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51話 レバドスの平原 (9)

「クフフフ。どうだった? グラベル。奴がまさに黒獅子(くろじし)デュバランだ。」


カロットが鋭い牙を剥き出しに笑いながら、グラベルに言った。


「他の闘士たちとは比較にならないほどですね。あんなに圧倒的な力の差だなんて……。だからあんなに多数と戦う以外に試合が成立しないんですか?」


「そうだ。みんな黒獅子と一対一で戦うのを拒否するんだ。複数人で闘技場に立つのが、デュバランを闘技場で見られる唯一の方法さ……。」


「なるほど……。それで、いつも試合のたびに何人かは生かしておくんですか?」


「いや、必ずしもそうじゃない。この前の試合なんて、五人全員を消しちまったんだからな。おそらく、殺すのが惜しいと思うくらいの相手じゃないと生かさないみたいだ……。今日みたいに三人残すなんて、かなり多い方さ……。」


カロットがふざけた表情で眉をぴくりと上げ、長い舌を突き出して左右に振った。それから指を揃えてまっすぐに伸ばした手刀で、自分の首を斬る仕草をしてグラベルに言った。


「おお、そうだ。ニアの試合が次だったな。ちょっと待っててくれ。今回は銀貨を何枚か賭けて、面白く見るつもりだからな。」


カロットが突き出た大きな目の上にある額を掻きむしっていたが、ふと止まって動きを止め、何かを思い出したように席から立ち上がった。


「はい、それじゃ行ってらっしゃい。」


カロットが手のひらに載せた銀貨を何枚か転がして音を立てながら、グラベルの視界から遠ざかっていった。


「アルクの実~甘いアルクの実が銅貨5枚で~」


グラベルが少し闘技場のあちこちをゆっくりと首を回して眺めていたが、止まった先では小さな男の子が紐でつないだ大きな盆を前に掛けて叫ぶ声が聞こえた。子どもの掛けた盆の上には、赤い大きな実が載せられていた。


(初めて見る実だな? 一度食べてみようか?)「ここ、アルクの実二つお願いします。」


グラベルが手を挙げて、実を売る少年を呼んだ。


「はーい、行きまーす、お客さん。」


客席を回って素早い足取りでグラベルの横にやってきた子どもが、器用な手つきで肩の紐にぶら下がった独特な形の短剣を取り出し、赤い実の一部を切り取った後、剣の鋭い先端を使って小さな穴を開け、緑の植物の茎で作ったストローを挿してグラベルに手渡した。


「どうぞ、お客さん。でもお客さんはあの獣人たちみたいに食べちゃダメですよ。」


「ん? 何が……。」


少年が親指を使って自分の後ろ、遠くの客席でアルクの実をガリガリ噛んで食べているローサンたちを指差した。


「僕たちは顎の力が弱いから、あんな風に食べられないんですよ。」


「そうだな。教えてくれてありがとう。」


グラベルが銀貨一枚を手渡しながら言った。お金を受け取りながら、少年が二つのアルクの実のうち残った一つを渡そうとした瞬間、いつの間にか近づいてきた水かき付きのローサンの手がアルクの実を少年の手から受け取った。


「新しくできたドランケの友達が俺のために用意してくれたみたいだな、チキ。」


「あ? えー、何だよカロットのおっさんじゃん。今日は見えないと思ってたのに。」


手に持ったアルクの実に挿したストローを口に当てて一口飲んだカロットが、グラベルの横に座りながらチキに言った。


「おっさんって、ローサンはお前らドランケとは寿命が全然違うって言っただろ。俺の歳じゃ、まだ寿命の半分も生きてねえよ~」


「えー、同じローサンのおじさんたちがカロットのおっさんって言ってるの聞いたのに~カロットのおっさん。」


「このガキ! それでもベラベラ喋り続けんのか!」


チキは素早く席を離れながら、一歩止まって振り返り、カロットに向かってにやりと笑った。


それから片目の下を人差し指でぐっと押し下げ、同時に舌を長く突き出してベーッとするいたずらっぽい表情を浮かべた。


そうしてそのおどけた顔をカロットに残したまま、体をくるりと回して観客席の方へ走り去りながら叫んだ。


「アルクの実、甘いアルクの実が銅貨5枚で~」


いつの間にかその姿が小さく見えるほど遠ざかったチキの声が小さく聞こえる。


「クフムフム! それじゃ、いただくぜグラベル。」


「はい。お金は賭けてこられたんですか?」


「ん……。ドロコのガキに賭けてきたよ、フヒヒヒ。」


闘技場はまだ次の試合のために準備中らしく見えた。


「まだ始まるまで時間がかかりそうだな、アルクの実で喉を湿らせて、面白い話を聞かせてやろうかと思うんだが、どうだ? 聞いてみるか?」


カロットが闘技場を一度眺めた後、再び首を回してグラベルを見て言った。


「もちろんです。聞かせてください。」


グラベルの顔に微笑みが浮かび、大きく見開いた目と共に体を回してカロットに向かい、彼が語る話を聞く準備をした。


「そんな大した話じゃねえよ、デュバランの話だけどな。奴が黒獅子って名前を得た時に俺もその場にいたんだ。あの時の話を聞かせてやるよ。」


カロットが緑のストローを口にくわえてアルクの実をもう一口飲んだ後、グラベルに話を始めった。


「フムフム。おそらく10年前、いや、そんなに昔じゃねえかな? そうだ……そうだ。あれがもう8年前か。イクスターンの闘技場だったはずだ。行ったことあるか? 行ったことねえなら、いつか絶対に行ってみるのを勧めるぜ。今、このトレア商隊の八角闘技場(はっかくとうぎじょう)とは比べ物にならねえほど巨大な闘技場さ。馬車レースもできるくらいの大きさだ。なんと、中に水を張って船を浮かべたこともあるんだから、だいたいそんなでかい建物を想像すればいい……。」


カロットが少し話すのを止めて、過去を思い出すように目を閉じた後、話を続けた。


「そうだ。あの日はたぶん、ちょっと前に水を張って海上の決闘って派手な試合をやった翌日だったはずだ。水気を抜くって理由で闘技場の中に細かい白い砂を撒いてあったからな。あの日がまさに、デュバランがイクスターンの闘技場のチャンピオン、オーガ族のオレックに挑戦する日だった。オレックは自慢の大斧を持って、デュバランは今日見た両剣槍(りょうけんそう)じゃなくて、先端が異様に大きい両手鉄槌(りょうしゅてっつい)を持って闘技場でオレックと向かい合ってた。オレックがどんだけでかかったか。あのデュバランが小さく見えるくらいだったから、その大きさはだいたい想像してくれ。」


—ゴロゴロゴロ—


ストローで派手な音を立てて、アルクの実の汁を飲み干したようで、実の中に残った少しの汁と空気を一緒に吸い込む音がした。カロットが口にくわえたストローをガリッと音を立てて噛み、それからアルクの実を一口かじって飲み込んだ後、再び話を続けた。


「オレックとデュバランの戦いは長引いた。あれがその日の最初の試合だったはずなのに、朝に始めた二人の戦いが昼飯食ってからもまた腹が減る頃まで続いてたんだからな。オレックの斧は刃が所々欠けてて鋸歯(きょし)みたいになってたし、デュバランの鉄槌も柄が曲がってた。二人の鎧もボロボロで、互いの血で汚れてて、最初がどんな形だったかもわかんねえくらい壊れてたさ……。」


「そうして二人が日が沈むまで闘技場で戦いを続け、闘技場のあちこちで油灯(ゆとう)松明(たいまつ)に火が灯され始めてた頃だった、デュバランとオレックも少し息を整えながら、闘技場が一つ二つ増える灯りで明るくなるのを待って、体に流れるべっとりした血混じりの汗を拭ってた。」


カロットが少し爪の先を使って歯の間に挟まったアルクの実の欠片を取った後、話を続けた。


「ところがその時だ。観客の一人が闘技場の上空の真ん中を指差して『あそこに光る獅子だ!』って叫んだよ。そうだ。闘技場の真ん中に光る獅子がいるって誰かが叫んだんだが、最初は俺もどっかの馬鹿が酒に酔って幻を見てるんだと思って、黙って席に座って闘技場の灯りがつくのを待ってた。」


カロットが手に持ったもうほとんど残っていないアルクの実を口に放り込んで、その手を自分の服で拭きながら話を続けた。


「でもそれも束の間だ。闘技場の観客たちがざわつき始めた。ただ闘士たちの姿を見て歓声上げるような音じゃなくて、何て言えばいいかな……ん……。居酒屋で聞くようなざわめき、なんて言ってるかはわかんねえけど、互いに話してるようなそんな音が闘技場を満たしたんだ。だから俺も一体何事かと周りを見回したんだけど、闘技場の上を指差す指が一つ二つじゃねえんだ。雰囲気的に自然と俺もその指が指す虚空を見上げたんだけど、本当に誰かの言う通り、光る獅子が空中に浮かんでた。もっと詳しく言うと、黒い体に光る白い(たてがみ)を持った雄獅子って説明した方がいいかな。ともかく、後でデュバランに聞いてわかったんだけど、あれがまさに決闘の神ラウドが送った神の使者だったんだ。闘技場の中のそんな大勢の人間が驚いてその姿を眺めてた、神の使者だなんて……。今思っても神の使者を見たなんて信じらんねえ。そして少し闘技場の上で浮かんで下を見下ろし、下の観客たちが騒いだり叫んだりするのには興味ねえって感じで、ラウドの使者がゆっくり闘技場周りを回りながら、自分の鬣と同じ色の真っ白な光で松明や灯籠(とうろう)の炎を変え始めった。」


カロットがあの時の光景を思い浮かべながら、手振りを使ってグラベルに神の使者の姿を説明していた。


「ゆっくり空中を歩きながら、口を開いて吐き出した息で闘技場の火を照らす獅子の姿を、観客全員が息を潜めて見守ってた。いつの間にか闘技場の中は、神の使者を眺めて騒いでた音がなくなって、静けさだけが闘技場に留まってた。俺もその一人だった。生まれて初めて見る神の使者だったからな。おそらくそこにいた人の大半も初めてだったろうよ、そんなに珍しいことじゃねえ、神の使者を直接見るなんてのは……。周りの灯りを全部白い光に変えた獅子は、デュバランとオレックの間の空中に浮かんで下を見下ろしてた。闘技場の中はものすごく静かだった、みんな黙って闘技場の上に浮かぶラウドの使者を見てるのか、闘技場って場所には似合わねえ静けさだった……。」


カロットの左手で闘技場の地面を、右手でラウドの使者がいた位置を表現しながら、グラベルにその時の様子を説明した。


「そんな静けさの時間が少し経って、デュバランとオレックの雄叫び(おたけび)が闘技場に響き、二人は互いに向かって駆け出した、血が飛び散り骨が砕ける二人の対決は続いたさ。決闘の神が使者を通じて見守ってると思ったせいか、二人は普段より速く荒々しく武器を振り回して戦ってたみたいだ。あの時は俺も何がどうなってるかわかんねえまま、叫びながら試合を見てた記憶しかねえ。そうして何分か何時間かわかんねえ時間が過ぎて、ラウドの使者が闘技場の地面に降りてきたのは、オレックの頭がデュバランの鉄槌に砕かれて闘技場の地面に倒れた後だった。勝利の歓声を上げながら血まみれの鉄槌を高く掲げたデュバランに、地上に降りたラウドの使者がゆっくり歩みを進めて近づき始めたんだ。デュバランも自分に向かって来る神の使者にどう反応していいかわかんねえみたいで、ためらいながら後ずさりしてたんだけど、それも少し経って、手に持った鉄槌を置いて両膝を地面に着き、頭を下げて神の使者を待ってた。」


「神の使者だなんて……。すごいです。闘技場に決闘の神ラウドの使者が現れるなんて、珍しいことなんですよね?」


グラベルがカロットに尋ねた。


「そうだよ、神様たちは俺たちの世界に滅多に姿を見せねえ。それでもたまに、あの日のように奇跡を見せに来て使者を送ったり、直接来る場合があるって聞いた。」


「それで、その後はどうなったんですか?」


「クフフフ。子供みたいにせがむなよ。まあ……。俺はどこまで話したっけ?」


カロットが額を掻きながら、話が途切れたところを思い浮かべようとした。


「あ、そうだ。ラウドの使者が膝を着いたデュバランにゆっくり近づいて、だんだんその姿がぼやけていった。まるでデュバランの体の中に吸収されるみたいに煙のようにぼんやりして、デュバランとの距離を縮めながら近づく獅子の姿は、デュバランの前に着いた時にはほとんど形を保てず、散っていった……。クフフ、何か派手な光景を期待してたらがっかりしたかもな、ただラウド神の使者がデュバランに近づいて虚しく虚空(こくう)に消えたのを見ただけかも知れねえけど……。デュバランにラウド神が神の祝福を与えたんだと信じてる奴が多い。俺もその一人だ。後で機会があってデュバランに神の祝福を受けた感じはどうだったかって聞いたんだけど、その答えがたぶん……。とても寒い冬の日に温かく温めた毛皮の服を誰かが肩にかけてくれたみたいだって……。何だか不器用な表現だったけど、デュバランらしい言葉だった。」


「神の祝福だなんて……。どんな感じなのか想像もできないですね……。」


「あれ以降だ。デュバランの名前に黒獅子って言葉が付くようになったのは。おそらく今でもイクスターンの闘技場に行けば、あの時の様子を描いた絵を売ってるはずだから、機会があったら一度見ておくのもいいぜ。いや、そういえばこのグランドマーケットでも絵画屋の中に、あの黒獅子の絵を売ってる店があるかもな……。クフフフ」


「機会があったら絵でもその姿を見てみたいです。いい話を聞かせてくれてありがとうございます。」


「クフフフ。次の試合を待つ間の時間潰しには悪くなかったろ? そういえばあれからだったかな……。今日みたいに芽が出ねえ相手は切り捨てて、可能性のある相手は生かしておくようになったのは……。」


「あのオレックみたいなレベルの相手を探してるんですか?」


「そうかもな。一度神に褒められるために最高の試合をしようとしてるのかも知れねえ。いや、俺たちがこんなこと考えてても意味ねえかもな、デュバランは相手と武器をぶつけ合う戦いそのものが好きな奴だから。」


「話してたら喉が渇いたでしょう、アルクの実もう一つどうですか? 話の代金としては小さいけど、僕が買いますよ。」


「クフフ、この俺がまたもらいっぱなしだな。いただくぜ。その代わり、今日ドロコが勝ったら俺があのチキのガキに黒獅子の絵を一枚買わせて、グラベルにプレゼントしてやる……。そろそろ次の試合が始まりそうだな、ドロコのニアがドアジュを倒せるかどうか、見守らねえとな……。」

ご一読いただきありがとうございました。 今回はデュバランが「黒獅子」と呼ばれるようになった起源、そして神の使いの奇跡について触れてみました。少しでもこの世界の空気感を楽しんでいただけたなら幸いです。 次回はいよいよニアの試合が始まります。お楽しみに!

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