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71話 農園 (4)

「こほん! リシア様が謝る必要なんてありませんよ~。」


「いいえ、リシア様。もう温室が建つんですから、種と(なえ)の生産量を増やすだけでも、私たち何人かの不満は十分に解消されます。どうかお気になさらず。」


「ええ、ええ。謝らなくても大丈夫です。」


ざわついた空気のまま、どう反応していいかわからない農園の人々の間で、ガラドの明るい声が響いた。


(さかずき)を高く掲げ、周囲の人々と悪戯(いたずら)っぽい目配(めくば)せをしながら、ぎこちない雰囲気をいつもの笑い声と冗談が飛び交う、賑やかで楽しい食事と休息の時間に戻そうとするガラドの気遣いに、ロパーがすぐに応じた。杯を上げ、ラントもロパーを見やる目はまだ少し不満げだったが、腰に手を当て、もう片方の手で杯を持ち上げてガラドの提案に従った。


再び農園の人々の笑い声、フォークの先が皿を突き刺す音、スプーンが器を掻くカチャカチャという音がリシアの耳に届いた。そしてリシアの目には、再び穏やかな農園の日常が戻っていた。人々と目を合わせ、柔らかな微笑みで会釈(えしゃく)した後、階段を上がってディアラが座っているテーブルへと向かった。


「ごめんなさい、ディアラ。聞かれた通り、ラタク様にまた一つ心配事をお伝えしなければいけなくなりました。」


リシアが席に着きながら言った。


「いえいえ。ラタク様への報告が少し増えただけです。」


ディアラが隣に座ったリシアの方へ体を向け直しながら答えた。


「そう思ってくださるなら嬉しいです。では、少し休んだ後、農園のあちこちを回ってみませんか? 直接見て回った方が、ラタク様に農園の様子を詳しくお伝えできると思いますので。」


「はい。ラタク様も農園のことをもっと詳しく知りたいとおっしゃっていましたから、実は明日、ガラドおじさんに案内をお願いしようと思っていたんです。」


「長い旅で疲れているでしょうに。一日くらいゆっくり休んでから、のんびり動き出すのはどうですか?」


リシアが(あご)に手を当て、首を傾げて優しい笑みを浮かべながら言った。横から灯るランプの光が、彼女の薄い紫色の瞳を柔らかく照らし、その瞳はさらに美しく輝いていた。


「今日は十分に休めましたし、農園の新鮮な食材で作った料理までいただいたので、体中に力がみなぎるような気分です。明日、農園を回るのに何の問題もありません。」


「それなら、明日から農園を視察する 監査官様に良い印象を与えられるよう、このリシアが何をお出しすれば、ラタク様の耳に良いお話が届くでしょうか?」


「5000金貨と、リシア様が一番大切にしている茶葉の入った箱で十分だと思います。」


「げほっ! ごほっ、ごほっ。」


隣で静かに話を聞いていたリブが、ディアラの言葉に驚いて、口に含んでいた酒を鼻と口から吹き出した。


「冗談です……」


自分が言った冗談に照れくさくなったディアラが、小さな声で言いながら、真っ赤になった頰を隠すようにうつむいた。


「あはは! ディアラ! いつからそんなに自然に冗談を言えるようになったの?」


リシアの口元に笑みが広がり、大きく笑い声を上げた。


「いえ、もちろん金貨はありませんが……私が持っている一番美味しいお茶は、喜んで差し上げますね。」


リシアがまだ笑いの余韻(よいん)を残した声で、ディアラに言った。


「すみません、リシア様……。それに、農園を査察(ささつ)しに来たわけではないんです……」


ディアラが小さな声で、リシアの方へ顔を向けながら言った。


農園での初日が終わろうとしていた。ロングハウスの内部からは、大きな笑い声と賑やかな会話が外へ漏れ、夜は農園の上に静かに降り続けた。





*****


農園の朝。昨夜の黒い闇を昇る太陽が優しく払いのける。緑の葉は本来の色を取り戻し、赤や黄色、白、さまざまな美しい花びらも、それぞれの色を誇るように見る者に晒し、そよぐ風に優しく揺れていた。


早朝からニアはイリスに急かされ、ロングハウスを出て、その前の大きな(やなぎ)の木の下で剣を構えていた。


「ぐうううう!」


イリスがニアに教えたのは、つい先日バラ・グラスで知ったマナ脈の循環法だった。


ただその場に立って体内でマナを巡らせるのではなく、極めてゆっくり、ほとんど止まっているかのように微かな動きを伴いながら、同時に体内でマナを流す——イリスが新たに体得した訓練法だった。


「集中してください、ニア。動こうとする意識より、マナの循環を優先です。」


ニアの前に立って腕を組み、イリスが言った。短い時間ではあったが、グラベルに従うニアの言葉と行動から、イリスはニアも自分と同じくグラベルを主君として慕っていることを感じ取っていた。


「今のニアの実力では、グラベル様のお役に立てません。一日でも早く強くなければ。」


冷たい眼差しと口調だった。褒めて励ますより、自分の未熟さを指摘し、闘志をより激しく燃え上がらせる方が効果的だとイリスは知っていた。


「うぐぐぐ! わかっているだる!」


イリスの言葉を聞いたニアが、全身を絞り出すようにマナを放とうとした。しかし急いで引き上げたマナが制御の範囲を超えそうになり、ニアは目をしかめ、顎にさらに力を入れて体内で増幅されたマナの気配を抑え込もうとしていた。


「よくできました。では、今度はマナを腕を通じて剣に流してください。細く細い糸から始めて、徐々に量を増やしていくイメージを持つとやりやすいです。」


「あ……わかったる!」


ニアが大きく息を吐き、持っていた剣に意識を集中し始めた。


マナを制御するために硬く緊張していた筋肉と、上がっていた肩が下がり、少し楽な姿勢になったニアが、剣に向けてマナを放った。


「いい感じです。その感覚のまま、回転させるマナと放つマナを調整しながら動いてください。では、マナで包んだニアの剣で、私の剣を一度受けてみてください。」


イリスが片手で鞘ごと剣を持ち上げ、ゆっくりと防御の構えを取るニアの剣に向かって、自分の剣を下ろし、交差させた。


「うっ!」


イリスの剣が触れた瞬間、ニアが感じたのは途方もない重みだった。


イリスの腕には一切の震えもなく、顔にも力を込めている気配はなかった。強く打ち下ろしたわけではなく、ゆっくりとニアの剣を押さえつけるように触れただけなのに、か細いイリスの腕と手に握られた剣から出るとは到底思えない力が伝わってきた。巨大な岩がのしかかるような重さをニアは感じていた。


ニアの両手がそのまま下へ押し下げられた。イリスはただ腕を伸ばしただけだったが、剣先に込められたマナはニアの剣を一切の抵抗もなく押し潰した。


足元の土が大きくへこみ、ニアの膝が震えた。両腕が痺れるように震え、指の関節が痛いほど抵抗しながら剣を手放すまいとしていた。


イリスの剣からは殺気は感じられなかったが、今すぐにでも気まぐれで、受け止めている自分の剣を真っ二つにへし折り、粉々にするだろうという圧倒的な重圧が、剣を通じてニアに伝わってきた。


「よくやっています、ニア。まさにマナで武器を包むという感覚です。」


褒める言葉とともに、口角をわずかに上げた軽い笑みを浮かべてイリスが言った。


「ううううぅ! これ、いつまで受けていればいいんだる!」


優しい口調とは裏腹に、イリスがさらに強く剣に力を込めた。受け止めているニアの腕と脚が痙攣(けいれん)するように震えていた。限界まで力を振り絞り、イリスの剣をなんとか支えていた。


「今日はここまで。よく頑張りました、ニア。」


イリスがニアと剣を合わせていた剣を上げ、納めた。


「はあぁぁ~……」


ニアが大きく息を吐き、その場で剣を落とし、倒れ込むように背中を地面に預けた。


「これからは毎日一度、私の攻撃を受け止めてください。強度は毎日上げていきます。だから訓練を怠けたら……その分、代償を払うことになりますよ?」


目尻を下げて微笑みながら言うイリスの声に、ニアは全身の(うろこ)が逆立つような寒気を感じた。そして再び体を起こそうとしたその時、遠くから子供たちの声がニアの耳に届いた。


「ニア~!」


「ドラゴンだ! ドラゴン~!」


柳の葉が風に揺れる音を突き抜けて聞こえてくる子供たちの声が次第に大きくなり、木の下に横たわるニアに近づいてきた。


「ニアも食べる?」


なんとか体を起こしたニアに近づいた子供が、手のひらに載せた小さな赤い木の実を差し出した。


「うん、ありがとうだる。おいしく食べるだる。」


わずかに震える指先で子供の手のひらの実を取って、ニアが言った。


「でも、ニアは飛べないの?」


「ドロコは翼がないから飛べないだる。」


「口から火は吐けないの?」


別の子供が首を傾げて聞いた。


「まだ吐けないだる。カルカに魔法を習ったら見せてあげるだる。」


ニアが大きく口を開け、赤い舌と尖った歯を子供に見せながら言った。


「カルカ? それ何?」


「偉大なカタダルの次に偉大な人だる。」


「おおーん。それじゃあいつ習うの?」


「それはまだわからないだる。」


そうしてしばらくの間、農園の他の子供たちが集まるまで、小さなドラゴンの姿をしたニアに、子供たちから次々と質問が浴びせられた。


質問の嵐に、ニアが子供たちと目を合わせようと忙しく首を振りながら答えていたのも束の間、遅めの朝食を終えて木で作った木剣を頭上で振り回しながら別の子供の群れがやって来ると、二つのグループが合流し、ニアに別れを告げて別の場所へ去った後、ようやくニアは再び訓練に集中できるようになった。


「もう休みましたね、ニア? では、もう一度始めましょう。」


柳に寄りかかっていたイリスが、再びニアに近づきながら言った。


「……もう休んだだる。」


子供たちのおかげで少し休めたニアが、ふらふらと力の抜けた足取りで歩み寄り、再びイリスの前に立って構えた。





*****


農園の外れ。きらきらと青い光沢(こうたく)を帯びた葉が茂る作物たちの間の畑で、ガラドの鼻歌(はなうた)が聞こえてくる。


軽く肩を揺らし、時折空に浮かぶ大きな白い雲を見上げながら、ガラドの足取りは軽やかだった。


「湖と繋がった水路はご覧になりましたね。次はどちらにご案内しましょうか?」


「ここを見ると……キルビアから取り寄せた『ティルガルの髭』という作物を育てていると書いてあるのですが……もしかして、その栽培地にご案内いただけますか?」


ディアラがリシアから受け取った紙の巻物を両手で広げながら歩き、ガラドに尋ねた。


「ティルガルの髭なら、農園の外れの方まで歩かないといけませんね。こちらへどうぞ。そういえば、あちらの畑もずいぶん久しぶりだな。」


ガラドが先頭に立って歩きながら、後ろの二人に少し体を振り向けて立ち止まり、言った。

頑張れニア!火を吹くその日まで!

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