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61話 赤い鱗のドロコ (10)

「それでは、各々の依頼人の要求内容を改めて聞いてみましょう。」


「Gooook。俺たちはニア・カラゴンの両手が必要だ。」


「うーん。俺たちには依頼人がいるわけじゃないんですよ、上にいるお方が命令したものでして……。このドロコを生きて連れて行かなくちゃいけないんですが……両手が切られた状態で連れて行くのは、体裁が悪いんですよね……」


クールトが困ったように顔をしかめ、グロングに向かって言った。それからしばらく口を固く結んで問題を解決しようと地面を見つめながら歩き回り、やがて新しい考えが浮かんだかのように、再びグロングに声をかけた。


「片手だけではダメでしょうか? それとも肩まで含めて腕一本丸ごと持って行っていただいても構いませんよ。連れて来る途中で起きた小さな事故だと言い訳しやすいですから。」


クールトは片手の手刀で反対側の肩をトントンと叩きながら、腕を切る仕草をして言った。


「それはダメだ。依頼人が二人いるから、それぞれの依頼人にニア・カラゴンの手を渡さなければならない。Gwoook。」


「チッ。事情がそういうなら……両手を切らなきゃいけないですね。はあ……まあ、それならグロングの皆さんは両手を切って持って行ってください。残りはレル姉さんと俺たちですね。姉さんも腕や手が必要ないならですが。」


クールトが仕方ないとばかりに苛立(いらだ)った声を上げてから、会話を長引かせながら他の仲間たちの方を見て無言で同意を求めると、仲間たちがクールトに向かって頷いた。


そしてクールトはレルが立っている木の方へ体を向け、暗闇の中にいるレルと向かい合った。


「レルレルって呼ばないで、せめて騒いでる連中同士は名前で呼び合おうぜ。どんな名前でもいいからな。俺はウェイララだ。」


「クールトです。」


「ワルロンだ。Gwook。」


「そうそう、ずっとマシだな。それじゃあ俺の依頼人の要求を言うぜ。簡単だ。あのドロコのガキの頭だけ持ってけばいい。」


ウェイララが牙を見せて笑いながら言った。


「ふむ……それは少し困りますね……。俺たちは生きて連れて行かなくちゃいけないし……ウェイララ姉さんは首を切って頭を持って行く必要があるわけで……どうしましょう……どうしたものか……」


クールトが再びうつむいてその場を歩き回りながら独り言を呟いた。


「えっと……もしかして……俺たちの方の上のお方に、ひとまず生きて連れて行ったあとで……その……その後で頭を持って行っていただくというのは……」


クールトがウェイララの反応をうかがいながら慎重に尋ねた。


「それはダメだよ。お前たちの上のお方とかボスとかいう奴が、綺麗なままの状態でこのドロコを素直に渡してくれるわけないだろ。それに頭は別に持って行く人がいるんだから触るななんて言えないし。」


「ごもっともです。でも困りましたね。一方は頭が必要で……一方は生きて連れて行かなくちゃいけないし……」


クールトが手を仲間に広げて動きを制した。ウェイララが自分たちの上にいる者を「奴」と呼んだことに、周りの仲間たちが腰の剣の柄に手をかけようとしたのを見たからだ。


「では、こうするのはどうでしょう。俺たちは確かに末端の小さな組織ですが、イクスターンの『Wall』の一つに属しているので、優先権を主張するというのは……」


クールトが言葉を濁しながら言及(げんきゅう)した『Wall』とは、イクスターンを支配する九つの勢力のことだった。


都市の大きさがそれなりの小国家に匹敵するイクスターンでは、都市を支配するこの九つの勢力『Wall』が持つ財力と武力も、その規模に見合ったものだった。


だからこそ大国のエステタ王国領内にあるにもかかわらず、大国の支配を拒否して王国内で独自の勢力としてイクスターンという都市が存在し得る理由が、この『Wall』たちにあるのだ。





[ 九つの『Wall』の一つ、イクスターンの工房地区に影響力を及ぼし、その勢力を維持するティンカー(Tinker)。


イクスターン最大の力を誇り、大陸各地の王族や貴族とも繋がりがあり、女帝との取引のみで海上貿易ができるという噂が立つほど影響力が大きい。港湾一帯を管轄するエンプレス(Empress)。


イクスターンの高い建物の屋上を縄張りとする勢力、ルーフ・クロウ(Roof Crow)。イクスターンのどこにでも彼らの目と耳が届かない場所はないと言われる。


キャリッジ・ドッグス(Carriage Dogs)。イクスターンの陸上輸送を総括する組織。イクスターンの壁の出入りをするすべての馬車が彼らの名を知っている。


ラヴィーン・ラッツ(Ravine Rats)。協谷のネズミとも呼ばれ、狭く複雑に絡み合った迷路のようなイクスターンの下水道(げすいどう)の支配者たち。


三人の兄弟によって支配されるイクスターン南部の勢力。三人の王、スリー・キングス(Three Kings)。


クランクラ(Krankra)。都市内のドロコ自治区を構成する単一種族の勢力。彼らの最高首長の名を冠し、イクスターンの中立勢力として長年を過ごしてきたが、その力ゆえに他の勢力からも中立の地位を認められてきた。


ハウス・パストロ(House Pastro)。大陸の大都市や各国首都を飛び回る飛空艇(ひくうてい)の独占技術を保有・独占運用する家系。これで得た莫大な富を基盤に九つの『Wall』の一つとなった。


ハウス・マーズ(House Marz))。イクスターンの商業地区を支配する家系。イクスターン西部の大部分を支配下に収めるほど影響力が大きい勢力。 ]





クールトが『Wall』という名前を口にし、力と地位を利用してニアの処遇で優位に立とうとしたのだ。


もはや調整が不可能な状況を打開するための、ウェイララに対する脅しだった。


暗殺者、解決屋、監視者など、理由や依頼内容によって名前が変わる彼らにとって、『Wall』の存在とその所属を明かすことは大きな意味を持つ。クールトが取っておいた最後の手段だった。


「ハハッ! 末端だって……それでも『Wall』に所属してるのを自慢げに言うんだな? どうやら闘技場で金を飛ばしたボスが頭に来てるみてぇだな。ネズミか……カラスか。それとも犬どもか?」


「言葉が過ぎるぞ! レル猫女!」


クールトの仲間のひとりがシュルルンという音とともに剣を抜きながら叫んだ。


「俺が言った三つのうちどれか当たったみたいだな? だったら最初から殺し合って決めりゃよかったのに? もう今さら戻せないから、血を見ない方向で済ますなら……」


ウェイララはいつしか抜き放った長いダーク(Dirk)を指先でクルクル回しながら、クールトと仲間たちの方へ歩み寄ってきた。


「俺がエンプレスの指揮官のひとりの命令で動いてるって言ったら、どうなるかな~?」


ウェイララの言葉に全員が凍りついたように動きを止めた。鋭いダークの切っ先を爪先に当ててバランスを取りながら視線は刀身に固定したまま歩き続け、言葉を続けた。


「はあ……目の前の刃より『Wall』の名前の方が怖いんだ? キヒヒ。」


「そ……それは……」


クールトは言葉を続けられなかった。彼の所属する組織はようやくキャリッジ・ドッグスの傘下に入って野良犬のような境遇を脱したばかりだった。ウェイララの言葉が本当なら、相手は格が違う。


エンプレスの指揮官なら、指一本で自分の組織など消し飛ばせる。


たとえウェイララの言葉が嘘でも、それを確かめるには命を賭けなければならない。


選べる手段はない。キャリッジ・ドッグスが庇ってくれるような義理(ぎり)も利益もない。


「あ! それと俺の上のお方は、金を失って八つ当たりしてるお前たちの依頼人とは違う理由で、俺をこのドロコを生きて捕まえてこいって言ったボスとは違うんだから、そこは覚えといてくれよ。」


「は……はい、そういたします。それではまず、ワルロン様と……そのお連れの方々にドロコの両手を差し上げて……」


クールトは一旦言葉を切り、顎を強く噛みしめて込み上げる怒りを抑えようとした。後悔の念も混じっていた。


『Wall』の話を切り出さなければ……。


怒りと後悔を飲み込み、クールトは続けた。


「ウェイララ様には……頭を差し上げます。ドロコはこの木の後ろにいますので、皆さんついてきてください。」


「もう姉さんって呼ばないのか? エンプレスの名前を出したのがまずかったか? 今ここで集まったことは俺の上のお方は知らない。もしお前たちが五人で突っかかってきたら、あの蛙どもは手を二本切って送り返して、俺は別に構わないけど?」


「ははは……いえいえ、小さなドロコ一人にそこまでする必要はないでしょう。」


神経を逆なでするような挑発に、クールトは目元だけで笑って応じ、仲間たちとともに木の後ろへ、他の者たちの前を歩いて進んだ。


木の後ろに回ると、窪んだ地面に暗い緑の雑草と(こけ)がびっしり生えた大きな岩に、太い鉄釘が二本打ち込まれているのが見えた。鉄釘に繋がれた太い|鉄鎖《てっさが、岩の横にへたり込んでいる赤い鱗のドロコ、ニアの手首を締めつける鉄の手枷(てかせ)に繋がっていた。


縛られたニアの姿は惨めだった。体中のあちこちに刃物で深く斬られた傷が見え、血が固まって開けなくなった目と、もう片方の目はかろうじて半分だけ開き、腕と脚は時折痙攣(けいれん)するように動くだけ。岩に体を半分起こして寄りかかり、荒い息をしながら近づく音の方向へゆっくりと目を動かし、何が来るのか確かめようとしていた。


「途中で麻痺が早めに解けて暴れたので、アルディド鳥の羽をもう一本使ったんですが、まだ麻痺が十分に抜けていないようですね。」


ニアが縛られている岩に近づいたクールトが腰を屈めて姿勢を低くし、ニアの様子を確かめながら言った。


「むしろいいんじゃない? 手も首もすぐ切られるんだから、痛みなくスッと……俺だったらむしろありがたいね。」


ウェイララが鋭い爪を立てて首を掻く仕草をクールトに見せながら言った。


「それではまず両手から始めましょうか。ご自身でなさいますか? それとも俺たちが?」


「Gook! 俺がやる。」


ワルロンはクールトの言葉が終わるか終わらないうちにニアに向かって歩き出した。シュルルッと革の(さや)から剣を引き抜き、仲間の二体のグロングに指をくいくい動かして自分について来いと合図した。


三体のグロングがそれぞれの位置に向かって歩き方を変える。


ワルロンはニアの右腕の方へ右側へ。もう一体のグロングはその反対側へ行き、ニアの左腕へ。黄色いグロングは背負った袋から二つの箱を取り出して地面に置き、依頼人に渡す品を入れる箱の蓋を開けた。


「蛙どもが見た目に似合わず几帳面だな。俺はただの革袋一つ用意しただけなのに。」


ウェイララがグロングたちから少し離れた木にもたれかかり、見物しながら言った。


「始めるぞ、Gook。」


ワルロンが頷きながら、ニアの左腕をジャラジャラと音を立てて持ち上げた仲間のグロングに合図を送った。


目の前の剣が自分に向けられるのを知ったニアの瞳が激しく揺れた。体内に広がったアルディド鳥の毒のせいで、声すら出せない。


二体のグロングが手に持った長剣が、力なく持ち上げられたニアの手首に切り込もうとしたその瞬間だった。

女帝の威光と、這いつくばる犬たち。圧倒的な格差を前に、交渉の余지など最初からなかったのかもしれません

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