8話-ドレイク捕り (1)
番外編:親切な人たち
グラベルとイリスが最初の依頼人であるダイアウルフを退治した後、間もなくのことだった。短い期間に生まれた新しい日常として、朝起きてギルドの建物へ歩いて行き、依頼掲示板を眺めた後、掲示板から依頼書を剥がして依頼を受け、一日を始めていた。
グラベルが受けた依頼は、ブルントの花の採集だった。受付員の話によると、ブルントという植物の花は近くの森に自生する、とても小さな白い葉を持つ植物だそうだ。花びらを水で煮て、牛や羊、豚のような家畜に餌と混ぜて寄生虫の駆除と予防に使うため、最近需要が増えているとのこと。ブルントの花は日が昇っている時間には花を咲かせない特徴があるため、日が沈んだ後の夜に採集に行くことをおすすめされた。
「じゃあ、日が沈むまで時間があるし……。前に通りがかりに見た店があったんだけど、どう? 一緒に行ってみないか」
「それじゃあ、日が沈むまで時間があるから···。前に通りかかった店があったんだけど、どう?一緒に行ってみない?」
「はい、グラベル様」
イリスが頷いて答えた後、グラベルに従って歩いた。
しばらくして、ベルフォグという名の酒場内の席に二人が座っていた。初めて聞く名前の茶を二杯注文し、席に座って首をあちこち回しながら店の飾りや座っている客たちの様子を観察していたグラベルの目に、イリスが取り出して読んでいた本のタイトルが入った。
-エステタ語の始め-
「ん? イリス、エステタ語の本を買ったのか?」
「はい……。私も覚えておいた方がいいかと思いまして……」
「うーん? じゃあ、お前は今までエステタ語を知らなかったのか? 前に冒険者ギルドで他の人たちと会話してるみたいだったけど?」
グラベルが驚いて目を大きく見開き、イリスに尋ねた。
「簡単な返事や挨拶は、グラベル様がお話しになる時の発音を覚えておいて、そのまま真似しました」
「あ、そんな……。勘で会話を……。普段から口数が少ないからできるのか?」
グラベルはこの世界に来たその日から、話したり読んだり書いたりするのに不自由がなかったため、イリスがそんな不便を味わっているとは思ってもいなかった。
「ごめん、イリス。俺が気遣うべきことだったのに……」
「いいえ。むしろ私がこの場所での生活に役立たないようで、覚えようとしているんです。グラベル様が私一人だけ別に送って処理する命令を下されるかもしれないと思いまして……」
グラベルが謝ると、イリスが慌ててグラベルに答えた。
「それで……。その本、学びやすいか?」
「とても簡単です。特にブール大陸共通語より読み書きを学ぶのは早いと思います」
イリスが本をグラベルに見せ、本の冒頭の母音と子音が書かれた部分を指差した。
「ん……。そう見えるな。音の通りに表記される文字だから……。まあ、何しろここで暮らしていれば自然と覚えるだろうし」
『そういえば、グランド・ワールド・オンラインの魔道学者のパッシブスキルでコミュニケーションが常時発動しているとはいえ、俺もエステタ語を学べばスキルの発動が必要なくなるのか? もっと大事なのは、すでに知っているものをどうやってまた学ぶんだ? スキルじゃなくて他の要因で俺がエステタ語を知っている可能性は……ないはずだけど……』
「グラベル様?」
「あ? ごめん……。ちょっと考え事してて……。エステタ語の勉強は俺が手伝うよ。本だけで学ぶよりそっちの方が早く覚えられるはずだ」
「ありがとうございます。いつも優しいですね」
「それで、ひょっとしてその本を買う時に、エステタ語以外の本は見なかったか?」
「それは……。私はエステタ語を知らないので、本を買う時も他の人たちがおすすめしてくれたものを買ったんです……」
「あ。そっか、そうだったな……。変な質問だったな。それにしてもすごいな。本を買った後も基本の発音法は誰か教えてくれたはずだけど……」
「それは思ったより簡単でしたよ」
「ん?」
「本屋の主人さんや、そこにいらっしゃった他の客さんたちが、一文字一文字、ゆっくり教えてくださったんです」
「あ……。そうか……そうだったろうな……」
異世界でパンを買っても普通の二倍の大きさを受け取り……、酒場で同じ料理を注文しても他の客たちとは比べ物にならないほどの量を受け取る美貌の力、過去のグランド・ワールド・オンラインでも数多くの人々の親切を引き出した美しさの偉大さを改めて感じたグラベルだった。
番外編: 親切な人たち -終わり-
冒険者ギルド前に到着したグラベル、イリス、ルードの三人。冒険者ギルドの正門に向かって歩きながら、三人の視線は建物前に停められた巨大な馬車四台に向かっていた。そのうち三台はプロイクトンでもよく見る二頭の馬が引く荷馬車だったが、もう一台は六頭の馬がつながれ、中にはざっと見ても4キュビト(2m)サイズの金属製の銛や用途のわからない形の金属部品、木製の歯車が太い縄とともに雑に積み込まれていた。
三人が馬車の荷を下ろす人たちを通り過ぎ、ギルド建物内の待合室と受付がある場所へ向かった。
冒険者ギルドの1階には依頼を配布し申請を受ける受付以外にも、ギルド建物に部屋を契約した冒険者たちの食事を提供するための小さな食堂があった。安い価格と良い味で、建物外の酒場へ歩いて行く時間も惜しい性急な冒険者たちや、今まさに依頼を受けて出発前に腹を満たそうとする懐事情の厳しい冒険者、依頼で予想外の宝を得てその喜びを分かち合いたくて金貨の袋を振り回して現れた冒険者、さまざまな理由が集まる冒険者ギルドのすべての冒険者が好きで、愛用する食堂だった。
受付へ向かっていた三人の足取りが、ルードの声とともに食堂のテーブルが並ぶ場所で止まる。
「なんだよヴァリード。もう俺抜きで始めちゃったのか? え? ヒリトのおっさんもいたのか? 今日は依頼がないんだな?」
「クアハハ! バカめ、せっかくのドレイク料理だぞ! こんな時に依頼なんかできるかよ!」
ヒリトが髭に付いたビールの泡を拭き取りながら、ルードに自分が食べていた皿に盛られた料理をビールグラスを持った手で指差した。
「おおん!! ドレイクの肉か? 一度も食べたことないけど、うまそうじゃん? そのスープは何だ? それもドレイクの肉が入ってるのか?」
「パカレブっていうドレイクの内臓で作ったトライプスープだよ。お前も食ってみろよ、甘くてコクがある味がいいぜ。絶対後悔しない!」
隣のテーブルのヒリトと話していたルードが、再び体を振り向いて消えたグラベルとイリスの行方をヴァリードに尋ねた。
「あ、グラベルさんと一緒にいらっしゃったお嬢さんは、今回の狩猟団依頼の登録をしに行くと、先に依頼受付の方へ行かれましたよ」
「あ……。楽しみにしてたイリスちゃんとの食事……。ふんすん」
食堂側に比べて比較的閑散とした受付へグラベルとイリスが歩いて行く。午後時分だからか、依頼相談をする人もおらず静かだった。近づいてくるグラベルの姿を先に気づいた受付員が席から立ち上がり、グラベルに素早い足取りで近づいて挨拶した。
「グラベル様。ちょうどギルドでお探ししておりました。ドレイク狩猟団の依頼なんですが……」
「あ、私たちもそれで来たんです。狩猟団で回復魔法と強化魔法ができる冒険者を求めていると、ルードさんから聞きましたよ」
グラベルが短く微笑みを見せて受付員に言った。
「えっ!? あ、そ……。そ、それなら詳細はここに書いてあります。先払いや、討伐成功後の金額、追加金の額と支払い条件について書かれています」
グラベルの予想外の答えである『大体聞いて知ってる』という言葉に、頭の中で考えていた会話の流れが違って進むと慌てた受付員が、急いで自分の手に持っていた丸めた紙を広げてグラベルに渡した。
「高い報酬ですね。特別な場合要請により攻撃に同行して参加する場合、依頼完了報酬の3倍を支給する……と書いてありますね」
「そういう場合は全滅って意味だからな。俺たちも金より命が大事だからよ」
グラベルが受付員から受け取った紙を読んでいく途中、背後から近づいてきた男が言った。短いが整えられず乱れた髪に、革の鎧と肩と腕には大きな鱗を加工したような|鱗鎧《うろこよろいを混ぜて着た独特の姿の男だった。
「ああ~。これ? ドレイクハンターの象徴だよ。俺たちは初めて獲ったドレイクの鱗を加工して作るんだ。初狩りの記念品みたいなもんさ」
グラベルの視線が自分の肩鎧に留まるのを感じた男がグラベルに言った。
「あ、紹介してなかったな。俺はラミル・ドレイク狩猟団のクラウだ」
「ラミル狩猟団の新人だよ。先回の狩りでうええ~。もう歩けなかったらどうしようよ、兄貴。うへんへんへん、俺歩けるよね? って涙目になった俺たちの新人」
クラウの肩を手で掴んだ後、通り過ぎながら大柄で濃い茶色の髪と髭を綺麗に整えた男が言った。クラウの仲間らしい男の外見は、髭と髪をよく整え、服装がきちんとしてるだけで、周りの他のドレイクハンターの外見よりましに見えた。
「うわあっ! ウェレン兄貴! あの時は本当に脚に感覚がなかったんだよ!」
「あ~ そっか、そっか、そっかよ~」
顔と耳を赤くしたクラウが、すでに自分を通り過ぎて遠く離れたテーブルへ向かうウェレンの背中に叫んだ。
「はは。今回の狩猟団の依頼を受けたグラベルです。こちらはイリスですよ」
「いやあ~。強化魔法もできるのか?」
「ん……。この依頼書に書いてある速度強化、多人回復、武器強化、保護魔法はできると思います」
グラベルが手に持った文書を指先で突きながら確認し、クラウに言った。
「ふいゆ~。俺たちの団長さん、今回は大金かかるな。そもそも今回の獲物は普通の大きさじゃないって聞いたよ。先回そのドレイクを発見した偵察組で行った人がウェレン兄貴だったかな? さっき見たろ? 通り過ぎたあの人。何しろ15キュビト(7.5m)超えの高さの巨大なヤツだってさ」
すでにキュビトという単位に慣れたグラベルがクラウの言葉を聞きながら、7メートル超えの巨獣を頭に浮かべた。
「(ドレイクか……。翼のない小さな龍に似たモンスターとして覚えてるけど。この世界も似た姿かな?)ドレイクってそんなに大きな生き物なんですか?」
グラベルがクラウに尋ねた。
「ん? いや、普通はでっかくて10キュビト(5m)だよ。俺も15キュビト超えのドレイクは初めて聞いた。普通は6~7キュビト(3m~3.5m)だぜ」
クラウが両腕を大きく広げてから狭めながら、言及するドレイクたちの大きさを目分量で比較してみせた。
「だから今回は狩猟団の皆さんを補助できる魔法が使える冒険者を雇ったんですね?」
「まあ、そんなとこだよ。それに俺たちを補助してくれる魔法を使ってくれる冒険者以外は雇えないんだ。金の問題もあるけど、狩り時は鱗とか、目みたいな部位とか、注意して攻撃しなきゃいけないところがあるからな。ちょっと間違ったら数十か数百金貨の損害が出ることもあるから、普段なら冒険者は雇わないけど、今回はちょっと特別さ」
「そうなんですね……」
「それにしてもグラベルみたいな有能な魔法使いがいて、今回の狩りは簡単になりすぎるんじゃないか知らないよ」
「いえいえ。私もこんな大規模な人員で行く狩猟は初めてですから。よろしくお願いします」
軽く頭を下げてグラベルが挨拶すると、クラウがすぐに自分も合わせて頭を下げた。プロイクトンでグラベルとイリスの頭を下げる挨拶を受けた大半の人々のように、クラウも黒い髪色の東側の者たちの挨拶法だと思った。
「じゃあ、出発は2日後だから。その時また会おうぜ。それじゃ、じゃあな、グラベル」
手を軽く振って挨拶した後、クラウはウェレンが座っているテーブルへ向かって歩いて行った。
トライプスープ(Tripe soup)は、牛や羊などの胃を主な具材としたスープ料理です。世界各地で食べられており、例えば、トルコの「イシュケンベ・チョルバス」、ポーランドの「フラキ」、メキシコの「メヌード」などが有名です。スパイスやハーブを加えて風味を引き立てることが多く、二日酔い対策や滋養強壮の料理として親しまれています。




