が変わる。朱色の光から明るい黄色へ…明るい白色へ、そして深い青色へ…色が変わった後、少しずつその大きさが膨張していった。


「ジェラクシスの沈まぬ太陽、という名前の魔法です。」


「ハッ! そんな小さな光の塊で何をどうしようってんだ。グラベル!」


表面上は余裕を見せながらグラベルに叫んでいたが、頭上に浮かぶ青い光の球体から放たれる灼熱(しゃくねつ)の熱気に、体内の全ての水分が沸騰するような苦痛を感じていた。


「私が持つ魔法の中でもかなり上位の魔法ですから…悪魔一人くらいなら、無理なく灰にできますよ。」


全身の毛が燃えて煙を上げ、焦げつく喉は息をするのも辛かった。


「くぅあぁぁぁ!」


青い光の太陽が与える全身を焼く苦痛に、カヴナクが浅い悲鳴を上げる。


低く浮かぶ青い太陽の周囲の全てが燃え、灰となって黒い粉を舞い上げる。


激痛を耐え、痙攣しながら動かずにいたカヴナクの脚が動く。『今、地面を蹴って動けばいい!』と思った瞬間だった。少し離れた場所から静かにカヴナクを眺めていたグラベルが、再び言葉を投げかけた。


「今すぐ、二つに増えますよ。」


「……。」


信じがたい言葉を聞いたカヴナクが、再び頭を上げて確認する必要もなく、頭上から全身を押しつぶす強力な力が感じられた。


カヴナクの頭上に浮かんでいたジェラクシスの青い太陽が、グラベルの言葉通り二つに増え、鼓膜を裂くような轟音と共に周囲の全てを押し出す力の波動が広がった。


「うぅぅぅ…うぅ…うぅぅあ!」


灼熱する二つの小さな太陽の下に()せ、苦痛の中で身をよじりながら漏れるカヴナクの(うめ)きが聞こえる。


頭が地面に向かって徐々に押しつぶされるように下がり、全身が低く伏せていく中でも、カヴナクは無理に首を捻って眼球だけを上に向けた。


そうしてようやく視界に入ったのは、上から自分を見下ろすグラベルの落ち着いた顔だった。


感情の起伏さえ感じられないその無表情を、ぷるぷると震えるカヴナクの瞳が慎重に(にら)みつけていた。そして、忠誠心などなく、力で互いを押さえつけ、服従のみが支配する悪魔の世界でしか感じられない感情が、カヴナクの頭に浮かんだ。


周囲の全てが灰となって崩れる黒い森の中央に立つグラベルに向かって、最後の力を振り絞って手を伸ばそうとしたが、再び響く轟音と共に、カヴナクの頭上に浮かぶ四つの青い光の球体から、凄まじい勢いで周囲の全てを焼き尽くし、灰塵(かいじん)に変える強烈な太陽の気勢が、カヴナクが伏せている地面さえ溶かして沈めていく。


「ここまで、のようですね。」


大きな炭塊となって舞い散るカヴナクの残骸を見ながら、グラベルが言った。そして手を伸ばしてジェラクシスの太陽を収める。


グラベルの手振りにつれ、激しく燃えていた四つの青い太陽が一瞬で消え、空に浮かぶ月光に照らされた黒い灰が舞う森の上に、太い雨粒が降り注ぐ。


一瞬でジェラクシスの沈まぬ太陽が残した熱気を冷まし、数多くの小さな水溜まりを作り出した驟雨(しゅうう)の雨粒に、グラベルは被っていたフードを深く被り直し、降り注ぐ太い雨粒の間から黒く変わった森の様子を振り返った。


草一本残らず黒く変わってしまった地面。ジェラクシスの太陽の範囲内にあった長く大きな炭塊に変わった木々が倒れ、空から降る雨を受けていた。


『それでも途中で収めたのがこの程度だなんて…。効果範囲の広い魔法を詠唱する時は、注意が必要だな。』


そうして雨の中を歩き、地面にできた黒い灰が溶けた小さな水溜まりを避けながら、カヴナクの残骸がある場所へグラベルが移動した。


『ふむ…そういえば、あの料理人の正体についてもっと聞き出すべきだったかな? 明らかに農園と関連した人間のようだったのに。』





*****


カヴナクを討ち取り、農園へ戻る道。土壁が四方を囲むグラベルが臨時に作ったガラドの墓の前に、グラベルが立っている。


しばらく無言でガラドの墓を眺めていたグラベルが、手を広げて白い光を発する魔法陣を展開した。


『やはり、できないか…』


掌の上に光が現れたのも束の間、魔法陣が消え、グラベルの魔法は発動しなかった。


異世界で唯一発動できない魔法、死者を蘇生させる魔法だった。異世界での生活を始めた頃。ダイアウルフの討伐依頼の後、プロイクトン近辺の小さな麦農場に現れたゴブリンの討伐依頼の遂行中、ふと『蘇生魔法がこの世界でも可能だろうか?』という疑問が浮かんだグラベルは、死んでいるゴブリンの死体に蘇生魔法を試したことがあった。


結果は先ほどと同じだった。何度繰り返して詠唱しても、結果は変わらなかった。


『蘇生魔法はこの世界で使えない』という事実を、グラベルはすでに知っていたが、心のどこかで頭では知っていることを拒否し、掌の上に展開した魔法が発動して土壁の中からガラドの声が聞こえるのを願っていた。


「ふぅぅ……」


胸の奥深くから吐き出された長いため息が、多くの言葉に代わってくれた。


後悔、寂しさ、そして静寂が感じられる夜だった。





*****


農園外郭のとある場所。リシアが素早い足取りで森の道を歩いていた。口元には薄い微笑を浮かべ、月光を遮った暗い夜の森とは似つかわしくない明るく軽快な歌のメロディーを鼻歌で口ずさんでいるリシアが、森の奥深くに向かって足を運び続けていた。


ランタン、光源魔法、さらには粗末な松明や燭台、夜の闇を照らすどんな道具も使わず、普段自分でも自慢する美しい金髪を隠すフードを深く被ったまま、時折足を止めて周囲を警戒する様子は、まるで誰かとの密会のために約束の場所へ向かうようだった。


夜の森から聞こえる小さな音にも振り返り、誰も後を尾けていないことを何度も確認しながら、遠くに見えるラテラ山の上に浮かぶ月のある方向へ急ぎ足を動かした。


数本の木を過ぎ、大きな岩に手を置き、再び尾行者がいないか首をゆっくり回して確認したリシアが、再び動き出す。


しばらく後、ラテラ山の麓の端に低い岩山が見え、リシアが自分の背丈より高く育った曲がりくねった茎と小さな葉が乱雑に伸びた(やぶ)の間を慎重に歩き、さらさらという音を立てて姿を隠す。


そして少し後、小さな草の葉が付いた肩を払いながら姿を現したリシアの前にあったのは、小さな洞窟の入り口だった。


「ライト。」


掌を広げてその上に小さな魔法陣を実装(じっそう)した後、小さな白色の光る球体を召喚したリシアが、洞窟内へ続く道を歩いていった。


狭い入り口に比べて洞窟の内部は広かった。高く上がった洞窟の天井に吊るされた冬の日の氷柱のような石灰柱(せっかいちゅう)が、洞窟の床に向かって落とす水滴の音が洞窟内に反響して響く。


リシアの掌の上に置かれた光の珠に映る洞窟の床に見える鍾乳石(しょうにゅうせき)と天井の鍾乳石の調和が、まるで数百の歯が生えた獣の口内を歩き入るような気分を感じさせる風景だった。


水気をたっぷり含んだ洞窟内の空気が冷たい。洞窟のどこかから吹いてくる風がリシアの(ほお)と首に触れると、冷えを感じたのか、光の球体を掲げていない手を上げて冷えた首と頰を撫でながら、洞窟の奥へ向かって足を休まず続けていった。


リシアの表情が明るい、目尻が細くなり、唇を赤い舌が通り過ぎて(つや)を加える。口元には微笑を湛え、向かう目的地の終わりで待つ何かを向けて、心地よい期待感を持って一歩一歩を踏み出していた。


しばらく後、リシアの前に洞窟の出口が見える。リシアの手にある球体の光とは違う柔らかな月光が、リシアの前を照らしていた。


出口に近づくと、リシアは浮かべていた光の球体を収めるために掌を静かに握った。


そしてその瞬間、何の表情もなく止まっていた顔に、徐々に動きが生まれる。口角がとてもゆっくりと、定められた角度のようにゆっくり引き上げられる。


目は依然として静かだったが、口元には明るい微笑が掛かっていた。そうして微笑を完成させた顔で、リシアはゆっくり洞窟の外へ歩き出た。


空に浮かぶ月を一度首を上げて眺めた後、暗い洞窟から出てきたリシアの目の前に見えたのは、広い空き地だった。灰色の岩々とその間に所々に生えた薄く長い雑草が生え、四方が荒々しい岩の壁で塞がれた場所だった。夜露に濡れて乾かない湿った水苔の匂いが、リシアの鼻に近づいてきた。


「私が遅かったかしら?」


リシアが、自分に背を向け空き地の中央に立つ男に向かって言った。


「いえ。教えてくださった道が少し複雑そうだったので、早く出発しただけですよ。」


背後から聞こえたリシアの声に反応してリシアに向き直ったラントが言った。


乱れたまま整理されていない髪はそのままだったが、以前とは違い汚く伸びていた顎と口周りの髭は綺麗に整えられていた。


「家が燃えたって聞いたわ。」


「ええ…ちっ、くそったれどもが、すっかり焼き払いやがりましたよ。」


昼間に起きたことを再び思い浮かべ、悔しさが再び胸に込み上げたラントが、白く浮いた自分の唇の皮を剥ぎながら言った。


「まあ~。本当にひどいわね。意見が少し合わないだけで火を付けるなんて、誰がやったのか、私が必ず探し出してあげるわ。」


リシアが眉を顰めて見せ、ラントの近くへ近づき彼の肩に手を置いて撫でながら言った。


「ええ。ぜひそうしてください。おかげでしばらくどこで寝るかも悩みです。冬が来る前には全部直さなきゃいけないのに。まあ、家のかたちが結構残ってるのが不幸中の幸いか? ディアラ様が火が広がる前に消してくれたおかげですよ。再建するにしても、用意された木材が必要なんですよね。急いで木を切って作った家には、その匂いのせいでね…。あれこれ頭痛いことだらけです。」


ラントが一日分の溜まった不満と悩みをリシアに吐き出しながら、すでにずきずきする頭を掌で撫でた。


「だから、今日の夜に会おうって言ったのよ~。」


「え? でもそれが今日のことと何の関係が…」


戸惑うラントが、ぼんやりとした脱力した顔でリシアを眺めながら言葉を曖昧にさせた。


「今おっしゃったじゃない。しばらく住むところが決まらなくて心配だって。」


「ええ。そう言いましたけど…」


「ラランシェ男爵の領地…プランデンに行って休んでくるのはどうかしら?」


「あ…いや、でも急に故郷に…」


「空手で帰るのかって? もちろん空手じゃないわよ~。ここに私が用意した贈り物と一緒に、ラランシェ男爵様のところへ帰らなきゃ~。」


リシアが妖艶(ようえん)な微笑を浮かべ、ラントの目の前で袖口から取り出した小さな袋を見せた。


「えっ? それは…まさか?」


「ええ~、お考えのそれよ。今回収穫を通じて改良した農園で育てるほとんどの作物の種よ。」


「は…はは。そういうことですか。」


「ええ。どうせ他の領地にも分けることになるんだし、少し早く分けたって大したことないでしょ? だから…普段から農園のことに気を使ってくださるラントさんに、少し早めに種をあげてもいいかなって、私の考えなんだけど。どう?」


「ええ~。もちろんですよ。リシア様のおっしゃる通りです。私の気持ちをこんなにわかってくださるなんて。どうお返ししたらいいか…はは。」


口元と顔に細かい皺ができるほど大きく笑いながらラントが言った。そして同時に、リシアの手にある種の入った袋を見て、故郷のプランデンに戻って味わう甘い未来を頭に描き入れながら想像した。


「お返しだなんて、とんでもないわ。気にしないで、ゆっくり行ってらっしゃい。」


リシアが手に持った袋を差し出しながら言った。


「はあ~、これは予想外だな。」


これまでの憂鬱を吹き飛ばすため息が自然に出た。


あの種さえ持っていけば、ラランシェ男爵様にこの小さな袋さえ渡せば…。安楽な生活が与えられる。いや、自分の手で掴める。もう早朝に起きてきつい仕事をしなくてもよく、故郷に戻ってラランシェ男爵が約束した農地の新しい監督官になって、領民たちの頭上に立って幸せな人生を送れる。


嬉しい表情を隠そうとしても、つい口角が上がってしまうので、一方の手で口元を覆い、リシアが自分に向かって差し出した手に握られた種の入った袋を受け取ろうとした瞬間だった。


「うぅん! くくっ…」


腹の中を捻り絞る鋭い痛みを感じたラントが、ぷるぷる震える唇と共に低い呻きを吐き出した。


「う~ん。ダメよダメ…。いくら痛くてもそうよ~。」


リシアがゆっくりと冷たい声でラントの耳元に囁いた。まるで恋人同士が抱き合うように、二人の距離は近かった。


ラントの腹に、鋭く変わったリシアの指先が突き刺さっていた。


「舌は、とても大事な料理の材料なんだから…」

リシアの豹変に驚かれた方も多いかと思いますが、実は物語の随所にヒントを散りばめていました。


彼女が『香』を好んでいたこと。そして、女神の加護を受けたばかりの『リルゥ』をあえて生かして帰したこと……。皆様は、いつリシアの正体に気づかれたでしょうか?

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