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6話-スクレッグ (1)

[ 水トロル、川トロル、淡水トロルなどと呼ばれていたが、冒険者であり著名な学者であるアンドゥル・ナバザールによって、トロルと似た身体能力である傷の再生力(さいせいりょく)を持っているが、それ以外の特徴は一致しないため、川スクレッグまたはスクレッグと命名された。以後、冒険者ギルドでもスクレッグという名称を使うようになり、今では冒険者たちの間でもスクレッグと呼ばれている。 ]



月光が照らす川の一方の岸辺、水の上に大きな眼球二つがあちこち動きながら周囲をうかがっている。厚い(まぶた)をパチパチと開け閉めし、動く物体を見逃すまいと、その大きさに比べて素早い動きで、川辺(かわべ)の水ネズミが出す小さな音にも反応し、魚が水面(みなも)に止まった飛虫を食べようと口をパクパクさせて水面を叩く音にも敏感に眼球を転がして監視する。


眼球の正体はスクレッグだった。深い川の付近だったが、8キュビト(4m)を超えるこの怪物(かいぶつ)にとっては、膝を曲げて座っていれば、ちょうど頭だけを川の水面の上に出すことができる。


二つの月が浮かぶ夜だったが、それでも木や草の影で覆われた暗い川の下に体を隠し、頭の一部と目だけを出したスクレッグの姿を照らすことはできなかった。


スクレッグの目に、川の向こう岸の黒いクマがはっきりと見える。スクレッグの長い手足と水かきが、水中での素早い移動を助ける。望めば音もなく近づいてクマを攻撃できる。しかし、スクレッグはそうしない。


クマはいつも立ち向かって戦う。鹿やトナカイのようにただジタバタするだけじゃない。爪を立てて引っ掻き、牙で噛みつく。ウサギは小さすぎる。捕まえても口に入れる前に逃げられることが多く、ようやく食べても味を感じる暇もなく消えてしまう。キツネは勘が鋭い。スクレッグが近くにいることをどうして知るのか、スクレッグが狩りに出る日には水辺の近くにも寄りつかないのがキツネだ。


スクレッグの傷はすぐに癒え、血も少し流れるだけですぐに止まる。それでも皮膚が裂けて傷がつく時は痛いので、スクレッグはクマを攻撃せず、もう少し待ってみることにする。


おいしいのは角のついた鹿だ。特に鹿の角は硬いが、噛む時に妙に苦味と甘味がよく合い、心地よい香りがするので、肉を一口噛み、角の先を牙で噛み砕いて食べる時は、ものすごく気分が良くて叫びながら飛び跳ねたくなるほどだ。


そうしてしばらくの時間を、スクレッグは水中に座って過ごした。水中で膝を抱え、時折ガサガサする音に眼球を転がしながら時間を潰した。


待っていた鹿が現れないので失望したスクレッグは、川の向こう岸へ移動する。水面の下で長い手足をゆっくり漕いで進んだ。川の流れに沿って下り、向こう岸の川辺に着く頃、音が聞こえてきた。


静かな夜の川辺に響く奇妙な動物の鳴き声だった。音のする方へ、スクレッグが水中で体を捻って再び反対方向へ泳いでいく。


到着した川辺には、縄で首を繋がれた獣が見えた。太った胴体に短い脚、太い首に頭の前に突き出た鼻面(はなづら)に大きな鼻、くるくる曲がった尻尾。豚だった。


暗い川辺に一人残されたせいか、首に繋がれた縄が窮屈なのか、時折クェークェーと鳴き声を上げ、周囲から何か近づいてくるのではないかと、縄のつながれた木杭の周りをぐるぐる回り、クンクン嗅ぎ回っていた。


*****

スクレッグは以前にも豚を食べたことがあった。あの日も今日のように静かな夜だった。大きな目をゆっくり開け閉めしながら、あの夜のことを再び思い浮かべる。あの夜は今日のように獣の鳴き声ではなく、ガラガラと音がするのに好奇心が刺激され、水から出て音の方へ歩いていった。


音のする場所に着くと、荷車(にぐるま)が道を進んでいた。車に付いたランタンのせいか、遠くからでもその姿がはっきり見えた。ガラガラと音を立てる車の音に合わせて、怪物の足が動く。スクレッグが近づくと、眠そうな目で道を眺めながら荷車を引くボロ着の男の姿が見えた。


目の前に現れた黒い影に男が目をこすり、再び自分に向かってきた影を仰ぎ見る。


ランタンの灯りを浴びて青みがかりながらも苔が付いて緑に見える、水に濡れた光沢がありながらもゴツゴツした皮膚。水気はあるが、ひび割れた粗い皮膚は触らなくても厚い木の皮のような質感を目で見ても感じられるほどだった。


長い腕は膝の下まで垂れ下がり、そのうちの一本を伸ばして男に向かう。シワシワの指の隙間には苔や水草が挟まっていた。


「うわあああああっ!!」


驚いた男の悲鳴に、スクレッグが牙を見せて荷車の車輪(しゃりん)を掴んで持ち上げる。車輪が折れる音と共に地面に投げ出されたロバの鳴き声が聞こえた。ランタンが割れて流れた油に火がつき火が大きくなると、スクレッグがびっくりして持ち上げた荷車をその上に叩きつけた。


その隙にバランスを崩して倒れた男が素早く地面に倒れたロバを起こし、ロバの上に体を乗せて、ロバと男の姿は闇の中へ消えた。


荷車から外れた半分壊れた車輪を持って逃げる男の方へ頭を向けようとした瞬間、動物の鳴き声が聞こえた。


壊れた車の中から聞こえる初めて聞く音に、スクレッグが慎重に近づく。閉じ込められていた(おり)が壊れて破片が肉に刺さったのか、獣は苦しげな声を上げて鳴いていた。


血の匂いに誘われたのか?腹が空いていたのか?それともうるさい鳴き声がイラついたのか?下手くそに釘打ちされた木の檻を壊してかき回し、大きく突き出た怪物の鼻面が檻の中の動物の首筋を噛んだ。甘い脂肪と血の味が口の中に広がった。プチプチと皮を貫く牙の感触。恍惚(こうこつ)とした肉の味。あの夜の記憶はスクレッグの頭に深く刻まれていた。



*****

その記憶に根付いていた豚の匂いと鳴き声を聞いたスクレッグの瞼がブルブル震えて大きく開く。目玉が飛び出さんばかりに大きく見開かれた目と口元からネバネバした唾液がジュルジュルと流れ落ちていた。


『もう一度あの時の味を、あの時の甘さを!』スクレッグの頭の中はそんな思いでいっぱいだった。


スクレッグが素早く手を伸ばして豚を掴む。ジタバタする豚を自分の方へ引き寄せようとした時、怪物の手に矢が一本飛んできて刺さる。そして背後から強い痛みが感じられた。


ネバネバした血が噴き出して、曲がった背中を伝い肩へ流れ落ちた。


「クハハハ! ルード、本当に お前の言う通り奴が現れたぜ!!」


古びた金属製の兜をかぶった戦士が噴き出る血を避け、金属鎧のガチャガチャする音を立てて後ろへ下がった。


再び闇の中から矢が一本飛んできてスクレッグの胸に刺さる。続いてもう一本。胸に痛みを感じたスクレッグが刺さった矢を手で払って折った。


「スクレッグは傷をすぐに回復するって聞いたけど、本当みたいね。」


矢の飛んできた方向から、一手に弓を持ち、もう片方の手に松明を持ったルードが姿を現した。そしてルードの横から、もう一人が松明の光が届かない暗闇の中から草をかき分けて歩き出て姿を見せた。


革鎧と兜を被っていないルードに比べて、頑丈なハーフプレートと金属のガントレットを着込み、開放型兜(かいほうがたかぶと)の間からはボサボサの髭に太い鼻、そして目元に大きな傷の痕がある冒険者だった。


しかめっ面で鋭く見える目が、これから起きる戦闘を前に集中しているようだった。


二人がスクレッグに向かって近づく間、スクレッグの背中に流れていた傷の血は止まっており、折れた矢が刺さっていた傷は矢尻を押し出して地面に落とし、回復していた。


「レインホルド、火を使え! ヴァリードは回復魔法(かいふくまほう)を使ってくれ!」


ルードの言葉に、しばらく後ろへ下がっていた重鎧の戦士が腰帯の袋からガラス瓶を取り出し、自分の武器に瓶の中の液体をかけた。そしてその上に火打石を打って火をつけた。


「ヘヘ、こうなったらもう再生はできないぜ、怪物野郎。」


*****

ルード、レインホルド、ヴァリードがスクレッグと戦闘中頃、グラベルがその周辺の空の上を飛んでいた。どれほど巨大かもわからない世界の空に浮かぶ浮遊城(ふゆうじょう)を探すというのが無駄な行為のように思えたが、それでも慰めであり言い訳にできるのは、プロイクトン周辺の地形把握と情報収集を兼ねている行為だったから、隙のある日には今日のように都市外縁の遠い場所まで飛んで回るのがグラベルの日常だった。


目標の範囲を回ってプロイクトンへ戻る途中、グラベルの目に闇の中で橙色の小さな灯りが光るのが見えた。


「冒険者たちかな?」


遠くからは確認しにくいので近づいてみることにした。高度を下げて灯りのある場所へ近づくと、冒険者三人組が正体不明の怪物と交戦中だった。


『リバートロールかな? この世界では初めて見るけど・・・。まあ、ダイアウルフも、ゴブリンもいたし・・・。』


怪物の背中には複数の矢が刺さっており、そのうちいくつかの矢は怪物の肉に刺さったまま火がついていた。怪物と対峙する冒険者たちも苦戦中のようだった。


重鎧の冒険者は鎧のあちこちがへこんだり壊れて落ちたりしており、そうして鎧が落ちた場所には大小の傷が出来ていた。そんな傷からは血が流れていたが、他の二人より怪物に一番近い距離で盾で怪物の攻撃を辛うじて受け止めて耐えていた。


もう一人の鈍器を持った冒険者も重鎧の冒険者ほどではないが、あちこちに傷が見えた。それでも遠くから弓を射ていた冒険者が他の人たちに比べて怪我も少なく、敏捷な動きで怪物の攻撃を避けながら攻撃を続けていた。


「あのままじゃ全滅だよな······。」


怪我の重い一人と傷は少ないが疲れが見える二人に比べて、相手の怪物が優勢のようだった。

火で焦がされた傷は再生していなかったが、大きな傷は見当たらない。そして疲れ知らずの勢いで冒険者たちに向かって腕を振り回して攻撃していた。


「助けてあげなきゃ!」


空の上から状況を見ていたグラベルが近くの森へ降りた。そして冒険者たちが怪物と戦闘中の川辺に向かって動き始めた。速すぎずゆったりしすぎず、暗い森を横切りながら進んだ。枝や草をかき分けて歩きながら、グラベルは悩んだ。


相手のモンスターは外見から推測するにトロルかそれに似た系統のモンスターだろう。今戦闘中の冒険者たちが火を使って対処しているのを見ると火が弱点なのは間違いなく、傷が素早く再生するのもトロルの特徴なので、名前がトロルじゃなくても対応法はトロルと同じだろうと思った。


それなら適当な火の魔法を使って対処すればいいが、今回の場合は見ている人たちがいる。プロイクトンで暮らしながら得た知識では、この世界で魔法を使える人は数が多くないそうだ。そして何人かのプロイクトンの冒険者たちが詠唱する魔法を見たことがあったが、そのレベルもグランドワールドの1や2レベルの魔法たちだった。


やはり大都市の周辺で治安が良いせいか初級冒険者が主を成す都市でもあるし、この世界の魔法のレベルをある程度以上知らない状態で、無闇に他人面前で一定レベル以上の魔法を使うことはできないと判断した。


異世界の常識内の他人に大きな注目を引かない魔法なら? それともこの世界の魔法のレベルがプロイクトンを出てもグランドワールドオンラインの3や4レベルの魔法がこの世界の限界で、自分が規格外の魔法使いかもしれないという傲慢な考えもしてみた。


そんな考えがグラベルの頭の中を複雑にした。

鹿茸の味を知るスクレッグ......


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