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67話 グラフの息子ガラド

翌日の朝。ディアラの馬車はラチャ湖を背に、赤い木の森のある場所を進んでいた。


道なき赤い森の中、馬車は地面から突き出た木の根を慎重に越えていた。


片方の車輪が根に引っかかると、馬車の車体が傾き、きしむ音が響き、中で縛っておいた荷物がガタガタと揺れた。泥の水溜まりを通るたび、車輪が深く沈み、泥水が飛び散り、ディアラは古びた手綱を握った手に力を込め、前方を注視(ちゅうし)した。


そうしてかなり長い時間を、ゆっくりとした速度で赤い木々を過ぎながら、周囲の繰り返される景色に、どれだけこの森に留まっていたのか、時間感覚さえ鈍くなる頃、高くそびえる赤い木々の隙間から大きな山の姿が見えた。


「うお、ラテラ山だ。ニア、あれがラテラ山だよ。」


リブがニアを呼び、高い山の頂に雪が積もったラテラ山の姿を指さしながら言った。


「おぉん。ディアラが言ってた農園はあっちにあるんだる?」


ディアラの隣に座り、ラテラ山を眺めていたニアが言った。


「ええ。もう少し行けば農園の入り口に着くはずですよ。」


ディアラが馬車の横に首を伸ばして進む道を確かめながら、ニアの質問に答えた。


「ニア、ラテラ山には黒い龍が住んでるって聞いたことある?」


リブが馬車の横に近づき、速度を合わせて歩きながらニアに尋ねた。


「聞いたことないんだる。ドロコには偉大な赤い龍のカタダルの名前だけ知ってればいいんだる。」


「じゃあ、ラテラ山の黒い龍とカタダルが戦ったら、カタダルが勝つかな?」


「当たり前だる。偉大な赤い龍のカタダルが勝つんだる。」


「黒い龍の方が大きかったら?」


「カタダルより大きな龍なんて、この世にいないんだる。」


ニアとリブは短い時間一緒に旅しただけだったが、いつの間にか他愛(たわい)もない話を交わすほど、二人は仲良くなっていた。


「ニア、お腹空かない? そろそろ空く頃だよ?」


「まだ空かないんだる。私はリブみたいにしょっちゅう空かないんだる。」


「リブ、実はお前がお腹空いたんだろ? ニアを言い訳に使って休もうとしてるんだよな?」


二人の会話を聞いていたケインが会話に割り込み、ニアの味方をして言った。


-ガタン-


三人の会話が続きそうになった瞬間、馬車の車輪が大きな音を立てて、地面から伸びて出ていた赤い木の根二本の間に挟まった。


「うえぇっ!」


突然の馬車の揺れにニアが前に倒れそうになり、声を上げた。


「おっと? 車輪が挟まったみたいですね?」


リブが馬から降りた後、馬車の車輪を確かめながら言った。


「そんなに深くはまってるわけじゃないみたいです。車輪も問題なさそうなので、前から他の馬たちと一緒に引っ張り出せばいいと思います。」


他の一行も馬車を確かめるために、止まっている馬車の方へ近づいてきた。


「ラテラ山へ向かわれる道中ですか?」


どこからか見知らぬ男の声が聞こえてきた。


「どちら様ですか? 私たちは隠れ月騎士団の農園へ向かう途中です。」


姿を見せずに聞こえてきた声に、ディアラが答えた。


「ディアラ様でしたか!」


遠くから聞こえていた先ほどの声とは違い、馬車が止まっていた赤い木の近くから、濃い苔色のクロークを着た男が姿を現した。


大きく笑みを浮かべた男の目には目尻に笑い皺が見え、獅子の(たてがみ)のように空に向かって伸びたぼさぼさの茶色の巻き毛が強い印象を残す男だった。男のズボンと上着には大小さまざまなポケットが不規則に縫い付けられており、肩を横切る長く太い革紐の先には、さまざまな色のキノコが飛び出た大きな袋があった。


「ガラドおじさん! すごく久しぶりです。」


ディアラが普段とは違う高い声でガラドという名の男に向かって両腕を広げ、近づきながら言った。


「いやぁ〜! ディアラ様、どうしてこんなに久しぶりなんですか。あっく、このままじゃ他の皆さんに挨拶もできないな……。」


彼は両手に土がついたまま、慌てたように手のひらを服の裾で拭いた。


「グラフの息子、ガラドです。農園に行くと別のガラドがいるので、こうやって長く自分の名前を紹介するようになりました。覚えにくいようでしたら、ただキノコを育てるガラドと言っても、皆さん僕のことだとわかるはずです。」


ガラドが両手をディアラと握り合い、互いに喜び合いながら、ディアラの隣にいた他の一行に挨拶を述べた。


「リブです。こっちは僕の友達で仲間でもあるケイン。」


「ニアだる。」


「グラベルです。よろしくお願いします。」


「イリスです。」


「じゃあ、挨拶は皆さん済んだみたいですね。まずはこの馬車を抜き出してから話すってのはどうですか?」


リブが片手で馬車の車輪を指さしながら、周りの人々に言った。





*****


赤い木々に囲まれた森のどこか。石を積んで作った小さな石垣(いしがき)境界(きょうかい)を示した木造りの森の中の小さな家、その前にディアラの馬車が停まっていた。


農園へ向かう人々の案内と赤い森でキノコ採集(さいしゅう) のために作ったガラドの家の前では、ニアとイリスが庭の一角に陣取り、剣を振るってニアの鍛錬(たんれん)に熱中していた。


家の内部では、久しぶりに訪れた客を迎えるガラドが足を忙しく動かし、家中のあちこちに積まれた雑多な物を足で蹴ったり押し退けたりしながら、まっすぐに埃だらけの暖炉へ駆け寄り、急いで火を起こした。


「へへへ。お客さんがほとんど来ない場所なのでね。どうぞ、適当にどこでも座ってください。」


汚れた家の様子を見せて恥ずかしいのか、ガラドが頭を掻きながら言った。


「いえ。野営より壁と屋根がある家の方がずっとましですよ。」


ケインが暖炉の横に椅子を寄せて置きながら、ガラドに言った。


「そうですか? 僕も時々キノコを採集しながら少し滞在(たいざい)する以外、頻繁に来ないので、家の中がぐちゃぐちゃで……。恥ずかしいです。」


「大丈夫ですよ、ガラドおじさん。こっちに来ておじさんも休んでください。」


姿を見せずに別の部屋で物を整理し、騒々しい音を立てているガラドに向かって、ディアラが言った。


「それでもお客さんたちに何か食べ物でも出そうかと思ってます。あっ……。背負(しょ)(かご)はどこだ? 確かにここにあるはずなのに?」


ディアラに答えたガラドが、再び小さな倉庫のような部屋に積まれた物を探し始めた。


「あった! 去年の春に使ってここに放り込んでおいたんだな。へへへ……。」


ガラドが両手を挙げて持っていたのは大きな籠だった。背負えるように紐がついた埃だらけの籠を地面に軽く叩きつけ、横を手のひらで払って埃を落とした後、その籠を背負って再び家から外へ歩みを移していた。


「どこへ行かれるんですか?」


「ええ、お客さんたちにこのガラドが育てたキノコを味わっていただきたいんですよ。ちょっと行ってきます。」


ガラドが少し体を振り向いてディアラに答えた。


「僕がお手伝いします。」


グラベルがガラドに近づきながら言った。


「いえ。休んでいてください。この辺りでキノコをいくつか採ってくるだけなので、そんなに時間はかかりません。」


「じゃあ、僕が一緒にいけばもっと早く戻れますね。」


グラベルがドアを開けて外へ出ながら、ガラドに言った。


「へへへ。ええ、じゃあ一緒にいきましょう。そんなに遠くないです。では、行ってきます。すぐ戻ります。」


ガラドがグラベルを追って家から外へ出た。


「じゃあ今から森へキノコを採りに行くんですか?」


グラベルがガラドの横を歩きながら尋ねた。


「うん? いやいや。今から採集したら夜通し森を駆け回らないといけないので、僕が作っておいたキノコ栽培場(さいばいじょう)に行って、この籠に詰めてくるだけですよ。」


ガラドが肩に背負った籠の紐を直しながら、グラベルに言った。


「なるほど。それなら僕がついてきてよかったですね。どうやって採るのか教えてくれれば、僕も手伝います。」


「へへへ。ただ一緒に歩きながら話をするだけで十分ですよ。それにしても皆さんキノコはお好きかな? この森でおもてなしできるものといえばキノコと藪の実くらいしかないんですよ。」


ガラドが頭を掻きながら言った。


「特に好きなキノコはありますか?」


ガラドが大きな赤い木の根を越えながら、グラベルに尋ねた。


「そうですね。特に好んで食べるキノコはないんですが、昨日は一行の中の一人が採ってきたアンズタケを食べたんですけど、味が良かったです。」


「お? アンズタケですか。杏の味に似た甘みがあって、僕も大好きなキノコですよ。今向かっている栽培場でも少し育ててます。それ以外にも肉の味がするヤマドリタケとかタマゴタケ、それにウサギタケは僕のお気に入りなんですが。他の皆さんはどうかなあ。」


「皆さん好きだと思いますよ。でも毒キノコと食用キノコはどうやって見分けるんですか?」


「うーん……。これをどこから説明すればいいかな。キノコの種類がとにかく多いんでね。詳しく知りたければ農園に行ったらキノコの種類を記録した図鑑があるので、それを見てもらってもいいですけど、普通はヤマドリタケとウサギタケ、それに昨日食べたというアンズタケだけ知っておけば大丈夫ですよ。タマゴタケは見た目が毒キノコのドウケタケとすごく似てるので、赤い色のキノコはそもそも食べない方がいいです。」


グラベルがキノコに興味を示すと、ガラドは休みなくキノコの話をしながら、森の中のキノコ栽培場に向かって歩いた。そして少し歩いた後、ガラドがグラベルに前の木を指さしながら言った。


「着きました。あの木の後ろです。暗くなる前に籠いっぱいに詰めて戻れそうですね。」


グラベルを後ろに、先行して駆け出したガラドが腰に手を当てて見ている場所には、数十本の丸太の原木(げんぼく)が斜めに立てかけられ、数本の巨大な赤い木の幹の下に並んでいた。


赤、茶、白、黄のさまざまな色のキノコが2キュビト(1m)長さの丸太に生えたキノコ栽培場の様子を、グラベルがガラドの横に立って、その珍しい光景を眺めていた。


「グラベル様はあっちの列の茶色のヤマドリタケを採って詰めてください。」


「こっちにあるもの全部がヤマドリタケなんですか?」


「ええ。適度に大きくなったやつだけ採ればいいです。」


グラベルにヤマドリタケが生えた原木の範囲を、手を伸ばして虚空(こくう)をなでる動作で教えてから、ガラドは他のキノコがある場所へ向かった。


グラベルとガラドの二人はしばらく、並んで立てられた原木の間でキノコを選びながら採集に没頭し、無言で時間を過ごした。


しかしそれも長くは続かず、グラベルがガラドに声を掛けた。


「このくらいの規模のキノコ栽培場を一人で作ったんですか?」


「え? あ……。ええ。そんなに大変じゃなかったですよ。木に傷をつけてキノコを植えるだけのことですから。」


「それでもこのくらいの原木を切って運ぶだけでも、結構時間がかかったんじゃないですか。」


「へへへ。このくらいは一気にできないですよ。5年くらいかけて少しずつ増やした結果、こんなに多くなったんです。その代わり、切った原木を準備する時間が長いんです。普通は紅葉の時期に木を切って冬の間干しておいて、春になると干した木に小さな穴を開けてキノコを植え、10日に一度くらい水をやるだけです。」


ガラドは笑いを交えながら、グラベルにキノコ栽培について説明した。キノコの話をするときは顔に生気が満ち、声にも情熱がこもった。そんなガラドの様子を眺めながら、グラベルは目の前のヤマドリタケを採る手を止めず、静かに彼の言葉に耳を傾けた。


話が少し途切れるたび、グラベルは小さな筆記具(ひっきぐ)の袋からペンとインクを取り出し、紙の上に素早くペンを走らせた。ガラドの言葉を逃すまいと、栽培場の構造を描き、ガラドの方法と季節ごとの作業順を細かく記録していった。


いつの間にかガラドの籠がいっぱいになり、食べる口がいくら多いといっても、こんなにたくさん食べられるかと疑うほどキノコが山積みになった。


「これくらいで十分です。戻りましょう、グラベル様。日が暮れかけてますよ。足元をよく見てください。外へ伸びた木の根がよく足に引っかかるんです。」


ガラドが笑いながら言い、先頭に立って栽培場から出始めた。


グラベルは最後に手に持っていたペンをしまい、インクが乾いた紙を確認してから慎重に巻き、クローク内の小さな袋に収めた。そして無言でガラドの後を追い、森の道を歩き出した。


「あっ、早く行って帰るって言ったのにランタンを持たなかったな……。気をつけてください、グラベル様。」


ガラドが小さな石に足先が引っかかり、バランスを崩してよろめきながら言った。


「くっ……。歳取ると夜目が暗くなって困りますよ。若い頃は月が出ない日でも森の中を平気で歩けたのに。」


ガラドが短いため息をつきながら言った。そして暗くなった森の地面を腰を屈めて確かめ、ゆっくりと歩みを進めた。


「僕が魔法を使って周りを明るくします。」


グラベルも久しぶりすぎて忘れていた魔法を遅れて思い出し、言葉を続けて手を開いて魔法を唱えた。


手のひらから小さな光の玉がガラドとグラベルの周りに広がっていった。数十個の光の塊がグラベルの手のひらから離れ、徐々に広い範囲を柔らかな青い光で、闇が占めていた森のあちこちを照らしていった。


「明るいですね……。どんなランタンや松明より明るいです、グラベル様。」


ガラドがグラベルが照らした周囲の森を、首をゆっくり回しながら眺めた。


「僕も久しぶりに使った魔法です。思ってたより……。かなり明るいですね。」


グラベルも自分が唱えた光源魔法(こうげんまほう)の効果を、ガラドと同じように首を回して見ていた。


「農園にいるリシア様も時々夜道を歩くときに杖の先にこんな光の玉を現すのを見たけど……。こんなにたくさんの光の玉で周りを照らすのも可能だったんですね。」


ガラドが真昼のように明るくなった森を見て、グラベルに言った。周りに浮かぶ光の玉たちを見て、開いた口を閉じられず、何も言葉を加えられずに森の中の家に向かって歩き始めた。


帰り道の間中、二人の周りを照らす光があったおかげで、一行が待つ森の中の住処へ行くのにそんなに長い時間はかからなかった。


二人が到着すると、ニアが『カルカ!』と叫びながらイリスと共にガラドとグラベルを迎えてくれた。


その後、待っていた他の人々と一緒にキノコへの賛歌に近い説明と話をガラドから聞きながら、夜遅くまでさまざまなキノコを使った料理を食べた。


焼き物とスープから始まり、ディアラの馬車に積まれていた遊牧民の家族から買った燻製(くんせい)の羊肉とグランドマーケットで買った旅人用の乾物や肉干しまで出して、皆がもう食べられないと互いに同意し合うまで、食事なのかキノコ祭りなのかわからない席が続いた。


そうして皆が翌日農園へ向けて出発することを決め、赤い木の森の中での一日が終わろうとしていた。

私もキノコ、好きです。

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