70話 農園 (3)
料理がすべて出てくる前から、黄金色の蜂蜜酒の入った木の杯が触れ合う音と、人々が豪快に笑う声がホールに満ちていた。そのたくさんの笑い声の中でも、ホールの隅のテーブルに座るロパーの笑い声がひときわ大きく響いていた。
片手には蜂蜜酒の杯を、もう片手にはフォークで肉の塊を刺し、同じテーブルに座るガラドと、目が落ちくぼんだ痩せた男と話している。
「キャハハハ! ガラド、もっとガブガブ飲めよ! ワレン! 明日になったら、こうして三人で集まって飲む機会なんて滅多にないぞ!」
「ロパー、去年も発棘病が悪化しただろう……。そんなに飲んでいたら、また足の中に恐ろしい痛みの棘が生えてくるぞ。棘の女王様がまたおいでになるというのに。」
ガラドの言葉に、ロパーは昨年味わった激痛の跡が残る自分の足をちらりと見下ろした。
関節が腫れ上がり、硬くこわばった指先と甲、赤く腫れて言葉にならないほどの痛みだった足。しかし、ほんのわずか見つめただけで、すぐに顔を上げ、杯をあおり、フォークの先の肉を一口で飲み込んだ。
「パハハハ! 大丈夫だって! お前の薬のおかげで去年はすぐにおさまったじゃないか。飲んだあと水をがぶ飲みして、薬さえ忘れなけりゃ、今日も俺の足はピンピンだぜ!」
ガラドは眉をひそめ、長くため息をついてロパーを見やり、首を横に振った。
「それにしてもワレン、明日には故郷に家族と帰るんだ。農園の料理が恋しくならないか?」
ロパーは、こんがり焼けた肉が盛られた皿をワレンの前に押しやりながら言った。
「ええ……恋しくなると思います。料理も、人も……」
ワレンは杯を両手で包み込むように持ち、寂しげな表情と声で目を伏せた。
「それでも良い理由で故郷に帰るんだ。あまり落ち込むなよ。」
「そうだ。領主様に領地の土地管理官に任命されて行くんだぞ。むしろ喜んで祝うべきことだ。」
「その通りだ! ガラドの言う通りだぜ。だから今日は、俺の足にまた棘の女王様の痛みが来ても、食って飲んでワレンを送り出してやらなきゃな! クハハハ!」
「ロパー……ワレンの送別を口実に、食べ過ぎ飲み過ぎるなよ。本当に棘の女王様が来るからな。寝る前に俺が薬草の粉を固めた薬をやるから、それを飲んで、今日から数日はいつもより水を多めに飲め。あと、頼むからその肉を落とせと言っただろう。貴族の旦那方にかかる病を、庶民が……」
ガラドはため息をつきながら、水のたっぷり入った杯をロパーに差し出した。
「だからぁ! いつまで待てばいいんだよ!」
ホールの笑い声と話し声の合間を縫うように、太い男の声が響いた。怒りに満ちた声は、さらに大きくなっていく。
「これが全部! 俺たち農民のためにやっていることじゃないのか!? なのにこれがなんだってんだよ!」
大きな杯をテーブルに叩きつけ、男が立ち上がった。周囲に座る農園の人々と目を合わせ、自分が今吐いた言葉、そしてこれから言う言葉に同意と支持を求めるような仕草だった。
立ち上がった男の姿は、どこにでもいる村の農夫そのものだった。長年の労働で疲れた目、落ちた肩。乱れた髪、日焼けで赤く、茶色く焼けた肌。髭は気が向いたときに剃るのか、顎と唇の周りを不格好に覆っている。
「もうすぐ冬が来る。今年は新しい作物の種をたくさん作っておかないと、冬が終わったらすぐに農民たちに分けられないだろう!」
「そうだな。」
「ラントの言う通りだ。」
立ち上がったラントという名の男の言葉に、周囲の農園の農夫たちが頷きながら同意した。
「だからこそ、今からでも分け与えるための種を確保しなきゃならない。リシア様に、俺たちの声をずっと届け続けなきゃ!」
ラントがさらに声を張り上げた。
「本当に、いつだって腹を空かせ、疲れ果てている領民たちのためだと言っているのか、ラント!」
ラントの叫びに負けない大きな声が飛んだ。がらがらと少し嗄れた声の主が、ラントに向かって歩み寄っていた。
「ロパー! 今日も酔っているのか。俺の言葉に何の疑いがあるんだ!」
「本当に寒い冬と凶作の飢えに苦しむ農民たちのためだと言っているのか、と聞いているんだ。……それとも、お前をここに寄越したラランシェ男爵様の催促が、お前の口を動かしているんじゃないかと、俺は怪しんでいるだけだぜ。」
ロパーは口ひげに付いた酒を拭いながら、ラントに負けじとさらに声を張り上げた。
その響き渡る声に、人々は座ったまま椅子を回して体を向け、一人また一人と視線がロパーとラントに集中し始めた。いつの間にかホール中の注目が二人に集まっていた。
「ラランシェ男爵様はこの件と何の関係もない。せいぜい関係があるとすれば、男爵様も王国中の農民が一日も早く冬を恐れず、干ばつや病害の心配なく生きられることを望んでおられる。その心は俺と同じだ、ということは確かだ。」
「はっ! それにしては毎日、農園の他の耕地を回って、新しい作物がラランシェ男爵の領地でうまく育つか、どのくらいの苗と種が必要か聞き回っていないか。口に出す言葉と行動が違いすぎるわい。」
ロパーは歩を進め、ラントに近づきながら言った。相手を威圧するように大きく足を踏み、目を大きく見開き、杯を持ったまま反対の手は拳を握って大きく前後に振りながら。
「そ……そんなはずはない! 俺は自分だけが得をしようとしているんじゃない! 一日も早く農園の作物がバナルドのすべての土地に広がってほしいという気持ちで言っているんだ!」
ラントは迫るロパーの気迫に負けじと、テーブルの上の杯を一気に飲み干し、ロパーが歩いてくる方向に向かって歩き出した。
「そんな嘘で農園の人々を扇動するのはやめろ!」
ロパーはラントを指先で指し、叫んだ。そしてラントが口を開くより先に、さらに大きな声で続けた。
「ラント、お前を含めてその隣のブラント、ポー、それから……そうだ、アリック。そこに座っている全員が、背後にいる貴族様たちの言いなりになってるだけじゃねえか。くそっ、農園の仕事を手伝いに来たんなら、仕事をしろ! 余計なことはするな!」
指先で座っている者たちを一人ずつ指し示し、いつの間にかロパーの横に近づいたガラドから大きな杯を受け取り、顎を上げて中身を一気に飲み干したロパーは、座るために椅子を足で蹴った。
飲み終わった杯の中身が、甘い蜂蜜酒ではなくただの水だと気づいたロパーは、わずかに表情を硬くし、気まずい笑みを浮かべるガラドと目が合い、言葉が止まった。しかし、座ったあとでテーブルに置かれた酒の満ちた杯を手に取り、再び言葉を続けようとしたその瞬間だった。
「今日はお二人の声が大きすぎますね。」
二階へ続く階段を降りてくるリシアの声が、ロパーとラントに集中していた人々の目を奪った。
「リシア様……」
「こほん! リシア様、声が大きすぎましたか。申し訳ありません。」
ラントとロパーは互いに向けていた体を巡らせ、リシアに向かって頭を下げた。
「何について話されていたかは聞きません。きっと農園の苗と種の配分についてですわよね?」
リシアは口の端をわずかに上げ、薄い微笑みを浮かべて二人に言った。
「ええ。毎日同じ日の繰り返しでうんざりです。農園に種を取りに来たのか、仕事をしに来たのかもわからないくらいで。」
ロパーは眉を寄せ、鋭く吊り上げた目でラントを睨みながら言った。
「種と苗を分けろと言っているのは、いつか農園が分けてくれるはずのものを、指折り数えて待っている領民たちの代わりに声を上げているだけです。」
ラントは一度息を整えるように顔を上げ、周囲を見回した。そして、抑えていた感情を整えるように再び口を開いた。
「それに、このラントがただ声を上げるだけのつまらない人間だと思われますか? 誰よりも早く青い朝を迎え、日が完全に昇る前に畑に出て、星が黒い夜空に輝く遅い夜まで働くのがこのラントです。そんな私に、仕事をしに来たのか種をもらいに来たのかわからない、などと言う人がいる方が驚きです。」
ラントは片方の手のひらをまっすぐ広げ、胸に当てて体を巡らせ、周囲の人々にその仕草を見せながら、自分の言葉に偽りがないことを訴えた。
「二人のお話はよくわかりました。だからこそ、これ以上お二人がお互いに声を荒げる必要がなくなるよう、一つの解決策をお話ししようと思うのですが……いかがでしょう? お聞きになりますか?」
リシアは二人に近づき、テーブルに両手を伸ばして置いて言った。
「はい。聞かせてください。」
「うむ。リシア様のおっしゃることなら、いつでも!」
ラントとロパーは興奮した感情を抑え、席に着いた。
リシアの声は、他の農園の女性たちよりやや低い音色と独特のリズムで、強い説得力があった。柔らかな威圧感が二人を椅子に座らせた。
二人が座るのを見届けたあと、リシアは細めた目で優しい笑みを浮かべ、ホールの人々に向かって話し始めた。
「農園の苗と種の生産は、今回新しく建てる温室で生産量を増やす予定ですので、分けられる苗と種の確保は容易になります。」
その言葉を聞いたラントは、拳を握りしめて腕を折り、ロパーに自分の喜びを見せつけた。
「ただ……バナルドのどの領地にどれだけ供給するかは……私の権限を超えています。」
今度はロパーが歯を見せて笑い、ラントに向かってにやりと笑った。
「そこで、ちょうどヴェス・ディナスに向かっている私の同僚が、今日農園に来ています。ですから、直接バナス大公のご子息であるラタク・バナス様に請願書を送り、この問題の解決をお願いしようと思います。いかがかしら?」
「ラタク様のご命令ならば……不満を言うわけにはいきません。」
「バナス家のご子息であれば……そもそもこの農園もあの方が計画して作られたものですし……」
ホール内の空気は、ラントとロパーが言い争っていたときよりずっと落ち着いていた。農園の人々は互いに目を合わせ、小声で意見を交わし合っていた。
「では、ラタク様のご命令が届くまでは、はっきり決まったことは多くありませんね。それは農園の管理者である私の力不足から出た結果ですので、どうかご寛恕ください。」
リシアは静かに目を閉じ、片膝をわずかに下げ、ホールの人々に向かって言った。
ロパーが患っている足棘病は、いわゆる痛風のようなものですが、ファンタジーらしい恐ろしさを込めて「棘の女王様」と呼んでいます。肉と酒を愛するロパーにとっては, まさに天敵ですね




